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第79話「扉」(1)【挿絵あり】

ついに始まった黒魔術のトレーニング。ベルの師匠となった個性強めのアイザック。その悪魔の眼でベルの中に見たものとは…⁉︎


改稿(2020/10/05)

「あーもう!まだなのか‼︎本当にそれが悪魔の眼なら、こんなに時間かからないだろ‼︎」


 痺れを切らしたベルは、もう動かずにはいられなかった。もうかれこれ30分は、こうしてアイザックに見つめられている。見つめ続けられても、何か様子が変化しそうな気配は一向に見られない。


 その時だった。


「…………⁉︎」


挿絵(By みてみん)


 アイザックが突然、眼を見開いた。驚怖を浮かべたその表情は、彼が何かをその瞳に捉えたことを示唆している。


「まさか…………」


 やがてアイザックの額には汗が吹き出し、表情は固まってしまった。アイザックはベルの中に悪魔が棲んでいることを知っていたはず。今さら何を驚くことがあるのだろうか。


「ど、どうしたんだ?」


 あからさまに驚いて見せるアイザックの表情を見て、ベルは気が気でならない。


「まさか………………人間の中にあれが存在するなんて……」


 アイザックにはベルの声が聞こえていないようで、ベルの中に見た“あれ”にただ狼狽えている。


「だから……どうしたんだよ‼︎」


 さっきからハッキリしたことを言わないアイザックを見て、ベルは焦ったくなっていた。ここまで態度を変えると言うことは、彼が想定していなかった何かが、ベルの中には存在しているのだろうか。悪魔とは別の何かが。


「お前……悪魔よりとんでもないもんが中にあるぞ。俺も本とかでしか見たことないが、確かにお前の中にあるもんは“それ”だった…」


「なんだよ、“それ”って……」


 ベルには、アイザックが狼狽えている理由が全く分からなかった。


「……よし、まず言っちまおう。“それ”ってのは鬼宿の扉だ」


「鬼宿の扉⁉︎」


 神妙な面持ちで話すアイザックに対し、ベルは何とも間の抜けた顔をしている。鬼宿の扉。この言葉をベルが初めて聞いたのは、月の塔の上。教皇の口から聞いたブラック・ムーンにまつわる話だった。


「鬼宿の扉、クロス・ゲート、聖なる扉。呼び名は色々あるが、要するに人間の世界と悪魔の世界を隔てる扉だ」


「あぁ、知ってる……でも何でそんなスゲーもんが俺の中に?」


 ベルは戸惑いを隠せない。ベル・クイール・ファウストの中に存在するのは、悪魔アローシャだけではなかった。想像を遥かに超えた話に、ベルは全くついて行けない。


「そんなもん俺が知るかよ…………お?どした?」


 さっきまでアイザックの眼を見つめて話していたベルは、急に視線を落として黙り込んでしまった。


「おーい……ガキンチョはおねむでちゅかー?」


 突然動かなくなってしまったベルを見て、アイザックはおどけて見せた。ふざけていないと、気が済まないらしい。


「…………どうやらお前は分かっていないようだな。それにしても悪魔の眼を持つ人間か……なかなか興味深い」


 アイザックがベルの顔を覗き込んでいると、唐突にベルが顔を上げた。ベルの顔に自分の顔をぶつけそうになったアイザックは、焦って頭を引いた。


「…………どうした?」


 口調のみならず顔つきまで変わってしまったベルを見て、アイザックは何とも言えない表情をしている。


「悪魔の眼を持ちながら小僧の身体を動かしている存在に気づかぬとは、とんだ宝の持ち腐れだな」


「分かってるさ。悪魔には冗談ってもんが通じないのか?」


 たとえ相手が悪魔であろうと、アイザックはふざけるのを止めない。悪魔と対面してもマイペースを崩さないこの男は、ある意味最強かもしれない。


「……くだらん。それより、お前は分かっていない」


「ん?何がだ?」


「小僧の中にある扉についてだ」


「鬼宿の扉だろ?」


「そうであってそうでない」


「はい⁉︎これまた何言ってんのさ、アローシャさんよお」


 とんちのようなその言葉は、アイザックを困らせた。


「小僧の中に存在する鬼宿の扉は、本物の鬼宿の扉とは違う。この小僧の中にあるのは、精巧に出来た偽物のようなものだ。なぜここにあるのかは全く分からんがな」


 11年間ベルの体内で過ごして来たアローシャは、当然ベルの中の鬼宿の扉について知っていた。悪魔と人間の世界を隔てる本物の鬼宿の扉とは違う、もうひとつの鬼宿の扉。それがベルの中に存在している。


「偽物?なんで偽物なんかが存在してるんだ?……コイツの中にあるものが偽物として、その力は本物より弱いのか?」


「そんなことはない。本物の鬼宿の扉に近いものを持っている。本物と限りなく近いが、小僧の中の鬼宿の扉を偽物と断定するには、十分な証拠がある」


「そりゃ何だ?」


「この扉は、なぜか不規則なタイミングで微かに開くことがある。本物の鬼宿の扉であれば、鍵を差し込まない限り絶対に開かない。不規則に開くだけではなく、小僧の生命力が低下した時には必ず開く。不完全な扉なのだ」


 ベルの中の扉が、鬼宿の扉とは違う決定的な証拠。それをアローシャは知っていた。


「だったら、なぜ身体を支配しない?その身体は契約によって与えられたものなんだろ?」


 アローシャの言うことを理解したアイザックだったが、そこには疑問が残った。アローシャがベルの身体を支配出来ない理由がその扉にあるとすれば、悪魔がベルの身体を奪うチャンスは幾度となくあったことになる。


「そう出来ないこともなかった。だがな、この小僧は興味深い。そして、偽の鬼宿の扉に対する私の探究心もまた、(とど)まることを知らない。この扉の鍵はこの男だと、そう思えてならないのだ」


「じゃあ今後も、このガキンチョの身体を永遠に支配するような真似はしないのか?」


「あぁ。この身体を自由に動かせずとも、十分に面白い経験が出来ている。こんな経験は、そうそう出来るものではない。扉を宿した者の行く末を、1番近いところで見ていたいのさ」


 身体を手に入れた悪魔が、その身体を自由に動かせないのは歯痒いはず。

 しかしその歯痒さに耐えられるほど、ベルと言う人間はアローシャにとって面白い存在だった。


「それじゃあ良い考えがある。アンタの力をガキンチョに貸すことは出来ないか?」


「確かに、これからのコイツには、私の力が必要となってくるだろう……だが、扉が自由に開閉出来ない以上はどうにも出来ない。現状コイツには魔法陣の力の一部しか与えられていない。それ以上の力を授けるのは、このままでは無理だ」


 どうやら、この悪魔にはベルに力を貸すつもりがあるらしい。その真意は謎に包まれているが、アローシャがベルに協力的な事実は否定出来ない。


「ちょっと待ってくれ、俺に良い考えがあるって言ったろ?アンタの力をベルに貸し出すには、扉が自由に開閉出来ればいい。ってことは、扉とベルの意思が共鳴すればいい。アンタには外でベルと戦ってもらうつもりだったが、その必要はないみたいだな」


「扉と小僧の意思を共鳴させるだと?そんなことが可能なのか?」


 アローシャはアイザックの言っていることを理解してはいるが、そのやり方は検討もつかないようだ。グレゴリオさえも自分のペースで制するアローシャだったが、この男は何か違う。


「んー……まあ、取り敢えずアンタが表に出てられる時間も限られてるはずだ。次扉が開いた時、アンタは必ずこのガキの意識を奪って表に出て来てくれ。それで全て解決だ」


「だからどうやって……」


 一向に自分の質問に答える気のないアイザックにアローシャが苛立っていたその時、突如としてその声は聞こえなくなってしまった。アローシャが扉の奥へと閉ざされたのだ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


ベルの中にあったのは、人間の中に存在するはずのない“鬼宿の扉”だった。

悪魔アローシャと対面するアイザック。彼が思いついた秘策とは!?

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