第9話「豪炎のロック」【挿絵あり】
指名手配犯ロックの前に、少年ファウストが立ちはだかる…
改稿(2020/03/29)
「てめぇー!舐めてんじゃねえぞ。俺様を怒らせたらどうなるか分かってんだろうな?」
その瞬間、ロックの標的は完全に少女から少年へと移った。
「さあ?どうなるんだ?」
「こうなるのさ」
ロックはそう言って、取り巻きの2人に何やら合図を出す。するとパーとシザーズが少年の両肩を抱え、そのまま店の外へと連れ出した。
少年は抵抗するわけでもなく、いとも簡単に店の外に追い出された。ロックは、それを追いかけるように店を出た。
「広いとこで思いっきりやってやろうじゃねえの」
ロックは指をボキボキと鳴らしながら、首を回す。
「……」
表情と動作で威嚇して見せるロックだったが、少年は何も言わず視線を合わせるのみ。彼がロックを恐れている様子は見られない。体格的には明らかにロックが有利だが、少年には何か秘策があるのだろうか。
「どうした?怖気づいたか?今さら謝ったって遅いぜ」
「誰がお前なんかに怖気づくんだよ」
ロックは恐怖のあまりファウストが動くことが出来ないのだと思い込んでいたが、真相は全く違った。少年は怖気づいているわけではない。ロックに先制攻撃のチャンスを与えているのだ。
「てめえ!俺様は殺しもやったんだぞ!?アドフォードじゃ俺様の悪名を知らねえヤツはいねえんだ!って言わせんじゃねえよ!」
「あぁ〜だから指名手配書気にしてたんだ。俺は全然怖くねえ。俺にとっちゃ、お前はただの短気なクズ野郎だ」
少年はわざとらしく驚いたフリをして、ロックを挑発する。
「シザーズ、パー。お前らは下がってろ。コイツは俺様がヤらねえと気がすまねえ」
「ロック様を怒らせちまったら、もうお前は生きて帰れないぜ!」
ロックの怒りのボルテージは、ついに最高潮に達した。少年の挑発的な態度が、ロックの怒りに火をつけてしまったのだ。目の前にいるのは殺人も犯した事のある凶悪犯。この後彼が何をしでかすかは分からない。
「ぶっ殺してやる!」
ロックは右の拳を握り締めた。アドフォードの大悪党ロックは、たくましい右腕を振りかざして少年の方へ駆けていく。全てを暴力で解決するのが、彼のやり方だ。
握られた巨大な拳は、すぐさま少年の顔面に接近する。そのままロックの拳はファウストの顔に直撃すると思われたが、少年はギリギリの所でそれを避けた。屈んで拳を避けた少年は、すぐに体勢を立て直す。
「図体デカいだけなんじゃねえの?」
「ふざけるな!」
馬鹿にされてばかりのロックは、純粋な怒りに突き動かされていた。ロック・ハワードは、目の前にいる少年ファウストを徹底的に痛め付ける事ばかりを考えていた。
今度は少年の胸倉を掴み、ロックはその馬鹿力で少年の体を宙に浮かせた。ロックとファウストの力の差は大きい。日頃から暴力を振るっているだけあって、ロックの腕力は圧倒的だった。力の差は圧倒的なのに、なぜか少年はロックを恐れていない。
「ハッハッハ!お前は口だけのクソガキだな!」
「ぐっ…」
ロックは思い切り力を込めた右の拳で、少年の腹を勢いよく殴る。少年はあまりの衝撃に思わず声を漏らし、そのまま地面に力なく崩れ落ちてしまった。ロックの言う通り、少年は身の程知らずの愚か者だったのだろうか。
「テメェみてえなクソガキは、ここで死ねや」
そう言ってロックは腰に携えた拳銃を引き抜いた。どうやら、本気で少年の命を奪うつもりらしい。
「俺様を怒らせた罰だ」
そして撃鉄を起こし、ロックは引き金に指をかけた。少年の命が奪われる時間はすぐそこまで迫っている。
「っ!」
その瞬間だった。少年は一瞬のうちに態勢を整え、まるでカポエイラのように低重心から回転しながら、右足を蹴り上げた。
その蹴りは、ロックの右手に握られていた拳銃を弾き飛ばした。その反動で引かれた引き金は、遥か上空目がけて弾丸を放った。
そのまま起き上がった少年は、満足げに笑みを浮かべていた。彼はただ口だけが達者なわけではなかった。
「何だよ!口だけじゃねえって言いてえのか!」
「頭の弱いアンタみたいな奴に殺されてたまるか」
「よおし分かった。そこまで俺様の真髄が見たいのなら、見せてやる。“豪炎のロック”と呼ばれたこの俺様の本当の力をな!」
ロックはありきたりな台詞を吐いた。 “豪炎のロック”と言う名が通っているかどうかはさておき、彼にはまだ何か隠している力があるようだ。
ロックはまるで見えない何かを掴むかのように右手を構えると、ゴオッという音がこだまする。その瞬間、右手には赤く煌めく炎が燃え上がっていた。
「何を言おうがもう許さねえ。テメェは丸焼きにしてやる!」
絶対的な自信を持つ武器を手にしたロックは、勝ち誇ったかのような笑顔を見せている。右手に握られた炎は、すぐにロックの拳を覆った。
ロックはそのまま、“炎の拳”を振りかぶった。そこには、最初にロックが少年に殴り掛かった時のような光景が広がっていた。ただひとつ違うのは、ロックが炎の拳を振りかざそうとしている点だ。
ファウストは左側に身体を逸らして、炎の拳を避けた。最初と同じように屈んで攻撃を避ければ、ロックからカウンターを受けると考えたのだろう。
少年はロックの魔法を侮っていた。炎の拳自体は避けられても、それが纏う熱気までは防げなかったのだ。炎の拳が帯びた熱気は、少年の右目を覆う前髪の先が焦がした。
「あっちー!」
少年は慌てて焦げた毛先を触る。すると焦げた部分の毛は脆く崩れ、散ってしまった。
「その程度で済んで良かったな!次は外さねえ!」
ロックは本気だった。彼は、少年の命を奪うまでこの闘いを続けるつもりらしい。
「…………」
そこで何を思ったのか、少年は急に地面に寝そべり、炎の拳をただ待ち受けるような姿勢を取った。よく見てみると、彼の右手は背中の下に隠されているようだが、ロックはそのことに気づいていない。
「なんだ?降参か?無駄だ!」
ロックは無防備なファウストに一切慈悲を見せることなく、炎の拳を振り下ろす。重力に従って振り下ろされる炎の拳は、まるで流星のようにも見えた。
炎の拳が少年の顔面に到達する寸前、少年は身体を回転させてその攻撃を避けた。その行動は、ロックには全く意図が分からないものだった。
「おちょくってんじゃねえぞ!いつまでそうやって逃げるつもりだ?」
いつもギリギリで攻撃を避ける少年を見て、ロックはさらに苛立ちを募らせていく。ロックは少年のことを、口だけのお調子者だと思っていたが、今では別の印象を抱いていた。
どこまで追い詰められても挑発する事を止めない少年は、何らかの能力を隠しているのではないか。だから、いつまでも余裕を持っていられるのではないか。ロックはそう思っていた。
「何⁉︎」
何か得体の知れない違和感を抱いたロックは、ふと自分の炎の拳を見つめた。
すると、その拳に灯っていたはずの炎が、忽然と消えているではないか。ロックは今自分の身に起きている現象を理解出来なかった。
自慢の炎の拳は、一瞬にしてただの拳に戻っていた。ロックがふと少年の顔を見やると、彼は不敵な笑みを浮かべている。きっと、炎が消えた事には目の前の少年が関わっている。
「てめえ何をした!」
「何言ってんだ?アンタが調子に乗って魔力使いすぎたんじゃねーの?」
ロックは、ついに焦りを見せ始めた。少年は何らかの力を隠している。その疑惑が、さっきの現象により真実味を増して来た。
しかし、少年はとぼけた表情を浮かべるばかりで、その真相を明かそうとはしない。
「そんなわけねえだろ…」
確かに少年の言う通り、魔力が底をついた可能性は拭えない。そう考えたロックは、再び右の拳に炎を灯してみた。
「でまかせ言ってんじゃねえ」
その可能性はすぐに否定された。ロックの右の拳には、しっかりと炎が灯っている。それはつまり、ロックの魔力はまだ底をついていないと言う事だ。
最大の武器を失っていなかった事に安堵したロックは、再び威勢良く吠える。彼はもう片方の拳にも炎を灯し、今度こそ少年を丸焼きにしようと構える。2つの炎の拳を手に入れたロックは、もう誰にも止められない。
「今度こそ…死ねえー‼︎」
ロックはありったけの力を込めて、ファウストに向けて両の拳を連打する。休む間もなく打ち出される炎の拳は、容赦無く少年の命を狙う。
少年はロックの猛攻を寸前のところで避けてはいるが、2人の間の距離は次第に狭まっていた。少しでも少年の動きが遅れれば、炎の拳が直撃してしまう。
少年は直接的なダメージは受けていないものの、着実に間接的なダメージを負っていた。炎の拳がまとう熱気により、少年の頬には微かに火傷の跡が見られた。
このままロックの猛攻が続けば、少年の体力はジリジリと削られる事になる。灼熱の猛攻により、少年の息はすでに切れ切れ。ロックの方が喧嘩慣れしていることもあり、体力差が顕著に現れ始めていた。
「どうした?逃げてるだけじゃあ、何も変わらねえぞ!」
息を切らすファウストを見て、ロックは自分の圧倒的優勢を実感していた。
この時、ロックはさっきまで抱いていた不安を拭い去っていた。どんな力をファウスト少年が隠し持っていようと、このまま猛攻を続ければ、ロックは戦いに勝利する事が出来るだろう。
勢いを落とすことなく拳を繰り出すロックは、次に右フックを繰り出した。
「っ!」
その右フックは、見事に少年の腹に命中した。その光景を見ていると、デジャヴを感じざるを得ない。
だが、今回は最初に受けた打撃とはわけが違う。炎をまとった打撃だ。食らえばたちまち炎が全身を覆い、致命傷を負ってしまうに違いない。これで決着は着いたかのように思われた…
「逃げてねえよ」
ところが、少年はロックに殴られたわけではなく、その拳を右手で掴んでいた。それだけではなく、ロックの拳を覆っていた炎が再び消えているではないか。これでロックの疑いは確信に変わった。少年ファウストは、何らかの手段で炎を消している。
「何だと⁉︎」
ロックは再び起きた不思議な出来事に動揺を隠せなかった。ちょっとしたパニックに陥っていたロックは、慌てて左手を確認する。
すると、左の拳を覆っている炎は消えていなかった。少年が右の拳に何かをした事は、まず間違いない。
「何をした?」
「知りたいんだったら、もう1回かかってこいよ。見せてやる」
動揺を隠せないロックに、少年は自信満々でそう言った。この時形勢は完全に逆転していた。どうやら、これまで少年はわざと押されているフリをしていたようだ。
「調子こいてんじゃねえぞ!」
挑発に乗ったロックは、左の拳で少年に襲い掛かる。
少年は左前腕の側面で、ロックの拳をガードするような姿勢を取った。少年の思惑など気にせずに、ロックは炎の拳を思い切りぶつける。少年はそのまま炎の拳をガードすると思われたが、そうではなかった。
炎の拳が直撃する瞬間、少年は左前腕の下から右手を突き出していた。
ロックの左拳は、少年の左前腕ではなく、彼の右手に受け止められる形となった。炎の拳を素手で触って大丈夫なのだろうか。さっきと違って、ロックの左拳を包む炎はまだ消えていない。
しかし、その直後に変化は起きた。少年の右掌から怪しく煌めく魔法陣が展開されると、それに吸い込まれるような形で、ロックの炎は消え去ってしまった。赤い魔法陣が、ロックの炎を呑み込んだのだ。
ちょうどその時、少女は店の窓から少年とロックの闘いを心配そうに見ていた。少年が魔法陣を展開したその瞬間を目撃した少女は、目を見開いて店の外へ飛び出した。
「お前も魔法が使えるのか?」
少年の能力を目の当たりにしたロックは、冷や汗を流した。どんな魔法かは分からないが、どうやら彼は炎を吸収してしまう力を持っているようだ。もしそうだとすれば、ロックに勝ち目はない。
「さ、そろそろこっちから行ってもいいか?」
少年はロックの質問に答えなかった。もはや答える必要もないからだ。少年が魔法を使えるのは明白な事実だった。
ついに少年の反撃が始まる。これまで防戦一方だったファウストが、ようやく自ら攻撃を仕掛ける。
ついさっき接触したばかりの2人は、わずかな距離しか離れていなかった。ロックはすでに、少年の間合いに入っている。
息つく間もなく少年はロックに急接近すると、右の掌をロックの腹に接触させる。
それから間も無く、そこにはさっきと同じように魔法陣が展開された。
だが、今回の魔法陣はさっきと違っていた。ロックは炎の魔法を使っていない。今回展開された魔法陣は、炎を吸収するためのものではなかった。
ロックの腹に展開された魔法陣が赤く煌めくと、そこから一斉に炎が放出された。魔法陣から放たれた炎は、一瞬にしてロックの全身を覆ってしまった。
「あぁぁぁー!」
火だるまになったロックは慌てふためき、腰を抜かしながら少年に背を向けて逃げ始める。
「ロック様~!」
ずっと戦闘の様子を見守っていたシザーズは、赤土の楽園から持ち出した水をロックにかける。
それでもまだロックの身体に炎は微かに揺らめいていたが、その炎はパーが手ではたき消した。そんな惨めな悪党の姿を見たファウストは、満足そうな笑みを浮かべていた。
「くっそー!」
ロックは捨て台詞を吐くと、シザーズとパーに肩を担がれながら、急いでその場から立ち去った。少年に恥をかかされたロックは、一刻も早くこの場から逃げたかったのだ。町中から恐れられる悪党ロックは、恥をかかされた経験が少ないのだろう。
一方で、あの少女はすぐ近くで、少年とロックの戦闘を見ていた。戦闘にギリギリ巻き込まれない場所で、少女は少年の魔法を興味深そうに観察していたのだ。
決闘が終わったことを確認すると、少女は少年に向かって1歩踏み出した。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
今回は少年ファウストの、初めてのバトルシーンでした。次回は少年と少女の初絡みです。




