まじめに考えてるのかどうかが、疑問
”見聞を広める”って事で、いろいろ提案する海人。それをことごとく否定する女の子・歩夢。話しはとんでもない処に飛び火した。
哲太が消えた後、そのまま噴水のベンチの処で、俺は、林 歩夢に、夏休みの予定を聞いてみた。”8月にジュネーヴでの音楽セミナーがある”と淡々としてる。
「スイスなんて、最高じゃないか。せっかくだからスイスを観光してみたら?ちゃんと歴史とか調べてさ、風景も素晴らしいだろうし。見聞を広めるいい機会になるんじゃないかな。」
俺は9月にコンクールがあるので、8月は練習ばかりだろう。いやな訳じゃもちろんない。むしろ愉しみ。だけど歩夢ちゃんが、試験で先生に言われた事ー見聞を広めるーって処。
俺も気にしてるんだ。院の森本先生には常々、”トランペットバカになるな”と言われてる。
”オリジナリティを出すだめにも見聞を広める”言葉にすると簡単だ。
自分の演奏のオリジナリティの問題は、ある程度までいくと、音楽家なら誰しもぶち当たる壁だ。そう簡単に超えられるもんじゃないだろう。(俺も含めてな)
「確かに1週間のセミナーで、スイスに滞在するけど、基本、勉強会だから。出された課題をこなすのにせいっぱいだと思う。」
「いや、だから、セミナーが終わった後とか、早めに行くとか。セミナーはピアノに集中しても、その前後に予定を入れればいいだろう。それにセミナーでは友達が出来るだろうし、楽し夏休みになるね。」
実際、俺はそうして友達や知り合いを増やしてきた。友達を通じいろいろな話しを聞く事ができる。この間だって、優に会わなければ、パイプオルガンの練習風景をそばで聞くなんて事は、出来なかったろう。同じトランペットだと、演奏上の悩みとか相談できる。まあ、実際は、辻岡とかヨセフとかから相談される方が多いけど。それに、友達が多いといろいろと楽しい。
”友達が出来る”という俺の意見に、歩夢ちゃんは”それはないわ”って顔した。
「うん、まあ、セミナーが終わってから、少し観光してもいいかも。でも、友達を作るなんて、無理かも。私、そういうのヘタだし、目的はあくまでも”演奏技術の向上”だし。」
彼女、おとなしそうに見えたけど、実は頑固で気が強いのかも。俺は哲太から”相談に乗ってやってくれ”と頼まれたからでアドバイスしただけであって、こう提案を拒絶されると、少しばからしくなってきた。
「せっかくミュンヘンに住んでるんだから、観光名所めぐりとかさ、そういうのでもいいと思うよ。お金もあまりかからないしね。」
「でも、私、ミュンヘンを観光した事ないし、友達いないし...」
彼女、大学の先生のアドバイスを、どこまで真剣に受け入れてるのか。見聞を広めるって、俺には”観光”くらいしか、思いつかないけど。俺よりミュンヘン生活長いんだから、後は自分でなんとかすれや。
「じゃ、俺そろそろ...」と、腰を上げた時、
「いいね、ミュンヘン観光。美術館も博物館も多いし、食べ物もおいしいし」
と哲太が、俺の肩を叩いた。
おのれ哲太め。こんな面倒っちい子を丸投げして、今頃、のこのこ登場か。悪いけどと帰りかけると、残念、先制攻撃を受けてしまった。
「で、いつにする?どこがいい?僕としてはノイエス・シュロス城がお勧め。マイセンの陶磁器もあるし、バロック絵画の美術館もあるし。ああ、ニンフェンブルグ城もいいな。夏に住むだけの家にあれだけの庭園と城ってすごいし。」
知ってるんだったら、お前が彼女を連れて案内すれよ。もう道筋はつけたんだから。哲太の先輩の妹だろ?きっと面倒みるように頼まれたんだろうけど、最後まで責任もてよ。
「いや、俺は9月にコンクールはあるし、バイト程度だけど仕事もあるから。哲太君が案内するといいよ。俺はパスな。」
そうカッコよく去るつもりが、哲太に引き戻され小声でお願いされた。
「頼むよ。海人も一緒に。友達連れてきていいからさ。正直、困ってたんだ。僕、日本に恋人残してきてるし、あまり親密にして、恋人に誤解されたら困る。歩夢ちゃんが僕の事好きになってしまっても面倒だし。」
はぁ?恋人(実際は未満だけど)なら、俺も日本にセリナちゃんがいるんだけど。それに、歩夢ちゃんが哲太の事を好きになるって、それ前提?すごい自信だ。
”なあ、頼む。お願い”って、手を合されてお願いされ、仕方なしに俺は引き受けた。
「わかった。行く場所は、俺の先生に相談してみる。見聞を広めるのは、俺にも必要な事だしな。まあ、観光くらいしか、俺はとっさには思いつかなかったけど。後で日程をあわせるとして、本当に歩夢ちゃん、行く気あるかな。まだ、そこまで余裕がないというか、こちらの提案を聞く気があるかどうか・・・」
多分、これからも練習で時間にアキは出ないというだろう。セミナーのための練習をするからとか、言い出しそうだ。結局、彼女は誰かに愚痴を言いたかっただけなのかも。先生のアドバイスは的を得てて、貴重と思うのだけどね。
「あの杉本先輩が一緒なら....」
その声でウワっと二人でびっくりした。内緒話になってなかった。歩夢ちゃん、すこしだけ顔がピンクになってる。哲太、残念だったな。もう彼女に惚れられたみたいだぞ。
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クラウス先生に経緯を報告し、ミュンヘン観光の事を相談すると、ピナコーク(美術館)はどうだろうかと。
「印象派などは、音楽、絵、文学とリンクしてるし、美術館を巡って絵を見てくるのがいい。アルテ・ピナコークは、14世紀から16世紀にかけての絵画、モダン・ピナコークは主に印象派の作品、ノイエ・ピナコークは、現代美術で、ここはいろいろあって楽しいぞ。」
ちょうど朝食が終わり、コーヒーを飲んでる所に、話しを持ちかけたので、香澄さんが目を輝かせてのってきた。
「いいわね。美術館めぐり。いろいろあったから、ゆっくり見てないのよね。」
「エドの処と、子供ドイツ語教室への送り迎えは、どうするんだ」
クラウスの口調にちょっとトゲがあるので、オヤっと思った。なんというか上から目線?確かに香澄さんは年下だけど。そういえば、昔、うちの両親が俺と妹の部活やレッスンの送迎を巡って、こんなやりとりしてたっけ。親父はあんなにエラソウなものいいはしなかったけどね。
「同じ市に住まなくてもいいわね。そんな事も出来ない父親ならね。養育費だけ下さいね。」
あちゃ~。そこを逆手にとるんですか。香澄さんもクラウスの言葉に、神経をはってるってことなんすね。クラウスも真顔になってる。まずいまずい。
「エドの処には、僕と香澄さんで送って行きますよ。いつもバスで送っていくんですよね。香澄さん。日程のほうは、相手と打ち合わせしますから。」
面倒な口論になる前に、食器をかたして、クラウスと俺は早めの出勤にした。
クラウスは苦虫を噛み潰したような顔だ。
「香澄と俺と今争ってるのは、居住地なんだ。俺は仕事は辞める気はない。出来るなら香澄には、フェリックスとミュンヘンかその周辺に住んでもらいたいと思ってる。香澄は、俺のいる所からは遠く離れたいらしい。出来るなら伯母のいるイギリスと言っている。」
香澄さんの”イギリスに住みたい”という希望は、裁判所が許可しないだろう。この国は子供の権利を中心に考えるようだ。ならば、ドイツ語がかなり話せるようになったフェリックスを、言葉の通じない外国に連れて行くのは不可だろう。
「クラウスが、時々、オケの演奏会で留守する時があるのは知ってる。なかなか自分の時間がとれないだろう事も予想できる。でもフェリックス君の世話を、なんでも香澄さんに押し付けようとするのは、裁判所はいい印象は持たないと思うよ。まあ、日本じゃ、昔は”父親はお金を稼ぐだけでいいんだ”で通用してたけどね。」
俺の言葉で、クラウスは撃沈した。
予想通り、彼はその夜、泥酔して遅くにご帰還。午前様だ。香澄さんには、”彼は大事な会議と打ち上げがあるって聞いた”と、俺はニコヤカに嘘をついた。彼の泥酔の原因の一つは、俺の言葉にあるかもだからだ。
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