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4 昼夜立入禁止です

 夜の王城は暗い。

 それは現王の節約主義から来ており、王城を不夜城とする大臣や文官の執務室の前であっても、廊下には明かり一つ灯されていない。

 もちろんそれは宰相補佐官であるトーリの執務室の前であっても同じである。


「ごきげんよう、そこの方」


 引き締まった体躯に正面から声を掛ければ、黒い服の男は動きを止めた。

 暗闇の中、灯りを持たずに足音を消してまでこの廊下を歩くには理由があるのだろう。

 それも、とびきりの理由が。


「灯りをなくしてしまわれたのですか? マッチならお貸しできますよ」


 人好きのする笑みを浮かべたサラがポケットに手を入れる。

 その瞬間男が動いた。

 執務室のドアの隙間から漏れる光が男の得物に反射する。

 小刀か。

 殺気を放つ男を正面から突破し、男の後ろに立つ。

 先生から教わった通り、折らない程度に力を弱めて首の後ろを腕で殴りつける。

 殴られた勢いのままうつ伏せに倒れる男にもう一撃くらわせ、両腕を後ろで縛り、ついでに足も縛ってやる。

 ベルトに下げていたカンテラにマッチで火を点けると、サラは男の検分を始めた。

 脳震盪を起こしてそのまま気絶した男はサラの知らない顔で、服を調べても身元がわかりそうなものはない。


「いつも通りですね」


 と、その瞬間後ろに気配。

 刃物を使うのは苦手なのですが、というサラの呟きがあったかなかったか。

 男の持っていた小刀を振り向きざまに投げれば、男の仲間らしい細身の男がそれを自身の得物で弾いた。


「曲者さんですか?」


 膝立ちのまま問うサラに細身の男はククっと笑う。


「お嬢ちゃんは手練れだな。目的は誰だ」


「主たるトーリ様とトーリ様の希望なさる方です」


 気楽な様子で聞いてくる男に守るべき主を告げるサラ。

 男は「自殺志望な上に心中志望まで持つ主に仕えるとは厄介なこったね」と返す。

 サラはまだ男と会話が噛み合っていないことに気付いていない。


「俺の目的は宰相だ。あんたの仕事じゃないなら邪魔してくれるなよ」


 小刀を拾った男はそれを下手投げで放る。

 カシャリ、と音を立てて膝下に落ちた小刀をサラは拾わなかった。


「どうぞお先に。私の仕事ではありませんので」


 男がサラの横を抜けていく。

 トーリの執務室を過ぎ、2つ先の扉の前へ向かうのをサラは黙って見送った。


(五数えたらトーリ様に衛兵を呼んでいただきましょうか)


 ひとつ、ふたつ、みっつ。

 ドサリ。

 細身の男が倒れ伏し、次の瞬間にはフロックコート姿の執事が男の頭に足を乗せていた。

 表情なく縄を動かす姿は手慣れたもので、あっという間に拘束が完了する。


「あなた、わざと見逃しましたね」


 拘束した男を担ぎ上げた執事の嘆息。

 サラはそれを笑顔で受け流す。


「セバスさんのお仕事を奪うのは失礼かなって」


「それはそれは。お気遣いなど無用ですよ。この程度誰が仕留めても同じことです」


 セバスがサラの横を通り過ぎる。


「待ってください」


「何か?」


 まだ暗殺者が残っていただろうか、と気配を探るセバス。

 表情なく視線を巡らせる彼にサラは床に倒れている男を指した。


「コレもついでにお願いします」


 サラの顔には「こんな重いもの動かすなんて大変なんだもん。いいよね?」と書いてある。


「まったく。人使いが荒いですね」


「信用してる証ですよ、先生」


 やれやれ、とサラの膝下に転がる男を担ぎ上げる。

 成人男性2人を担いでも顔色一つ変えず、セバスは革靴を鳴らして消えてゆく。

 行き先は衛兵の詰め所だろうか。

 なんにせよ、サラにとって馴染みのない場所だ。

 それはトーリが「女の子をあんなむさ苦しい所へ行かせるなんて可哀想じゃないか。衛兵を呼べばいいだろう」と主張したためであり、それに異を唱えた衛兵がトーリに何事かを囁かれ沈黙したことが後押ししている。

 そんなわけで、サラは未だ1度しか詰め所へ行ったことがなかった。



 サラの最初で最後の詰め所訪問は王城勤務が始まって三日目に起こった。

 自主警備と称して夜の王城探検をしていたところ、巡回中の衛兵と遭遇。

 不審者と勘違いされたサラは攻撃を受け、避けつつ逃げつつ放った飛び蹴りが衛兵の下腹部にクリーンヒット。

 うずくまり声の出せなくなった衛兵に謝罪を繰り返しているところで応援に駆けつけた衛兵に事情聴取のためにと詰め所へ連行されたのであった。

 詰め所では復活した衛兵から「見事なドロップキックだった」と褒められ、護身術をあれこれ披露しているうちに人が増え、そのまま夜のお菓子会になだれ込んだ。

 愉快な衛兵たちと騒ぎまくり、食べ疲れて意識を失ったのは何時だったか。

 そうして気付けば夜明け。

 うたた寝から目覚め、慌てて自室に戻ったサラを迎えたのは不機嫌そうなトーリだった。


「どこへ行っていたのかな?」


 扉の前で腕を組んで立つトーリ。

 不機嫌さを隠しもせず、しかし口元には笑みを浮かべた主を前に、サラの眠気は一気に吹き飛んだ。


「廊下の見回りをしていたところ、衛兵さんたちに詰め所に連れて行かれました」


「こんな時間まで?」


「はい、先程お暇してきたところです」


「なるほど。楽しかった?」


「……はい」


 練習用の剣も触らせてもらった。予想以上に重く扱うことは難しかったが、簡単な打ち合いを教えてもらえた。

 キャンディにメレンゲ、クッキーと言ったお菓子を出してもらえたし、ミートパイも素朴な風味で美味しかった。

 王城にきてから初めてできた友達に浮かれ、つい時間を忘れてしまったのは事実だ。

 そう思いサラは答えたのだが。


「女性は20過ぎで行き遅れと言われるらしいし、結婚適齢期の女性の火遊びに口を出す権利はないけど……自分を大事にしなさい」


 咎めるトーリの頭の中では男集団の中に放り込まれたサラがあられもなく乱れ交じる情景が広がっていた。

 それはトーリの妄想癖が激しいわけではなく、18歳のメイドが男達に連れ込まれ朝帰りしたとあれば当然の心配であった。

 もっとも、23歳独身、恋人のいない男の想像であるため若干過激だった可能性は否定出来ないが。


「お言葉ですがトーリ様、火器は使ってません。剣と拳だけです」


 自信満々で即答するサラ。

 おかしい、話が噛み合っていない。

 訝しんだトーリはその日、詰め所を訪ねて事のあらましを聞くと大きく溜め息をついたという。

 そして。


「うちのメイドを詰め所に連れ込むことは金輪際禁止だ」


 補佐官とは言え宰相と行動を共にし時に軍事大臣をも動かすトーリに意見できるものはその場にはいなかった。

 そして現在に至っても、「うら若き乙女を詰め所に連れ込んで複数人で朝まで軟禁する……それが王に忠誠を誓う王国軍兵士のすることですか」と囁く冷血の悪魔に逆らえる者はおらず、サラが詰め所に立ち入ることはある種不可能になったのであった。

 もっとも、サラはそのことを知らず、単に「倒した暗殺者を衛兵さんが引き取ってくれるって便利だなー」としか思っていないのだが。


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