第10話「少女が探すもの」【挿絵あり】
執拗に豪炎のロックから狙われていた少女が、少年ファウストと接触する。
改稿(2020/04/30)
「ねえちょっと…さっきはありがとうございました!それで…君って何者なの?」
「別に何者でもないよ…って、アンタは?」
少女は、自分を救ってくれた少年に興味を示した。しかし、少年は自らについて語ろうとはしない。
「え?あぁ…私リリ。リリ・ウォレスって言うの。君は?」
リリはすぐに名を名乗った。
そしてその直後、彼女の瞳にあるものが映った。それは彼の右手。
彼の右掌には、真っ赤な魔法陣のような印が刻まれていた。レヴィ夫人宅の火事を消したのも、ロックの炎を吸収したのも、その魔法陣の力によるものなのだろう。
「まさか君、黒魔術士?」
リリは少年が名乗る前に、目を輝かせてそう言った。
「?…何だグリゴリって」
少年は黒魔術士という言葉を聞いた事がなかった。
リリは聞いた事のない単語を挙げるだけでなく、非常識なほど少年に顔を近づけて来た。彼女はただ黒魔術士に興味津々なだけなのだが、それが少年を困らせている事に全く気づいていなかった。
「知らないの?黒魔術士って言うのはね……世界に散らばっている黒魔術書に法って、黒魔術を使う魔法使いの事よ」
「じゃあお前はグリゴリなのか?」
リリは少年の疑問にすぐさま答えたが、それでも少年は納得したような表情を見せない。
説明を受けても、彼はまだ黒魔術士がどのようなものか分かっていなかった。黒魔術書というものも、黒魔術とやらもピンと来ていないのが現状だ。
「え?違うわよ!私は隣国のリミア連邦から来たの。黒魔術士は、そんなそこら中にいるようなものじゃないの。私は黒魔術士を探しにここまで来たのよ?」
「そういう事なら、残念ながら俺はグリゴリとか言う奴じゃねえよ。大体グリモワールやら、グリモアやら。俺には何のことだか、さっぱり分からん」
「じゃあその掌の印は何?」
黒魔術について何も知らない人間が、魔法陣のような物を体に刻んでいるのは納得できない。リリは、少年が事実を誤魔化そうとしていると思っていた。
「知るか。気づいたらこんなのがあったんだよ」
少年は右掌の印を眺めながら答える。
「じゃあ何でさっき魔法使ってたのよ?」
「知るか」
「…………」
その少年の返答に、リリは一瞬返す言葉に迷う。
ついさっき魔法陣を展開して魔法を使っていた人間が、黒魔術について何も知らないとは到底思えない。明らかに少年は嘘をついている。それか、何かを隠しているのでないか。彼女はそう考えた。
「絶対ウソでしょ。魔法を使える君が、黒魔術について何も知らないはずがない!」
「何で初めて会ったアンタに嘘つかなきゃいけないんだ?用が済んだなら俺は行くぜ」
少年はリリに対して冷たい態度を取ると、そそくさとその場を去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待って!」
「何なんだよ!」
引き止められた少年は、しつこいリリに嫌気がさしていた。
脱獄犯であるファウストは、長時間同じ場所に留まる事を避けたかった。いつどこに、追手が潜んでいるか分からないのだから。ましてや、さきほど激しい闘いを繰り広げたこの場所からは、すぐに去るべきだ。
「ま、まだ名前聞いてないし、私の質問にも答えてないでしょ?何者なの?」
「とにかく、俺はアンタが探しているグリゴリとか言う奴じゃなかったんだろ?なら、そんなもん知らなくたって平気だろ」
少年は頑なに自分の名前を明かそうとしない。これから指名手配書が貼り出されるかもしれないと言うのに、見ず知らずの人間に名前を明かす事は出来ない。少年は早くリリから逃げたくて仕方がなかった。
「あ!」
すると、突然リリが大きな声を出す。
「何なんだよ。デカい声出すなよ!」
少年は突然大きな声を出したリリに驚く。女性が大きな声を出せば、当然のように周りの人間は振り返る。このままでは、まるで少年がリリに何かしたのではないかと思われても仕方ない。
「あぁ〜あはは…場所変えましょうか」
リリは周囲の視線がこちらに集中している事に気がつくと、苦笑いしながらそう提案した。
彼女が指差したのは、2人がさっきまでいた赤土の楽園だった。実は、彼女はまだ注文した料理を食べ終わっていないのだ。
「そうだな…」
少年はリリの提案に合意し、赤土の楽園に再び足を踏み入れる。
2人が赤土の楽園に戻ると、たちまち盛大な拍手が巻き起こった。
そこにいる大勢が、ファウストがロックを撃退したその瞬間を目撃していたのだ。まだ誰も彼の名前を知らないが、少年はすっかりアドフォードのヒーローになっていた。
大勢のファンに温かく迎えられた少年は、笑顔で気分を高揚させた。いつまでも少年が拍手や声援に応えていると、痺れを切らした少女がファウストのシャツの裾を引っ張って、無理矢理着席させた。
「それで、さっき何で急にデカい声出したんだ?」
「その魔法陣見たことある!」
リリが大きな声を出した原因は、ファウストの右掌の印にあった。彼女はその印に見覚えがあったのだ。
「って今頃そこかよ!」
「君覚えてないの?」
「はぁ?何のことだか…」
リリは2人に共通する何かを知っているようだが、少年には思い当る節がなかった。そんな少年の様子を見て、リリはなぜだか不機嫌そうに頬を膨らませている。
「今にも死にそう〜って顔して君が倒れてた時に、パンを分けてもらったことがあったでしょ?」
「あぁ、そんな事もあったな。大体かなり前の話だし、そもそも何でアンタが知ってるんだ?」
確かに少年は脱獄した直後にそのような経験をしていたが、それとリリを結び付けられる記憶を彼は持っていなかった。
何も覚えていないファウストの顔を見て、リリは突然寂しそうな顔になった。それを不思議そうに少年は見つめている。
「ホントにバカね。あの時君を助けてあげたのは私なの!何で命の恩人を忘れちゃうかな?」
「あ、あぁ〜…あれアンタだったのか」
少年は必死に思い出したフリをしていたが、実際はそうではなかった。脱獄したばかりで死に物狂いだった時の事など覚えているはずもない。リリの感情がこの短時間で様々に変化したような気もしたが、少年はただ取り繕う事しか出来なかった。
「取り敢えずそこはいいとして…私の話聞いてくれるかしら?」
少年はまださっきの話が続くものだとばかり思っていたが、リリはここで別の話を切り出した。
「聞かなくても、どうせ勝手にしゃべるんだろ」
「あれは確か去年だったわ、君と出会ったのは。その数か月後、私のお母さんが倒れて目を覚まさなくなってしまったの。それが病気じゃなくって……お医者さんに見せても身体に異常はないって言われたの」
話が始まると、リリの表情は次第に暗くなって行った。
「でも、目を覚まさないのに、何もないわけないじゃない?どうしていいか分からなくて、何日か家の中を意味もなく歩いたわ。そしたら、黒魔術書の切れ端が見つかった。そこに、お母さんが目を覚まさない理由が書いてあった。原因は呪いだった…お母さんは呪いに掛けられていたのよ、“眠りの呪い”に……」
リリは自らの抱える大きな問題を、ついに少年に打ち明けた。きっと彼女が故郷を離れてアドフォードにいるのにも、その“眠りの呪い”が関わっているのだろう。
「で、何が言いたいんだ?」
「その時私は思い出したの。掌に不思議な模様があった少年のことを」
「それが俺ってか?」
「そうよ。私は君が黒魔術士だと思って……それでずっと探してたの」
リリがずっと探していた人物は、少年ファウストだった。
しかし、彼が本当に黒魔術を知らない事を理解したリリは、落胆したように俯いた。
「はぁ~……でもよ、俺はその黒魔術士じゃなかったってわけだ」
「言い逃れは出来ないわよ。私見たんだから、君が魔法使ってるとこ」
ずっと探していた少年を目の前にして、リリはわずかな希望を捨てなかった。ロックと戦っているときに、少年が魔法陣を展開して炎を出したところを、リリはしっかりと見ていた。彼が魔法を使っていたのは、紛れもない事実だ。
「……それはな、アンタの見間違いだ」
「君ね!そんな嘘が通用するとでも思ってるの?もう諦めなさい!」
この期に及んで白を切り通そうとするベルに、リリは語気を強めた。
少年が炎の魔法を使ったのは紛れもない事実であり、否定しようのない事なのだ。リリには少年が嘘をつく理由が理解出来なかった。
「分かったよ。確かに俺はあの時、魔法を使った」
「じゃあ、君はれっきとした黒魔術士よ!」
ベルは、溜め息混じりに白状した。これ以上粘っても、リリは追求を止めない事を理解したのだろう。それを聞いた途端、リリの表情は再び明るくなった。
「でもな……この力が自由に使えるわけじゃないんだ」
「え、そうなの?」
「あぁ、事情を離せば長くなるぞ」
「え?話してくれるの?」
少年はそのひと言に、“出来れば話したくない”と言う意味を込めていたが、リリにはそれが通じなかった。
むしろ彼女は、少年の意図を真逆の意味で受け取っていたのだ。リリは早く少年の秘密を知りたくて、うずうずしている。
「……話さなきゃいけねえんだろ」
少年はこうなる事に、薄々勘付いていた。
「ブラック・ムーンって知ってるか?」
そして少年の口から、彼自身の秘められた過去が語られる。
11年前に発生した忌わしき“ブラック・ムーン事件”。その事件により、13人の人間の身体が、13の悪魔に奪われる事になった。
その13人のうちの1人が、少年ファウストだった。右掌に印があるのも、炎の魔法を使えるのも、全てはこの事件に起因している。
「俺の名前はベル・クイール・ファウスト。中に悪魔がいるのに、どういうわけか、身体は自由に動かせる。でも、魔法は自由には使えない。分かっただろ?俺は黒魔術士なんかじゃない。だから、これでお別れだ」
ベルは誰にも知られたくない過去をリリに明かすと、バーを出て行こうとした。
「ちょ、ちょっと!何考えてんの?このまま易々と取り逃がすわけないでしょ。君は私と一緒にいなきゃいけないんだから!」
「はぁ~……ってか、取り逃がすってなんだよ」
リリはベルの腕を強く掴み、離さなかった。“ブラック・ムーン事件”の話をすればリリも恐れをなして逃げ出すと、少年は思っていた。
だが、彼女は強かった。目の前にいる人物が凶悪な魔法使いだと知っても、リリは逃げなかった。
「君には、私と一緒にいる義務がある!まさか、あの時の恩を忘れたわけじゃないでしょうね」
「って言うか、それをここに持ってくるか?」
「持ってくるわよ。とにかく、私と一緒にいること。それが君の義務!」
どこまでも強引なリリに、ベルは反抗するのを諦めた。
「君がいれば、呪いに関する何かが分かるかもしれないでしょ。君を探すためにここまで来たんだから‼︎それに、ずっと探してた君が何も知らなかっただなんて思うはずもないじゃない?」
「ちょっと待てよ。呪いを解くために旅に出たのに、ノープランだったのか?馬鹿じゃねえの?」
リリの無計画性を聞いて、ベルは呆れ果てた。
彼女の旅の1番の目的は、ベルを探す事ではなく、“眠りの呪い”を解く事だったはずだ。大切な母親に掛けられた呪いを解こうとしている割には、計画性が無さすぎる。
「うるさいわね!さっきも言ったけど、君が何の知識もない使えない黒魔術士だったなんて、思ってなかったんだもん!」
「分かったよ。でもな、それなら俺について来てもらうぞ?」
「当然でしょ!私何も考えてないんだし」
ベルは、リリと行動を共にする事にした。
彼女は一貫して偉そうに振舞っているが、威張れるポイントなど、どこにもない。まるでこの場はリリに仕切られているかのようだが、彼女はベルについて行く事になっただけだ。
「俺について来るのはいいが、後悔するなよ」
「え?それってどういう意味?」
「俺について来るんなら、知らなきゃいけねえな」
ベルは、まだリリに明かしていない過去まで教える事にした。これから行動を共にするのであれば、洗いざらい何でも話しておいた方が、後で面倒を起こさずに済むからだ。
ベルがまだリリに明かしていない過去。
それは、彼がリミア連邦の監獄町ラビトニーを脱獄した事だった。それは、決してベル自身の意思によるものではなかったが、脱獄を果たした事は紛れもない事実だった。
ベルの中に眠る悪魔アローシャがいつ目醒めるか分からない事も、ベルは忘れずにリリに伝えた。
全てを話せば、きっとリリは同行するのを諦める。ベルはそう思っていた。
ベルは指名手配されている脱獄犯であり、いつ目醒めるかも分からない悪魔を抱えた危険な存在。そんな危険な人物と行動を共にしたがる者が、この世のどこにいると言うのだろう。
「そういう事だから…お前は別の黒魔術士でも探してくれ」
全てを打ち明けたベルは、再び席を立った。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
少女リリとの出会いは、ベルに何をもたらすのでしょうか⁉︎
次回から新キャラが登場します‼︎




