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21 秘められし地下都市(島国1/2)

「トーリ様! ほんとに金色の建物があります!」


 ここは東の島国。

 王国の東端にある半島から船で五日のところに位置するこの国は鎖国政策の結果独自の文化を誇り、小さくも侮れない世界の雄である。


「サラ、はぐれないでよ。僕らは友好使節団っていう仕事で来てるんだから……って聞いてないね」


「あなたの秘書は元気ですね。王国の女性はみなあのように溌剌とされているんですか?」


「いえ、彼女は特別落ち着きがないんです。気付けば斜め上の努力をしていて、目が離せないんですよ」


「ははは。宰相代理殿は部下思いだ」


 案内役の男が楽しげに笑う。

 こちらに合わせてスーツを身に着け王国語も完璧な彼は、この国の外務局書記官にあたる地位にあるらしく、五カ国語を操る秀才だ。


「トーリ様! ちっちゃくてカラフルでございますよ!」


 列から離れたと思ったら手早く買い物をしてきたようでサラが紙の箱を開ける。

 そこには角状の突起で覆われた小さな粒状の物体が箱いっぱいに入っており、白、薄紅、緑、茶の四色が交ざっていた。


「コンペイトウですね。金色の名を持つ砂糖菓子で、大陸から伝わったものをこの国で改良したものです」


「金色……! やっぱりこの国は黄金の国なのですね……!」


 感動したように呟くサラに勧められてトーリもコンペイトウを食べる。

 カリカリとした食感は王国にはないもので、歯触りと共に口の中で溶けてゆくのを楽しむ。


「秘書殿はサラさんと仰るのですか」


「あ、はい。サラ・ヒューズと申します。この国流で言えばヒューズ・サラです」


「そうでしたか。あなたの苗字はこの国にもありますよ。兵の頭という意味を持ちます。それと、サラ、ですが……見えますか、あそこにある白い花の木がサラという名の木です」


 案内役が道の脇の木を指し示す。

 つややかな葉を持つその木は、中心に濃い黄色をたたえた白い花を咲かせていた。


「綺麗な花……! 名前も通じるし、この国に移住したくなっちゃいます」


 サラをはぐれさせないためだろう、案内役があれこれとサラの興味を引くような話題を出してはサラを笑わせる。

 その姿に心配が減った安心感と一緒にかすかな寂しさを感じて、トーリはサラの木を振り返る。

 内側に明るい色を抱くその白い花はまるでサラそのもののようで、風が吹いても落ちることなく咲いていた。



 トーリたち友好使節団の目的は東の島国との国交正常化の交渉土台を作ることだ。

 それは休戦状態にある戦争の完全な終結を意味し、曖昧にしてきた戦後処理を和解という形で決着させることが必須だった。


「なるほど、王国としては自衛戦争だったと。たしかに戦場となったのは半島と海上ですからね」


「はい。そのため侵略してきたそちらに一定のペナルティを負っていただくことで、こちらの国民を納得させたいと考えています」


「しかし三十年前はその半島はこの国の領土だったのですよ。それをこの国の政権交代のどさくさに紛れて王国が領土に併合したのです。こちらとしてはもとあった領土を取り戻そうとしているだけです」


「ですが、半島には既に王国民も多く住んでいます。半島住民のほとんどは王国語使用者ですし、今更そちらにお戻しするとなると住民に不便を強いることになるでしょう」


「それなら、半島の代わりに資金援助と関税決定権をこちらにいただきたい」


 双方とも自国の権利を譲らず、話し合いはまとまらない。

 しかし、互いの歴史観の確認をすることや、保有する武力や技術を確認し合うことは双方にとって悪いことではなく、少なくとも歩み寄りのための素地はできつつあった。


 昼は観光、夜は会議。

 それが二週間も続けば使節団のメンバーもこの国の人々と打ち解け、アスコット伯が着ていたような異国の服装を纏い始める。

 サラもまた、薄手の着物を着て草履を鳴らし、蛇の目傘について説明を求めては「紙なのに水を弾くなんて……!」と感動したり、蝋燭を入れて使う照明器具が木と紙で出来ていることに「なんで燃えやすいもので作るんでしょう?」と疑問を呈したりと忙しそうだ。


 マスの目のように整備された街に、穏やかな国民性。

 四季折々の食べ物や装い、行事。

 魚介類と穀物を中心とした食事は食べやすく一口大に調理されたものが多く、受け手を思う国民性が文化の端々に現れていた。

 この国の軍備の技術力が優れているのは、それを使う人間のことを職人が考え抜いた結果なのかもしれない。

 王国も職人に対し威力と納品の早さを求めるだけではなく、武器を持つ人間との意見交換の機会を持たせれば、この国の技術を追い越すことは十分可能に思えた。


 これが東の島国。

 そう、これが、世界の中にある東の島国だ。


 しかし、東の島国の本質は世界の外にあることを、ほとんどの人間は知らない。



 雨が降る夜は人歩きもなく、街全体が雨音に包まれている。

 夜の散歩と称して出歩いて、公会堂の階段を地下へ下りた先には合金の扉。

 その扉に両手を当てると扉の上部が緑色に光り、それを合図に扉が横にスライドする。

 扉の先にある階段をさらに降り、再び現れた扉に顔を近づける。

 緑色に光った扉を抜ければ、そこは星屑が瞬き花の咲き乱れる庭園が広がっていた。


「久しぶり。ようこそヒーヅルへ」


「久しぶりだねコノハ。と言ってもひと月前に会ったばかりじゃないか」


「細かいことは良いのさ。みんな君が来るのを待ってたんだよーー トーリ博士」


 東の島国の地下には技術都市国家がある。

 ヒーヅルと呼ばれるその都市は東の島国の数分の一の面積しかないものの、「世界」のすべてを集めてもかなうことのない技術と軍事力がそこにある。

 もっとも、ヒーヅルの技術は原則として外に出ることはなく、生活は都市内で完結されている。

 そのため、ヒーヅルの住民はヒーヅルを「世界の外」と呼んでいた。

 そんな世界の外にあるはずのヒーヅルが唯一世界の中に口を出すのは、ヒーヅルの地上にある東の島国が侵略された時。

 昔使われたのは撃退対象者の中枢神経細胞のみを狙って粒子線を撃ち込み原因不明の死を起こすというものだったらしいが、今はおそらくもっと効率的な方法が編み出されているだろう。

 トーリ・L・ディファインは王国民でありながらヒーヅルの住民として迎えられた数少ない人間の一人だった。

 そして、目の前にいる少年、王族専属暗殺諜報部隊「夜の目」所属のコノハもまた、その数少ない一人だ。


「初めて地上から来たけど、無駄にセキュリティが高いね。まさか静脈認証と虹彩認証のダブルチェックがかかってるとは思わなかったよ」


 コノハと連れ立って歩きながら両手を見るトーリにコノハが楽しげに笑う。


「そういえば、いつもは海底から入ってきてたっけ」


「ああ。とは言っても、ここにくるのは五年ぶりくらいだけどな。普段はみんなが来てくれるから不便はないし」


 道に落ちているエレベーターの箱に乗り込み、コノハが「第六研究室のバーへ行きたい」と言えば、空飛ぶエレベーターが二人を運んでいく。


 バーではトーリと仲の良い人たちがお酒やジュースを片手にスタンバイしているところだった。

 エレベーターから出てきた二人を囲んだ彼らはトーリに泡の消えかけたエールを、コノハにジュースを握らせる。


「いくよー? トーリの帰還を祝して〜」


「かんぱーい!」


 五人の声の後にグラスの合わさる音が続く。


「いやー、ホント久しぶり。ウチの子元気にしてる?」


「ラプンツェル嬢は王国の第二王子を誑かしてるよ」


「えー、あの死体愛好者? ウチの子ったら男の趣味悪すぎじゃない? 誰に似たのかしら」


「娘は父親に似た人を好きになるって言うから、その父親を夫としたあなたに似たんじゃないかな」


「ネロが興奮するのは自分で作ったアンドロイドだけなんだから、言っちゃえば自己愛が形を変えただけなのよ。死体を好むなんていう暴力的なのとは種類が違うわ」


「……アリアってなんでネロと結婚したの?」


「んー? コノハったら聞きたい? アタシとダーリンの甘〜い思い出聞きたいの?」


「やっぱやめとく……」


 トーリが籍を置く第六研究室にはヒーヅル出身者の他に王国出身者もいれば帝国出身者もおり、国を超えた交流が行われている。

 海底30万キロの冒険に出ている設定のラプンツェルの両親、ネロとアリアもメンバーだが、今日のトーリを囲む会はアリアのみの参加だ。


「でも意外だったなー。私、アリアの娘もここに来ると思ってた」


 割烹着を白衣替わりにしている少女にアリアは肩をすくめる。


「そのつもりだったんだけど、あの子、空が大好きでね。何でもかんでも高く飛ばしたいみたいで、ここじゃ暮らせそうにないの。そのうち月に住んでてもおかしくないわね」


「月かー。本物見たいなぁ。外出許可出るまであと五年もあるよぉ」


「でも、しばらく外は危ないよ。ピノが外に出るまでになんとか出来るといいんだけど」


「頑張ってよトーリ兄さん! マクシムおじさんもね?」


「あー、善処する」


 マクシムは帝国で官僚をしているが、20歳の時に光ファイバーを用いた高速通信を考案したことでヒーヅルの住民権を得ていた。

 ヒーヅルの住民で他国出身であるのはほとんどが発明や先端理論を打ち立てた者で、ヒーヅルの上層部から勧誘された者である。

 ヒーヅルは世界の技術進歩を劇的に早める可能性のある人物をいち早く取り込むことで最高独立性を維持しており、その勧誘を拒むことは困難だ。


「マクシム、僕は君に謝らなくてはいけない」


 神妙な顔をするトーリにマクシムが片まゆを上げる。


「なんだ」


「実験材の処分の仕方を間違えて、君の国を混乱させてしまった。すまなかった。僕の責任だ」


 深々と頭を下げるトーリ。

 マクシムはその頭を押え付けるようにぐしゃりと撫でた。


「実験に失敗はつきものだ。俺も昔やらかしたことがある」


「すまない」


「悪いと思うなら呑め。おまえが酔って乱れるところを見たい」


 マクシムがトーリのグラスに蒸留酒をなみなみと注ぐ。

 それをトーリは一気にあおった。

 コノハが「うわ、やっちゃったー」とおでこに手を当てる。


「マクシムー、トーリを酔わせるとめんどくさいからダメだよー? 僕は面倒見ないからね?」


「ってかトーリの実験! ヒーヅルの上層部に呼び出されたんだって?」


「それ! わたしも聞きたい!」


 四人の目がトーリに向けられる。

 トーリは「良いけど……恥ずかしいな」と言ってつぎ足した酒をあおると話し始める。


「僕の上司の秘書、第八研究室所属なんだけど、僕の秘書がそれの移動見て惚れこんじゃって」


「第八って、肉体を限界まで鍛えるところだっけ? 一番能力が高い人は数メートルなら空飛べるらしいじゃん」


「うん、空は飛べないけどやたら移動が速くて。それで弟子入りしたんだけど、うちの秘書、普通の女の子なんだよ。秒速五十メートルとかそんな速度で走れるわけないんだよ」


「普通はそうだろうな」


「だけど一生懸命やったら自分もできるって思っちゃってて、もう見てて痛々しいくらい体鍛えてて。ヒーヅルの器具とか薬品とか一切無しでやろうなんて無理なのに。それで、ちょっとでも手助け出来たらなーと思って」


「それで?」


「体内物質の循環を加速する非排出性の薬品作って、お菓子に入れて食べさせた」


「……トーリ、人生の先輩として言っておくが、部下に異物を食べさせるのは犯罪だぞ」


 マクシムがジト目でトーリを見るが、トーリは明後日の方向を見ながら続ける。


「それで時速15キロで走れる程度に足が早くなったんだけど、まだ足りないみたいで。それで、前にここで見た『現実に認識している範囲の任意の地点に瞬時に移動できる』装置を再現して、小型化して、それを」


「お菓子に入れて食べさせたと」


「うん。で、それでもまだ足りないみたいで」


「いやいや、十分でしょ?」


「なんか、壁を抜けたいみたいで。

 そうなると体を消滅させて指定先の座標で再構成させるしかないなーと思って。

 装置のシステム自体は消滅のときに反物質を発生させて質量をエネルギーに変換して、再構成のときにエネルギーを回収して質量にするっていう簡単なものなんだ。

 ただその場合、エネルギー回収と再構成のためには移動先の座標に装置を準備しておく必要があってね。

 だから装置起動時に、装置自体を移動させることにしたんだ。

 具体的には、まず、起動指示が出たら、空間座標を前々回移動直後、時間座標を前々回の移動直前に設定して装置を移動させる。

 すると、移動したい時間軸においては、次々回から戻ってきた装置が移動先の座標でスタンバイする形になる。

 スタンバイしている装置から、移動前の時空座標に照準を合わせて反物質を発生させることで消滅。

 次に、発生したエネルギーを回収して再構成。

 これで消滅と再構成による瞬間移動が可能になるんだ。

 あとはストッパー機能をつけないと不老不死になる可能性があるからバックアップを基準に再構成させるようにしたり、分解と再構成の対象を体から出てる微弱電流の影響範囲に留めたり、記憶と連動させたりして。

 他には、初回起動時に既に彼女の中に入ってる座標指定式移動装置が吹っ飛ぶだろうからそれも追加かな」


「それで、食べさせたと」


「うん」


「待って、トーリ。そのタイムトリップ機能つきの消滅再構成装置……致命的な欠陥があるわ」


「致命的な欠陥?」


「その装置は必ず過去の時点に戻る。ということは、初めに未来のある時点で過去を記録した装置を彼女に食べさせなくてはいけない。

 あなた……未来へ行ったの?」


 アリアが信じられない物を見るような目をして言うのを、トーリは首を横に振って答える。


「僕は未来へ行ってない。ただ、未来の自分と約束したんだ」


「約束?」


「そう。僕がいつか彼女の側にいられなくなった時か、彼女が死んでしまいそうになった時に、装置を彼女に食べさせるっていう約束をね」


 トーリは何かを押さえ込むように目を閉じて、酒を喉に流し込む。


「その瞬間、未来の彼女の中に入っていただろう装置が目の前に出現した。

 未来の自分がその日その時間その場所に僕がいるのを知っていて、装置が最後にそこに着くように設定しておいてくれたんだ。

 それからはちょっと大変だったかな。

 初回の消滅をどの時空座標で発生させるかを確定させなきゃいけなかったから、彼女が壁抜けを練習しているところをこっそり見に行って、キリの良い時間で確定させたんだ。

 まあ、未来からの予定調和なんだろうけど。

 結果は成功。

 服も一緒に移動するイメージをしてなかったのか全裸になってたけどね。

 他に僕に残った仕事は、装置が記録してきてくれた、彼女の未来であって未来の僕にとっては彼女の過去であるデータを来たるべき日まで保管するってことだけ。

 未来の自分が約束を守った以上、現在の僕もそれに答えなきゃいけないからね」


「なんて無茶な……無茶すぎるわ。初回の再構成で失敗したら大惨事になってもおかしくないじゃない。それに、あなたがデータを未来まで確実に保管しておけるとは限らない。データが失われた瞬間、初回の消滅以降の彼女が全て失われる可能性だってあるのに」


「そうだね。人体実験するなって、上層部にはかなり絞られたよ」


 でも、あの子の願い、叶えてあげたかったんだよね。

 トーリがぽつりと言う。

 その優しい目に誰も何も言えなかったが、コノハが「あれ、じゃあ、王国軍のあれは何?」と言ったことでそれぞれに好奇心を取り戻した。


「第八のと彼女が王国軍を鍛えることになってね。

 第八のが僕に『彼女に何をした』って聞いてくるから、体内物質の循環を加速する薬を飲ませたって言ったら、研究したいから欲しいって言われて。

 失敗作から成功作まで全部あげたら、僕が作ったのよりも高性能なやつができたみたいで、音速レベルで動ける人間がわさわさーっと発生しちゃったんだよね。

 ほんとマクシムごめん。

 脳筋軍団の第八研究室にだけは渡しちゃいけなかったと反省してる」


「それでわかった。おまえが不特定多数の人間に手を出すのは変だと思ってたんだ」


 マクシムがトーリのグラスに自分のグラスを当て、酒を飲み干す。


「後で第八に抗議文を送っておくかな」


「じゃあさ、じゃあさ、トーリって、記録を見たら最低でも未来のどの時点までは自分と秘書さんが生きてるかがわかるってことだよね? 見た? どうだった?」


 ピノの問いにトーリは「見てないよ」と目を閉じる。


「もしも未来を知ってしまったら、本来取るべき行動を取らない可能性が出るからね。せっかく未来と繋がったから、未来を改変するリスクは取りたくないんだ」


「ふーん?」


「ピノ、未来を知ったって楽しみが減るだけよ? もし私がダーリンと結婚するって分かってたら、逆プロポーズのときの尋常じゃないドキドキは感じられなかったはずだもの」


「アリアが言うと説得力があるね」


「でしょう?」


 コノハとアリアが顔を見合わせて笑う。

 そのあいだピノはマクシムに「逆プロポーズってなにが逆なの?」と聞いて「これには裏や対偶はないんだ」と言われていた。



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