薬
「あはようございます!!」
空回りする朝第1声。何事もなかったかのように歯磨きする先輩、そして同僚たち。引きつった笑顔を繕いながら自分のデスクへ座り込む。静寂を好んでいるがそのうちまた機嫌が悪くなってやっぱりどっか一言、気の利いた言葉を探さないと。
「…て、天気いいですね…」
「あ…は、はい。そうですね…(笑)」
「ははっはは…」
惨めな自分の姿はもう見慣れた。別になんかしたわけじゃない。空気が、この風潮が俺の肌にはあわないだけ。会社員、サラリーマン、新橋…ひとはみんな拒絶反応示すだろうがなぜか俺はそこに光を感じていた。どこか未来があるんじゃないかって本気でそう信じていた。しわ一つないスタイリッシュなスーツに銀色の腕時計、皮カバンに綺麗な同僚たちに囲まれた華々しくもすべてがそこに詰まってて、バッサバッサ熾烈な競争を勝ち抜いての昇進、結婚、マイホーム、チルドレン。そんな甘かなかった社会人、もう順番はいつの間にか決まってて目を覆いたくなるような醜い椅子取りゲームにルールなんてなかった。既に出来上がってしまった派閥、そして相容れない放浪者層は気配を消しPCと対話する。
敗れた。
ひとり居づらくなったデスクから噴水湧き上がる公園に逃れて安パンの3割引きをかみちぎる。ここがやっぱり落ち着くんだ。この空間、この日差し、昼間にベンチに寝っ転がるおやじたちの静かな時間が。
このままいけば何も残らない。家も子も昇進もお金だって、なにも得られない上に一生続く労働時間。
「はぁ…」
滅入る、昨日なのか今日なのか明日なのかおとといなのか…わからない、ほんとうにわからない。
この昼休みが終わればまた3Gの湿った空気が襲い掛かって、息もできない時間が続く。
ここ数日、会社を辞めようと本気で思った。そして、なにで稼いでいくのかも。
PC1台あればどんだけでも稼げる時代…どうやって?アフィリエイト、アプリ、ネットビジネスどれもこれも一握りの成功者だけ。起業………なにを売る?俺にはなんの特技もない。じゃあ学校に通うか…カネがない、借金も…借金つくってどうする、会社辞めるのに。ってな感じでいつの間にか朝になってるのが続いている。何も出てこない。そう、こんな時は偉人の言葉に見出すんだ。
「エジソン -それは失敗ではない。その方法では成功しないということ、ただそれだけ。」-
う~ん、違うな。
「シェイクスピア -あなたがどんなに清廉潔白であろうとも、世の中の悪口からは逃れられないだろう。-」
わかる。どんだけ気使ってもやまない仕打ち。こんな人でも悪口に悩んだか。
「ラリー・エリソン -なにもしない。それが一番のリスクだ。-」
ん~ピンとこない。まぁ、こんな人たちの頭と俺の頭が合うはずがない。
「とりあえず、仕事続けるか…そのうちなんかみつかんだろ。」
賃貸安アパートの鍵をかけ、カバンをソファーに投げつけうなだれる。
何もなさないまま死んでいくのか…
夢なんてかなわないって普通が一番ってな感じで育ってきた凡人に今更なんいができる。
この思いを、死が目の前をふらついてはっきりと見えてくる。
用心に越したことはないってか、その通りかもな。
今度、一緒に歩いた道がいつか忘れらない思い出になってこうやって考えてることも誰も知らない優越感をここに一人で、この静かな月明かり差し込む時間を刻んで、この時間空間を求めていたんだ。
何もいらない、ただこうやって頭の中をかき回してひとりこの時をかみしめる。いつしか鼓動が止まるそのときまで静かに精一杯、息をつないで。
なにもかもが幻想なら、何もかもがリアルなんだから。
目指す道、こうやって心を落ち着かせてくれる不思議な間、トーン…知り尽くした心をすべて包み込むかのような優しい嘘に時を忘れる。
自分は特別だって思えるのは誇大妄想なんかな…そろそろ潮時なんかも。
「明日行ってみるか」
「どうしました?」
「い、いえ…最近、仕事のストレスかもしれないんですけどどこかおかしくて…」
「は、はぁ…で?どこが?」
「は?…あっ、すいません。食欲というか、最近なにするも元気がでないっていうか…」
「友達います?」
「はぁ?…いません…」
「やっぱり…多いんですよね。そういう人。」
「どういうことですか?」
「いや、なんか…やっぱり一人でいるといろんなこと考えちゃうでしょ?そんで今は未婚の人が増えてますからねぇ。」
「なんか薬ってでるもんなんですか?」
「えぇ、でますよ…たぶん鬱病でしょうね。知ってるでしょ?うつ病。」
「はい。飲んだら治りますかね。」
「飲んだ暫くは…でもストレスの原因を取り除かないとって感じなんですけどそんなこと無理ですからね。会社でしょ?」
「はぁ。」
「誰だって一緒ですよ。悩みなんてない人いないんですから。」
「そんなもんですかね。」
「そうですよ。みんななんかしら抱えて踏ん張ってるんですから。でも…」
「でも?」
「これを一錠飲んでみてください。」
「これは…なんですか?」
「実は私、薬の開発にも携わってましてね…今までの薬は対症療法でらちが明かない。それで一発で治る薬をって思いましてね。」
「…で、治るんですか?」
「それがまだ被検者が十分じゃなくて…もしよければ被検者になってもらえませんか?薬の料金はもちろん診察代も頂きませんから。」
「え?タダですか?…やります!」
「あぁよかった。じゃあ、とりあえず1週間分の薬をお出ししますから次は1週間後にまたいらしてください。心配いりません、命に危険のあるような成分は入っておりませんから。(笑)」