22 いざ忍者バトル!(島国2/2)
東の島国での視察期間を1ヶ月に変更しました。
城や屋敷というものはたとえどんな形であれ、必ず隠し通路が用意されているものである。
そしてそれは、休戦中とは言え敵国からやってきた国の代表を滞在させるための屋敷であれば尚更そうだろう。
王国使節団は王国を代表して交渉にきている。
しかしその手札や交渉の終着点を団員内で打ち合わせられる場所は少なく、極力部外者のいない場所を選ぼうとすると必然的に滞在中の屋敷になってしまう。
もしサラが東の島国の政務につくならば真っ先に屋敷の屋根裏に潜むだろうし、かの国がそれを考えつかないはずがなかった。
そのため、サラはかれこれ二週間以上屋敷の探検を続けているのだが。
「……おかしい」
この屋敷、どれだけ歩き回っても歪みがないのである。
サラが王城の隠し通路を探す時は必ず、他の階に比べて廊下が短いとか、階段の高さと段数が僅かに違うとか、間取りが異なっているとか、そういった歪みを取っ掛りにしていた。
それなのに、この二階建ての屋敷にはそれらしいものはなく、各部屋の大きさも畳の数によって均一であることが示されている。
部屋ごとに畳自体の大きさが違うのかと歩いてみても違いはなし。
手詰まりの中にも突破口がないかとキュウキュウ鳴る廊下を往復していた時だった。
「こんばんは、お嬢さん」
着物姿の人物が廊下の角から姿を現すと会釈をしてみせた。
「こんばんは」
会釈を返すサラに帯刀した男は問いただすように口を開く。
「何をなされているのです」
「お手洗いに行こうと思っていたのですが、ここの廊下がやたら鳴るのが面白くて遊んでいたんですよ」
出国前に主から命じられたことは二つ。
東の島国滞在中は他愛のないことにも興味を持つ無邪気な子どもを演じること。
緊急時以外は時速15キロを超える速度での移動や瞬間移動をしないこと。
それを忠実に守って、サラは床を踏み鳴らしてみせる。
男はその答えに納得したようだった。
「この廊下は鶯張りと申します。音が鳴ることで侵入者の存在を知らせるのです」
「なるほど! 便利なんですねぇ」
キュウキュウと廊下を鳴らし続けるサラに男は何を思ったか。
「お嬢さん、あなたはとても面白い歩き方をする」
そう言うと数歩踏み出した。
サラが動きを止めたことで廊下は鳴らなくなり、しんと静まり返った空気の中、距離を詰める男の衣擦れの音だけが聞こえる。
「決まって一歩二尺。あなたは何を測量しているのですか」
男とサラの距離が半歩ほどにまで近づく。
倒すか、逃げるか。
相手の武器は短い刀が一本。抜く時間を借りれば勝機はある。
しかし、廊下を鳴らさず歩く身のこなしに先程までの気配のなさ。
既に間合いに入っている以上、男がサラのように武器に頼らないタイプだと分が悪い。
サラは男に笑顔を向けると逃げることを選んだ。
探検中に何かがあった場合に備えて握っていた左手を前に押し出し、手の中のものを投げつける。
舞い散る粉薬は幻覚をみせるもので、たとえ効果が現れなくとも目潰しくらいの効果はあると信じて踵を返す。
そのまま一直線に走ろうとして、目の前の壁にぶつかった。
いや、壁ではない。人だ。
「今宵は月が明るいですね、お嬢さん。散歩には良い夜です」
背中と後頭部を押さえられ、ぶつかった顔を相手の胸に押し付ける形になる。
潰れる顔に感じる着物の感触と人肌のあたたかさ、そして、苦しくなる呼吸。
(ここまできたら瞬間移動しても良いですよね、トーリ様?)
目を閉じてあてがわれた部屋を思い浮かべた時だった。
「僕の秘書が何か失礼をしましたか? 玄信殿、玄武殿」
聞こえたトーリの声にサラは瞬間移動を中止する。
「いや、よろめいていらっしゃったのでお支え申し上げたまで」
その言葉が終わるやいなや背中と後頭部にかかる力が消え、サラは思い切り後ずさって距離を取る。
その拍子に背中が後ろにいた男に当たり、距離の近さに辟易しながら半歩前に進む。
ボールがバウンドするような動きが面白かったのかトーリがくすりと笑った。
「それはそれは、かたじけない。彼女はどうも落ち着きがなくてね。監視がてら僕が部屋まで送りましょう」
廊下を鳴らしたトーリは男に挟まれて立つサラの手を取ると王国貴族らしいエスコートで男達から離れる。
「いくらカラスが雑食と言えど、飼い猫に手を出すのはご法度ですよ」
去り際に告げたトーリの目は笑っていなかった。
「座りなさい」
サラが連れて行かれたのはトーリの部屋。
久々に聞く丁寧語にトーリの怒りを感じつつ、サラは座布団の上に正座した。
「こんな時間に何をしていたのかな?」
「隠し通路を探していました」
正面に座るトーリの口元を見て答えるサラにトーリが長く息を吐く。
「王国使節団の子猫ことサラ・ヒューズ、この国の猫は井戸に落ちて死ぬのがお家芸だと知っているかい」
「いいえ、知りませんでした」
「無事に帰国したいなら夜は出歩かないことだね」
ごめんなさい、と謝るサラ。
トーリは何も言わずに立ち上がると壁にかかる掛け軸に手をやった。
「サラが探していたのはこれでしょう」
めくられたそこには人が通れるほどの穴があいており、そこからコノハが出てくる。
「え、コノハさん?! なんで? 来てたんですか?」
「こんばんはレディ。東の島国の暗部機関『烏』とのご対面は楽しかった?」
自然な様子で座布団を準備するコノハにサラは口をぱくぱくさせていたが、トーリが醤油せんべいの入った箱を差し出したことで落ち着きを取り戻した。
「隠し通路全然見つからなかったのに……っていうか烏って……」
バリボリボリバリ。
軽快な音を立てながらせんべいを食べていくサラを見てトーリもせんべいに手を伸ばす。
「この国の隠し通路は脱出特化型だから王城とは違うよ。この屋敷は床下に通ってる管のせいで盗聴し放題だから天井裏に潜む必要も無いしね」
コノハが指先で畳をトントンと叩く。
床に座って生活するこの国では天井よりも床の方が話者に近い。
生活様式によって諜報の仕方も変わるのだなぁとサラはひとり納得する。
「烏は強いから相手にしない方がいいよ。僕もできるだけ会わないようにしてるんだ」
コノハも醤油せんべいに手を伸ばす。
三人はしばらく無言でせんべいの音を立てていたが、やがてサラが言葉を発する。
「それにしても、トーリ様はなんでタイミング良くいらっしゃったんですか? しかも烏が強いというわりに二人とも無事に戻ってこれてますし」
「無鉄砲に動き回ってるサラはともかく、使節団の代表者が変死したら問題になるでしょ。さっきは廊下がやたらめったら鳴ってるのが気になって出てみたから良かったものの、僕がいなかったら今頃サラは井戸の中かもね。反省してよ」
「申し訳ございませんでした」
「あ、じゃあレディにこれあげるよ! いいよね、トーリ補佐官?」
コノハがポケットからマカロンを取り出す。
茶色のそれはするりとした表面をしていて美味しそうだ。
「マカロンに見えるでしょ? これね、警報器。指で挟んでぐっと力を入れると真ん中がへこんで鳴り続けるんだ。たもとや帯に入れて持ち歩くといいよ」
「へぇ……よく出来てますね。美味しそう」
受け取って観察してみるも、中に挟まっているはずのクリームが見えない以外は手触りも見た目もマカロンだ。
匂いは……苦い。食べてはいけない感じがひしひしと伝わる臭いがする。
お礼を言って帯の中に入れ込むと、懐中時計の横にすんなり収まった。
「じゃあ、そろそろ僕は寝るよ。サラはどうする? 心配ならこの部屋に泊まってもいいけど」
布団なら余分にあるし、と言うトーリにサラは慌てて立ち上がる。
「いいえっ。主と部屋を共にはできません。下がらせていただきます」
「そっか。部屋まで直で行っていいよ。許可する」
「ありがとうございます。おやすみなさい」
サラが瞬間移動したのはトーリの「おやすみ」とほぼ同時だった。
逃げられちゃったね、と笑うコノハからトーリが醤油せんべいを奪う。
「醤油の匂いは仕事に差し支えるよ」
「残念、今日はもう閉店だよ。僕の発明品がサラの手元にあるからって嫉妬しないでくれる?」
せんべいを取り返すコノハ。
それを奪い直すトーリ。
二人はしばらくせんべいを取り合っていたが、ややあって笑い出した。
「ははっ、それにしても出てくるの早かったね。レディがあれだけ動き回ってたら当然かな?」
「烏、ね。昼間から堂々と使用人として顔を出しているし、任務の瞬間も対象者に認識されてるし、暗部のくせに真正面から来るのはこの国のブシドーってやつなのかな」
「さあ? それだけ自分の技術に自信があるってことじゃない?」
「任務失敗してるけどね」
「向こうもまさかヒーヅルの住民が二人もいるとは思わないでしょ」
コノハが文机の上のペーパーウェイトを手に取る。
底のレバーをずらすと、ペーパーウェイトからノイズが聞こえ、「お煎餅も良いけどー豆大福も食べたいなー。人形焼も良いなー。カルメ焼きー」という調子っ外れな歌が聞こえてきた。自室にいるはずのサラの声だ。
「トーリって変態だよね」
「被用者の身を案ずる心配症な使用者と言ってくれ」
「へぇ。トーリが十年以上前から使用者だったとは知らなかったな?」
「絶対言うなよ」
「言わないよ。約束だからね」
ヒーヅル第六研究室。
そこには移動・通信技術のエキスパートが揃っている。
有人海底探索機の実用化により住民権を得たネロとアリア。
光ファイバーによる高速通信の考案により住民権を得たマクシム。
電信回線を利用した画像送受信機の発明により住民権を得たコノハ。
そしてトーリは、電波を用いた無線音声通信機の発明により11歳の時に住民権を得ていた。
ヒーヅルの上層部でさえも把握できなかった幻の実用化第一号作品は時計の動作機構部に組み込まれているという噂があるが、その真偽は不明であり、今日に至るまでトーリも黙秘を貫いている。
四週間続いた王国使節団と東の島国の内閣府との会議も終わり、滞在期間も残すところ一日となった。
東の島国での最後の夜の食事はカトラリーでも食べられるように工夫された郷土料理で、脚付きの盆が順に五つ出てくると、その盛り付けや素材、汁物の豊富さに使節団員みんな目を輝かせる。
本膳料理と呼ばれるそれは島国だけあって魚介類が豊富であり、サラは普段では口に入ることのない魚に舌鼓を打っていた。
せんべいにも使われる醤油はほとんどの料理に使われていて、まるで万能調味料だ。
そして国酒と呼ばれる透明の酒。
蒸留酒と違い甘さのあるその酒は度数もさほど強くなく、東の島国の料理に合うように調整された飲みやすいものだった。
「醤油と国酒は良いですね、王都でも流通させるべきです」
生魚に醤油を添えたカルパッチョをフォークでいただきつつ、サラがトーリに話しかける。
「それならアスコット伯に頼むと良いかもね。お見合いしたなら繋がりができてるでしょう」
「そうですね……。そうだ、ロイスさん優しいの知ってましたか? 王城から港までの馬車で食べたスコーンとクロテッドクリーム、あれロイスさんが持ってきてくれたやつなんですよ」
「へぇ、知らなかったな」
「それに思いのほか情熱的なんですよね、あの方。仕事があるからってお断りしたのですが、気持ちが向いてくれるまでお伺いしますっておっしゃって。トーリ様はどう思われますか」
「どうって……受ければいいんじゃないの」
無表情で食事を続けるトーリにサラは不満げな声色で言葉を続ける。
「トーリ様は私がロイスさんと結婚したら幸せになれると思いますか」
「さあ。僕はサラじゃないから」
「トーリ様冷たいです」
刺身と一緒の盆に乗せられている汁物はまだ湯気を立てており、ほんのり乳白色をした吸い物の中に白身魚と野菜が入っているのがわかる。白くぷるりとした肝も美味しそうだ。
魚の身はふっくらとして吸い物と合って美味しく、香草らしい緑の葉の苦味が旨味を引き立てる。
もう一度魚を口に入れると、何か違和感を感じた。
まるでどこかで食べたことがあるような感覚に妙な胸騒ぎがする。
肝を小さくかじった瞬間、サラはぴくりと動きを止めた。
「この汁物、駄目です」
トーリの袖をくいと掴むサラ。
トーリは顔色を変えないように椀を置き、他の料理に気が向いたといった様子で残っていたなますに手を伸ばす。
「魚か、香草か」
「魚の肝です」
以前夜の目が用意したフックラ魚の内臓の酒漬け。
毒単体では空気に触れると分解すると聞いたが、内臓に含まれた状態のままであれば成分が壊れることはないらしい。
若干の痺れを感じる舌先を口の中で遊ばせながら周りをうかがうと、ほとんどの団員はすでに吸い物に手を伸ばした後だった。
「僕はコノハと連絡を取る。サラは待機。いざとなったらコノハの警報器使って。いいね?」
「かしこまりました」
にこやかな笑みを浮かべ、王城で培われた小声早口での遣り取りを交わしたトーリはよろよろと立ち上がった。
「はは、いやはやすみません、飲みすぎてしまったみたいで。ちょっと失礼しますね、はは」
足元をふらつかせ、千鳥足気味で退出していくトーリ。
それを見た外務大臣の書記官がけらけらと笑う。
「もー、補佐官閣下ってば綺麗なお姉さんたちに酔っちゃったんじゃないですか〜。ねー?」
「まあ、エリート様はお上手なんですから」
「もっと言って〜」
豪奢な着物を纏った接待女給が書記官に酒を注ぐ。
だいぶ飲まされているのだろう、その顔はかなり赤い。
周りを見れば共に来ていた全員が同じような状態で、何人かは既に潰れて畳の上に転がっている。
トーリが無事なのは隣のサラが給仕……ではなく酌をしていたためであることは明らかだ。
(この国に来てからトーリ様が私を子猫扱いしてると思ったら……こうなることを予想してたんでしょうか)
うちの子猫が、なんて人前で言う主に「あなたは私の飼い主ではなく雇い主ですし、私はあなたの恋人ではありません」と何度言ってもやめてくれず、女給の酌を断ってサラに酌を求める主はかなり滑稽だったが、こうなっては許すしかあるまい。
ああ、また一人潰れた。
あれは酒のせいではなくフックラ魚の毒のせいだろう。酒のせいで効果が高まっているに違いない。
「皆様、お楽しみのようですね」
聞き覚えのある声に目をやれば、玄信と玄武が部屋の中へ足を進めるところだった。
背格好のよく似た二人はあの夜と変わらず短めの真っ直ぐな刀を腰に差しており、それさえ除けば普通の役人に見えた。
接待女給たちは動じることなく徳利を畳に置き、たもとから布切れを取り出して使節団員を縛り始める。
まるで舞いを見せるかのような鮮やかな動き。
サラはトーリから逃げてもいいか聞かなかったことを心底後悔した。
「おや、子猫のお嬢さん。食事は口に合いませんでしたか。飼い主に見捨てられてさぞかし心細いことでしょう」
「あなたは……玄信?」
「気になるのはそこですか……。残念ながら玄武です」
「じゃああっちが玄信。お二人共よく似てらっしゃいますね。さすが烏、みんな似てるんですか」
「おや、烏をご存知で」
「忍者の中でもエリートしかなれないと聞きました。まさか顔採用とは思いませんでしたけど」
「顔採用は誤解です。あれは双子の兄なのです」
「優秀兄弟ですね」
縛り上げられた使節団員たちが豪奢な美女達に担がれて運び去られてゆく。
潰れていなかったメンバーも玄信によって気絶させられ縛り上げられていた。
「殺す気はないんですね。身代金でも要求する気ですか?」
「王国の官僚はこの戦の人質ですから。ただ、あなたは補佐官の私的な使用人にすぎないそうなので消えていただきます。人質たちへの牽制にもなりますから」
「まあ、ご丁寧な説明を有難うございます。ですが、殺されて差し上げるわけにはいかないんですよ」
「みなさんそうおっしゃいます」
空気が変わったような感覚に中膝で横に滑る。
元いた場所に刺さる手裏剣が黒く光を返し、サラは帯に手を入れながら立ち上がる。
「手裏剣、初めて見ました」
「では、冥土の土産に他のもお見せ申し上げます」
飛んでくる黒い物体を全力で避ける。
予備動作をほぼせずに打ち出されるそれらは矢尻のようであり、釘のようでもある。
「クナイはお気に召しませんでしたか」
「あいにく、私は主を守って死ぬ以外はしたくないんです」
壁に刺さるクナイを抜いて玄武に投げ返す。
予備のクナイでそれを受けた玄武はカウンターとばかりにクナイを放ち、それがサラの左のたもとを壁に縫いつけた。
「この国の衣装は戦闘に向きませんね」
「平和な国ですから」
予想以上に深く刺さるクナイは抜けず、サラは諦めてコノハの警報器に力を込める。
右の親指をマカロンの真ん中をぶち抜くように立てれば、カチッと乾いた音がした。
ディリリリリリリリリリリリ
マカロン警報器からベルをかき鳴らすような騒音が響く。
王国メンバーを縛り終えたらしい玄信が玄武と背を合わせるように立って警戒体勢をとり、サラの手元に目をやると納得したように刀を抜く。
「面白い鳴り物ですね。しかし、音で助けが来るとでも?」
「私は主を信じていますから」
「そうですか。では、あなたに絶望を差し上げましょう」
一気に距離を詰めてくる二人。
甘い香りがする。
ひとを優しく闇に落とす香り。
右手のマカロンを足元に落とし、左袖のクナイを一気に抜く。
あわや間に合わないかと思ったが、姿勢を低くして彼らの間を正面突破した。
「王国との戦は、どこと手を組んだんですか」
「なッ」
「なんでだッ?」
目の前からサラが消えたことに戸惑う二人。
玄信と玄武は速い。
けれど、サラはもっと速い。
「伊達に秒速千メートルで走ってませんから。それよりも教えてください。あなたたちはどの国と同盟を結んだのですか」
早く。早く答えて。
サラの顔に焦燥感が滲む。
「やけに焦ってますね? もしかして体が限界ですか?」
「いえ、早く答えてくれないと……」
「良いでしょう、可哀想な子猫さん。あなたがたが領土と主張する半島の南西の国ですよ」
十年前から徴兵制度を採用し始めた国の名前が挙がる。
半島を落とすだけならば確かにその国と東の島国で充分だろう。
しかし本気か。
王国には今、サラとセバスが鍛えた最強の歩兵がいる。
それを知ってなお戦争をしようというのか。
「信じられませんか?」
「はい。だって……無謀です」
「こちらは奇襲です。幻術で帝国を騙したときのようにはいきませんよ」
速すぎる軍人たちは幻術扱いにされているらしい。
今度会ったらみんなに教えてあげようと決め、サラは口元に笑みを浮かべる。
それを見て男は再び刀を構えた。
「良いですね。笑顔で逝くことは人生の終え方としては悪くない」
男の刀がサラに向かってくる。
サラはそれを後ずさって避けながら、玄武か玄信かわからなくなってしまった男の目を見つめ、もう一人の男の目も見た。
「もう少しお話を聞きたかったのですが……時間切れです」
サラの言葉は彼らに届いただろうか。
玄信と玄武は突然膝から崩れ落ち、ばたりとうつ伏せに倒れ伏した。
サラは彼らに近づくとその手から刀を取って遠くへ滑らせる。
二人とも綺麗に意識を失っているようだ。
「コノハさん特製の甘い夢……気が昂って眠れないときに多用しすぎたせいで私にはもう効かないのですが、お二人にはよく効いたようですね」
いつの間にか鳴りやんでいた警報器を帯に戻す。
ただ音が鳴るだけかと思っていたが、まさか薬が仕込んであるとは思わなかった。
真ん中を押すことで気化したのか一気に香りが広がったのは流石プロの技で、玄信と玄武は何もわからないまま眠りに落ちたと思われた。
感動もそこそこに玄信と玄武の帯を解いて腰紐や着物で彼らを拘束するとサラは強く息を吐く。
「トーリ様、どこへ行っちゃったんでしょうか」
「呼んだ?」
サラの呟きが聞こえたのか。
障子がスパンッと開きトーリとコノハが現れる。
「さすがレディ、マカロンの使い方バッチリ」
「トーリ様! コノハさん! いるならなんで助けてくれなかったんですかっ」
「え、だって」
「ね」
「「一人でなんとかできそうだったから」」
二人の声が揃い、サラはぺたりと座り込む。
確かに一人で対処できた。
しかしもし左袖のクナイが抜けなかったらその場で死んでいた可能性もあったのだ。
か弱い乙女に無駄に危険な橋を渡らせるなんて、王国男子の恥ではないのか。
「んー、サラはか弱くはないと思うよ」
「トーリ様は失礼でいらっしゃいます」
吐き捨てるように言ったサラは縛り上げた烏二人を引きずってトーリに渡す。
「メイドの土産です。お納めください」
その後、冥土の土産は冥土に持って行く土産のことであってメイドによる土産のことではないとサラに理解させるのに、トーリはしばらく奮闘したという。




