欧州風ヴァカンスの過ごかた。
マヨルカ島は、欧州一のリゾート地だそうです。地中海の西側。スペイン領です。
結局、行くハメになった。9月のコンクールにむけて、最終調整するつもりだったのに。
”お願い。一緒に来て。クラウスと旅行すると息がつまる”と香澄さんから。
”ねえ、カイト。行こうよ。僕、まだ、海で泳いだことないんだ” フェリックス君がシャツを掴んで、上目で甘えて来た。
”頼む、カイト。俺はフェリックスと一度もヴァカンスに出かけた事がないんだ。香澄と私との間に入ってくれ。予定は10日間だけど、1週間でいいから。交通費はこちらで払う。伏して願い奉る”
先生からひさびさのサムライ言葉まで使われて頼まれて、さすがに断れなかった。
居間で3人からの、お願い攻撃に敗れ、早々に自室に退散した。
歩夢ちゃんに”ピアノバカにならず、見聞を広める”なんて偉そうな事いったけど、俺も相当のラッパバカだ。せめてこの機会に、バカンス先のマヨルカ島の事について調べようと、PCを立ち上げた。
まず先にメールを出した。セリナちゃんと森岡先生に。セリナちゃんへは、今回のピアノとの綱渡りのような演奏を、おもしろく書いて送った。本当はドキドキヒヤヒヤものだったけど、もう終わった事だから、軽く笑いとばすに限る。あと、バカンスにマヨルカ島へ行くので1週間ほど留守する事も伝えた。
携帯のほうには、哲太からメールが来てた。なんのかんの言って、美術館めぐりは楽しかった。もしかして、見聞を広めるほかに、楽器の事以外で楽しい事をする のも必要かもしれない。いやいや、もしかして練習をサボリための屁理屈になるか。
哲太からは、歩夢ちゃんが、セミナーを終え日本に帰省したとか。それとミュンヘンの美術館巡りは楽しかったと。でも結局、あの時に彼女はフラレたんだよな。最後にすごく悲しい思いをしたけど、それでもよかったのかな。
哲太には、マヨルカ島へ一週間ほど行く事をメールして、歩夢ちゃんの事を少しだけふれた。
次の日、セリナちゃんからは、”ショパンとサンドの暮らした島へ行くなんて、うらやましい。前奏曲はここで作曲されたのよ。たくさん写真撮ってきてねよろしく”とあった。言われてみれば、そうだ思い出した。体の弱かったショパンがサンドと静養に行った。それがマヨルカ島だったんだ。
哲太からは、”カイトは絶対、ベルベル城を見に行きべきだよ。もともとマヨルカ島とは、・・”と、ベルベル城に関する情報がズラっと書いてあった。14世紀初頭の城だそうだ。
14世紀というと、日本は応仁の乱?安土桃山時代?俺は歴史は、どうも苦手だ。
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マヨルカ島へは、バルセロナ空港を経由して4時間弱でついた。ちょうど夕方だったけれど、まだ熱気が残ってた。ただ島だけあって、蒸すような暑さはない。哲太の情報によると、気温は高くても、湿度が低いのですごいやすいのだそうだ。
空港からバスでホテルに到着。1週間以上も滞在するホテルは、この間のベルリッツの宿よりはランクが落ちるようだ。ただ、交通の便がいいというか、浜辺のすぐ近くに建っていて、クラウスとフェリックスは、すぐ海へ行きそうなのを、慌ててとめた。一日目くらいゆっくりしないと、あとでバテる。
ホテルの部屋は二つに分かれた。香澄さんとフェリックス、俺とクラウス。まあそうなるだろう。元夫婦は犬猿の仲ってやつだからな。
朝食もそこそこに、クラウスとフェリックスは、海水浴へ出かけた。今日は晴天。年に300日は晴れると、ホテルの人が自慢してた。俺も海が希望。セリナちゃんという恋人(?)はいるけど、目の保養くらい許してくれるだろう。
「私はホテルに残るから」
香澄さんの言葉にクラウスはフンっという態度、”スネても何もでないぞ”という冷たい、”フン”だ。理由を聞くと、彼女には残念な事情があったのと(女性限定)、日焼けしたくないとの事だった。クラウスは、こういう処をちゃんと香澄さんに聞かない。唯我独尊男なんだ。そして、結婚した時もきっとそうだったのだろう。
「香澄さん、俺、パルマ市内を観光しますから、体が大丈夫なら一緒に行きませんか?」
結局、哲太の言う通り、ベルベル城へ二人で出かけた。
この城は、スペインで現存する城の中で、ただ一つ現存する円筒形なのだそうだ。(哲太談)
丘の上に立っていて、両脇を緑にかこまれた石段を登ると、城が見えた。確かに円筒状だ。
中は、歴史博物館になっており、石像が多く展示されていた。俺でもわかるくらい城がすごく古い。途中、牢獄に使われたそうだから、手入れもなかったのかもしれない。夜に中を探検しようとは絶対思わない城だ。
螺旋階段を上ると、壁の窓は細く小さい。おとぎ話に出て来る城のようだ。頂上につくと、マヨルカ島の州都・パルマ市と海が一望でき、とても気分がいい。気持ちのいい風が俺の側を通り抜け空を渡ってる。
香澄さんには、”自分のペースで行くから先へ行って”と言われ、先についてしまったけど、大丈夫かな。頭が痛かったりお腹が痛かったりするっていうよな。急に心配になり戻ろうとすると、ちょうど、彼女が頂上についた。狭い処から見晴らしのいい所にでたせいだろう。背伸びをし深呼吸をして、すこし笑顔になった。朝から無表情だったのだけど、連れだしてよかった。
「ごめんごめん、遅くなって。気持ちいいわね。モヤモヤしたものがスカっとする感じ。ありがとう。カイト。連れてきてくれて。本当は海へ行きたかったのでしょ?可愛い子いっぱいいそうだものね。ごめんね。」
「いやいやいや。俺は日本の恋人一筋で、わき目もふらないですよ。この城は友達から、是非というか絶対行くべきと、勧められた場所です。」
ちょっとだけウソが入ったけど、まあいい。なんだか、バカンスにくるかどうかグジグジ悩んだのが、馬鹿みたいに思える。今の俺、絶好調。
「ああそういえば、この間の歩夢ちゃん、セミナー終わって日本に帰省したそうですよ。」
「そうなの。ま、帰省してそこでリフレッシュして、また新たに頑張ればいい。恋愛をするなとは言わないけど、音楽から逃げるためじゃ、駄目なのよね。今更だけど、私がそうだった。私と彼女は、同じように躓いた。私はそのままクラウスにのめりこんでいった。あんな人だとは思わなかったけど。彼女は、哲太君がしっかりフってくれたから、なんとか立ち直るかもしれない。」
そう、かもしれない、ってとこだ。自分の音楽の事、将来の事、今の生活の事、真面目な人ほど、悩みは尽きない。香澄さんは悩んだあげく、自分の音楽からちょっと顔をそむけて、結婚した。すぐ楽器の練習を再開しようとしたけど、まわりの状況がそれを許さなかった。
歩夢ちゃんも、きっと自分のピアノの事で悩んでるのだろう。
でも、自分で克服するしかないんだ。
不定期になりがち。(+_+)更新週一のペースです。




