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第81話「共鳴」(1)

ベルが宿命を受け入れたことで、ようやく扉の試練を始める準備が整った。


改稿(2020/10/07)

 ベルとアローシャは、偽の鬼宿の扉を挟んで向かい合っていた。一切態度を変えないアローシャとは対照的に、ベルは額から汗を流している。ベルゼバブとの対峙、教皇との対決、ベンジャミンとの死闘。これまでもベルは何度も、命の危機を乗り越えて来た。


 今回も、それと同等かそれ以上の危機。今までと違ってタイムリミットが存在する他、頼みの綱である黒魔術(グリモア)は一切使えない。一体いつまでこの空間が保つか分からないが、事は急を要する。


「いつまでそうやって突っ立ってる?黙っていても、時間は待ってはくれないぞ」


 アローシャにベルの姿は見えないが、今ベルがどんな状態で扉の向こうに立っているか。そんなことは容易に想像出来た。かつてない危機に直面したベルは、動けずにいる。


「うるさい‼︎言われなくても分かってる」


 扉の向こうのアローシャに対して、ベルは強がって見せた。アローシャの言葉を認めたくはないが、ベルゼバブと戦った時も、教皇と戦った時もアローシャがいなければ切り抜けることは出来なかった。ベルが命の危機に瀕した時助けてくれるのは、皮肉ながらいつもアローシャだった。


「行くぞ‼︎」


 心に全く余裕のないベルは、アローシャのことも考えずにいきなり扉に突進した。


 そしてベルの決心したような声を聞いたアローシャも、慌てて扉に突進する。この時点では、完全に2人の呼吸は合っていない。


 ドン‼︎


 ドン‼︎


 2人が扉にぶつかるタイミングは、完全にズレていた。これでは扉を破壊出来ない。扉にはヒビひとつ入っておらず、元の美しい状態のまま。ベルは全力でぶつかったが、扉はビクともしなかった。


「小僧、無闇にぶつかってもどうにもならんぞ。カウントダウンしてみるのはどうだ?」


 アローシャは、ベルの焦りを自分のことのように感じていた。同時に同じ場所を同じ力で。ベルもそれは分かっているはず。ただ、タイムリミットが迫っているその緊迫感が、ベルを焦らせるのだろう。


「うるせー!行くぞ‼︎


 3、2、1…」


 ベルはすぐに、アローシャの提案を受け入れた。最初よりは改善されていても、ベルはアローシャのことを全く考えていない。ただ自分の焦りだけに突き動かされている。


 ド、ドン‼︎


 今度も、2人が扉にぶつかるタイミングを合わせることは出来なかった。このままでは何の進展もなく、夢の崩壊の時を迎えてしまう。


「ベル、もっとアローシャの気持ちに寄り添って行動しろ‼︎このままだと全員死んじまうぞ‼︎」


 アイザックが外野から野次を飛ばす。ここにいる全員の命運が、ベルとアローシャに握られているのだ。


「うるせぇ黒メガネ‼︎………アローシャの気持ちなんか分かるわけねえだろ。悪魔が考えてることなんか、これっぽっちも分からねぇーよ‼︎」


 状況は一向に進まない。ベルにとって、真意を隠したままでいるアローシャと心を通わせることはほぼ不可能に近かった。


「小僧‼︎ガタガタ抜かすな‼︎今私はこの扉の試練を突破することだけを考えている。さっさとこの扉をぶっ壊して、私から力を奪ってみろ‼︎」


 アローシャはこれまでと打って変わって、声を荒らげた。わざと感情的になった様子を伝えているのだろうか。


 この試練は、お互いがお互いの気持ちを理解しなければ、乗り越えられない。アローシャの言葉は信用し難い悪魔の言葉だが、今彼が口にしたのは紛れも無い真実だった。悪魔の腹の底にどんな思惑が隠されていようと、今アローシャが抱いている想いはひとつだけ。


「そっちこそガタガタ抜かすんじゃねえ‼︎絶対その力奪い取ってやる‼︎でないと、俺の気が収まらない‼︎行くぞ!アローシャ‼︎」


 アイザックの言葉をきっかけに、ベルは少しだけ冷静さを取り戻していた。この試練を乗り越え、アローシャの力を手にすれば道は自ずと拓けて来る。


「それで良い、扉を宿す者よ!」


 ベルが気持ちを入れ替えた今、必ず次は違う結果が待っている。アローシャはいつでも準備万端だ。


「扉越しの見えない相手の動きをどれほど見極められるか。この試練は本当の意味で心が通い合わないと成し遂げられない……」


 ナイトはそうつぶやきながら、2人の様子を見守っている。


「3‼︎2‼︎1‼︎」


 ベルはさっきよりも大きな声で、カウントダウンした。子どもっぽくて、がむしゃらなベル。どんな時も沈着冷静で、先を見据えているアローシャ。似ても似つかない2人が、お互いを深く理解しなければならない。ベルは憎しみを必死に振り払って、アローシャの気持ちに寄り添おうとしていた。


 ドン‼︎


「タイミングが……」


「揃った‼︎」


 ナイトとアイザックが口を揃えて驚いた。反発し合っていた2人に、ようやく進展が見られた。


 しかし、扉が壊れることはなかった。ベルとアローシャは“同時に”と言う条件を見事にクリアして見せたが、鬼宿の扉の姿は今までと一切変わっていない。それに、今タイミングが揃ったのもただの偶然だったのかもしれない。


「その調子だ‼︎こりゃ、もしかしてもしかするぞ‼︎」


 まだ扉を破壊することは出来ていないが、アイザックは大きくガッツポーズして喜びを表現している。楽観的なアイザックでさえこの扉の試練の成功を半ば諦めていたが、少し風向きが変わって来たようだ。


「扉越しの相手の動きを見極める…………」


 ベルはナイトが口にした言葉を繰り返す。ナイトは独り言のようにつぶやいたつもりだったが、その言葉はベルに耳に届いていた。


 最初に比べると随分落ち着きを取り出して来たベルは、深呼吸して意識を集中している。


「どうした?もうバテたか?」


「んなわけねーだろ‼︎次こそ成功させるぞ!俺たちは扉を壊すために、心をひとつにするんだ。行くぞ!クソ悪魔‼︎」


 ようやくベルはいつもの調子を取り戻しつつあった。今ではアローシャを挑発する余裕すらある。段々と、ベルの気持ちは安定して行っているようだ。


「青二才が偉そうに……あぁ、行くぞ‼︎小僧‼︎」


 アローシャは扉の試練を楽しみ始めていた。悪魔が人間と協力し合うと言うことは、悪魔にとっては前代未聞。悪魔は人間に力を授け、人間はその力を得るために契約を結ぶ。いつだって悪魔は人間の上に立って来たが、今この時は違う。悪魔と人間が対等な存在として、力を合わせているのだ。


「3…2…1‼︎」


 ベルは心なしか、さっきより生き生きした声でカウントダウンした。


 ドンッ‼︎


「おぉ‼︎」


 今度もまた、2人がぶつかり合うタイミングは完全に一致していた。その様子を眺めていたアイザックは思わず声を漏らす。着実に2人の心は重なりつつある。それでも、鬼宿の扉に傷をつけることは出来なかった。


「タイミングが合っていても、場所と力が微妙に違うんだね……」


 ナイトは2人の動きを分析している。何度もぶつかり合うことで、タイミングは合うようになって来たが、それ以外を合わせるのは困難を極めた。


「まだまだぁっ‼︎」


「そうだ!」


 それから、ベルとアローシャは幾度となく扉を挟んでぶつかり合った。回数を重ねるごとに2人のぶつかる力は同レベルに近づいて来る。タイミングは何度やってもぶれることはなく、次第に同じ場所にぶつかることも多くなり始めていた。

 しかし、何度やってもぶつかる強さが同じにならない。2人ともお互いの力に合わせようとしているが、わずかにズレてしまう。


 そうしている間にも空間は歪みを増し、すでに礼拝堂(チャペル)の壁は4分の3が崩れ去っていた。今やこの夢の中のどこに立っていようと、歪んだ夢の塊が視界に飛び込んで来る。


 時間は刻々と過ぎていく。残された時間はそう長くはない。


「…………もう無理だ。俺たちはここで終わるんだな」


 ひたすらアローシャとぶつかり合って来たベルだったが、次第にそのやる気は削がれていった。すでにベルは扉の試練を半ば諦めかけている。奇跡でも起こらない限り、希望が見えることはないと言うのだろうか。


「こんなことで諦めるのか?お前にはやり残したこととやるべきことが山のようにある。ヨハン・ファウストに復讐を果たせぬまま、こんな場所で終わっていいのか?」


 ベルは弱気になっても、アローシャが弱音を吐くことはなかった。最後の最後まで、挑戦を続けるつもりなのだろう。


 この時になると、アローシャはベルを励ますような言葉を掛けるまでになっていた。アローシャはベルの心を完全に理解している。どんなことが起きようと、いつでもベルの頭にちらつくのは、憎きヨハン・ファウストの顔。恨みを晴らせないまま人生を終えることなど、ベルには出来ない。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


上手くいかない扉の試練。心が折れかけていたベルにアローシャがかけた言葉。その言葉はベルに良い影響を与えるのか!?

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