相談にのる、俺、策にひっかかったかも。
海人は知り合いの哲太君の知り合いから、相談を受ける事になりました。
6月30日、誤字を訂正。古城街道の始点を間違えたので、少しだけ文章を変えました。後は前と同じです。何度も訂正で申し訳ないです。
杉本 哲太君とは、ミュンヘン大構内の噴水前で待ち合わせた。地下鉄でマリエン広場から二駅。噴水の前に無事到着したのに、肝心の杉本君が見つからない。ちょうど昼食時で学生が一杯(今日は日曜日じゃなかったっけ)、しばらく探しても見つからなかった。そろそろ連絡しようかと思った時、ちょうど校舎のほうから彼が走ってきた。あんな顔だったよな?
「ごめんごめん。海人君。二人分の昼食を買ってたんだ。混んでいて遅くなってしまった。」
「いやいや、気を使わせてしまったようで、悪いな。で、いくら?」
杉本君が、海人君と呼ぶので俺も哲太君と呼ばせてもらった。昼食をかねていろいろ話さないか?って事になり、俺はてっきりどこかカフェにでも行くのかと思った。
「これは僕のおごり。会いたいと最初に連絡したのは僕だから」
ラッキー!哲太君からもらったハンバーガーは、日本のよりもずっと大きく、食べがいがある。哲太君は、自分で入れたコーヒーをボトルに入れて持って来ていて、俺についでくれた。
「何もかも悪いな。哲太はいつもこんな感じで昼を食べるんだ」
「う~ん。まあだいたいね。今日は天気がいいからさ。研究がのってきたときには、食べながらなんて、よくあるよ。」
彼は、ヨーロッパの城、今はドイツの城について研究してる。建築工学?っていうのかな。
”古城街道”が近いので、城を研究するには丁度良かったのだろう。
「さっそくなんだけど、僕の先輩の妹がミュンヘン音大の1年生。10月から2年に進級できるんだけど、試験の時に、本人曰く”どうしたらいいかわからない”アドバイスを受けたそうで、悩んでるみたいなんだ。僕は音楽の事はさっぱりわからないし・・・」
「楽器が違ったら、全然、わからないかもしれない。”君の音は下品だ。多分、リードが悪いのだろう。”なんていう類の事なら、さっぱりわからないよ。」
リード楽器(クラリネット、サックス、オーボエ)は、リードが悪ければ音色に直結する。大学オケの時は、オーボエさんは、リード職人といわれたほど、いつもリードを作っていた。
「でミュンヘン音大の子って、楽器は何?」
「ピアノ科演奏家コースだそうだけど。」
「無理。まあ、話しは聞くよ。それだけでも少し気持ちが軽くなるから」
アドバイスをもらえるだけ、恵まれてるんだけど、本当は。”これ以上のびない””言われても出来ないだろう””いうだけ無駄”なんて思われたら、それでおしまいだ。
”はいはい、よく出来ました。いい子いい子どうでもいい子”となるわけだ。
「哲太は、師事してる先生からアドバイス受けて、落ち込んだりとかある?」
「う~ん、自分のふがいなさに落ち込むけど、”なんでこんなにわからないんだ”ってさ。先生からは、例えば、”こういう方法でアプローチしてみては”とか教えてもらえる。ありがたい。
後は、自分で研究しつつ、先生の研究の手伝いも多いからそれほどないね。」
自分の目標があって、それに到達できなくて自分のふがいなさに悩む。で、練習の末、目標をクリアしても、さらに上のレベルを提示される。ていうか自分で目指さなければ、音大での授業にはついていけない。
「ミュンヘン大は、寮があるって聞いたけど、哲太は入らなかったんだ。」
「ああうん。僕の研究は、ロードワーク・実際に出かけて調べてみる事も多く、不在が多いんだ。寮は二人一部屋だから、同室の子に申し訳なくてね。それに外にいる方が気楽。日本人学生って群れたがるというか、閉鎖的なグループ作っちゃうって聞いたから、そういうのも面倒だなとおもったし。」
シェアハウスもルールが、いろいろあって、基本、自分の事は自分で、だそうだ。リビングなどの共用スペースの掃除は、当番制。食事は各自で作るか、たまに全員で会食したりするとか。
音大生や俺のように楽器を勉強してるものには、、やはり専用のアパートを借りるか、仲間を集めてシェアするかだ。
どっちにしても、今以上の環境とお手頃な値段な所はなさそうだ。香澄さんとクラウスのトゲトゲした雰囲気に慣れるほかないかも。家、部屋を探すのに、時間がとられるならその分練習したほうがいい。俺の資金には限りがある。
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昼をすませて、1時になってから、哲太の先輩の妹・歩夢ちゃんがやってきた。
セミロングでGパンにシャツブラウスの彼女は、飾り気がなく、化粧もしてない。真面目そうな感じだ。
「こんにちは。林 歩夢といいます。先輩にいろいろ教えてほしくて。」
「よろしく、俺は新藤海人。楽器はトランペットなので、あまりお役には立てないかも」
彼女は、邦立音大の3年生から休学、こっちに入学して初めての進級試験は、この前終わり、その時にいろいろアドバイスされたそうだ。
邦立か、懐かしい。冴木君は元気だろうか。あそこは芸大についでレベルが高いんだよな。私立だけど。
彼女に留学の目的や経緯、ミュンヘン音大での生活とか、コンクールの履歴とか聞いてみた。もちろん、俺も自分がここに来た理由、現在の状況も話す。先生の家はいわゆる”汚部屋””汚屋敷”で、ドイツでの一日目が掃除で終わった話しは、予想外に歩夢ちゃんに受けた。
先生を話しのネタにした。申し訳ないけど、彼女ともう少し打ち解けたかったから。
しばらく、冗談のような話しをお互いして笑ってる間、哲太は、時々参加し受けて笑い、”じゃ僕、仕上げるレポートがあるから”って、学校へ戻って行った。
俺に丸投げかよ。ったく。すこしムカついたけど、音楽をやってるものにしかわからない問題もある。ズバリ歩夢ちゃんに聞いてみるか。
「あの~。進級試験の時、私はヴェートーヴェンのソナタ”告別”を課題に選んだんです。もちろん作曲された経緯やその時の作曲者の心情とかも、いろいと本で勉強しました。アナライズもレッスンでやったとおりに、したつもりなんです。」
うんうん、まあ、常道だな。そのソナタは全然知らないけど。俺は、トランペットの課題曲で、現代も生きてる人の曲は、いろいろツテを使って調べた。ネットの情報、本人の演奏会情報、CDの解説などなど。
「で?」
{結果は、中の中ぐらいかな。”君の演奏は、いい意味でも悪い意味でも、お手本通りに弾きましたって感じだ。もう少しオリジナリティとまでもいかないけど、曲を自分のものにしないと、この先、行き詰りますね。そのためには練習ばかりせず、いろいろ見聞を広げて。”って」
ああ、この手のアドバイスなら、俺もされた事あるし、少しは助言できるかも。先生の言われた通りに弾く事を覚えたら、それ以上を目指さないといけないんだ。じゃないと操り人形で終わってしまう。
「私、練習についていくだけで、せいっぱいの他の授業もドイツ語で大変だし。見聞広めるって、観光でもすればいいのかな、でもその時間もったいないし、第一」
「「練習しないと不安で」」
「だろ?俺も大学の時、そうだったからわかる。この間のコンクールの前もそうだった。練習練習、常に練習でさ。楽器を手放さなかった」
そんな心で練習しても、あまり効率はよくない。俺も森本師匠によく言われた。トランペット馬鹿になるな!ってさ。いや、俺が馬鹿なのは知ってる。要はいろんな勉強をすれって事だ。
「きっと練習室にこもってたんだろ。先生が心配してくれてるって、ありがたい事だよね。
7月から夏休みになるじゃん。思い切って、友達と観光旅行してきたら?南ドイツには古城街道があるし、ライン川下り有名じゃないか?」
っていう俺も、どっちもした事がない。恥ずかしながら語学と練習と仕事で、手一杯だ。
仕事のほうは、夏休みがとれそうなので、その時はどうしよう。ベルリンのヨセフにでも会いに行くかな。
「でも、私、ルームメイトは国に帰っちゃったし、あまり友達いないし、練習ばかりしてるから。新藤さん、私一人じゃ心細くて・・・」
彼女に”一緒に行ってほしい”って、目で言われたような気がする。あ、もしかして哲太の策略があったりして。まあ、誤解だよな、俺の思い上がりだよな。
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