表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/388

第73話「狙われた首」(1)

レイリーに続き、ライリーまでその手にかけてしまったベンジャミン。彼を動かすのは復讐の心のみ。全てを失った戦士の猛攻を止められるのか…


改稿(2020/09/30)

 ライリーを命をその手で奪ってしまったベンジャミンが悲しむことはなかった。彼はライリーの胸部に突き刺さった大剣を勢いよく引き抜いた。その巨大な刃は大量の血液で汚れている。

 刃を引き抜かれたライリーの死体は、力なく地面に倒れ込んだ。もはや彼女が起き上がることはない。見開かれたその赤い目に、もう輝きはなかった。


 教皇の仇を取ろうとする人間は、この場に2人だけになった。


「ベル・クイール・ファウスト。私がお前を必ず殺す!」


 ベンジャミンは血まみれの大剣を持って、ベルに向かって距離を詰める。ベンジャミンの心は、すでにボロボロになっていた。あの時は彼自身の意思でレイリーを殺したが、今回は違う。ベンジャミンには、ライリーを殺す気などさらさらなかった。これで彼は、娘同然の存在両方を失ってしまった。


「しつこいぞ、大体人殺しはお前の方だろ‼︎」


 とっくに身体の自由を取り戻していたベルは、すぐさま魔法陣を右手に展開する。もう黙って襲われるわけにはいかない。


「黙れ。お前の言葉など、聞く価値もない」


 ベンジャミンは静かに、踏み出す足の速度を上げていく。ライリーがどうなろうと、ベンジャミンの心が変わることはない。確固たる信念のもと復讐を誓った修羅を止めるには、全力で抵抗する他ない。


 その様子を見たベルは近くに腐炎(ふえん)の壁を作ると、急いでその場から逃げ出した。戦いは始まったばかりだが、残された炎のストックはわずかだ。


「笑止。そんな子供騙しでは、私には勝てんぞ!」


 炎を残して逃げるベルを見て、ベンジャミンは笑みをこぼした。本当のところは、ベルは魔法使いのように炎を飛ばしてベンジャミンを妨害したかったが、今の彼にはそれが出来ない。


「……………」


 ベルは必死にベンジャミンから逃げ回りながら、あるゆる場所に腐炎(ふえん)の壁を作っていた。腐炎(ふえん)の壁でベンジャミンの視界を悪化させ、さらには動きを鈍らせるつもりなのだろう。

 すでに路地裏は腐炎(ふえん)に溢れていた。もはや簡単にお互いの姿を捉えることは出来ない。


 ところがその直後、腐炎(ふえん)の中から大剣の刃が現れ、ベルの首筋を狙う。それは実に的確な一撃だった。


「うぉっ‼︎」


 突然現れたベンジャミンの大剣を、ベルは大きく身を反らせてギリギリ避けた。まともに戦えば、ベンジャミンに命を奪われてしまいかねない。ベンジャミンは黒魔術士(グリゴリ)に匹敵するほど強い。


 ベルが逃げ回っていると、目の前にベンジャミンが現れた。目の前と言ってもある程度の距離は離れているが、すぐ腐炎(ふえん)の陰に隠れなければ安全な保証はない。


「丸焦げになっても知らないぜ?」


 ベルは逃げなかった。魔法陣を配列させることを覚えたベルは地面に手をつく。


 すると、比較的小さい魔法陣が、次々と出現した。ベルの前に、数列の魔法陣の列が出来た。


「……………」


 配列された魔法陣が一斉に赤く輝くと、そこから幾重にも重なった腐炎(ふえん)の壁が出現した。この場所は一本道になっていて、2人の左右は腐炎(ふえん)に囲まれている。

 さらに2人の間には、幾重にも重なった腐炎(ふえん)の壁。もはや、ベンジャミンは身動きが取れないはずだ。


「うおぉぉぉぉっ‼︎」


「何だって⁉︎」


 しかし、ベンジャミンの取った行動は、ベルの予想を大きく裏切るものだった。


 復讐に燃える修羅は幾重にも重なった腐炎(ふえん)の壁を物ともせず、真っ直ぐベルに突進して来たのだ。腐炎(ふえん)は普通の炎とは違う。いくらベンジャミンが屈強な戦士と言えど、その炎は彼の身体を燃やしてしまうはずだ。痛みを無視して攻撃を続けるベンジャミンは果敢なのか、無謀なのか。


 一瞬たじろぐベルだったが、ここで戸惑っている暇はなかった。早く策を講じなければ、この恐ろしい怪物を止めることは出来ない。


「バケモンめ!」


 ベルは動揺を隠せなかった。今まで多くの敵を倒して来た腐炎(ふえん)が通用していないのだ。と言うより、確実にダメージを与えているはずなのに、ベンジャミンの動きは鈍ることがなかった。


 迫り来るベンジャミンに対し、ベルは我武者羅に腐炎(ふえん)の壁を幾つも出現させると、その場を立ち去った。


 今まで見て来たベンジャミンは一切 黒魔術(グリモア)を使っていないし、黒魔術(グリモア)を嫌悪しているようにも見える。

 それに、その強靭過ぎる肉体と屈強な精神は人間のものとはかけ離れていた。


黒魔術士(グリゴリ)よ。お前は小細工しか出来ないのか」


 ベンジャミンは臆することなく腐炎の壁を正面突破するが、その先にベルの姿はない。今彼らがいるのは、王都エリクセスのどこかの袋小路。


 この場所はすでに腐炎(ふえん)で覆い尽くされていて、普通の人間なら身動きすら取れない。

 それを裏付けるかのように、ジム・コリーは腐炎(ふえん)により発生した煙を吸って、気を失っていた。

 それでも、これは必ずしもベルに取って有利な環境とは言えなかった。相手の動きと視界を悪くするために腐炎(ふえん)をまき散らしたのだが、それはベルの視界さえも悪くしていた。

 ベンジャミンが腐炎(ふえん)によって受けるダメージを物ともしないのならば、なおさら有利とは言えない。


「はぁーっ‼︎」


 そして、ついに腐炎(ふえん)に身を隠していたベルにベンジャミンが襲いかかる。


「うわっ!」


 ベルは、ベンジャミンの振り回す大剣をすんでのところで避けた。


 その後もベンジャミンは続けざまに大剣を振り回し、ベルはそれを必死で避け続ける。全く速度を落とさずに振るわれるその刃は、次第に狙いを定めていき、ついにはベルの右脚を掠った。


「くっ………‼︎」


 傷を負ったベルは、思わず右脚を右手で押さえた。この状況が続けば、いずれはベンジャミンの勝利が訪れてしまうかもしれない。


「ふっ……」


「笑ってんじゃねえよ」


 ここで、ベルは咄嗟に反撃を試みる。いくらベンジャミンと言えど、ダメージを全く負わないわけではない。焼けただれたその身体が、それを証明していた。彼が羽織っているローブも、焼けて破れている。

 この屈強な戦士は確実にダメージを負っていた。ただその痛みに耐え抜いているだけ。それを知ったベルは再び魔法陣を展開して、至近距離でベンジャミンに腐炎を放つ。


「あれ?」


 しかし、ここでベルの計算外の出来事が起こる。


「ハハハ……これを狙っていたのだ。お前がその力を自由に使いこなせないことなど、とうに分かっている。その黒魔術(グリモア)も、炎のストックがなければ使えないのだろう?」


 ベンジャミンはベルの黒魔術(グリモア)を理解していた。そう、ベルの黒魔術(グリモア)は、炎のストックがなければ発動することが出来ない。ベンジャミンはベルが炎のストックを切らすのを、ずっと待っていたのだ。


「だからどうした?あいにく、ここには大量の炎がある。使うたびに吸収すればストックが切れることはないぜ?」


 ベルは咄嗟に、近くで燃え盛る腐炎を魔法陣で吸収しようとする。


「⁉︎」


 しかし、赤い魔法陣と腐炎(ふえん)の間にベンジャミンの大剣が振り下ろされ、炎の吸収は阻止された。


「させん、この時を待っていたのだ。もう貴様に武器は持たせん。お前は終わりだ」


「くそっ‼︎」


 ベルは諦めずに、再度腐炎の吸収を試みる。案の定、それもベンジャミンによって阻止されてしまった。周囲にあるどの炎を吸収しようとしても、近くにいるベンジャミンに阻まれてしまう。

 炎のストックを再び増やすには、ベンジャミンから離れるしか方法はない。


「お前にもう、武器はない」


 為す術を失ったベルを見て、ベンジャミン口許は弛んだ。この状況でトドメを刺すことが出来れば、ベンジャミンの勝利は確実だ。


「武器ならまだあるさ!」


 ベルは懐に隠しておいたダガーを、ベンジャミンに突き刺した。アドフォードにいた時も持っていた、あのダガーだ。


 グサッ……


 その短い刃は確実に、ベンジャミンの右前腕を貫いた。そこからは、赤い血が滴っている。


「そんなものは武器とは言わん」


 ベンジャミンは自分に突き刺さったダガーを引き抜くと、それをそのままベルの腹部に突き刺した。腐炎を食らっても動きを鈍らせないベンジャミンに、ダガーによる一撃が通用するはずもなかった。


「ぐっ………」


 さらに傷を負ったベルは片膝をつく。確実にベンジャミンの方が身体を傷つけられているはずなのに、ベルの方が先に倒れた。

 このままでは、この場で決着がつきかねない。この頃になると、ベルは命の危機を感じ始めていた。


“俺が死にかければ、アイツが出て来るんじゃないのか……”


 認めたくなかったが、ベルに本当の危機が訪れた時にいつも現れるのは、アローシャだった。今だってこれまでと比べ物にならないくらい危機的状況なのに、アローシャが出てくる様子は一向にない。


「何と無力な黒魔術士(グリゴリ)か」


 たった一撃のダガーに倒れるベルを見て、ベンジャミンは溜め息をついた。


 その時、彼はわずかながら目をつぶっていた。そのわずかな瞬間に、ベルは近くにあった腐炎を少しばかり吸収する。

 幸いなことに、ベンジャミンはそれに気がついていない。


 平気な素振りを見せるベンジャミンだが、その身体には確実にダメージが蓄積されていた。ベンジャミンは全身が焼けただれ、真っ赤な鬼のような姿になっている。

 身体は確実に消耗しているはずなのに、ベンジャミンの動きは鈍るどころか、むしろ鋭くなっているようにも感じられる。


 腐炎(ふえん)の壁を幾度となく果敢に突破して来たベンジャミンは、すでに炎の熱による痛みなど感じなくなっていた。実に恐ろしい戦士だ。彼は死を知らない。


「力に溺れてろくに鍛えもしない黒魔術士(グリゴリ)……黒魔術(グリモア)を失くせば無力なものだ」


 ベンジャミンは心底 黒魔術士(グリゴリ)を嫌悪している。何がそこまで彼に黒魔術(グリモア)を嫌悪させるのか。彼の言う通り、黒魔術(グリモア)と言う最大の武器を失ったベルはほとんど無力に近い。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


強靭過ぎるその肉体は、腐炎にも耐えた。黒魔術を使わないベンジャミンに追い詰められるベル。アローシャが目覚めないまま、ベルは負けてしまうのか…

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ