美術館(ピナコテーク)巡り、
海人ら4人は美術館をまわります。そこで海人は、いろいろ考えた事があるようで。家に戻ると、クラウス先生のサプライズが・・
美術館巡りは、9日木曜日になった。まず、ミュンヘン中央駅10時に待ち合わせ。俺、香澄さん、歩夢ちゃん、哲太の4人は、周りには”観光中の仲良し日本人グループ”だったろう。
まず、最初、アルテ・ピナコテークで、他の二つ美術館も見学できる券を、購入。一人12ユーロだった。日本円にすると1500円ちょっと?高いのか安いのか、美術館に行った事がない俺はわからないけど、香澄さんが言うには”お得なのよ”だそうだ。
アルテ・ピナコテークには、14世紀~16世紀の絵画が、展示してあった。イタリアの絵画も多く、ラファエロ、ボッティチュリ、ダビンチ、俺の知ってる画家はそのくらい。もちろん、”画集で見た事がある”なんてのもなく、パンフレット(ドイツ語)は、俺にはすぐ翻訳なんて無理。
結局、ただ、ボーっと絵を眺めるだけだった。館内は、人はそれほど多くなかったはけど、哲太は小声で解説してくれた。
(フィレンツェのメディチ家は、絵画・文学・哲学に力を注いだんだ。精神的支配に人々は当時のカトリック教会によるうんざりしてたんだろうね。ルネサンスは、基本は人間礼賛する考えなんだ。その後、弾圧されたようだけどね。)
......ううむ、歴史はよくわからない。絵のほうは、キリスト教関係が多い、というのはわかる。そして、ルネサンス時代の絵は、それより古い宗教画とは、画風がまったく異なっているのは、俺にもわかった。
最後の晩餐 とか 聖母子像 とかはともかく、”死んだキリストを膝にのせ泣いてる母親のマリア”という題材の絵は、死体がリアルすぎてドン引きのもあった。
俺の頼りない脳みそが一つだけ理解した。もしここで音楽でプロで暮らしていくなら、キリスト教の知識が不可欠だって事。ヨーロッパのオケに入る事が出来たとして、”ここのメロは、聖書の○○伝の××の場面だから”とか言われても、知らなければついていけない。
考えてみれば、今のクラッシックと言われる分野は、教会の音楽から発展してきたものだ。バッハも近代のブルックナーも教会の音楽監督でオルガニストをしながら作曲をしていた。キリスト教の知識や考えが織り込まれても、当たり前だろうな。
足は動いてる。目は絵を追ってる。けれど俺は他の事を考えてて、香澄さんが話しかけて来たのにも、最初気づかなかった。
「ねえ、ここにも日本人って来るのね。ほらあそこの老夫婦。私たちの後をついてくる。」
香澄さん、俺たち4人とも日本人です。老夫婦だって日本人じゃないアジアの方かもしれない。
「きっと 心細いのだわ、私、声かけてみる」
いやいや、待って。ウチらガイドじゃないし、香澄さんも、途中で抜けないといけない。
止める前に、彼女は件の老夫婦に話しかけてるし。哲太は哲太で歩夢ちゃんと別行動。美術鑑賞ってこんなもんか。
結局、その老夫婦は、俺らと一緒に回る事になった。
次のモダン・ピナコテークは、主に近世の印象派の絵画を展示してあった。ここでは、俺でも知ってる絵もあって嬉しかった。ゴッホの「ひまわり」だ。ここでしか見る事が出来ないそうだけど、日本でのように大騒動とかにはならずとても静かだ。常設展示だからだろうか。
素晴らしい貴重な絵を見たのに”日本の向日葵と違う””なんかくどい絵”という感想だけだった。基本、俺は美術にむいてないんだろう。
一生涯、その作品が売れず、貧乏で苦しんだゴッホ。もし俺がほぼ無名の音楽家になって、食べるために借金をする・・・。だめだ。俺には無理。絶対途中で諦めて、仕事を見つけ、趣味で楽器を演奏するだけになるだろう。しばらく、ゴッホの「ひまわり」の前で考え込んだ。
「海人、難しい顔をしてどうかしたか?もしや、あの彼女と喧嘩したのか?」
彼女って香澄さんの事?俺はブハっとふきだして、笑いこけた。哲太の言葉がツボにはまったのか、笑いの発作を止めるのに苦労した。
「哲太、後で彼女の事を話すよ。それ、ありえないから。それより歩夢ちゃんを放っておいていいのか?お前の先輩の妹だろ?」
「それが、さっき歩夢ちゃんに告られた。僕には日本に彼女がいると断ったら、泣かれた。
そばにいるのも、バツが悪くて。」
で、歩夢ちゃんはと、探すと、受付近くのイスで項垂れて座ってた。恋をして告白し玉砕。それも青春なのだろう。この間の話しでは、”練習が忙しくて観光どころでない”って調子だったけど、哲太に恋してるんじゃないかってのは、わかった。
どうしようか困ってると、香澄さんと老夫婦が、近づいて行った。老夫婦二人は、疲れたのだろう。イスで一息ついてる。香澄さんが、歩夢ちゃんの背中をさすりながら、いろいろ話しを聞いてる。
香澄さんは”プロ音楽家”を目指し留学して、今は断念してる状態だ。歩夢ちゃんに何か感じる所があったのだろう。
フェリックスをドイツ語教室へ送りにいく時間になり、香澄さんは、ノイエ・ピナコテークを見ないで、グループから離れた。
本当は、美術館見学の後、昼食をとってニンフェンブルグ城を見学する予定だったけど、肝心の歩夢ちゃんが、途中で抜けてしまった。彼女の”見聞を広める”のが最初の目的だったけど、仕方ない。失恋相手と一緒は、お互い苦痛。
”え?行くんかい”と、哲太にツッコミを入れたが、予定通り、ニンフェンブルグ城を見学。老夫婦にすっかり頼られてしまった。
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「本当は、気づいてたんだ。歩夢ちゃんの事。留学生にも二種類いるようでさ。ほぼ遊学のように、遊び歩く子もいれば、歩夢ちゃんのように真面目すぎる子もいる。彼女、もともと、社交的な性格でなかったせいか、友達も少なく、それ以上にドイツ語での勉強についていくのが大変だったらしい。」
「一般教養は難しくはないけど、専門教養はそれなりにだしな。曲のアナライズや基礎理論もドイツ語で勉強するなら、俺ならお手上げだな。」
もしかして、俺は大学での勉強を考えたほうがよかったのか?日本とドイツではアナライズ(曲の解析)にも、違いがあるだろうか。いや、仕方のない事だ。大学を卒業するのを選んだ(選ばざる得なかった)のは、俺だ。自分は自分でこれからも勉強していくしかない。
あ、美術と歴史は勘弁してほしいが。
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家に帰ると、香澄さんが夕食の支度をしていた。もう夕方5時。あの後、哲太といろんな話しになった。哲太がいうには、歩夢ちゃんは哲太に恋人がいるのを兄(哲太の先輩)から聞いてたそうだ。
俺は夕食のパスタをゆでながら、香澄さんに質問してみた。
「女子って、恋人がいても好きになったら告白するんですね。」
「ああ、歩夢ちゃんの事ね。なんだか”駄目だと思ったけど、つらいからいっそ失恋したほうが楽になるかも”って、言ってた。哲太君になんだかんだと相談してたらしいけど、解決するたえmじゃなく、”会って相談する”のほうが、目的になちゃったみたいね」
はぁ?っとうっかり麺を鍋におとしてしまった。お湯がはねフェリックスが、”あつっ”っと声をあげ、俺は謝って急いで火傷がないかどうか見た。大丈夫だったけど。
まったく、俺が歩夢ちゃんの相談にのったのは、無駄?力抜けるよ。
ちょうど夕食の準備が出来たことに、クラウスが帰って来た。
「海人、フランクフルトのオケでエキストラの仕事。ショスタコービッチのピアノ協奏曲で、トランペットソロ演奏だから、頑張って練習な。」
先生のそっけない言い方にしばらく脳が空白になった。そしてパスタを前にして、やっと理解した。わかったとたん、心がはねあがった。
うれしい。うれしくて心臓バクバクするほどだけど、4分の1ほどは、”トランペット・ソロ、どうしよう”とのあせりも原因。こっちでのエキストラデビューが、いきなりショスタコPコンですか・・・
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