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第73話「狙われた首」(2)【挿絵あり】

 黒魔術(グリモア)があってもベンジャミンに勝てる見込みは少なかったが、黒魔術(グリモア)がなくなってしまえば、もう勝ち目はない。


「うっ………」


 動きが鈍くなったベルは、ベンジャミンにさらなる攻撃を受ける。大剣の切っ先はベルの左上腕を掠め、出血量が次第に増えていく。早く星空の雫で回復しなければ、手遅れになってしまうかもしれない。


「くっ‼︎」


 そして、ベルが懐から星空の雫の瓶を取り出そうと右手を動かした時。


 容赦なくベンジャミンは刃を振りかざす。 その切っ先は、ベルの右前腕を狙っていた。ベルが必死に逃げようとしても、その狙いは外れることがなかった。何とか黒魔術(グリモア)での攻撃手段を残していたベルだったが、利き腕に大きな傷を負ってしまった。


 普段は右手で黒魔術(グリモア)による攻撃を行うベル。傷を負ってしまえば照準がずれてしまう。ベンジャミンには、それが分かっていた。


「もうすぐだ……もうすぐ仇が取れる!」


 ベンジャミンは、なお攻撃を続ける。教皇の死をその目で確認してからは、ずっとベルを殺すことだけを考えて来た。ベルを殺すことが、彼にとって最大の目標。


 それが今、達成されようとしている。


「このヤロ………」


 次に傷付けられたのは、右肩。ベルは身体のあらゆる所から血を流している。ベンジャミンはわざと致命傷を負わせなかった。ベルは、苦しみの中を生かされている。存分に甚振ってから、命を奪うつもりなのだ。

 もはや、ベルはまともに戦うことが出来ない状態に陥っていた。魔法陣にわずかな腐炎が残っているが、ベンジャミンに当てることは出来ないだろう。


「……………」


 そしてベンジャミンは無言のまま、続けざまにベルの左肩を斬りつける。身体中を斬られたベルの視界は、ぼんやりと霞んでいた。死を恐れたベルは、無事だった左脚を使って、この場を抜け出そうとする。


「逃がさんぞ」


 しかしながら、逃げ切る前に、ベンジャミンの刃がベルの左脚に届いた。これで、ベルは自由に動くことが出来なくなってしまった。動けても、その動きは途方もなくゆっくりだ。

 立て続けにベンジャミンの斬撃を受けたベルは、もう次の刃を避けることが出来ないだろう。次第に、立っていることさえままならなくなって来ている。まさに絶望的な状況だ。


 もはや、ただ死を待つのみ。これまではベルが死の危険に晒されると、必ずアローシャが目を覚まして、窮地を抜け出して来た。

 だが、今回はアローシャが出てくる気配は一向にない。ベルが死んでしまえば、アローシャがオズの世界で動かせる肉体が無くなってしまう。それはアローシャも避けたいはずだ。


「死ね、黒魔術士(グリゴリ)


 狂気に満ちたベンジャミンの顔には、殺意が満ち溢れていた。


 その時、ベルはあることに気づいた。こちらに向けられたベンジャミンの大剣の刃には、奇妙な模様が施されていたのだ。刃の根元から切っ先まで、中心線を縫うようにジグザグ模様が施されている。それはまるで、怪物のくちばしのようにも見えた。


 ベルは少しでも敵を観察して、生き残る活路を見出そうとしている。


 ガチャン‼︎


 次の瞬間、ベルに向かって突きつけられる大剣に変化が起こった。

 ベンジャミンの大剣は金属音を立てて、そのジグザグ模様を境に、二股に分かれた。中央のジグザグで二股に分かれた刃は、(つか)を軸にして、中央から外側に向かって離れるようにスライドした。

 (つか)の部分には、歯車やチェーンのついたスチームパンクなデザインの機構が見つけられる。


 怪物のくちばしは開かれた。二股に分かれた大剣は、まさに口を開いた怪物のようであった。腹を空かせた怪物が、今まさにベルを喰らおうと口を開いている。ベンジャミンの武器には、普通とは違ったギミックが搭載されていたのだ。


「この“ネック・イーター”で貴様の首を取る!」


 ネック・イーターの刃は開閉が可能であり、その様は、まさに首を食らう怪物の口そのもの。無数の牙が並ぶ口だ。


 ついにネック・イーターが大口を開けて、ベルの首を狙う。開いた口が閉じて、首を斬る。それは、まさに処刑器具そのもの。


 絶望的の中、ベルはある作戦を考えた。ネック・イーターが突き出されるその瞬間、ベルはわずかに蓄えた腐炎を放出した。それは、わずかに蓄えられた炎のうち、さらにわずかな量の炎。

 多少自由度のある左手を使って、ベルは黒魔術(グリモア)を使った。


 炎は見事ベンジャミンの右前腕に直撃し、心なしかその動きが鈍ったようにも見える。すでにベンジャミンは、重度の火傷と刺し傷を負っている。さすがに、蓄積されたダメージを感じ始めているのかもしれない。


 それから休む間を与えず、ベルは残りの腐炎も放出した。至近距離だからこそ、威力が最大限に発揮される魔法陣による黒魔術(グリモア)。もう感覚すら無くなり始めていた右腕を決死の想いで動かして、ベルは黒魔術(グリモア)を発動した。


「く………‼︎」


 ベルの放った炎は、ベンジャミンの両の瞳を狙っていた。微量の腐炎はベンジャミンの両目に直撃し、その視力を奪うことに成功する。

 すぐそこまで刃が迫っているこの状況で、果たして最悪の結末を変えることは出来るのか。


 ジャキン!


 ほんのわずか照準のずれたネック・イーターはベルの頭上すれすれに突き出され、勢いよくその口を閉じた。


「外したか……」


 ベンジャミンはその音で、ベルの首を取れなかったことを知る。聞こえて来たのは、金属同士がぶつかり合う音のみだった。


 ギリギリで狙いを外したネック・イーターは、ベルの髪の毛を少しだけ掠める。鼓動を逸らせたのと同時に、ベルは胸を撫で下ろした。間一髪ベルの命は救われた。それでも、この絶望的な状況を脱したわけではない。


 ベルは激痛の走る身体を全力で動かして、この場から逃れようとする。

 しかし、思い通りに身体が動かない。


「ぐっ……」


 何とかベンジャミンの目前から抜け出したベルは、出来るだけ復讐鬼から遠ざかろうとする。


 幸い、ベンジャミンの視力は奪われているし、辺りには多くの腐炎がある。すぐにそれを吸収してストックを増やすことも出来たが、ベルはまず安全な場所に身を隠し、星空の雫で傷を癒そうと考えていた。


「まだだ……まだ私はお前を殺せる…私は能力に甘えて育った黒魔術士(グリゴリ)とは違う!目が見えなくなったからと言ってどうした⁉︎……そんなもの、私には関係ない‼︎」


 ベンジャミンの執念は、実に恐ろしいものだった。全身に火傷を覆いつつ、視力をも失ったと言うのに、まだ復讐を諦めていない。一体何が彼をそこまで突き動かすのか。


 一方のベルは、再びベンジャミンが迫ることを予期していた。常識はずれの強靭な肉体と、底知れぬ執念を持った復讐鬼。ベンジャミンがここで倒れるはずはなかった。


「ハァ…ハァ……」


 ベルが探しているのは、周囲をすべて腐炎の壁で閉ざされた場所。もう身体中が悲鳴を上げている。目眩も感じていたベルの視界は、次第に暗くなっていく。

 これが死ぬと言うことか。ベルは自分が死に向かっているのを、身をもって体感していた。


 これまで牢屋の中で漠然とした死を感じたことはあったが、実際に死にゆくのを実感したのは、これが初めてだった。もう少しで、ベルの魂の鼓動は止まってしまう。早く星空の雫を飲まなければ……


 ゴクリ…


 ベルはやっとの思いで、星空の雫をひと口飲み込んだ。切羽詰まったこの状況で、ベルは星空の雫の貴重さも忘れていた。

 残された星空の雫は、ごくわずか。この貴重な道具を使わないで済むように、これからは賢い戦い方をしなければ。そう考えている最中、ベルは自分の身体がみるみるうちに回復していくのを感じた。


 死の淵から蘇るとは、まさにこう言うことだとベルは思った。これで絶望的だった戦況も少しは変わるだろう。ベルはすっかり元気になり、傷ひとつない身体となった。

 今なら勝機がある。今のベンジャミンは、普段よりもかなり戦闘力が削がれている。


 そう思っていた時、ベルは復讐鬼の執念の深さを侮っていたことを思い知る。


「⁉︎」


 ベルは再び動けなくなった。ついに、開かれたネック・イーターの口がベルの首を捕らえたのだ。


挿絵(By みてみん)


 ベルは過ちを犯していた。ベンジャミンは視力を奪われて弱くなるどころか、むしろ感覚が研ぎ澄まされていた。

 今のベンジャミンは、目に見えるものに頼っていた頃とは違う。視覚以外の全ての感覚を研ぎ澄まし、ベンジャミンはベルを、まさに血眼で探した。腐炎の燃え盛る音、ベルの呼吸、足音、星空の雫を飲む音。全てを聞き分けていたベンジャミンは、正確にベルの首を狙った。


 今やネック・イーターの刃は、今にもベルの首を喰らわんとしている。少しでも身体を動かせば、その鋭い刃が首に食い込んでしまいそうだ。腐炎のストックも全くないベルには、為す術がない。


 どうすることも出来ないベルは、ただ自分の首が切断されるのを待つしかなかった。首が切断された瞬間を想像して唾を呑み込むことさえ出来ないほど、ネック・イーターの刃はすぐそこに迫っている。


「教皇様の仇!その首、頂戴する‼︎」


 ベンジャミンは、ネック・イーターの柄にあるボタンのようなものに指をかける。


 ついに、ベルの命が尽きる時。とうとうアローシャが出て来ることはなく、ベルの命は奪われる。もうあの悪魔にとって、ベルは不要なのだろうか。すべての手立てを失ったベルは、静かに目を瞑る。

 もう、どうすることも出来ない。首の周りには鋭いネックイーターの刃。そして身動きが取れない上に、炎のストックもない。ベンジャミンの指がそのスイッチを完全に押してしまえば、一瞬にしてベルの首は切断される。


 ベルはすべてを諦めていた。死をすぐそこに感じて、初めて後悔の念がふつふつと沸き上がる。

 死の間際、ベルは危険な旅を共にしたリリ、アレンの顔を思い浮かべていた。

 そして、今強くベルの脳裏に焼き付いているのはレイリーの最後の笑顔。身を呈してベルを救ったレイリーの想いも、今や儚く散った。結局彼女はベルを救うことは出来なかった。エミリアとバートを救うことは出来たが、1人で3人も救うことは出来なかったのだ。


 ベルがこれまで生き延びていたのは、ただ単に幸運だっただけなのかもしれない。逃亡の旅も、父親への復讐も、リリの母親にかけられた呪いを解く鍵を探すのも、これで終わり。


 ガチャン…


 直後、虚しい金属音が、腐炎の轟音の中を駆け抜ける。


 数奇な運命をたどったベルの人生も、これにて終わる


 ………………………………………………のか?

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


ついに、第2章最終回まで書(描)き終えました!!ネック・イーターに捕らえられたベル。捕らわれただけではなく絶望的な金属音まで聞こえてきましたが、果たしてベルはどうなってしまうのか⁉︎ここでまさかの主人公交代はあり得るのか⁉︎回収していない伏線はどうなるのか⁉︎


この次は、第2章で出たワードや謎をまとめた部分を作ります。これで第2章は終わりになるので、その次からは第3章「黒の月編」が開幕です!!


第2章までのBLACK MOONは序章です。第3章からは、物語がどんどん加速して行きます!個性豊かな新キャラも今まで以上に登場するのでお楽しみに!!

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