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9 最強の軍隊(軍2/2)

本日2度目の更新です。

 夏が来て、秋が来た。

 夏休み返上で行われた訓練は日に日にレベルを上げ、サラが軽く走る速度に笑ってついてくる者が出てくるほどに兵達は強くなっていた。

 しかし、ある日の午後。


「どうしても壁を抜けられないんです!」


 そう言って個別特訓を願い出たのは小隊長10名。

 彼らの熱気を前にセバスは一瞬たじろいだ。


「みなさん、壁は抜けるのではなく越えるものです。そしてみなさんの障害となっている壁がどのようなものかを確認しなければ対策しようが」


「この壁です!」


 小隊長たちが指さしたのは屋内訓練場の壁だった。

 この筋肉たちは何を言っているんだ、とセバスが眉をひそめた時だった。


「みなさん、壁抜けは大変ですよ? 失敗したら肉離れじゃ済みませんからね」


 声の主は騒ぎを聞きつけてやってきたサラ。

 「ねえセバスさん」と相槌を求められてもセバスはどう答えればいいかわからない。


「数ヶ月前、私が初めてセバスさんの壁抜けを見た時はみなさんと同じように感動したものです。お呼びの声がかかってすぐ、いきなり会議室に現れたんですよ。王様もドアの開閉がなかったことに驚いていらっしゃって……本当に素敵でした」


「待ちなさいサラ。あなたはなぜ会議室内部の様子を知っているのですか。それに私は壁を抜けてなどいません。ちゃんとドアを使っています」


 うっとりした様子で語っていたサラの表情が固まる。


「え、ドア使ってるんですか」


「はい。普通の皆様が知覚できない速さでドアを開けて入室し、音を立てずにドアを閉め、礼をしてから控えています。むしろ壁を抜けるなんて芸当、さすがに私でもできませんよ」


 誰にも見えていないのに入室後の礼をするセバスは無駄に律儀である。

 しかし問題はそこではない。


「私、てっきりセバスさんが壁を抜けてると思ってて……だから壁抜け習得したんですけど……」


 へなへなと座り込むサラ。

 驚いたのはセバスだ。

 壁を抜ける? 普通に考えたら壊れるだろう。

 しかしサラが瞬間移動で参上するときに壁が壊れるのを見たことは無い。

 練習中に粉砕されたドアを見たことはあるが、てっきり勢いよく閉めすぎて壊れたのだとばかり思っていたが。

 まさか、本当に彼女は障害物を通り抜けていると言うのか。


「……サラ、よく聞きなさい。あなたは壁抜けの第一人者です。ですからその技をきちんと伝授する必要があります」


 驚きから立ち直ったセバスの目は真剣だ。

 もしも壁を抜けることができるとするなら、ドアを探すことなく最短距離で敵国の城を制覇することが可能だろう。

 それは他国の者に知られればこの国にとって脅威となる技術ではある。

 しかしその技術がこの世に存在する以上いずれ他国で採用されても不思議ではないのであり、危険性を考慮してためらう余裕はこの国にはない。

 宰相補佐官の秘書もその事情をよく分かっていた。


「わかりました。みなさん、一度会議室へ」


 立ち上がったサラはスカートの汚れを払うと訓練場併設の会議室へ兵達を誘導する。

 そして始まった壁抜けの方法の解説は兵達だけでなくセバスの頭をも混乱させるものだった。


「この世界の物質は全て微振動するブロックが組み合わさって出来ています。積み木をすると僅かな隙間ができますね? 私たちはその隙間を通る必要があります」


「サラ教官、壁に隙間なんてないですけど」


「それは隙間が小さすぎて見えないからです。よく見れば水の中にも隙間はありますよ。水のブロックは動きが速いので隙間を抜けるのは難しいですが」


 理解されていないらしいことは分かりつつもサラは言葉を続ける。


「隙間を通る時、私たちはその小さな隙間を通れるサイズにならなくてはいけません。そのため、体を分解します」


「サラ教官、分解したら死んじまいます」


「もちろん、普通に分解したら死にます。私だって今この場で首を切り落とされたら多分死にます」


 絶対じゃなくて多分なんだ……と呟く声。

 そこには反応せずにサラは続ける。


「そこで、体を構成するブロックをさらに分解して、その状態で壁であるブロックの隙間を抜けます。この段階では存在がモヤのようになっていますので、意識を失わないように気をつけてください。壁を抜けきったら気合いで体を再構成します。これで壁抜け完了です」


 誰も何も言わない。

 いや、言えない。

 もしかして質問をしづらいのかもしれないと思ったサラは先に答えを言ってあげようと口を開く。


「きっと、体だけ壁抜けしたら服がどうなるかといった疑問があるのだと思います。その疑問はもっともです。私も初めて壁を抜けた時は服を意識するのを忘れて素っ裸で壁の向こうにいましたからね。でも大丈夫、意識しておけば服も荷物もちゃんと一緒に壁抜けできますよ」


 そんなことを聞きたいのではない、と一同の意見は珍しく一致した。

 しかし何やらあらぬ想像をした者もいたらしく、サラの姿をチラリと見てはうつむく者もちらほら。

 嫁入り前の女性として素っ裸発言はやめるように言っておこうとセバスは心にメモをする。


「他に注意と言えば……冒険奇譚小説にある『石の中にいる』状態にならないように、ということでしょうか。私はまだ経験していないのですが、厚めの壁を抜けている最中で集中を切らした場合、その場で再構成が始まり、壁の中に閉じ込められる可能性があります。それが壁の物質を取り込んでの再構成なのか、再構成した体の外に壁がある状態になるのかはわかりませんが、とにかく壁になりたくなければ意識を途切れさせないことが重要です」


 質問の手は上がらなかった。

 黒板にブロックを積みあげた絵や体を微細に分解した図を描いてはみたものの、いまいち伝わらなかったらしい。


「もし壁抜けができなくとも、秒速千メートルで移動していれば壁を抜けているように見えるので気にせず訓練を続けてください。以上、休憩終わり」


 その日、サラのあだ名には化け物教官に加えてファンタジー教官というものが加わった。

 サラにとって壁抜けはファンタジーでもなんでもなく現実なのだが、「人間をやめていない」兵達にとっては夢物語に思えたらしい。

 また、秒速千メートルという速度もサラをファンタジーの住民たらしめていることをサラが知ることはなかった。



 秋が去り、冬が来た。

 約束の半年が迫り、雪積もる午後のこと。

 王様が軍の様子をご覧になるという噂が流れ、兵達はワクワクイソイソ、緊張しながら訓練を行っていた。

 訓練場わきの中庭は雪かきされないまま広がっており、足跡一つない真っ白な平面が陽光を受けてキラキラと輝いている。

 王国軍大将は王に毛皮を着込ませ、雪原の前へと案内した。


「一同集合!」


 大将の声が響くと共に王の目の前にモヤのようなものが見え、それが人であることがわかる。

 後ろの方に集まる者達も迅速に駆け寄ると列に並んだ。

 集合までの所要時間、およそ五秒。

 訓練場から数百メートルあることを思うと異様な集合速度だった。

 書類仕事をしているうちに兵達に何が起こったのか。そう訝しむ大将をよそに王は肩を小刻みに揺らしている。

 寒いのだろうかと自身の上着を掛けようとした時だった。


「アーハッハッハッハ! 見たか大将! 我が軍が化け物集団となったぞ!!!!! ハッハッハ!!!!!」


 高笑いを続ける王にかける言葉は見つからない。

 モヤのように現れた先頭集団と訓練場は足跡で繋がっており、確かに彼らが走って集合したことを示している。

 きつねにつままれたような気持ちでいる大将のわきにはいつの間に現れたのかセバスとサラが礼を取っていた。


「宰相秘書よ、調整はどうだ」


「はい陛下。まだ伸びる余地はありますが現状考えうるすべての作戦を遂行可能です」


「それならよい。望むなら今すぐ2人をもとの主のもとに戻しても良いぞ、いかがする」


 王からの「結果出してるから早めに訓練やめちゃっていいよ」という言葉にサラの心が惹かれる。

 週に一度は定期報告のためトーリに会ってはいたが、2年仕えた主と離れて過ごすのは寂しい部分もあった。

 でも、目の前の兵達はサラを教官と慕い、半年間最後まで面倒を見てもらうことを期待している。

 半月先の目標も決めたばかりであり、その成果を見届けることも教官としての義務だろう。


「閣下には優秀な部下がおります。私はここで自分に出来ることをさせていただきます」


「私も、最後まで責任を持って訓練を続けたいと存じます」


 2人の答えに王は満足そうに頷き屋内へ戻ってゆく。

 王の姿が見えなくなったあと兵達はわっと歓声をあげ、セバスにたしなめられたが、セバスも彼らの気持ちをわかっており強くは言わなかった。



 年が明け、春が来た。

 雪解けを合図とするように帝国からの宣戦布告が舞い込み、戦争が始まった。

 それなのに王城の中はいつもと変わらず、多少会議が増えて軍事大臣がやつれている以外は穏やかに時間が流れていた。


「心配か」


 窓の外を見て憂いを顔に浮かべるサラにトーリが砂糖菓子の皿を差し出す。


「はい。半年間共に過ごした仲間ですから」


 ポリポリポリポリ。

 顔だけはアンニュイな令嬢の様子で、しかしせっせと手を動かしては砂糖菓子を口に放り込んでいくサラにトーリは小さく肩を揺らした。


「心配しなくても良いんじゃないかな」


「なぜです。帝国の武器は強力です。それが大量に投下されるとなれば王国軍は無事では済まないでしょう」


「当たらなければ良いんじゃないの?」


 その言葉はまるで訓練初日のセバスのようで。

 そんな無茶な、と言おうとしたサラの口にトーリがポルボロンを突っ込む。

 ほろほろと崩れるクッキーはサラの言葉を止めるのには十分で、トーリは満足そうに続けた。


「今回の作戦は宰相にしては珍しく脳味噌まで筋肉な作戦でね。開戦の合図と共に足の速い者達が駆け出して敵国の司令官の口を塞いで捕虜にするっていう素晴らしい作戦なんだよ」


 もぐもぐもぐもぐ。


「で、さっき早馬が来たんだけどね。終わったよ、戦争」


 もぐ? もぐもぐもぐ。


「戦場の司令官捕虜作戦と同時に城を襲撃して皇帝と皇子を拉致してきたらしくてね。帝国は大騒動だってさ」


 もぐもぐ。ごくん。


「双方共に死傷者ゼロ、歴史に残る無血決戦だよ」


 ああ。彼らは無事なのですね。私は、彼らを鍛えることで守れたのですね。

 掠れた声で呟くサラにトーリは頷き、「まったく、君たちはいったいうちの軍をどう仕上げちゃったの? 秒速五百メートルの壁が超えられないとか言ってたけど尋常じゃないよね」と苦笑する。

 私はご命令のままに。

 掠れた声で返すサラ。


「……さっきから声かすれてるけど大丈夫?」


 サラが水差しを指さす。


「え、もしかして喉に詰まらせてる? ちょ、サラしっかり」


 グラスになみなみと水を満たして渡すと、サラはグーっと一気にあおった。

 げふげふと何やら咳き込んでいたが、やがてすっきりした顔でトーリを見上げた。


「お菓子で死ぬのなら本望だと思いました」


 口の回りに粉糖をつけたサラはどこか幸せそうに笑う。


「そんな情けない死に方はやめてくれ。サラのご両親に顔向けできないから」


 肩を落とすトーリは新たに舞い込むであろう戦後処理にむけて資料をまとめ直す。

 王国史に残る帝国との無血決戦。後にその戦争は「凍血の魔神は血を流さない」という煽り文句と共に語られることになったのであった。


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