香澄さんの告白
香澄さんの何気ない告白は、カイトは、確信したようですが・・・
クラウスと香澄さんが喧嘩する時は、原因の大抵がフェリックス君がらみだった。
ジョン・ポールについての話しは、クラウス曰く”優男で優柔不断、ピアノの音は力強さに欠ける。”と音楽にかんする事だけだった。それ以上は踏み込んではいけないという事だと、思ってた。
俺は、池に浮かぶ透明なボール、それに入って遊ぶ子供たちを見て、少しボーと考えてた。コンクール前、本来ならもっと緊張感があっていいのだろうに。
今日は、フェリックス君とエドの奥さんと子供達で、郊外のオリンピアパークに来てる。本当なら一緒に来るはずの香澄さんは、ヴァカンスの疲れが出たのだろうか、それとも夏バテか。体調が悪くてこれなかった。俺は本当は、今日一日、練習したかったのだけど、夕方までは、ここで子供達の相手。まあ、仕方ないだろう。
「やっぱり、男の人は、子供の相手は慣れてないのでしょう?疲れましたか?」
エドの奥さん・エリザベトさんが、気遣ってくれたが、俺は大丈夫。ちょっと考え事してただけだ。
「いえ、子供の相手は楽しいですよ。クラウスは、今日は金管アンサンブル・フロイデの集まりがあって、来れないのを残念がってましたよ。」
少しだけ話しを盛った。残念がってるというより、ため息ついて”仕方ない”とフロイデの集まりの方を優先したんだ。ヴァカンスで目一杯息子と遊んで、満足したのだろうか。でも、フロイデといっても、正式に演奏活動をしてるわけじゃない、内々のグループなんだけどな。練習半分、遊び半分?ヴァカンス中なら、子供を優先してもよさそうだけど。クラウスの考えてる事が全て、俺にわかるわけじゃないけどさ。
「俺は子供大好きですよ。大学時代でも、ボランティアで小学校で演奏してました。半分、遊びもいれながらね。」
今にして思うのだけど、あの時は担当の教師がちゃんとついていたから、俺たち大学オケは、気楽に活動できてたのかもしれない。
「ウチの息子のフリードも今年から小学校。フェリックスと同じ学校に通いたいって言ってるのよ。上手くいくといいのだけど」
「そこは、なんともですね。香澄さんとクラウスの話し次第みたいで・・・」
もう二人は離婚には合意済み。後は子供の養育の事でもめてるだけだ。どこまで話しが進んでるのか、俺にはわからないけど。離婚の結果、香澄さんがジョン・ポールと再婚しそこで養育するって場合もある。そうなった時、ジョンポールについて、深く調べる様、言ったほうがいいんじゃないか?エドの思い過ごしなら心配ないけど、もし彼の推測が当たっていたら、オオカミの前に子羊を差し出すようなもんだ。
その後、俺ら一行は、市販のホットドッグやサンドイッチを買ってきて、公園で昼食。ちょっとしたピクニック気分だ。エドの奥さんのエリザベトさんは、優しいし子供の事をよくわかってるようだ。香澄さんにはいい相談相手になっただろうに。今頃、一人で昼を食べてるのかな。面倒だから、寝てるかもしれない。帰りの買い物の時に、おいしい果物でも買うか。
フェリックスは、フリードと一緒だと、本当に楽しそうだ。フェリックスより活発で体も大きいフリード、弟のようにフェリックスの面倒を見てる。フェリックスも足のはやいフリードに頑張ってついていってる。
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家に戻ると、香澄さんが、2階から降りて来た。顔色がさえないし、声に元気がない。
「すみません、昼はどうしました?」
「パンとジュースだったけど、パンがノドを通らないのよね。あまり食べられなかった」
ああしまった。せめてインスタントスープの素でも置いておけばよかったかな。こういう時は、日本人なら”梅干しにおかゆ”だよな。
夕食は、残り野菜をいれたパスタとゆでソーセージにイモをそえて。香澄さんには、レトルトのおかゆにした。パスタは食べるのが無理そうだしね。
「クラウスは、私の事はもう頭にないのよね。フェリックスはカイトが見てくれてるし。今日だってきっと飲んで帰ってくるんだわ。」
まあそれは、香澄さんの自業自得というか、もう夫婦じゃないならしょうがないじゃないか。
ただ、クラウスは飲んで帰って来るのは当たってる。なぜなら車で出かけてない。
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フェリックスと香澄さんが、寝室へ上がって行ったので、俺もやっと練習に入れる。おっと。夕食の後片付けと、明日の朝食の確認だ。
仕事をかたし居間に戻って、ソファに座った。ため息がでる。やっぱり、通いでレッスンを受けるようにしようか。それともいっそ大学院に留学したほうが、練習に没頭できたかもしれない。正直、こういう生活になるとは思わなかった。
2階から足音で香澄さんが来たのに気付いた。なんだろう。薬でも飲むのかな。
「ごめんなさいね。本当は練習したかったんでしょ。でも今日は息子のために本当にありがとう。フェリックスは、この間のヴァカンスから、だいぶたくましくなったわ。だいぶドイツ語で話せるようになったし、なにより、物おじしなくなった。臆病なのよあの子。」
彼女は、何かのパックをケトルいれお湯をわかしてる。沸騰するにつれ、独特のニオイがキッチンに充満してる。紅茶じゃない、これ何かの漢方薬っぽい。居間にも少しにおってくるけど、クラウスは気にならないほどには、飲んでくるから心配ないだろう。
「エドの奥さん言うには、フリードがフェリックスと一緒の学校に通いたいと言ってるそうです。俺にはわからないと、言っておきましたけど。」
「そうね。あの子のためには、それが一番かもね。他の土地へ行っても、人見知りするから友達出来ないかもしれないし。私は働かなきゃならないから、あまりかまってあげられないだろうし。」
うん?っていう事は、ジョン・ポールとは再婚しない とかかな。
「あの、立ち入った事聞いてすみません。恋人は?」
「ああ、クラウスから聞いたのね。ジョン・ポールの事。そうよ、私は彼から”3人で穏やかに暮らそう”と言われ、子連れで駆け落ちしたわ。とにかくクラウスから逃げたかった。3人でドイツ国内の安いホテルで暮らしたり安い部屋を借りたりした。彼の仕事の関係で、フランスやオランダへ行ったりと、放浪するように生活してた。でも楽しかったのよ。ただ楽しい日って続かないものなのね。ある日、彼に捨てられたの。家出から1年すぎたあたりだったかしら。突然、彼の弁護士と名乗る人から、住んでた部屋の立ち退きを迫られた。後、彼とは別れるようにって、ご丁寧に小切手までくれて。彼からの連絡は一切なし。携帯も通じなくなった。思い返せば、彼の実家も、生い立ちもしらなかったのよね、私。連絡とりようがなくて、そのまま。その後は、イギリスにいる伯母の処でやっかいになってた。悔しいからクラウスには言ってないけど。」
せんじ薬は苦いらしい。顔をしかめながら飲み、納得できないって口調で教えてくれた。
「そうそう、その弁護士が、名刺をくれて”裁判に訴えるのなら、その前に連絡を”と言われ、私はポカンとしちゃった。不倫の相手から慰謝料なんてもらえない。こっちが既婚なんだし。それと弁護士に電話して、彼と居場所を聞くと、顧客の秘密だからと、絶対、教えてもらえななかった。それにしてもヘンよね、裁判だなんて......」
今の香澄さんの言葉でわかった気がする。弁護士は手を打ったんだ。多分、事が大きくなる前に。事が公になる前に、疑わしいものはキレイにきった。ジョン・ポールのために。
確証はないけれど、彼にはそういう噂があったんだ。業界内でささやかれるぐらいは、知られていた。そして多分、見張られてた。
週一更新です。
音楽の話しが少ない回ですみません。




