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19 ブラック発明家、ラプンツェル

本日2度目の更新です。

 最初で最後の男になりたい。

 一番愛した女性は父のものであり自分のものにはできないと知ったとき、彼の心に浮かんだのはただそれだけだった。

 愛されるよう努力をした。しかし、彼女は兄を優遇した。

 精一杯笑いかけてみた。しかし、彼女は平然と彼の教育について述べるだけだった。

 それならばと抱きついてみた。彼女は困ったように受け入れてくれたが、口付けをした瞬間眉を潜めて放された。

 抱きつくことすら許されなくなった。

 一番愛した女性が永久の眠りについたとき、その冷たい唇に自らの唇を当てた彼は、相手からの抵抗がなかったことに衝撃を受けた。

 それはとても甘美な瞬間だった。

 彼はそれまで気づかなかった欲望を明確に認識したのだ。

 拒否されたくない。

 受け入れられたい。

 狂おしいほどの思いを抱え、彼は今日も巨大氷穴の中で愛をささやく。

 物言わぬ冷たい少女は静かにそれを受け入れる。

 しかし蜜月は長くは続かず、時と共に失われる美しさから、少女はやがて土の下の住人となる。

 王国第二王子エルンストは物静かで従順な、自分を最初で最後の男でいさせてくれる「長持ちする女性」を求めていた。


 そして彼は、ラプンツェルという名の女性に出会う。


「ラプンツェル! 会いに来たぞ!」


 魔女が住むと呼ばれる屋敷の敷地には、にび色の塔が建っていた。

 その塔には入口がなく、塔の内部に干渉できる場所は最上階にある大きな窓のみだ。

 その窓に向かい王子は声を上げる。


「ラプンツェル!」


 窓から顔を出した金髪の彼女は微笑を浮かべて王子を見る。


「今行くからな!」


 王子の声にラプンツェルは長い髪を外に垂らす。

 その髪に口付けると、王子は塔の壁に電磁石を着けて登り始める。

 ラプンツェルの監禁されている塔は鉄製だ。

 両手両足の電磁石に交互に電流を流していけば、登るのは苦でもなかった。

 もっとも、王子はそれが電磁石であることやその原理は理解しておらず、なにか良くわからないが便利な道具としか認識していないのだが。


「ああ、ラプンツェル」


 窓から中に入った王子は金髪のラプンツェルの額に口付け、それを頬、唇へと動かしてゆく。

 くすぐったそうに小さく息を吐くラプンツェルに王子の愛が募る。

 二人は愛し合っているように見えた。

 少なくとも王子はラプンツェルを好ましく思っていたし、ラプンツェルも王子を拒まなかった。

 声を失っているラプンツェルは王子にとって理想の女性であり、王子がその地位を利用して作らせた器具を持つ者以外彼女に会うことがかなわないというのも王子を満足させた。


「妻となってくれないか」


 王子の言葉にラプンツェルは不思議そうな顔をする。

 筆記具を差し出せば、整った文字で『妻とは何ですか?』と書かれる。


「生きている限りずっと共にいることを約束する者のことだ」


『今と同じですか』


「いや、違う。同じ場所に住むんだ。周りからもその関係が認められる」


『ここはエルンストが住むには狭いわ』


「一緒に外に出よう。外で暮らすんだ」


 王子はラプンツェルを抱き締め、ラプンツェルも王子の背に手を回す。

 降り出した雨が塔の中を雨音で満たす。

 二人は深く口付け合い、雨音の中に溶けるように体をあずけ合う。


 窓の外では、塔から離れた場所にある魔女の屋敷もまた雨に濡れていた。



「トーリ様、デバガメのし過ぎはおよしになってください」


 ここは魔女の屋敷。

 窓を前に双眼鏡を覗き込んでいたトーリをサラがたしなめると、トーリは「いや、ほら、殿下が少女に無体なことをするといけないなと」と言い訳して双眼鏡を下ろした。

 覗き込めば遠くの事物だけでなく音声も聞くことの出来るそれは屋敷の主からの借り物だ。


「やっと殿下がまっとうな恋愛を始めたんですから、干渉せず優しく見守るのが大人の務めです。

 しかもラプンツェル嬢は平民の娘と言えど、お母上が伯爵家次女、お父上が侯爵家次男と貴族の出。ご婚姻となれば後見人となりたがる貴族も多いでしょうし確実に良縁。逃げられるわけにはいかないんです。

 というか、逃がしませんよラプンツェル嬢!

 目差せ王子の脱変態!」


「うん、熱いねサラ」


「当然です。私が何度あの王子のせいで大移動させられたか!」


 トーリはサラから聞かされた第二王子に関する嘆きを思い出す。

 ほぼ毎日往復一時間以上をかけてヴィルバート国に通い、変態ファミリーに振り回されたこと。

 つい数ヶ月前には「眠り続ける姫がいる」と聞いて南西の小国に向かった王子を追って白骨を発見するはめになったこと。

 あわや骨に愛を見出すのではと危惧した王子はそこまでの変態ではなかったのが幸いだったが、帰り道で南西諸国特有の毒を持つ蚊に刺されたのが本当につらく「痒すぎて恨み殺せる気が」したこと。

 かいつまんで報告を受けただけでもお腹いっぱいだ。

 うん、うちのメイドを好き勝手使っている上司には今度なにか素敵なものをせびろう。


「はぁ……それにしても雨か……憂鬱です」


「どうして? サラならどんな気候も平気そうだけど」


「服が濡れると気持ち悪いじゃないですか」


 なるほど、とトーリは窓際に持ってきた椅子に腰掛ける。

 サラも椅子を持ってきて座り、二人は窓の外を眺めた。


「濡れるのは厄介だけど、僕は早朝に雨が降る日は好きなんだ」


「早朝の雨、ですか?」


「うん。普段外に出る人が出なかったりフードを被っていたりするから、良いことが起きるんだ」


「よくわかりませんが」


「そうだね」


 サラが毎朝アドバイスをくれるポケットチーフの色。

 それが調合士の女性の髪留めの色を参考にして決められていることに気付いたのは、トーリが調合士と恋仲であるという噂が立った時だった。

 調べてみれば確かにそうで、しかし例外があることもわかった。

 そして、例外の日は必ず雨であることも。

 調合士の髪留めの色がわからない日はきっと、サラが自分で選んだ色を助言してくれているのだろう。

 それ以来、気付けば雨の日が楽しみになっていた。

 トーリは軽く笑い、サラの髪を見る。

 髪飾りらしいものが何もつけられていないそこに目を留めていると、視線に気づいたサラが後頭部に手をやった。


「なくしてしまうといけないので、飾りはつけないんです」


「そうか。もうすぐ誕生日だから何かあげようと思ったんだけど」


「そのお気持ちだけで充分です。むしろ私はアスコット伯爵夫人からのお見合い話を断っていただけた方が余程嬉しいのですが」


「ごめん、それは無理。ハイジ家まで送ってあげるし迎えの馬車も用意するから諦めて行ってきて」


「売られる気分です」


「ハイジ家は第一王子派のはずだけど良くわからないから、情報収集に期待してるよ」


 通り雨だったのか、雲間から光が差し始める。

 ノックの音に振り返ると、屋敷の主が入室するところだった。


「首尾はいかがかな」


 老女の問いにトーリが「順調のようです」と答えると、老女はニヤリと笑って部屋を去ってゆく。

 この老女こそが魔女と呼ばれ、ラプンツェルを塔に監禁したと言われる張本人である。

 老女が魔女と呼ばれるゆえんはひとえにその技術力にある。

 王国内はもちろん王国と国交のある国には存在しない魔法のような技術を次々と編み出して道具を作り出す彼女は、現在どの国にも属しない特殊な地位にあった。

 ラプンツェルの両親は老女の才能に惹かれて弟子入りしたが、ラプンツェルがまだ幼いうちに潜水艦を完成させ海底30万キロを探検する旅に出てしまい、かれこれ二十年近く音信不通である。

 そこで老女はラプンツェルを育てていたのだが、ラプンツェルは数年前に飛行実験に失敗したことをきっかけに失声症と低所恐怖症を発症してしまった。

 そのためラプンツェルは今日も塔の中で自主的に監禁生活を送っているのである。


「僕も欲しいなぁ……あれ」


 外を飛んでいる鷹らしき影を指すトーリ。

 双眼鏡で見ても鷹にしか見えないそれはラプンツェルが作ったオモチャであり、完全防水が施された飛行偵察機である。

 他にも五キログラムまでなら運搬可能なトンビ型飛行運搬機などがあり、老女や近くに住む親切な人々のおかげでラプンツェルは快適なひきこもり生活を送っているのだった。


「ラプンツェル嬢にお願いしてみましょうか」


「他の人間の接触があったなんて知ったら第二王子に殺されそうだね」


 それに、ラプンツェル嬢も良い顔をしないだろう。

 彼女はしたたかな女性だ。

 研究のためなら寝食を忘れて没頭し、研究費や素材のためなら黒いこともする。

 彼女は何も語らないが、研究に命を賭している人間が王子様とのラブロマンスに満足するとは思えない。

 おそらくは王子に取り入ることで得たいものがあるのだろう。

 彼女には酷かもしれないが、どうか一生仮面を被り続けて欲しいと祈らざるを得ない。


「今更ではあるのですが、未成年の王子に既成事実を作らせて押し切ろうっていうのは、人として許されるべきなのでしょうか」


 どう答えても墓穴を掘りそうで、トーリは沈黙した。



 サラの見合いの日は呆気なくやってきた。

 相手はロイス・ハイジ。アスコット伯爵の長男で農林水産局書記官。

 それ以外の情報は特に知る気も起きず、調べてもいない。

 実家から送られてきたドレス一式を身に着けたサラは競りに出される子牛の気分でハイジ家の屋敷に乗り込んだ。


「ようこそサラさん。お待ちしてましたわ」


「本日はありがとうございます、アスコット伯爵夫人」


 昼用のドレスを纏った伯爵夫人はトレンドカラーで彩られた真紅の唇を妖艶に持ち上げる。

 大輪の牡丹のような姿に目を奪われていると、夫人はサラのドレスから何かを読み取ったかのように頷いた。

 屋敷の中を案内されながら、使用人たちにまで格付けをされている気持ちになり、俯きそうになるのをこらえる。

 今着ているペールグリーンのドレスは学校を卒業したお祝いに領で着たもので、背伸びした当時はともかく、四年経った今ではすっかり馴染んでいるはずなのに。


「ねぇサラさん、わたくしが今どんな気持ちかおわかり?」


「私ではご子息に釣り合わない、でしょうか」


 期待半分自虐半分で聞くサラに夫人は心底愉しそうに笑う。


「ふふ、残念。とても嬉しいんですのよ。……さて、お待たせ、ロイス。サラさん、愚息のロイスですわ」


 通されたサロンルームに立っていたのは、深い緑色の瞳をした黒髪の青年。

 母親似の不敵な感じの目元に、細身のジャケットの上からでもわかる父親似の筋肉質な体。

 ああ、そういえばこんな顔だったな、と失礼なことを思いながら挨拶をする。

 やる気のないサラの気持ちは十分伝わっただろうが、ロイスは気分を害する様子もなくテーブルへと誘う。

 サラが布張りの椅子に座るのを見届け、夫人は「何かあればそこの使用人に言ってちょうだいな」と言って部屋を出ていってしまった。


「驚いたでしょう、いきなりこんなことになって」


「ええ、とても」


 三段のティースタンドには下からサンドイッチ、スコーン、ケーキとフルーツがしっかり盛られている。

 王国では育ちづらい贅沢印のキュウリがこれでもかと挟まっているサンドイッチが素晴らしいが、サラは玉子サンドの方が好きだ。

 メイドさんが作法通りに入れてくれる紅茶は第一王子が飲んでいるものに引けを取らない。

 これが貿易自慢の伯爵家か、と感服しながら手を進める。


「僕は君のことを知ってるんですよ。いつも忙しそうで、頑張っている姿に元気をもらえます」


「ありがとうございます」


 キュウリをシャクシャク音を立てながら咀嚼しているサラに合わせてロイスもサンドイッチを手に取る。


「僕の上司……農林水産大臣が言ってましたよ、サラ・ヒューズは菓子をやるといつも嬉しそうにすると。甘いものでは何がお好きですか」


「そうですね、どれも好きですが強いて挙げるなら……」


 第一王子殿下から貰う焼き菓子はどれも美味しい。

 最近ではコリンズ家で食べたブルーベリータルトも。

 でも、最近で一番記憶に残っているのは緊張と安堵と歓喜の中で食べたあれだろうか。


「パウダーシュガーのたくさんかかったポルボロン、でしょうか」


 唇に触れた指先。ほぐれるような食感。一緒に訓練した仲間たちへの心配が、無事であることへの喜びに変わった瞬間。


「なるほど。それはなぜですか」


「先の戦争が終わった日に食べたからです」


 一番下の段を空にし、スコーンに手を伸ばす。

 こってりとしたクロテッドクリームがとてつもなく美味しくてサラの手は止まらない。


「でも、今はこのクロテッドクリームが一番好きです」


 それだけでもほのかに甘いスコーンがクロテッドクリームと相まってこの世の幸せを形作る。

 しっとりとしたスコーン。なめらかなクリーム。ささやくようなスコーン。濃厚な抱擁のクリーム。踊るスコーン。転がるクリーム。


「それほどまで気に入っていただけると嬉しいですね。うちの料理人に伝えておきましょう」


「是非。レシピをいただきたいくらいです。そうしたら食堂の料理人さんに再現してもらって毎日食べられるのに」


「レシピはさすがに無理でしょうが、スコーンとクリームのみなら今度届けさせますよ」


「ありがとうございます! ロイスさん良い人ですね!」


 いやあ、改めて見ればイケメンさんですね! 珍しい緑の目も素敵だし、もう少し筋肉控え目でもいいけれどでも素敵な肉体美だし、うん、イケメン!


「サラさんは味覚で世界を見ているんですね」


 僕の分もどうぞ、とスコーンの乗ったお皿をスタンドから取ってサラの前に置くロイス。

 好意はありがたく受け取るとして、ロイスの言葉の意味をはかりかねることを示すように小首を傾げてみる。


「先ほど、戦争の終わった日に食べたお菓子が好きだとおっしゃっていたでしょう。サラさんは嬉しい時に食べた物を美味しく感じ、美味しいものを食べた時に見た世界を素晴らしいものだと感じるのだろうと、そう思ったのですよ」


「……自覚がなかったのでわかりませんが……そうかもしれません」


「アスコット領が東の島国と交易をしていることはご存知ですか? あの国は三百年ほど公式には貿易をしていないのですが、各領の領主は比較的自由に他国と交易しているんです。小さいけれど生産力と技術力の優れた国です。こちらのケーキのスポンジはかの国のレシピによるものですよ」


 勧められるままにケーキを取る。

 スポンジがやけに黄色く、まるで輝くようだ。

 口に入れるとしっとりと雪のように溶けてゆき、甘さが下の上を広がる。それなのに後味はあっさりとして、まるで幻を食べてしまったような気持ちになった。


「凄い……なんだか夢の中で食事をしているみたいです」


「そっかそっか。うん、聞いていた以上に面白いですね。まだ召し上がりますか」


「あ、いえ……」


「遠慮なさらなくとも良いんですよ」


「一応、その、お見合いなので猫をかぶろうと思っているんです。なので、大食らいだと思われないようにこのあたりで……」


 本当はドレスの中でお腹がはちきれそうになってきたからなのだが、女の沽券にかけてそれは言うまい。

 本当はもっと食べたいし食べられる。

 普段のメイド服ならあと数人前いける。

 悔しい。これだからドレスは嫌いなんだ。


「可愛らしい方ですね。今度からは町着にして商業街に行きましょうか」


 ……ドレスがキツイのバレてる……?

 冷や汗が背中を落ちるのを感じながら、笑みが壊れないように頷く。


「はい。その方が気楽に楽しめそうです。……あ、でも……」


「どうされました?」


「私と町に出るとロイスさんの身の安全を保障できないので、やっぱりご遠慮しておきますね」


 酸味の強いフルーツに涙が出そうになりながらも酸味を堪能する。

 甘さに慣れた舌がすっきり冴えて、ケーキの美味しさが更に増す。

 技巧的なティーセットだ。この組み合わせ方は覚えておかなくては。


「サラさん」


「はい」


 フォークを置いたロイスに習い、サラもフォークを置く。

 サラが口の中の甘みを飲み込むのを待っていたようにロイスが口を開く。


「僕……いや、私との結婚を考えて貰えませんか」


「け、結婚ですか? いきなりすぎますし、それに私もう行き遅れだし、ロイスさんモテますよね? 私なんか」


「サラさん、あなたはいま二つの勢力から狙われています。あなたはここで消されていい人材ではない。私は次期ハイジ家当主としてあなたと同盟を結びたいんです」


「同盟、ですか?」


「そうです。アスコットがあなたにつけば、あなたに手出しできる人間はいなくなる。王太子が即位するまで国は荒れます。その荒波からあなたを守りたい」


 本気だろうか。

 それはサラにばかり得な申し出で、裏があるのではないかと疑いたくなる。


「アスコット領とハイジ家のメリットはなんですか」


 真っ直ぐにロイスを見ると、ロイスはその緑の瞳を細めた。


「あなたが味方でいること。それ自体がメリットなんです」


「抽象的ですね」


「そうでしょうか。五年前には頻繁に体調を崩されていた第一王子殿下が今は驚くほど健康でいらっしゃる。当時と今の違いはあなたがいるかいないか、それだけです。これが答えになりませんか」


「それはただ私が毒見を」


「もう一度言います。

 サラ、私との結婚を考えてくれませんか」


 呼び捨てに意識が取られる。

 とくりと跳ねた心臓が走り出して止まらない。

 うつむくサラにロイスが放ったのは、巨大な槍だった。


「あなたがあなただからこそ、守りたいと思ったんです」


 突然の告白がサラの体を貫く。

 寒気か熱か、何かわからないものがブワッと体の中から溢れ、心臓がバクバクと暴れ出す。

 顔は熱く、脇の下を変な汗が流れる。

 瞬間移動で逃げてしまいたくなる。

 頭の中が真っ白で、何か言わなくてはいけないのに言葉が浮かばない。


「私は……」


 この人は守ってくれると言う。

 その手を取れば、休まらない気持ちも、もしかしたら休まるのかもしれない。

 恋なんてわからないけれど、幸せになれるのかもしれない。

 両親のように穏やかに暮らせるようになるのかもしれない。

 もしかしたら。

 でも。

 私はずっと、強くなりたかった。

 守りたかった。

 もう失いたくなかった。

 努力したら少しは強くなれた。

 認められたら嬉しくなった。

 期待に応えたくて、戦った。

 一つ終われば次が来た。

 戦って、傷ついて、戦って、痛くて。

 ずっとつらかった。

 ずっと。

 本当は守られたかった。

 安全な場所で、誰も失わずにいたかった。

 戦いたく、なかった。

 それでも。

 戦うのをやめたら、きっと全部失ってしまう。

 発明から手を引こうとした兄がそうだったように。

 逃げるだけで済むならどんなに良かっただろう。

 戦わなければ、戦い続けなければ、逃げることさえできない。

 優しい場所に帰るべきタイミングはもう、とっくの昔に失われていた。


「私は主を守るためにいるんです。守られるためにいるのではありません」


 すげなく断るサラをロイスは責めなかった。

 顔を上げたサラの頬には涙が伝っていた。



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