第78話「悪魔の眼」(1)
アローシャの力を制御するための訓練がついに始まる!!
アーチェス教会でベルを待っていた特別講師とは…⁉︎
改稿(2020/10/04)
Episode 3 : The Door/扉
長かった夜空の闇が明るみ始めた頃、ベルとナイトの姿はアーチェス教会の扉の前にあった。
まだ朝日は顔を出していないが、空は少しずつ陽の光に照らされ始めていた。まもなく、耐え難いほどに長かった夜が明ける。この夜明けは、ベルにとって特別な意味を持っていた。どの夜明けとも違う、新しい夜明け。ベルを取り巻く環境が大きく変わってから、初めて迎える夜明け。
気持ちを新たにして真っ白な扉の前に立つベルは、真っ黒な騎士団着に身を包んでいた。それはナイトと同じ黒魔術士騎士団だけが着ることを許された特別な服。
魔法使いをイメージさせる真っ黒なパーカーは、ねずみ色のベストに包まれている。ベルや談話室にいた多くの黒魔術士が着用しているのは鼠色のベストだが、ナイトだけは赤いベストを着用している。M-12だけの特別なベストなのだろうか。ベストからそのまま繋がるように、膝下まで伸びたスカートのようなものには多くのスリットが入っている。
騎士団着は戦闘時の見栄えも意識しているようで、下半身で踊るようなその衣装は躍動感と、魔法使いらしさを演出する。そしてそのスカートの下に覗くのは真っ黒なブーツ。
こだわり抜かれた制服の中でも最も特徴的なのは、所々に見受けられる装甲だ。両肩、そして両肘に備えられた鎧のような防具は騎士らしさを演出している。まさに黒魔術士騎士と言う言葉をそのまま形にしたような制服だった。
もちろん騎士団証はベルトのバックルの役割を果たしており、左の袖からは入墨のような誓いの鎖が覗く。
「カッコいいけど……これ、動きにくくないですか?」
ベルはしきりに腕や脚を動かして、騎士団着の機能性を確かめている。その真っ黒でスタイリッシュな制服は彼の厨二心をくすぐるが、いまいち納得いかない様子。
「そのうち慣れるさ。それに、この騎士団着の本領が発揮されるのは戦いの時。実際に戦ってみれば、この服を着てて良かったって思うはずだよ!」
「そう……なんだ」
「さあ行くよ」
真っ白な扉をナイトが開く。その先に広がっていたのは、結婚式などでよく見かけるようないわゆる礼拝堂だった。
入り口から奥の方へ、部屋の中央に1本の道が通っており、その脇に木製の長椅子が5、6行並んでいた。天井はグレゴリオと同じ4〜5メートルの高さで、開放感がある。
部屋の奥はとても美しかった。奥の壁際に佇む巨大な祭壇は白を基調としていて、複雑な彫刻が施されている。祭壇には三日月十字を象った彫刻が各所に存在していた。その後ろに息を呑むほど美しいステンドグラス。
ステンドグラスは遥か上空の天井まで、奥側の壁面を覆い尽くしている。外から入る光は虹色のステンドグラスを通して美しく輝く。まだ朝日も登っていない薄暗いこの時でさえ、その美しさは容易に感じることが出来た。
「それでは改めて。僕が君の教育係を務めることになったM-12隊長、ナイト・ディッセンバーだ。これから君が立派な騎士団員になれるように、僕が指導して行く」
「あれ……俺には特別講師がつくんじゃなかったんですか?」
「もちろん特別講師はいる。その特別講師とは別に、僕は君の教育係として君を導く役割がある。これもM-12の務めなんだよ。グレゴリオ様に代わって騎士団を導くんだ」
さっきナイトが言った言葉を聞いただけでは、ナイトこそが特別講師だと誤解しかねなかった。どうやらナイトはマネージャーのような立ち位置になるようだ。
「なるほど……でもどうやって俺はアローシャの力を制御するんですか?俺がアローシャの力をコントロールするなんて想像も出来ないですけど」
これまでのベルはアローシャに振り回されてばかり。魔法陣を使って炎を吸収・放出する力はコントロールしているつもりだが、業火の悪魔はそれ以上の力を分け与えてはくれない。
「安心して。君がアローシャの力をコントロール出来るように、わざわざ遠くから特別講師に来てもらったんだ。彼ならきっと、君の助けになってくれるはずだ」
「遠くからって……特別講師は黒魔術士騎士団の人間じゃないんですか?」
「ハハハ!騎士団は世界的な組織だよ?もちろん特別講師は騎士団のメンバーだけど、彼の本拠地はセルトリア王国じゃない。この国から遠く離れた海の向こう、太陽の国ディオストラから来てもらったんだ」
「騎士団長は、特別講師がすでに教会で待機しているはずだ……って言ってなかったっけ?」
ベルはグレゴリオを真似て低い声でそう言った。
「あはは……確かもう来てるはずなんだけど…………何やってるんだ?アイツは」
ナイトも、特別講師はすでにこの教会に到着しているものとばかり思っていたのだが、隅々まで視線を動かしてもその特別講師の姿は見当たらない。
2人は礼拝堂の中央の道を歩いていた。歩くベルは退屈そうに両手を頭の後ろで組んでいる。本当なら、今すぐにでも特訓は始まっていたはずだった。眠くて堪らないはずのベルの眠気は、すでに吹き飛んでいた。特別講師とやらは遅刻魔なのだろうか。
「おうわっ‼︎」
上の空で歩いていたその瞬間、ベルの心拍数は急上昇した。
突然目の前に何かが現れたのだ。ベルはてっきりこの空間には自分とナイトの2人しかいないものだと思い込んでいた。
ベルの目前に飛び出して来たのは、茶色いブーツだった。茶色いブーツは、右前方の長椅子から飛び出している。その椅子には、誰かが寝転んでいるのだろうか。
「アイザック……」
目の前に飛び出して来た茶色いブーツを目撃したナイトは、溜め息混じりにそのブーツの持ち主の名を口にした。
「…………」
「………………………」
「………………………ガァーッガァーッ」
返事がない代わりに、そこから聞こえて来たのは怪物の鳴き声のようないびき。
「まったく……」
一向に返事をしないアイザックと言う人物に、ナイトは再び溜め息をついた。ナイトの態度と、聞こえたいびきからして、アイザックと言う男は間違いなくそこで寝ている。
ナイトは長椅子の前まで歩くと、茶色いブーツの持ち主を引っ張り出した。
「イテテテ‼︎……おい、乱暴はよしてくれよお坊ちゃん」
ナイトが耳を引っ張って引きずり出すと、ようやくアイザックが目を覚ます。その肌はブーツと同じように濃い褐色で、それと対照的に髪の毛は真っ白だった。真っ白な髪の毛はライオンのたてがみのように無造作に暴れていて、顔の右側に1本太い前髪が垂れている。
一際目立つのが、彼の掛けているサングラス。真っ黒なサングラスは彼の両目を覆い、その目元を隠している。それから、ベルはアイザックが騎士団着を着用していないことに気がついた。アイザックは黒いズボンを履き、黒いシャツを着ている。そこまでは黒魔術士騎士団らしいのだが、彼はその上に黄色いジャケットを羽織っていた。その黄色いジャケットは眩しく、存在感バツグンだ。
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