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第11話「アレンとジェイク」【挿絵あり】

自身の過去を語ったベル。黒魔術士を探していたリリだが、受け入れ難い彼の過去を聞いて彼女はどうするのか⁉︎


改稿(2020/04/30)

「ちょっと待ってよ」


 リリはまだテーブルの上に並んでいる料理を頬張りながら、慌ててベルについて行く。

 一方のベルは、出遅れたリリを気にすることなく、足早に歩いて行く。そんな彼はフードを深く被っていた。ベルはひと気の少ない裏路地を選んだ。これ以上目立つのは避けたいのだ。


 徐々に2人の距離は開いていく。


「ちょっと!」


 リリは慌ててベルの真後ろにつけると、腕を掴んだ。


「……なんだよ。俺が怖くないのか?」


 ベルは暗く低いトーンの声でそう言った。


「……?何で怖がらなきゃいけないの?」


 リリは首を傾げている。ベルの言っていることの意味が分からないようだ。


「俺の中の悪魔がいつ目醒めるか分かんないんだぞ!それでも俺について来るのか⁉︎」


 ベルは大声で怒鳴った。どうやら自分の過去の話をすることで、リリを自分から遠ざけようとしていたようだ。


「そんなの関係ないよ。私はお母さんを起こさないといけないの。君が唯一の希望なんだから」


 リリは、ベルのことを怖がっていない。これでリリを遠ざけられると思っていたベルは、頭を抱えた。


「これ以上周りにいる人を傷つけたくないんだ。なんで分からない?俺について来れば連邦軍に追われるし、どんな危険が待っているか分からない」


 ベルは、どうしてもリリについて来て欲しくないようだ。自分自身が自分の知らない間に勝手に行動している恐ろしさは、彼にしか分からないものだろう。


「覚悟は出来てるわ。君も、悪魔に身体を奪われない方法を探せばいいでしょ?」


 リリは自分の意見を曲げない。彼女は強い信念を持っている。ベルと一緒にいて発生する危険と、母を助けることを天秤にかけ、彼女は母を助けることを選んだ。


 どんなに大きな危険があろうと、母を助けられる可能性があるのなら、リリはその道を選ぶ。


「まったく、めんどくせえな。後から後悔しても知らねえぞ?」


 ここでベルの方が折れる。いくら突き放そうが彼女はついて来る。それをベルは理解していた。それに、彼女の底抜けた明るさが、何か自分に良い影響をもたらしてくれるのかもしれないと思ったのだろう。


「よしっ!決まりね!」


 リリは満面の笑みを見せると、ベルと握手する。


「お、おう」


 ベルは戸惑った。

 10代のほとんどを牢屋で暮らしてきたベルは、女性と触れ合うことも久しぶりだった。なるべく人との関わりを避けて来たベルなら、なおさら触れ合いには戸惑うのだった。


「そうと決まれば、どこに行くの?リミア連邦軍から追われてるんだったらリミアから出来るだけ離れた方がいいでしょ?だとしたら、ブレスリバーを目指すのがいいかもしれないわ」


 リリはさっそくベルに関わって来る。逃亡のアイデアを提案したのだ。ブレスリバーとは、大陸の最東端に位置するセルトリアの都市のことだ。


「具体的なことはまだ決めてない。だが、お前の言うとおり東を目指す。まずはこの町を抜け出さないとな。つーか、お前アムニス砂漠越えて来たのか?」


「あんな危険な場所わざわざ通ってくるわけないじゃない!ブレスリバーから汽車に乗って来たのよ」


「なんでわざわざ西まで来たんだ?東から黒魔術士(グリゴリ)探せよ」


「うるさいわね!汽車の中で寝てたら、ここまで来ちゃったのよ!」


「だっせ〜」


「な、何よ‼︎」


 ベルはリリがいる状態を受け入れ始めた。

 まずはこの町アドフォードを出ることが最優先だ。この町に入った時、ベル・クイール・ファウストが侵入したことが知られたはずだからだ。


「かーみさまっ!」


 その時、急に2人の後ろから声がして、ベルの袖が引っ張られた。


「だ、誰だ!」


 ベルは、反射的に袖をつかんだ小さな手を振り払った。そして、後ろを振り返る。


「うわっ!ねえ!お兄ちゃんって神様なんでしょ?」


 そう言ったのは、ボサボサの銀髪をした小さな少年だった。少年は顔に煤をつけ、無邪気な笑顔を見せている。それは火事の家の中にいたあの少年だった。


「は?神様?」


 ベルは目を丸くする。火事を消した時、町の人々から神様と呼ばれていたことをすっかり忘れていた。


「聞いた?神様だって」


 その言葉を聞いたリリは笑いを隠せない。悪魔であるベルが神様と呼ばれる。それがおかしくてたまらなかった。

 それとは対照的に、ベルは暗い表情を見せた。


「そうだよ!皆言ってるよ。僕ん家の火を消してくれたって…」


 少年は、無邪気な笑顔を見せたままそう言った。彼にとってベルは英雄(ヒーロー)なのだ。


「あ、いた!神様だ。神様だぞ!」


 少年に続くように、少し遠くの方から町の人々が押し寄せて来る。

 ロックとの戦闘、自分の過去を話した時間を考えても、あの時からかなり時間が経っているが、それでも町の人々はベルのことを探し続けていたのだ。


「ほら、ベル!感傷に浸ってる場合じゃないよ!」


 ベルはリリの言葉に反応して顔を上げる。状況を把握すると、すぐに反対方向へ逃げ出した。

 その時、ベルは無意識に少年の手を引っ張っていた。そんなベルの手は、リリに引っ張られていた。


 3人は狭い裏路地をひたすら走り続けると、さらに細い路地を見つけ、そこに逃げ込む。


 案の定、町の人々は3人の姿を見失った。それでも用心深くベルは逃げ続け、もう誰も追って来ていない事を確認するまで止まらなかった。大勢に囲まれて顔を覚えられることは避けたい。


 それからしばらくして、3人はようやく立ち止まった。


「はぁはぁはぁ…」


 リリは胸に手をあて、乱れた呼吸を正している。


「何でそんな息切れしてんだ?」


「え?あ、私最近走ってなかったから……アハハハ」


 リリは作り笑いをした。これから危険な旅に身を投じようとしているのに、彼女はその過酷さをいまいち理解出来ていないのかもしれない。


「僕アレン。アレン・レヴィっていうの。お兄ちゃん、助けてくれてありがとう!」


 アレンは再び笑顔を見せ、ベルに礼を言った。

 その笑顔はまるで天使のようだった。人から感謝されるのが久しぶりだったベルは、必死で照れ隠ししている。


「それで、この子はどうするの?」


 リリは、ベルがアレンの手を引いていたところを見逃していなかった。どうでもいい存在を、わざわざここまで連れて来なくても良かったはずだ。


「あ、無意識に連れて来てたな……」


 ベルは自身の行動に驚く。アレンを連れて来たことは、本当に無意識にしたことだった。


「僕、お兄ちゃんについて行く!」


 アレンは、憎むに憎めない顔をしている。こんな小さな少年を、ベルの危険な旅に巻き込むわけにはいかない。


「ま、いいんじゃないか?そのうちホームシックになって帰りたいって言うさ」


 これからはきっと過酷な旅になる。彼を連れまわすのはアドフォードにいる間だけ。ベルはそう決めていた。


「なんか無責任じゃない?……あ、それより巻いたみたいね」


「そうだな」


 リリとベルは改めて、波のように押し寄せる人々を巻いたことを確認し合う。大多数の人が最初の分かれ道で彼らを見失っていた。それからしばらく進んだため、もうついて来る人影はなかった。


「‼︎」


 次の瞬間、リリが言葉を失った。


「ん?どうかしたのか?」


 ベルはリリの表情を見て、リリの視線の先へと視線を移す。


 そこには、仰向けに倒れた男性がいた。目は閉じていて、一向に動く様子はない。リリが驚くのにも無理はない。


「酔っ払いか?死んでなきゃいいけど……」


 ベルはそう言いながら、倒れている人物に近づく。

 そして、その傍に座り込むと、男性の右手首に指をあて、安否を確認する。


「……どうやったら、この人が生きてるか分かるんだ…?」


「ってそこ⁉︎」


 ベルの言葉に耳を澄ましていたリリは、思わずそう叫ぶ。まさかベルがそんな事を言うとは思っていなかったのだ。10年間牢屋で過ごしていたベルは、基本的な知識も乏しいのだった。


「もう!当てにならないわね」


 リリは気を取り直すと、男性のもとへ移動して座り込む。それを見たベルはさっと身を引く。ベルがしたのと同じように、リリは男性の安否を確認し始めた。


「これ、生きてないかも……」


 その直後、リリの顔は一気に青ざめた。これが死体だったとしたら、想像しただけで恐ろしかった。


「は?マジかよ。どうするんだ……俺たちの立場からして、この件には触れずに立ち去った方がいいな….」


 ベルはこの場からすぐに立ち去ろうとする。アドフォードの人々に、ベルの指名手配が知られるのも時間の問題だ。こんなところにいれば、あらぬ疑いをかけられてしまう。


「どこです?人が倒れているんですって?」


挿絵(By みてみん)


 ベルが立ち去ろうとしたその瞬間、突然若い男が路地に駆け込んで来た。


「え?もしかして盗み聞きしたんですか?」


 リリは気持ち悪いものを見るような目で、その若い男を見た。


 そこに現れたのは、淡い灰色に近い金髪の、メガネをかけた長身の男だった。彼は白衣に身を包んでいる。


「いえ、違うんです。この子どもが、人が倒れているって言うもので……」


 男は、慌ててリリの推測を否定する。そして、アレンのことを指さした。


「ベル……この子、目を離さない方がいいかも」


 リリは、小声でベルに耳打ちした。死んでいるかもしれない男性に気を取られている間、アレンは勝手に行動していた。まさか人を呼んでくるとは、2人とも思いもしなかった。


「あぁ、そうだな」


 ベルとリリにとって、アレンは一気に恐るべき存在となった。


「ハハハハ…すいません、驚かせちゃったみたいで……僕はこの町で医師をしているジェイク・ハウゼントと申します」


 医師ジェイクは丁寧に挨拶をした。見た目からも、ベルたちの方が年下だとは十分に理解しているが、敬意を込めてしゃべっている。悪い人ではなさそうだ。


「あ、よろしくお願いします」


 3人は丁寧な姿勢を見せるジェイクを見て、簡単に挨拶をする。


「それでは、取り敢えずその方を運びましょうか」


 ジェイクは倒れている男性を指さした。


「はい」


 ベルとリリ、そしてジェイクが共にその死体と思しき人物を、すぐ近くにあった小さな医院へと運ぶ。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


 そこは、ジェイクが営むハウゼント医院だった。こじんまりとしたハウゼント医院は、外観からは医院のようには見えないが、他の家よりはしっかりした造りになっているようだ。


 その後、3人は空いている部屋へと案内された。 応接室のようだ。ジェイクは、手術室へ倒れていた男性を運んで行った。


 しばらくすると、ジェイクは3人のもとに戻って来た。


「あの…あの人は死んでるんですか?」


 ベルは恐る恐る、あの男性の診断結果を聞く。


「あ、あぁ。それは……今は何とも言えないのです。外傷もなく、体内に異常も見られないんです。仮死状態かもしれません」


 ジェイクは悩まし気にそう答えた。医者である彼が診ても、詳しいことは分からなかったようだ。


「仮死状態って、どういう事なんですか?」


 リリは前のめりになって、そう聞いた。男性が死んでいないのならば、自分の母親の症状とよく似ている。彼女はそう思ったのだ。何かヒントがあるかもしれない。


「実は僕、黒魔術(グリモア)の知識も多少はあるんです。これは医療的な観点で見るより、黒魔術的観点から見た方がいい問題なのかもしれません」


「え?ホントですか!」


 リリは思わず立ち上がる。黒魔術(グリモア)に関わる人物に、こうも早く会えるとは思っていなかった。


「えぇ、まあ」


 ジェイクはリリが喜んでいる理由が分からず、困惑している。


「あ、どうぞ。続きをしゃべって下さい」


「はい。黒魔術書(グリモワール)において、人の魂は“オーブ”と呼ばれています。オーブと言うものは、広く言えば、生物すべてに備わっている魂です。このオーブは魔力の源ともなり、悪魔が求めているもののひとつ。そして悪魔を形成しているものでもあります」


 オーブは神秘的な存在であり、権力の象徴とも言われ、オーブこそが世界なのだと言う人物までいる。


「つまり、俺たちの魂は悪魔なんですか?」


 ベルはジェイクの言うことが理解できず、頭を抱えている。


「いいえ、違います。全く違うものです。ただ、人の魂は悪魔の存在を安定させる材料なので、悪魔は魂を奪おうとします。本題に戻りますが、あの人物の仮死状態と言うのは……」


 ジェイクはついに本題に入った。3人は注意深く彼の言葉に耳を傾けている。


「現時点では僕の予想の域を出ませんが、何者かによって彼はオーブを抜き取られた状態である可能性があります」


 ジェイクは自身の仮説を伝えた。今彼が考えられる可能性は、それだけのようだ。


「オーブを抜き取られた?」


 ベルは首を傾げる。さっきの話も分からなかったが、今の話もよく分からない。


「それって、魂を抜き取られたってことですよね?」


 リリはジェイクに確認する。


「はい。文字通りの意味です。もともとオーブは、何かの中に入っていなければ、そのほとんどが自然に漂い、そのうちのわずかがゴーストとなります。オーブは未だ解明されていないことが多く、神秘の存在と言われているんです」


 ジェイクはオーブについて補足した。オーブは、まだどんな可能性が秘められているのか分からないのだ。


「仮に僕が言ったことが正しいとして、あの方が元に戻れるとは思わない方がいいかもしれません」


「どうしてですか?」


 リリは母と関わりの深いかもしれない話を、真剣に聞いている。


「例えば、生きている人物に他人のオーブを入れ込むと、命が2つに増えるわけではなく、ただの二重人格になってしまうんです。ですから、1度引き抜かれたオーブを元に戻しても、生き返る保証はありません。それに、抜き取られた人物のオーブを探し当てることは、至難の業です」


 それは、男性が生き返る可能性はほとんどないという事を意味していた。


「そうなんですか…」


 リリは残念そうに相槌を打つ。

 もう元には戻らない。そんな事は母の件とは関係ないと思いたかった。黒魔術(グリモア)について何も知らないが、少なくともあの時見た黒魔術書(グリモワール)には、オーブが抜き取られるといった類の話は一切記載がなかった。


「どうにかして、探し出せないんですか?」


 ここで、ベルの悪い癖が出始めた。火事の時もそうだったように、困った人がいると助けようとしてしまうのだ。


「……手伝っていただけるのなら非常に有難いです。僕が言った事はあくまで仮説です。オーブさえ見つかれば、何とかなるかもしれません」


「分かりました。ジェイクさんのお役に立てるなら、やってみます」


 ベルは完全に乗り気になっていた。こうなっては止められない。


「ちょっと!私たちは逃亡犯なの。こんな事してる場合じゃないでしょ?」


 リリはベルの耳元で囁いた。ここでは、リリの方が冷静な判断をしている。


「お前の母さんに、何か関係あるかもしれないだろ?」


 それに対し、ベルもリリの耳元で囁く。

 このベルの言葉を聞いたリリは、黙り込んでしまった。確かにそうだ。同じものだとは思いたくないが、関係性が全くないとは言い切れない。


「ハウゼントさん!この人死んでます!」


 そんな会話をしている中、もう1人の患者が運び込まれた。


「またですか」


 ジェイクは嫌な予感がしていた。


 連続オーブ抜き取り事件。一体この先に、何が待ち構えていると言うのだろうか。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

第8話では、ベルとリリが行動を共にすることになりました。そして、新キャラクターの少年アレンと医者のジェイクが登場!


さらに、『BLACK MOON』の世界において、基本的な概念である"オーブ"が紹介されました。


彼らに立ちはだかる"連続オーブ抜取事件"。この事件に潜む、この街の謎とは⁉︎


今回アドフォードでの物語が動き始めました。第9話からは、エピソード3「白い少年、黒い少女」がスタートします!


第9話では、また波乱が起きます!


※本編補足※

実際は引き抜かれたオーブを探し出すことが出来れば、その人が寿命を迎えていない限り復活させることが可能である。無論特定のオーブを数えきれないほど浮遊している中から探し出すのは実質不可能。

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