呼び出しは、美少女のナイトから
カイトを呼び出した2人は、自分の用事だったわけじゃなさそうだった。
俺に声をかけてきたのは、チャン・ヨンス。明日の8番目の演奏者。彼の後ろにいた少しせの低い青年は、パク ソルジュ。明日の3番目だそうだ。若干、不安もあるがどちらもカタコトの英語でしかやり取りできない。剣呑な事態にはならないだろうと、席を立った。
「あの二人と知り合い?」
「全然知らない。俺の事より、ヨゼフ。楽器忘れてるぞ。」
oh!なんて言って慌てて座席にとりにいったヨゼフ君だけど、前回のコンクールの時は、夜も眠れないほど神経質だったよな。何かふっきれたとか、一皮むけたとかいうやつか?もともと、こういう天然君だったのかも。
「実は、今日の5番目に吹いた子、ミレとはここで仲良くなったんだ。で、正直、彼女の演奏はどうだったかな?」とヨンスが切り出した。体格がいい彼は、声もはりがあり肺活量ありそう。
トロンボーンも向いてるかも。
「俺は一番最初だったから、正直あせっていて、演奏が終わったあとはホっとして、あまり覚えてないんだ。ただミレちゃんの事は覚えてるよ。最初の女性コンテスタントだったし、可愛かったかし」
俺は、少しだけウソをついた。ミレちゃんは演奏で、テクニックのミスを連発した。これはコンクールでは減点対象になる。ただ、それを今、言ってしまうのもなんだかな。俺なんかがおこがましいというか。彼女が顔が可愛いいと思ったのは、本当だけど。
「彼女、演奏でミスったんだ。音程をはずした箇所があった。音色も彼女らしい明るさがなかった。一つミスをすると、それが頭の隅の残っていて、次のミスにつながるっていう悪循環。」
「うんうん、あるよな、そういう事。でもコンクールでは、”本番、緊張しちゃって”ってのは、もちろん通じないしね。」
俺も経験ある。大学の1,2年生の時は、試験の時とかやらかした事はある。”奏者の演奏を邪魔する妖精さん”は、実在するんじゃないかと思ったほどだ。
ただ、今思えば、試験やコンクールの時に”失敗した”ならいい。自分が恥をかいて落ち込むだけ。もしプロの演奏家で、失敗したら大変だ。信用失墜で、場合によっては仕事が減るだろう。演奏中、もし一度ミスをおかしても、メンタルをうまく立て直すのは必須だ。
ミレちゃんは、ロビーの隅で、座って楽譜を見ていた。遠目にも泣いてるのがわかった。女の子の泣く姿は、なるべく見たくないな。
俺の姿を見つけると、手で目をこすりながら、駆け寄って来た。目がウルウルしてて子犬のチワワみたいで可愛い。
「こんにちは。1番目の演奏者の、新藤海人さんですね。私、5番目に演奏した リ・ミレです。初めまして。あの、新曲について質問したい事がいろいろあって、少し時間いいですか?」
「もちろん。ただ新曲に関しては、俺もあまり自信がないまま本番で演奏しました。曲を自分のものにしてないといった処です。」
”聴いてる人に曲の不安さを、感じてもらう”なんて、たくらみはもちろん言わないでおく。
”あなたのせいで、失敗したのよ”なんて、万が一逆切れされても面倒だから。
「え?じゃあ、ここのHの音(シの音)を、長くのばすところ、ヴィブラートかけたように聞こえたのは?」
「ああそこは・・」と始まって、延々と曲の解釈について、話しがはずんだ。ミレちゃんは、ミスしたと泣いても、しっかり反省と復習をするんだ。そういうとこ、偉いよな。
彼女と話していくうちにわかった。彼女は真面目すぎるんだ。だから本番前の緊張に弱いのかもしれない。ロングヘアを後ろでシニオンでまとめてる姿で、楽譜を指さし次々と疑問をぶつけて来る。こういうのって、久々だ。大学の吹奏楽のほうでは、こういう子いたな。ひたむきで頑張り屋。俺はミレちゃんの努力が実を結ぶといいなとつくづく思った。
ヨンスとソルジュの二人は、遠くで俺たちを見てる。ヨゼフは俺の斜め後ろで、黙って話しをきいてる。わざわざ二人が俺を呼びにきた理由は、ミレちゃんが、お願いしたからか?
話しがひと段落した処で、二人がやってきた。
「俺もミレちゃんも英語だったから、加わればよかったのに」
「いや、どうもなにか、二日目の利点で、ズルをしてるような気分だったし」
二人ともそう答えた。なんとも正義感が強いというのか、律儀というのか。すでに本番を終わった人の話しを聞いても、プラスにいくとは限らないのにな。
「まあそうかもね。ここで話しを聞いて、自分の曲つくりを方向転換しても、多分上手く演奏できないと思う。自分のものにするだけの時間もないしね」
今まで黙ってたヨゼフが、ポツリと英語でつぶやいた。
そうだよ。当日漬けなんて、無理だったんだ。やはり俺は練習不足だったんだ。曲想はどうあれ、不安があるのに、無理して押し通した。
「新藤さん、すいませんでした。ミレが新曲の解釈について、パニックになってたから、その原因になったあなたに、直接質問するのがいいと思ったんだ」
「いやいや、俺なんかの意見が、たいして役に立つとも思えないし、影響を与えたと思えないんだけどね。出来るならもう少し後の番がよかったよ。そうしたら他の人の演奏を聴いて参考に出来たんだ。」
嘘をつくたびに鼻が伸びてたら、かなり鼻高になったろう。
その夜は、俺にしては寝付きが悪かった。やっぱり夏のバカンスは家で練習するべきだったんだ。頼まれたとはいえ、少し浮かれ気分もあったのかも。それとも”練習しなければいけない”というプレッシャーから逃げたかったからなのか。
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二日目は、新曲を中心にいろいろ考えて聴いてみた。演奏者によって解釈がいろいろかと思ったら、意外と俺の考えた曲想と似てる。曲から受けるイメージが同じ方向なんだ。ただ、8番目のヨンスと最後のヨゼフだけは、明確に違っていた。
ヨンスの曲想は、ズバリ無機質の世界だ。生きてるもののいない世界にいるイメージを受けた。ヨゼフは、中間部は、無表情に演奏した。
予選の結果がでるまで、ヨゼフに声をかけ、新曲の事を聞いてみた。
「新曲は、最初が”戦い”とすると、中間部は”戦いに疲れ心に感情がなくなった”ってとこかな。それより2曲目どうだった?カイト。」
悪いな、ヨゼフの新曲を聴いて、横っ面をひっぱたかれた感じだったんだ。こういう解釈もできるのかと。
本選出場者が決定した。20人中10人。その中に、俺とヨゼフとヨンスは、なんとか滑り込んだ。ミレとソルジュは落選。ソルジュは悪くなかったきがしたんだけどな。しいていうなら、心に響くものがなかったような。
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「ミレちゃん、これからも、エントリーしてるコンクールあるんだろ?ベルリンのやつは?」
「これから、アメリカのコンクール巡りよ。あっちのほうは、ジャズっぽい課題曲があったしてこれが曲者なの。カイトはアメリカへは?」
それは俺も少し考えてる。手持ちの資金を少し残して、向こうのコンクールに挑戦しようか、クラウス先生に相談するつもりだった。ただ、このままでいくと、こっちで予定してたコンクールに出るだけで、お金が無くなるだろう。
「まあ、ちょい難しいかも。移動のための旅費もかかるしね。先生と相談してみてかな。」
そんな俺たち4人、やっとカタコトでも英語でなんとか会話がスムーズになった。そういえばヨゼフは?といえば、新曲の作曲者、ゴルドベルグ氏と話し込んでる。ヨゼフは作品賞をもらったのだ。年下に負けるのは、慣れてるから悔しくはないけど、新曲解釈では、完全脱帽だ。
「聞いて、カイト。ゴルドベルグ氏が僕を褒めてくれた。それと新曲はコンクール用に作曲したもので、主にテクニックの面を見るつもりだったんだって。それが予想外にコケたコンテウタントが多かったと言ってた。」
なるほどね。なんとも意地の悪い作品だったんだ。今更ながら俺は顔から火がでそうなくらい、恥ずかしい。でもだ。あの場は俺にはあの選択肢しかなかった。自分に不安を持ったまま演奏しても中途半端になるし、2曲目に影響する。
「カイトのせいじゃないよ、それはゴルドベルグ氏も言っていた。元々、そういう曲なんだって。カイトはヤリスギただけのようだよ。」
ヤリスギ・・つまり、演奏がくどかったんだ。表現がオーバーだったんだ。俺もいろいろ批判されるけど、”ヤリスギ”と言われたのは、初めて。大抵は、”おとなしすぎる””オーソドックス”
”平凡”とかだ。新曲、考えすぎて、それこそドツボにはまったのかも。
一つ、勉強した。新曲は作曲者に聞くのがはやい だ。
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本選は残れたけど、モヤっとした気分で家に戻った。エドから電話があって、本選までの練習スケジュールを組んだ。本選の26日までには、クラウス先生も戻る。今度はエドの伴奏もつくし、逆にちょっとホっとしてる。
練習の話しが終わると、香澄さんの話しになった。まだ奥さんのエリザベトさんに、香澄さんが過労で倒れた事を言っていいかどうか、俺に聞いて来た。
わからないっす。とりあえず、あの時、香澄さんには、”無理しないように、金銭面でもっとクラウスを頼るように”と、俺のわかる範囲で怒ったりなだめすかしたりして、説得したけど。
結局、香澄さん自身が、健康管理しないと周りはどうしようもない。
香澄さんが、また過労で倒れたのは、クラウスが戻って来る前の日だった。これはさすがに、クラウスに言わざるを得ないだろう。その事で、また二人が大喧嘩する事になったけれど。
週一更新(日曜日 午前1時~2時)
更新、遅れたらごめんなさい。




