2次予選前日と当日の朝
コンクール2次予選前日、ちょっとしたハプニングが起きた。伴奏者のエドも間が悪い人のようです。
12日の2次予選を通り、本選でピアノが必要な曲が3曲。Rustiqes,アルチュニアンダンス、モーツァルトトランペット協奏曲。Rustiqes以外は、バックのオケの部分を、ピアノに編曲したもの。そういう曲は、セリナちゃん曰く、ピアノ曲じゃないので弾きにくい のだそうだ。
でも、エドは2曲とも軽々と弾いてる。さすがプロだなと思いつつも、合わせ練習途中に、
「カイト、今のフレーズ、集中してなかったろ?」
と言われたりする。(大抵は、セリナちゃんならどう伴奏するだろうか?とフっと思った時だ)こう考え出すとまずい。エドとしっくりきてないんだ。ストレスもたまってくる。何か具体的な要求が見つかった時には、伝えるようにしないと。エドと話し合いながら、タイミングをあわせないといけない。
ちょうど俺の2次予選の日、9月12日は、セリナちゃんも日コンの2次予選だった。一緒に頑張ると思うと、彼女の姿が鮮やかに頭に浮かぶ。これって現実逃避の一つとは思う。
少しさぼっていたジョギングを再開した。家にいても、クラウスだけなので家事は少なくなったし、時間も空いた。で、考えをまとめたり、ストレス発散のためでもある。
演奏に体力を使うとはいえ、曲が思い通りに吹けないと、頭の中がグルグルと迷いが渦巻く。
特に2次予選の”新曲”のほうは、一人で悩むのでなかなか答えがでない。そういう時こそ、クラウス師匠に指導してほしい。
ただ、クラウスはバイエルンオケで音楽祭前の小演奏旅行があったりで、不在がち。肝心な時に・・・がっくりだ。
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明日はもう2次予選という日の午後に、電話がかかってきた。それもなんと、フェリックスの学校からだった。あわてて”父親のクラウスはいない”伝えると、”カイト・シンドウ、あなたがフェリックスを迎にくるように。”と言われた。
俺は頭をかしげながらも、学校の校門で待っていた。近代的な校舎だった。小太りでクリーム色のスーツを着た中年の女性で担任らしき人が、フェリックスを連れてきた。すぐ、フェリックスを渡してくれるものかと思ったら、門の手前で俺の顔と、手元の書類を見比べてる。
俺は、保護者の一人になっのか?クラウス。
「いつもなら、フリードの保護者が来るのですが、フリードは今日は早退しました。祖父が具合が悪いのでお見舞いに行くそうです。フェリックスの両親にも連絡しましたが・・・」
「すみませんでした。父親のクラウスは今はイギリスに演奏旅行中です。母親の香澄さんの予定は、俺は知りません。彼女に連絡はもう一度してみます。」
学校は昼ご飯を食べて終わり。(1年生だから)その後、ドイツ語の特別教室に行き、その後は4時まで学童保育所で過ごす。
フェリックスの習ってるドイツ語特別教室は、小学校就学用のためのだ。何度か、俺も一緒にいたことがある。エドの処に行くようになっても、学校近くの教室に移ったけど。
今日は、フェリックスは俺と一緒で嬉しいと、握った手を振って歩き、時々スキップしたり走ったりと、ご機嫌だ。
学童保育所のすぐ近くに、その教室があるのだけど、生徒はハーフの子や何等かの理由で言葉が遅れてる子が数人、通ってる。遊びながら単語や言葉を覚えていったりする。俺、最初、ここに入るべきじゃなかったか?
同年代の子がいるせいか、遊びながらでも、フェリックスの話す言葉は増えて行ったし、発音もいっぱしになっていった。
学童保育所に戻る途中、エドからメールがあった。そうだ。明日は本番で彼は俺の伴奏者だ。なんで焦らなかったんだろうと思いつつ、メールを開けると、
”エリザベトの父親が事故にあった。重症だけど命には別条はなかったから、これから俺一人だけで車で帰るから。エド@ケルン”
ケルン?え~~!ってどこだ。俺は検索して調べると、フランクフルトよりまだ北にあった。
明日は9時まで受け付けだ。帰ってこれる距離と思うけど、車だと事故ったりしないか心配だ。
俺は、返信メールで彼に、安全運転で来るよう。よければ、こっちの家に泊まって と頼んだ。
クラウスの家のほうが、コンクール会場に近いんだ。
香澄さんは、貧血を起こして病院に運ばれてた。寝不足がたたったのか、そのまま熟睡してしまったそうで連絡がつかなかったんだ。香澄さんの家で、夕食を作りながら、いろいろ話しを聞いた。彼女、午前中は職業訓練、午後からは、日本食スーパーでレジ。夜は日本食レストランで働てるとか。
最初からとばしすぎだっつうの。俺は、めずらしくマジで怒った。彼女は年上だけど。いくらクラウスに頼りたくないといっても、自分が倒れたら、何にもならないだろうと。意地をはるのもいい加減にしたほうがいい。
クラウスは、そりゃ、強引で独善的な所もあったかもしれないけど、裏を返せば、すごく頼りになる面もあるという事。だから香澄さんも、結婚したんだろうし。いくら怖いからとか近づきたくないからといっても、彼はDV男ではない。彼女がそこまで意地になるほどじゃない、と俺は感じたんだけどな。これって男の論理で、女子はまた違うのかもしれない。
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日本食レストランの仕事に行くという彼女を、とりあえず”今夜は風邪をひいた。発熱してる、お客さんにうつしても困る”という理由で、休めと言って、休まないならクラウスに今日の事を言っておくからと、くぎをさした。
その夜、というか深夜に、エドが帰って来た。目にクマを作ってゲッソリしてる。俺はあわてて、インスタントスープを出した。体は運転でコチコチになったとボヤいてる。今、うちに作り置きの惣菜がない。お腹が空いたというエドから、ビールをとりあげ、レトルトのおかゆにバターと塩で味付けして出した。文句をいいながらも、食べた後、エドは、すぐ寝てしまった。
一人で何時間、運転したのだろうか。エドも間の悪いというか。そういえば日コンの本選のとき、符捲りの健人が、階段で捻挫してギリギリに来たっけ。
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疲れてるのに数時間の睡眠で、エドは朝早くから、指のウォーミングアップのため、練習してる。俺は とりあえず朝食を作ってから、軽く練習した。
会場は、ヘラクレスザール。交通の便がいいので、バスと地下鉄で行った。今度は交通渋滞で遅刻って事もあるかもしれないから、車を出そうとするエドを説得して止めた。間の悪さは、彼も自覚してるだろう。
事務局では9時になっても全員揃わないので、10分だけ待った。そして2次予選の順番のくじ引きをする事になった。結局、数名の欠場になった。
「俺、クジ運がいいんだ。」というエドにくじ引きをまかせて、今回のコンテツタントを見まわした。やはりアジア系が多い(俺もそうだけど)ここから何人受かるのか。俺はため息をついてると、ウグっと首がしまった。誰かが後ろから抱き着いて来た。
「カイト!又、あえて嬉しいよ。今度はちゃんと自分で林檎を持参したよ。」
抱きついてきたのは、前に出たコンクールで一緒になったベルリンのヨゼフだった。熱烈なハグは嬉しいけど、そろそろ離してほしい。周りの視線が痛いんですけど。
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