12 お姫様は不死身DEATH(白雪姫3/3)
王妃が王女を殺そうとしたらしい。
その理由は王妃が王女の美しさに嫉妬したという身勝手なもの。
ああ、なんてお可哀想な王女様。
ヴィルバート国の城下町でまことしやかに囁かれる噂。
それは城下町に滞在する王国第二王子の耳にも届いた。
「ご婦人、それは本当か」
「あ……ああ。なんでも、森の中で猟師に王女を殺させて、証拠に王女の心臓を持ってくるようにと言ったらしいよ。でも猟師は王女が可哀想になって逃がしたんだと。猟師は森の獣の心臓を代わりに王妃に差し出して、王妃はそれを塩茹でにしてペロリと食っちまったとか! 怖い女だねぇ」
ご婦人という呼びかけに一瞬怪訝な顔をした下町のおばちゃんは機嫌よく答える。
「なになに、森の奥に逃げ込んだ王女様の話が聞きたいのかい? 王女様ね、やっとのことで親切な木こり集団に匿ってもらったのに王妃に見つかったちゃったんだよ。それで飾り紐で絞めあげられたんだって」
「飾り紐?」
「そうよー、イケメンさん。旅行かい? 人攫いに気をつけなよ、ここはよくても森の中は人の目が無いからねぇ」
早口で好き勝手に喋り続けるおばちゃんたちに気圧されつつも話を促す王子。
微笑を浮かべればおばちゃんたちの口は回る回る。
「お貴族様はコルセットとかいうのを付けるんだって? とにかくそれを縛る紐らしいんだけどね、王女が好きそうな可愛らしいやつを用意して、付けて差し上げますよーとか言ってぎゅうううっと!」
「ひどい話だねぇ。それでどうなったんだい?」
「もはやこれまでってぶっ倒れてるところに木こりたちが帰ってきてね、紐をほどいたら息を吹き返したんだと! ラッキーな王女様だよ。それで王妃が諦めれば万事解決なんだけどねぇ、そうは問屋がおろさない!」
「と、いうことは〜?」
「またやってきたんだよ、王妃が! 今度は怪しげな魔術をかけた櫛を使ってグサッと殺っちゃったんだと」
「ところが〜?」
「木こりが櫛を抜いたら生き返ったんだと! いや〜うちの王女様は不死身だねぇ」
アッハッハと笑い合うおばちゃんたち。
一国の王女が殺されそうになっているのにそんな軽い扱いでいいのかと突っ込みそうになりつつ、王子は笑みを崩さずに聞く。
「その王女様がいるのはどこの森だ?」
「気になる〜? 気になっちゃう〜? ま、誰でも知ってるんだけどね。ここからお城が見えるだろう? そこの森だよ。王様の森だからいくらあんたが王女様を見たいって言っても無理だよ」
「そうか。感謝する」
旅マントを翻してその場を去る王子。
その後ろを数人の男達が早歩きで追っていく。
「はー、旅人さんってのは忙しないね」
「でも、ああいうイケメンが王子様なら良いのにねぇ。そしたら王女様も幸せになれるだろうさ」
食堂から焼いた肉の匂いが漂う。
残されたおばちゃんたちの言葉は夕暮れの中に消えていった。
「ねえ、鏡の精さん。なんか予定と違わない?」
「仰る通りです……」
ヴィルバート城内王妃の部屋。
王妃とサラは額を突き合わせて緊急会議を開いていた。
最初の計画はこうだ。
猟師に命じて王女を森の小屋に連れていかせる。
その帰り道に猟師に獣の心臓を取ってこさせ、王妃がみんなの前でそれを食べる。
猟師は城の使用人や町民に「王妃が王女を殺させた挙句、王女の心臓を食べてしまった」と話す。
その話が広がり、王国第二王子の耳に入る。
胸を切り裂かれた死体にはときめかない(はず)王子は諦めて帰国する。
大成功!
と、なるはずだったのだが。
猟師が自己保身と英雄願望に走った結果、「王妃が王女を殺そうとしたが猟師が助けた」という噂になってしまっていた。
慌てて第二第三の王女殺しネタを生み出したが、世話役にした木こりたちも自己保身に走って失敗。
ちなみに死にたがりの王女は「試しにやってみて」と請われるまま胸を締めたサラに「フラっとくる感じが最高」と満面の笑みだったり、「頭のツボに櫛が刺さってクラっとする感じがたまんない」と大興奮だったりした。
おまけにそれらがお気に召したようで毎晩木こりたちに再現させているようだ。
木こりたちの心労やいかに。
そうして、気づけば城下町で流れる噂は「王女は不死身」というものに変わっていた。
大誤算である。
「王妃様。こうなれば最終手段です。その名も、『不死身なら死体にならないよ計画』です」
「ダサっ!」
王妃のツッコミが冴え渡り、サラは親指を立てて王妃に笑顔を向ける。
「仮死状態になる薬を用意します。それを王女様に飲ませて死んだことにし、変態王子が現れてしめしめとその死亡を確認した後に王女様をお起こしするのです。変態であっても所詮はぬるま湯の中で生きてきた16歳、さすがに不死身の人間を死体にするようなガッツはないはずです」
「なるほどね……。いいわ、やりましょう。でも姫ちゃんはおクスリ苦手なのよ。粉を飲むのがとっても下手で、液体にしても味がダメで吐き出しちゃうの」
「では、好物に混ぜましょう。王女様は何がお好きなのですか?」
「そうね……」
サラは頭の中にある薬のリストと王妃が挙げる食べ物のリストを照らし合わせていく。
副作用を出さず、効果を減少させず、味に悪影響を与えない組み合わせ……。
やがて生み出されたのが王国に伝わる「ロミジュリ薬」と林檎の組み合わせだった。
そうと決まれば帰って仕込み。
サラは王妃への挨拶もそこそこにヴィルバート城を飛び出したのであった。
王城に帰って向かう先はトーリの執務室。
相変わらず明かりのない廊下を早歩きで進み、ついでに駆け出しっぽさが前面に出ている暗殺者を殴りつけて昏睡させ、ずるずると引きずっていく。
「トーリ様、サラです」
「入って」
ドアを開けると、分厚い本からなにやら書き抜いているトーリが出迎えた。
窓際では夜の目のコノハがうとうとしている。
「ただいま戻りました。それと、衛兵を呼んでいただけますか?」
でろんと伸びている暗殺者を執務室に常備している縄で縛り上げ、執務室の外に放り出す。
そして手早くお茶の用意をしてトーリとコノハの前に置くと、サラはようやく椅子に座った。
「コノハさん、待ってていただき有り難うございます。今日の報告と明日の予定をお知らせします」
うとうとしていたはずのコノハの目が覚醒を合図する。
第二王子が既に城下町にいて明日にでもヴィルバート城敷地内に入ってくるであろうこと、仮死状態を利用して王子の心を折る作戦であることを報告すると、コノハはこくりと頷いた。
「さっきまでメンフがいたんだけど、次の仕事に行っちゃっててごめんね。第五プランで行くってことは2人に報告しておくよ。で、もしもなんだけど」
「もしも、ですか」
「うん。もしも第二王子殿下があちらのお姫様を連れ帰ってこようとしたら全力で阻止して。これはトラフからの指令。あと、もちろんだけどお姫様の命は守ること」
「了解です。……ってことでトーリ様、明日のお目覚めの準備とお毒見はできませんので、宰相様にどうにかしていただいてくださいね」
ついっとトーリに顔を向けるサラに、トーリはお茶をむせそうになる。
「え、そういう話? 聞いちゃいけないかと思って聞かないようにしてたんだけど」
「表立ってはできないトーリ様へのご報告のためにここで話していたのですよ……。宰相様には私が頑張ってることをちゃんと伝えてくださいませね? この仕事のせいでサラのお肌はガサガサですって」
そう言うサラの肌は確かにツヤ感がなく乾いている。
充血気味の白目が痛々しく、トーリは机の引き出しを開けた。
「それは悪かった。これ使って。それと……あまり無理しないように」
両手の平をそろえて出すサラにトーリが渡したのはU字型の布製品。
中に小石が入っているらしく、じゃらじゃらと音がする。
「アイマスク。見たことないかな? お湯を入れたタライやヤカンの下に置いて温めて、まぶたと頬を覆うように乗せて使うんだよ。よく眠れる」
トーリはサラの頭をくしゃりと撫でて机に戻っていく。
頭に残る手の感触が昔のディファイン侯爵のものとよく似ていて、親子だなぁとサラははにかんだ。
夜の目が手配してくれた仮死状態をつくる毒。
それを厨房から失敬してきた赤い林檎に染み込ませれば毒林檎の完成だ。
しっとり濡れる毒林檎を机の上に並べ、朝までに乾くことを祈りながらベッドに入る。
ほんのり気化した毒とトーリのアイマスクはいとも簡単にサラを眠りの中に引きずり込んでいく。
サラには少し大きいアイマスクは焼き立ての白パンに似た優しい香りがして、トーリの側にいる時に感じる香りと同じだとぼんやり思う。
その夜サラが見た夢は、トーリに抱き締められる夢だった。
「きゃー! また来てくれたのね! 今日はどんな風に落としてくれるの?」
ヴィルバート城敷地内の森の中。
小屋とは名ばかりの邸宅でブランシュネージュは黄色い声を上げる。
四つしか変わらない継子を優しく抱擁する王妃に「もっと強くしてくれないと落ちれない」と文句を言うブランシュネージュの口を頭の中で縫い合わせつつ、サラは籠の中身を差し出した。
「こちらが本日のオススメ、激落ち林檎でございます。一口かじればほんのりと、二口かじればやんわりと、三口かじればがっつりと、王女様の意識を落としてご覧に入れましょう」
「わぁ、素敵ねぇ! 在庫はあるのでしょう? 全部置いていってちょうだい」
「えっと……なぜです?」
キラキラした笑みを浮かべるブランシュネージュは艶やかな唇を可愛らしく開く。
「だって、シてるときに落とされるのが最高にイイのよ? お城にいる時は首絞めが一番だって思ってたからみんなに『死にたいの』って言って首を絞めてもらってたけど、ここ一週間は毎日櫛で落ちるツボを押させてるの。もしこの林檎の落ち方が良かったら今夜から林檎にするわ。ふふっ。今日は何曜日かしら? うん、水曜日ね、水曜はあそこにいる彼の日なの。ねっとりした愛し方が素敵なのよ」
最初から爆弾発言のブランシュネージュ。
慌てて王妃の耳を塞いだサラはなぜこの別邸に七人の木こりが住んでいるのかを正しく理解した。
「この……クソロリビッチ姫が!」
「やだん。非モテ女の嫉妬は醜いわ」
「く……無駄に心がえぐられる……これがお姫様の力か……」
「あの、鏡の精さん? 二人は何を話しているの?」
心が折れそうなサラをみやる凛とした清涼剤。
サラは王妃の耳から手を離し、「王女様は林檎が楽しみだとおっしゃっていました」とだけ伝える。
「林檎の安全性は保障致します。作成中に数口味見しましたが、私がこのとおりピンピンしていることが証拠でございます」
「そのへんは信用してるから良いのよ! さ、ちょうだいな」
ロリビッチ姫……ではなくブランシュネージュが毒林檎を手に取る。
そしてそれをガブリ。
大きな口を開けてかじり取った。
シャクシャクとリズミカルな咀嚼音。
「この林檎美味しい……!」
(そりゃあ大陸随一の大国の王城から拝借した林檎ですからね。それに毒のもつ塩味が甘みを引き立てて最高のハーモニーでしょう)
得意気な笑みを浮かべるサラ。
どんどん食べ進めていくブランシュネージュはやがて、ふっと蝋燭の火が消えるように体から力を抜いた。
崩れ落ちるブランシュネージュを支えたサラは、文字通りお姫様抱っこをして別邸の外に出る。
用意しておいたガラス製の棺にブランシュネージュを寝かせ、髪やドレスの形を整えたサラは晴れ晴れとした笑みで棺の蓋を閉めた。
「ガラス製の棺にして大正解でしたね。ガラスなら蓋をしめても王女様の姿がしっかり見えます」
黙っていれば可憐なブランシュネージュ。
眠りにつくその姿はまるで天使か妖精のようで、案外第二王子に死体にされた方が良いんじゃないかと思えてくる。
心に浮かぶ仄暗い考えをそっと追いやると、サラは王妃をお城に送っていった。
そして「あとはお任せ下さい」と森の中へ取って返し、別邸の中でくつろぎ……ではなく第二王子が来るのを待ち構えていたのである。
太陽が南中するころ、サラはむっくりとソファから身を起こした。
足音の数は四つ。
予想よりも少ない。
水曜日の男に目をやり、早口で最後の打ち合わせをしたサラは裏の勝手口から外に出た。
「なんと! こんなところに姫君が落ちている!」
栗色の髪に色白の肌。甘い顔で筋肉はなく、成長途中のせいか身長は低め。
初めて見る第二王子は想像と違い、あまりサラの好みではなかった。
サラの好みは身長高めで凛とした空気が漂う、穏やかな笑みの細マッチョである。そして焼き立ての白パンのような香りがするとなお良い。
「その方に触れないでください!」
音を立ててドアから転がり出る水曜の男。
いかにも慌てた感じが素晴らしい演技だ。
「おまえは何者だ?」
「俺はこの森の木こりです。そしてここで永久の眠りにつかれた姫様をお守りするのが仕事です」
水曜の男の演技は順調だ。
「永久の眠りだと?」
「はい……。今朝方、姫様は林檎を召し上がられて……そのまま帰らぬ人となったのです……」
突然号泣し出す水曜の男。
もしかして昔俳優でもしていたのだろうか、素晴らしく心のこもった演技だ。
「そうか。お悔やみ申し上げる。ところでおまえ。この姫を俺にくれ。いいな?」
「いけません!」
「おまえの意見は聞いていない。俺は王国第二王子だ。控えよ」
ひょろりとした身体のわりに強引な第二王子。
従者たちがブランシュネージュの入った棺を持ち上げ……持ち……上がらない。
それもそのはず、外から見ればガラスの棺も中には鉄を敷き詰め重量増し増しにしているのだ。
それはひとえに殿下御一行様が棺ごとブランシュネージュを連れ去るのを防ぐため。
怒った従者が棺を蹴りでもしたら大成功、不敬罪の現行犯でお城へしょっぴいてしまえばいいのだ。
「何をやっている? ああ、棺が重いのか。良いだろう。俺が姫を抱いていく」
王子が棺の蓋を開ける。
それと同時に棺の外に撒き散らしておいた気付けの香草の香りが棺の中に流れ込む。
「おお、姫よ。あなたは美しい」
ブランシュネージュを抱き起こす王子。
予定ではそろそろ目覚めるはずだが、まだ刺激が足りないらしい。
「太陽の下にあったせいか? あたたかいのだな」
王子がブランシュネージュの後頭部を掻き抱く。
そしてゆっくりと顔を近づけ、熱烈な口付けをした。
深く、浅く、傾け、深く。
見ているのが嫌になるほどの情熱的な口付け。
「あ……」
どんなに深く眠っていても流石に起きざるを得ないだろう。
瞬きと共に目覚めたブランシュネージュは王子と見つめ合い、もう一度口付けをねだろうと目を閉じる。
しかし、目の開いた死体に王子は体を硬直させ、口づけどころの騒ぎではない。
声にならない叫び声を上げたかと思えば意味不明な言葉を繰り返し、手と足で尻餅をつきながら後退した。
「素敵な方……。あなたが私を起こしてくださったのですか?」
ブランシュネージュの可愛らしい声が王子をロックオンする。
「私、殿方の愛を感じながら意識を失うのが好きなのです。素敵な方、どうか私を高みに持ち上げて落としていただけませんか」
ブランシュネージュにとって第二王子はストライクゾーン内だったようだ。
甘い誘惑は直接的ながらもぎりぎり上品と言える範囲に収まっているが、それがいつ下品に転落するかわからない。
とりあえずサラはブランシュネージュがあらぬことを言い出さないよう祈ることにした。
「お……おまえは……」
「はい」
「その……色んな男と体を重ねてきたのだな」
「これからは貴方だけにしますわ」
くりくりと丸い瞳が王子を熱っぽく見つめる。
その夜の色は深く底が無い。
腰の引けていた王子は何か振り切れたように立ち上がった。
「思い上がるな。俺はいつだって最初で最後の男でいたいんだ。物静かで従順、それこそが美。おまえのような醜い女に興味などない!」
吐き出すように捲し立てた王子はぽかんとするブランシュネージュに背を向ける。
小さくなるその後ろ姿には無駄に威厳が漂っていた。
それから。
ヴィルバート国の王女が不死身であるという噂は王女が「死にたがり」であるという噂と相まって広がり、その神秘性と生命力の強さを王族の血に入れようと周辺諸国から王女への求婚が殺到。
王女が嫁入りすればヴィルバート国王を継ぐ者がいなくなると気付いたロリコン王は今更ながら王妃のもとへ足を運ぶようになったという。
王女殺しの王妃という噂が、王女の遊びに付き合わされた苦労人の王妃という噂に変わる頃、一連の騒動で強かになった王妃は新たな扉を開く。
「おう、おう、この国の王。世界で一番素晴らしい女は誰?」
「ああ王妃。あなたほど素晴らしい女性はこの世にいない」
「それを何年も放っておいたのはどこのどなた?」
「ああ、どうかお仕置きを」
「当然よ」
ぴしり、と鞭が振り下ろされる。
野太く甘い声が空気を震わせ、王妃の高らかな笑い声が響く。
おめでとう! 王妃は女王様に進化した!
王はロリコンを捨て、女王の犬にジョブチェンジした!
サラのメンタルは風前の灯だ!
初夏の風が薫る王国。
宰相に提出されたサラの報告書には精神的苦痛に対する労災給付の嘆願が五枚にわたり記載されていたという。