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6 夜会は夜の国会です(夜会1/2)

 王国の国会期間は長い。

 延長がなくとも年が明けてすぐから、秋が深まるまで行われる。

 それは夏休みを含むせいもあるのだが、他国に比べると季節一つ分は会期が長いと言われている。

 そんな国会期間は社交期間ともなっていて、王都では連日あちこちで夜会が開かれる。

 華やかなドレスが乱舞する舞踏会、贅を凝らした食事。

 それが楽しいだけのお遊びならどれだけ良かっただろう。

 夜会は「夜の国会」の略称だと言ったのは誰だったか。

 昼の仕事にかまけて夜会を蔑ろにしてきたツケが現在進行形でトーリの肩にのしかかっていた。


「サラ、提出予定の予算案、軍備の予算がやたら低くなかった?」


「その件はアスコット伯の進言が認められた形です。騎士団長や隊長方の反発を裏から手を回して押し切ったとの噂があります」


「いつ帝国が攻めてくるかわからないのに何を考えてるんだ……。浮いた予算はどこへ行ったんだっけ」


「主に服飾・特産品開発です。街道整備と治水事業にも振られていますが、こちらはもう少し増やすべきだと軍事大臣と農林水産大臣が言っていました」


「今晩アスコット伯が参加する夜会は」


「招待状がこちらに。アスコット伯主催です」


「それは運がいいな。アスコット伯とその周辺を叩きたい。できるか?」


「ご用意致します」


 書類をガサガサと読み続けるトーリ。

 午後の会議が終わり、普段なら落ち着いてお茶の時間にするはずが今日はそれもままならない。

 明日の予算決議までに予算案を修正しなければ年明け後の王国の存続自体が危ぶまれる可能性がある。

 いくら補正予算という抜け道があるとはいえ、できる限り本予算で固めておきたかった。

 修正案をガリガリと書き進め、サインをしてサラに手渡す。

 受け取ったサラはそれを宰相に届けるべく礼をして姿を消した。

 それこそ文字通り煙のように消えるサラにまだ慣れず、トーリは数度瞬きをする。

 しかしのんびりはしていられない。

 電信機で王都内の家に連絡を入れ、夜会の支度を頼む。


「トーリ様、お茶でございます」


 いつの間にか戻ってきていたサラからブレンド米を受け取り一気に飲み干す。

 後手に回ってしまった自分の責任ではあるが、ストレスで禿げそうだ。


「トーリ様、この季節にだけ生える薬草をご存知ですか。なんでも、育毛効果があるそうです」


 思わず顔を上げたトーリにサラはにこりと笑う。


「もしかして声に出てた?」


「いいえ? 育毛草ブレンドのお茶のお味はいかがでしたか」


「悪くない。年中飲みたいくらいだ」


 お代わりを注ぐサラはとても嬉しそうだ。

 彼女を夜会のパートナーにしたらきっと動きやすいだろう。

 そうか。

 なぜ気付かなかったのか。


「サラ、夜会に行ってみないか。僕のパートナーとして」


「私はメイドです」


「でも今は秘書だ。夜会に出たことはあるだろう」


 トーリの家のメイドには行儀見習い希望の下流貴族の娘達が採用されていたはずだ。

 サラも貴族の一員である以上夜会の経験はあるだろうと思ったのだが。

 トーリの予想を裏切り、サラは首を横に振った。


「私は社交界デビューをしていません。上級学校に進んだ時点で私は貴族の子女としての生き方を捨てていますので」


 サラは子爵家の次女だ。兄と姉が一人ずつ、下に妹が一人いる。

 子爵家は兄が継ぐし、婚姻関係による家同士の繋がりも姉によって達成された。

 父の「好きなように生きなさい」との言葉に甘え、強くなるために手っ取り早く学校に通った。

 卒業後すぐにトーリに仕え、夜会もとい婚活パーティーに出ることなく仕事に邁進してきたサラにとって、夜会は遠い世界のお祭りくらいの認識しかなかった。


「踊れないなら壁の花に徹してくれて良い。僕が来て欲しいんだ。……来い、サラ」


 トーリの真剣な表情。

 時折見られるそれはサラが好きな顔の一つだ。

 その顔はいつだって何かを守るための意志が込められていて、サラの信念と通じるところがある。

 守りたい。

 強くなって、守り抜きたい。

 幼い頃から抱き続けた信念はサラの人生の一部であり、サラを動かす原動力だ。


「かしこまりました」


 丁寧な礼は心からの敬愛の印。

 顔を上げたサラはさっそく夜会のマナーを調べに動き出す。

 行き先はもちろんーー



「おい小娘、なんで俺のとこに来るんだ?」


「宰相様が夜会慣れした上流貴族でいらっしゃるからです」


 サラが訪れたのは宰相執務室。

 提出書類があるのだろうと手を伸ばした宰相にサラは右手を乗せ「夜会のマナーを教えてください」とにっこり。

 唖然とする宰相にサラは「教えていただけるまで帰りません」と宣言し、ちゃっかり空いた椅子に収まった。


「従者としての参加ならセバスに聞け」


「セバスさんは従者としてしか夜会に行ったことがないと仰ったのです。そのため会場である広間の様子はよくわからなくて」


 どこかの屋敷の見取り図を取り出すサラ。

 従者控え室の様子やそこでのマナーが事細かに書き込まれている一方、広間については「食べ物。楽隊。踊る」としか書かれておらず情報としては心許ないとしか言いようがない。

 不十分な情報。

 しかし宰相の目は見取り図に書き込まれた厨房や使用人休憩室についてのメモ書きを捉えていた。


「小娘、何をする気だ?」


「私はメイドでございます」


 そう言ったサラの目には楽しげな光が浮かんでいた。



 異国風の飾り付けがされたアスコット伯主催の夜会。


「アスコット卿、お招き有り難うございます。今日も素晴らしい衣装ですね」


 サラリと輝く金髪を揺らし、トーリは爽やかな笑みを浮かべる。

 筋肉質な身体を異国風の礼装で包むアスコット伯は食えない笑みでそれに答えた。

 アスコット領は王国の東にあり、海に接した領地である。

 もともとは海産物を特産としていたが、近年では東の島国から流入する異国情緒溢れる文化や織物技術を取り入れ、服飾品や特産品を多く開発し王都に流通させることで力をつけてきている。

 アスコット領と王都の間の街道は整備が不十分であり、物流の障害となる以外に、王都からアスコット領へ軍を派遣する場合の障害ともなっていた。

 王都への製品搬入のために街道整備は必須、しかし容易に軍が派遣されては私兵の自由がきかなくなる。

 アスコット伯が街道整備の予算増加と軍備予算の減少を同時に行ったということは、遠からぬ未来に反乱を起こそうとしていると見て間違いない。

 宰相よりも歳上である彼はトーリのことなど指先であしらえると思っているのだろう。

 しかしトーリーは容易にあしらわれてやる気はなかった。


「次期宰相殿は今宵も華たちの視線を独り占めですな。貴方ならうちの新製品も似合うでしょうなぁ」


「お上手ですね。卿のご領地の開発力は王国の誇りです」


「僭越ですな」


 人畜無害な褒め言葉を並べるトーリに気を良くしたのか、アスコット伯は特に仕掛ける様子もなく相槌を打つ。


「でも、それも国があればこそ。先日の粛正はご存じで?」


「ええ。横領のみならず帝国と組んで反逆を試みるなど貴族の片隅にも置けません。陛下の判断には清々しますな」


「本当に。この情勢では軍備強化もやむを得ないとうちの上司が困っていました」


 踏み込むきっかけが掴めず言葉を重ねるトーリ。

 それを見て興味が失せたのか、アスコット伯は会話を終わりに導く。


「心配は過ぎると毒ですぞ。我が国の軍は強いですからな」


「……アスコット卿」


「なにかな」


「次期軍備予算が大きく減った理由をご存知ですか」


「残念ながら知りませんな」


 勝てるだろうか。

 弱気になりかけて、すぐにそれを振り払う。


「どうかここだけの話にしていただきたいのですが……予算成立と共に各領の私兵を強制徴用する法が成立するように仕組まれているのです。軍備が大幅に強化されることは喜ばしいことですが、国庫からの支出を減らし貴族に負担を課す悪法です。私の領は近年野獣被害が多く、私兵を取られてしまえば民の安全に関わります。どうか卿のお力をお貸しいただきたいのです」


「それは誠か」


 切羽詰まった様子のトーリは「上司の机を……いえ、どうか詮索しないでください」と続ける。

 その姿は領民を憂う領主のもの。

 アスコット伯の頭の中で侯爵家に恩を売った場合のメリットと自領のメリットが素早く算出される。


「ただでとは申しません。我が領の商会は他国との貿易に力を入れているのですよ。うちとそちらを街道で繋ぎ御領の製品を他国に知らしめる。アスコットブランドは世界一、そう呼ばれる日も遠くないでしょう」


「しかし……貴殿は次男でしたな。それは領主たる父上殿のご意思か」


「恥ずかしながら、父は王都の空気が合わないからと領地で療養中なのです。兄は父の反対を押し切って騎士団に入ったきり帰ってきませんし、領主代行権の一切が私のもとにあるのですよ」


 左手の指を見せるトーリ。

 そこにはめられた領主の指輪とトーリの顔を交互に見るとアスコット伯は小さく息を吐いた。


「良いだろう、若き領主代行殿。野望を持つ若者は嫌いじゃない。奥へ行こうか」


 談話室に消えていく2人。

 それを横目で追ったサラは空のグラスを回収しながら周りの様子を観察する。

 そう、飲み物の入ったグラスを取るのではなく、空のグラスを片付けているのだ。

 サラは今絶賛メイド中である。

 その服装はアスコット伯爵家のメイドのお仕着せ。

 夜会の時のみ臨時で雇われるメイドたちに交ざり、サラはせっせと働いていた。

 そして時折、紳士に近づいては「落とし物でございます」と紙切れを渡す。


「計画変更……?」

「なぜこの話が漏れてるんだ……」

「ほう、こんな美味しい話が」


 呟かれる独り言はそれぞれ違うが、彼らは全てアスコット伯に賛同する貴族達。

 一人になった瞬間に渡すメモの内容は一人一人違うものの、共通点が一つあった。

 それは、アスコット伯及びその仲間達に対し疑心暗鬼を生じさせるものであるということだ。

 せっせと働くサラは人好きのする笑みを浮かべて仕事を続ける。

 ついでにショートブレッドを拝借。

 夜のおやつにしよう。


「ねえご覧になった? トーリ様がいらっしゃってたわよ」


「ええ、ええ。珍しいこともありますのね。素敵でしたわ……あの柔らかな微笑み。穏やかな物腰……」


「わたくし目が合いましたわ。婚約者はいらっしゃらないのでしたわよね?」


「あら、抜け駆けするおつもりですの?」


「うふふ。宰相補佐官なんて優秀な方、放っておくのは勿体無いですわ」


 カラフルな少女達が黄色い声でさえずる。

 彼女達はまだ16、17だろう。

 十歳上の男性が彼女達のストライクゾーンに入るのはいささか不思議だが、トーリは見た目も若い。

 それに貴族の結婚は年の差婚もざらだ。

 この中にトーリの未来の花嫁がいるとするなら顔と名前くらいは覚えておくべきだろうか。

 そう思ったサラが少女達との距離を縮めたときだった。


「あらあら貴女達、壁の花になるには勿体無いわ。お目当ての男性は見つかって?」


 アスコット伯爵夫人が近寄り、少女達にダンスの相手を紹介し出した。

 少女達は頬を赤らめたり目に狩人の光を宿したりしながらエスコートされていく。

 その中には交渉を終わらせたトーリの姿もあり、トーリに手を取られた少女は惚けたように連れられていった。

 残念だが情報収集は他でしたほうが良さそうだ。

 踵を返そうとした時だった。


「主が人気であることは誇らしいものよね。そうでしょう、サラ・ヒューズ子爵令嬢?」


 ぴたり。

 踏み出した足を止める。

 いま夫人はなんと言ったか。


「招待状はお送りしましたけれど、まさかメイドとして参加されるとは思っていませんでしたわ。いえ、良いのですよ、働きぶりに文句はありませんの」


 悠然と微笑むアスコット伯爵夫人。

 サラはその日初めて、圧倒的な勝者を前にしたことを感じた。



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