表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラッパ吹きの休日  作者: 雪 よしの
音大生 院生時代
9/147

デュオ

バンドの臨時仕事の後、俺はクタクタに疲れていたせいかな。

その夜、俺は女性の膝枕でくつろいた夢を見た。

その女性は、子守歌を歌ってる。”あ、これは、プログの曲の2曲目だ”

よく見ると、膝を貸してくれたのは、セリナちゃんだった。

でも、優しいけど寂しそうな顔をそてる。


朝は、モ~っとした気分で、夢の中のセリナちゃんの事を思い浮かべた。

実際は、寂しそうな顔は見た事ないけど。



森岡教授は絶好調で、俺は先生の指導をミッチリ受けてる。


「本選の課題曲のジョリベのコンチェルティーノは、いまいちだな。

ここの部分は、急に音が低くなるから、音色も気分もかえて。

こういうふうに」

先生は丁寧だ。自分の音を手本に指導してくれる。

ありがたい。出来るなら俺も先生のような、例えばキラキラした音・絹のように滑らかな音、そんないろんな音を出したい。

現実は厳しい。音色の前に難しいテクニックに気を取られてる。


「カイト君にも出来るはずだ。何度も,ゆっくり、くりかえすこと。

機械的に練習しちゃだめだよ。さあ、次のレッスンまで、ここのフレーズを

特訓してくること。頑張ろう。コンクールまで半年はある」


(先生、半年しかないんです。)

と、言いそうになって黙った。

最低の気分でレッスン室を後にした。 はあ、どうするべ。


このあと、ピアノの伴奏者のセリナちゃんとの練習を予定してる。

この間の臨時収入があったから、それをバンバン、伴奏代にあてるつもりだ。

正直、経済的に助かった。

カフェテリア(いわゆる学食)で、昼食。今日は、豪華にかつ丼だ。

セリナちゃんとの約束は2時、今、1時ちょい前だから、この時間に図書室で

借りて来たメシアン関連の本を、読み終えなくちゃ。


かつ丼が悪かったのか、満腹+難しい本+春の温かい日=睡魔の来襲 となり

俺は、本を読むのを諦め、外でジョギングする事にした。

途中、練習室の前を通った時、セリナちゃんが練習してるのが窓越しに見えた。

かすかに音が漏れ聞こえるのだけど、しっかり聞きたい。セリナちゃんのピアノ。


ノックして、セリナちゃんに、”君のピアノの曲が聞きたいな”と

お願いした。セリナちゃんは、びっくりしたような顔をしたが、許してくれた。


「じゃあ、お客さんだと思って、1曲 通して弾く。」

俺は聴衆よろしく、練習室のパイプ椅子に座りかしこまった。

セリナちゃんの演奏が始まった途端、

部屋の中は森の中のように空気が変わった。


セリナちゃんの演奏してる曲は、優しく優雅に踊るように、

そしてクライマックスは、華やかに終わった。

そうか、これは何かの物語なんだ。森と水のイメージが思い浮かぶ曲だった。

曲を弾いてる時のセリナちゃんは、優しい貴婦人のようだった。

ピアノをいつくしむように、弾くんだな。セリナちゃん。


曲が終り、僕は盛大に(といっても一人)拍手した。


「ありがとう。聴いてくれて。人前だと緊張する。」

口をひらくと、いつものセリナちゃんに、もどった。



「あの、私、ヘンな顔してなかった?口がヘの字に曲がったり、

目が吊り上がったりとか?」

心配げな顔で、恐る恐る聞いてきた。


へ、口がヘの字?いや、そんな事ははないし、全体にユッタリしたオーラが

漂ってたけど。誰かに何か言われたのかな?

俺はセリナちゃんと会うのは、まだ2度目。いろいろ話をしてたほうがいいかな。


「ところで、今の曲は?」

「ショパンのバラード第三番、水の精の話の曲。私、一番、この曲が好き。

私って、小百合先輩みたいに、可愛くないし、貧相だし。

この曲を弾いてると、そんな自分を忘れられそうな気がして」


そんなコンプレックスを持ってたのか。

確かに、色白で美人の小百合ちゃんは、ミス桜が丘 といってもいいけど、

セリナちゃんは、そりゃ、小百合ちゃんのようなタイプの美人じゃない。

でも、僕は、演奏最中のセリナちゃんの雰囲気が好きだ。


「小百合ちゃんは、確かに可愛いけど、セリナちゃんは大人美人。

この間もそう感じたけど、今日もそう思った。明日もそう思う」

俺は、なんだか、恥ずかしい事を言ってる。

セリナちゃんは、目をパチクリさせて、顔を赤くした。

そして作り笑いしながら、


「カイト・・・お世辞はいい。私、自分で自分の事わかってるから」

ちょっと寂し気だった。

ああこの顔、夢の中に出てた。


2時になったので、合わせ練習を始めた。

最初は、フランセのコンチェルティーノから。これは、ピアノがトランペットと

掛け合いをしながら、奏でていく所もあり、二人の意見が合わないと、

チグハグになる。もちろん、コンクールでは、伴奏は採点の対象にはならないが、

それでも、うっかりすると、影響を受ける事も多い。

極端な例でたとえると、mpの個所でピアノが思いがけずfで弾いて、

トランペットもひきづられるって事もあるかもしれない。


「そこは、もっと旋律をつなげてレガートで、対照的に聞こえるように」

「どうかな、ここまではレガードで、ここからは楽譜の指示がないから

普通でいいんじゃない」

「そこ、気持ちテンポ速くして」

「それじゃここの 綺麗な旋律が目立たないし」


お互い、言い合いしながらも、なんとか1楽章を練習。


1時間練習おえて、感想は”楽しかった”の一言。

一人で吹くのも楽しいけれど、2人以上で演奏するほうが楽しい。


「楽しかった。互いに話しながら音楽を作っていくって作業は、好き」

セリナちゃん、晴れ晴れとしてる。


「セリナちゃんは、他の楽器の伴奏とか、したことなかった?」

「何度かあったけど、ちょっといろいろあってね。。」


小百合ちゃんと自分を比べてのコンプレックス?

それだけじゃなさそうだ。

セリナちゃんの顔が、夢ででてきた寂しそうな笑い顔になった。









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ