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2 師匠発見(師匠1/2)

 この王国の西側に接する帝国との国境問題。

 それは端的に言えば戦争の火種。

 戦争を起こして領土を拡大するのか、それともこのまま膠着状態を続けるのか。

 辺境伯らと重鎮貴族らの利害関係は対立し、会議は遅々として進まなかった。


「時に宰相」


「はい、陛下」


 王の呼びかけに落ち着いた物腰で答えた宰相。

 その面持ちは凍血の魔神と呼ばれているとは思えないような穏やかなものだ。


「最近、面白い話を耳に入れてな。なんでも、東の島国から武器を密輸入している者がいるそうだな。まあ、自治を認めている以上各領の軍備に口出しはすまい。ただ、その資金源が国庫財産の横領とあっては見逃すわけにはいかぬだろう」


 王の手に握られた茶色の紙。

 それを受け取った宰相はざっと目を通すと会議に出席している辺境伯らの顔を見渡し、幾人かの重鎮貴族らに目を走らせた。


「調べるに当たりまして、我が秘書をここに呼んでも宜しいでしょうか」


「構わん」


「ありがたきお言葉。……セバス」


 宰相の声がかかるや否や、宰相の後ろで空気が揺らぐ。


「ここに」


 まるで魔法か何かのようにして突如現れた人物。

 黒のフロックコートをまとうその姿は秘書というよりも執事を思わせる礼をとった。


「宰相、その者は扉も開けずにどうやって」


「気にしたら負けでございます、陛下」


「いやそれにしても……よもや人間業とは思えんが」


「セバス、ここにある者を調べてもらいたい」


「拝見いたします」


 ぶつぶつ呟く王を無視する宰相。

 セバスは宰相から受け取った紙をざっと眺めると、懐に手をやった。


「この者達でしたらこちらに」


 取り出された紙の束。

 そこにあるのは有力貴族らと帝国との密約書。

 そこには東の島国と帝国の手による王国制圧のための軍事同盟についての仔細が何枚にも渡って記載されている。

 その下には財務局官吏への贈賄に関する証言と裏帳簿の写し。

 更に帳尻合わせが何重にも行われた国庫帳簿と作成者リスト。


「これはいったい」


「以前閣下が気になるとおっしゃっていた者達について、勝手ながら調べさせていただきました」


 目を見開いている宰相の手から奪うようにして紙の束を手にした王は、書類を広げ、周りに見せつけるようにして確認していく。


「真贋は如何に」


「こちらの証拠が真正たることは保証致します」


「何を言うか! そんなもの出鱈目だ! 罠だ!」


 胸に右手を当てる宰相秘書。

 遠目にでも書類の内容がわかったのだろう、一部の貴族が立ち上がり抗議を始める。

 会議室は一気に騒々しさを増す。


「エルステッド伯爵、この書面にあなたのサインがあることがよく分かりましたね。こんなにも距離があるというのに」


 ぽつり。

 騒ぎの中を若き宰相補佐官の声が広がる。


「当然だ。そこにあるサインは偽造防止が施された私だけのもの。たとえ距離があろうと一目でわかるわ」


「素晴らしいです! 本人しか書くことが出来ない、そんなサインがあるのですね?」


 羨ましそうな目をする宰相補佐官。

 エルステッド伯爵はそれに鷹揚に頷いた。


「そうだろうそうだろう。領主を継ぐときに口伝される技術でな。それを更に私が改良した私だけのサインなのだ。他の者が書くことや偽造など不可能。私の宝だ」


「では、帝国との軍事密約、王の殺害……これらの書面すべてになされているサインは貴方がしたもので間違いないのですね」


 宰相の穏やかな笑み。しかしその瞳は氷のように冷えている。


「違う! 罠だ! 私のサインを偽造した誰かの陰謀だ!」


 偽造が不可能だと言ったその口でそれが偽造されたものだと叫ぶエルステッド伯爵。


「詳しくは別室でお伺い致しましょう。衛兵、ご案内して差し上げてください」


 宰相の指示で衛兵らがエルステッド伯爵の両腕を掴む。

 ボールのように膨らんだ腹を揺らし、引きずられるようにして伯爵が退場していくのを会議の面々はなんともいえない顔で見送る。


「残りの皆様もきっとお話しになりたいことがございましょう。別室へどうぞ」


 宰相の言葉と共に動く衛兵。

 そうして会議室に残ったのは、王や宰相、大臣らを除くと3人の貴族のみだった。


「素晴らしいものだな、我が貴族らの忠誠心とやらは」


 呵呵と笑う王は残った貴族を見やる。


「お主らは証人だ。そして戦争となったときは忠義を示してもらいたい」


 立ち上がり礼をとる貴族3人。

 それを背に王は会議室を出て行った。

 凍血の魔神と冷血の悪魔。2人のコンビネーションに抗うことは不可能だと、残った貴族と衛兵は小さく体を震わせていた。



「す、すごい……」


 そんな様子を壁の穴から覗き見していたのがサラである。

 会議室の隣の部屋は余った机や椅子をしまうための倉庫になっており、サラはトーリが会議に出ているときはそこに潜むことにしていた。

 なぜなら。

 トーリの執務室にいると会議の進捗が分からず、トーリがいつ戻ってくるのかと完全にサボりきることもできずヤキモキしてしまうからである。

 間違っても覗き見が趣味だからというわけではない。……多分。

 そんな今日、サラの興味を惹きつけたのは宰相の秘書であるセバスだった。

 歳は三十路といったところか、完璧な執事の身のこなしにして、瞬間移動をしたかと思えば主の求める資料を即座に手渡す。

 完璧だった。

 それこそがメイドであるサラの到達点であるように見えた。

 なんとしてでもその技を盗まなくては。

 サラの目には決意の炎が宿っていた。



「休暇が欲しい、ってどういうこと?」


 会議が終わって執務室に戻ってきたトーリに、サラは開口一番こう言ったのだ。

 今すぐ休暇が欲しい、と。

 混乱するトーリにサラは熱っぽい口調で続ける。


「私、セバスさんのようになりたいのです! 目にも止まらぬ速さ、常時準備万端、それすなわち強さ。私、強くなりたいのです」


「サラが強くなりたいのは前々から知っているけど……それと休暇にどんな関係が?」


「それはもちろん! 弟子入りでございます!」


 興奮しているせいか主の陰に徹するというメイドらしさが失われているサラ。

 こうなっては何を言っても聞かないだろう。

 天井と壁の境目を見ながらトーリは考える。

 サラはセバスのようになりたい。トーリはサラに仕事をしてもらいたい。この2つをうまく融合させるには……。


「いいかい。休暇は却下だ。その代わり、僕が宰相と一緒の部屋で仕事をしよう。宰相が仕事をしている間秘書も仕事をしているだろうから、見て盗むなり教えてもらうなりしなさい」


「でもトーリ様は宰相様とあまり仲がよろしくないって……一緒のお部屋でお仕事できるんですか」


 心配そうにするサラにトーリは疲れた顔で頷く。


「僕だって命は惜しい。サラがいないあいだ誰かが僕を守ってくれるっていうんなら話は別だけどね」


 そうと決まれば引越しだ。

 執務に必要な書類、書物、筆記具。未処理書類を入れた木箱。お茶の用意その他諸々を引っ提げて、トーリとサラは二つ隣の部屋へ踏み込んだ。


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