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ラッパ吹きの休日  作者: 雪 よしの
ドイツへ留学する
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2次予選は、トップバッターになってしまった。

カイトは、二日日程の二次予選でトップバッターになりました。不安をかかえたままの演奏です。

 ヨゼフとは、時々、メールのやり取りをするけど、実際に会うと楽しくて話題がつきない。どうも”林檎睡眠導入法”は。ヨゼフの周りで話題になり、俺は”東洋の林檎使い”と呼ばれてるそうな。リンゴ使いの意味、ちがくねぇ?あれって、某メーカーのPCユーザーの事じゃなかった

っけ?


 順番のクジを引きにいってたエドが、血相をかえて走って来た。


「ワリィ。12日の1番になった。申し訳ない」


 うわ!二日日程の2次予選、一日目、つまり今日のトップバッターか。ああ、もう俺は終わった。


 コンクールでは、概して最初のほうより後半のほうが有利だ。もちろん、後半を軽くしのぐ才があれば、別だろうけど。結局、比べられるんだよな。”前の子より今の子のほうがいい”って。

問題は、新曲だ。まさかトップバッターとは予想してなかった。


 新曲のほうは、俺は今いち曲想に好感がもてないでいる。できるなら二日目・13日の午前位の順番がほしかった。それまでに、他の人の新曲の演奏を聴いて、なんとかしようと思ってた。本当につけ刃というか、一夜漬けならぬ当日漬けだ。


 新曲の中間部分のモデラートの処が、俺には不快なんだ。不快、不安、迷い。そんな気分で演奏する羽目になってる。作曲者の心情がしりたいもんだ。


「いいよ。気にしない。精一杯頑張るだけだ。すぐウォーミングアップにかからないとな」

明るい声で(声だけ)ヨゼフと話しを続ける。エドは、なんだか疲れがでたのか、それとも責任感じたのか、ロビーのソファで座ってる姿が、かわいそうなくらい落ち込んでる風


「カイト、俺は明日の午後の最後になったんだ。僕はラストだよ。聴きに来てくれないかな?」

「もちろん、聴きにくるよ。当然だろ。」


 胸をはってヨゼフに言ってはみたものの、ちょっとメンタル自信がない。rstiques では、自信というか、自分の音楽を表現できた(練習時)これで本番で失敗したら、俺のメンタルの問題か、出来たと思ったのは勘違いだったということで、出直す。


 でも、他のコンテスタントの新曲演奏で、”ああ、こういう解釈をすればよかったんだ”と、自分の不甲斐なさに、歯噛みして地の底まで落ち込むだろう。それを続けるって、俺ってMかも。


「そういえばヨゼフ、俺が1番目なら、君は最後の最後だね。待つのもしんどそうだ。宿泊先とかは大丈夫?」

「ありがと、今回は親戚の家があるんでそこに泊まる。伴奏者さんも一緒だ。まあ、今回は次の地元のコンクールの肩慣らしって事でいくつもり」


 ああ、ベルリンでのコンクールか。俺もエントリーしてる。レベルが高そうだから、記念コンクールになるだろうけどね。練習だけはしないとな。


 とにかく、すぐリハーサルの時間だ。ヨゼフとわかれ俺とエドは、控室へ行く。個室じゃないんで、今日のコンテスタント+伴奏者が待機する。一応は朝食も食べてきてお腹もこなれてきたし、考えようによっちゃ、トップバッターになった事で、疲れてるエドが、すぐ休む事が出来るのは、いいかもしれない。


 今回、着替えの必要はなかった。本選までは一般公開しないのと、土地柄なのか、皆、ラフな格好で本番のステージに立つようだ。クラウスから忠告されたので、俺もカッターシャツにパンツという恰好。


**** **** *** *** *** *** *** ****

 審査のたたき台になるべく、俺はステージのった。100人ほどの小さなホール。例えば、室内楽、アンサンブル、古楽にはむいてそうだ。

 

 ホールの反響は、リハで試したとおり、若干、デッド。最初は新曲。エドの助けはない。日コンの時は、セリナちゃんがいるだけで心強かったけど。

 

 深呼吸して1曲目の演奏を始める。もしかして、かえっていいかもしれない。あきらめもつくし。俺は直前でこの新曲を方針転換する事にした。どうしても不快・不安になるモデラートの中間部分、なんとか素敵にしたかったけど、今となってはもう無理。いっそ、聞いてる人に不安を与える曲想に徹底する事にした。ゲームでいうなら灰色迷宮のように、先行きがうすぼんやりしてハッキリわからない。それでも何かモンスターが隠れている気がする。


 大事なのは、”気がする”だけで、”モンスターがいる”と確信させない事。曖昧模糊として不気味、そんな気分を審査員と聞いてるコンテスタントと共有する。


 俺、ちょっとヤケになってる?でも、さすがに席に他のコンテスタント達が、聴衆として座ってるのを見ると緊張してきた。苦笑いされたらどうしよう。しょうがない。これがコンクールの宿命。この緊張を乗り越え、いい成績を収めないと、プロへと進むのが苦しい



 最後のアレグロの処では、テンポの速い音階に、軽いスタッカートつき。曲を軽めの感じに演奏した。不安にさせた皆さん。この超絶技巧の音階で、スッキリしてくださいって気持ちで。


 2曲目のrstiquesは、クラウスの言ったように、高い処から見下ろしてる感じと、やはり俺は望郷の気分を入れた。1曲目で開き直ったのか、力も抜け、高い空に響かせるように、俺はこの曲の大好きなフレーズを吹いた。


 演奏後、舞台袖にもどって、俺は”はぁ~~”と大きなため息をついた。次の次の演奏者が控えてる。視線が鋭い。”演奏前にメンタル壊すような演奏すんな”とでも思ってるのかも。


「すまん、カイト。俺が1番をひいたばかりに・・」

 

 しまった、気を使わせてしまった。エドは精一杯やってくれたのに。


「いや大丈夫、もう演奏し終わったし。問題は新曲のほう。ちょっと賭けにでたんだ。それが上手くいけば、なんとかなるかもしれないし」


 エドが 賭けって?って聞いたので、事情を話した。


「なるほどね。確かに不安にかられた部分もあった。そういう面では成功してるな」


 エドは悪くないと言ってくれた。何か俺はズルのようで後ろめたかったけど、他のコンテスタントを打ちのめすつもりはなかった。これから俺が皆の演奏を聴き打ちのめされるんだ。


*** *** *** *** *** *** *** ***


 昨日、長時間運転してたエドには先に帰ってもらった。なんだか勉強のために云々と言ってたけど、せめて午前中だけでも休んだほうがいいと、家に強制送還。


 ゴタゴタしてるうちに5番手の演奏が始まった。2次試験に残ったのは40人。そのうち今日は、半分の20人が演奏する。ちなみに本選に残るのは10人。そのうち3人ほど、後日オケをバックに聴衆を入れての演奏になる。何人そこに残るかがわからないところが、いい処で悪い処。ただ、それに批判的な人も多く、次回からは改正されるかもしれないと。



 5番手の演奏する新曲は、正直、ペケだった。難しいので、ちょっと音程が不安定な箇所がチラホラ。多分、練習ではちゃんと出来てるのだろう。あ、これって俺のせい?不安にさせて緊張させたとか、それはないよな。自信過剰もすぎる。


 ヨゼフと一緒に、少し早めの昼食に誘った。近くカフェで。バーガーをかじり、コーヒーを飲み。


「カイトの演奏、なんかよくわからない所がすごかったよ。2曲目はカイトらしいかったけど、新曲でああいう雰囲気もだせるんだ。感心しちゃったよ」


「開き直りさ。新曲のほうは、半分ヤケになっていた。聴く人にもこの”曲の出す不安で不安定な気分”を十分、味わってもらおうとね。」


 わざと意地悪く、口の端をあげて皮肉に笑う。ヨゼフには通じなかったらしい。


「すごい、暗黒のリンゴ使いだね。日本ってやっぱり忍者がいるだけあって、すごいや」


 ちょっと待て。忍者はいないから。アトラクションで忍者のパフォーマンスをしてる人はいるけど。と慌てて説明したけど、柳に風?だっけ。


「うんうん、忍者がいる事自体が秘密なんだってね」


 これはもう何を言っても仕方ないか。話題を変え、ヨゼフの通うベルリンの音楽大学について聞いてみた。前の演奏会で共演したクラリスの事を、知ってるかなと思ったんだ。全然知らないとの答え。4学部もある総合芸術大学で生徒数3600人、音楽科だけでも、相当数の生徒がいるだろう。楽器も違うし知らないのは当然だった。ただちょっと思い出したんだ。可愛い顔に似合わず意志の強い彼女を。メルアドの交換はしたけどね。


 ヨゼフとコンクール会場に戻った。午後の部が始まった。新曲で賭けに出たんで、80㌫あきらめ。本選へは進めないと思ってる。それがよかったのか、いろんな曲を聞けて楽しい。ただなんだろう、演奏者の緊張感がすごかった。そして自信のなさそうな演奏が多かった。


「なあカイト、この2曲目はすごいコミカルで楽しいはずなのに、演奏沈んでるね。どうしたのかな?」

「さあ?直前に彼女に振られたとか。俺の友達で、そういう奴いたぞ。女性にほれ込みすぎるのも考えもんだって思ったからな。」


 演奏が終わって、ちょっとの間ヨゼフと話してた。そうすると、まわりの一人から、”君が今日の1番手のカイト・シンドウか。少し話したいのだけどいいかな”と、アジア系の二人に英語で話しかけられた。


 これって、日本語にすると”ちょっとツラかせや”なのか、”お友達になりたい、お話ししたい”のどっちなんだろう。




週一更新(土曜深夜(日曜午前1時~2時)です。


更新、遅くなったらごめんなさい。

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