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ラッパ吹きの休日  作者: 雪 よしの
ドイツへ留学する
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教会で演奏会

 結局、バッハコンクール パイプオルガン優勝した青井 優 君は、俺の部屋(クラウス先生の家の俺の部屋だ)に、本番まで寝泊まりすることになった。


 彼の練習には、ミュンヘンについた日と次の日だけは、つきあった。”客席での響きを確かめたい”との事。パイプオルガンは演奏する場所も楽器のうちになる、面倒な、いや、壮大な代物だ。


 明日は本番という時、練習で遅く帰って来た青井君。バテてた。夜しか練習出来ないから、3日間じゃ、足りないのだろう。しかも場所によって音色も音量も違う。精神的にも肉体的にも限界なのか、彼は夕食は食べてないし、いらないという。それじゃ体の疲れは明日に持ち越す。


 俺は、風邪をひいたときに食べた、卵粥を作った。簡単だ。冷凍しておいたご飯をおかゆにして、卵を入れて味をつけるだけ。クラウスが起きていて、卵粥をしげしげとみてるので、一口、味見させた。ほんの少しなめただけで、”熱いので無理”却下された。舌を火傷しては演奏にさしさわりあがるな。考えればわかる事なのに。俺も配慮が足りなかった。


 ひさびさの日本食だったらしく、青井君は、食欲がないという言葉は嘘のように、ペロリとたいらげた。顔色も赤味さして、体のこわばりも、とけたようだ


「元気になったようでよかったよ。青井君、楽器を選べないって疲れるもんなんだな。それに不便だし?」

すると、彼はキョトンとした顔をして


「青井じゃなく優でいいよ。僕にとっては、そこそこで違う楽器を演奏する方が楽しい。なんていうか”楽器を手なずける”って感触がいい。北ドイツの街を回って、パイプオルガン”に出会うのは、楽しかったよ。それがどんな楽器でもね。残念ながら弾かせてもらえない所もあったけど。パイプオルガンに専念出来て今思えば夢のようだったよ」


 過去形で語るその”夢”は、もう終わるのだろうか。


「南ドイツのほうは回らないのかい?」

答えは予想出来たけどね。俺は高校と大学の時は音楽の勉強と練習で地獄のように感じるときもあったけど、思えば天国だったのかも。


「貯金と優勝賞金はあるんだ。ガラコンサートも一度やったしね。だから南ドイツを旅する事はギリギリできる。ただ、この後、日本で演奏会を用意してくれてるんだ。同期の有志が動いてくれてね。成功するかどうかは未知数。一度、日本での演奏会での聴衆の反応をみたいんだ。日本で演奏家としてやっていけるのかどうかをね」


 演奏会をプロモートしてくれる仲間がいるのはいいもんだな。そういう演奏会なら1度が限度だろうけど。俺がもう少し大きな海外コンクールで優勝すれば、誰か用意してくれるだろうか?


「一度の演奏会じゃ見極めは難しいと思うけど。何か計画とかある?」

「いや、ない。」


 そんな潔く言うなんて、漢というか無鉄砲というか。それともバッハコンクール優勝という自信があるからなのかな。


「それより、僕はコンクールが終わった後に、あるコンテスタントに言われたよ。”クリスチャンでもない日本人に本当のバッハの音楽が理解できるか”ってさ。それを言われちゃうと、僕は何も言い返せなかったけど。」


 パイプオルガンはキリスト教文化と一緒に発展してきた。バッハは教会専属の楽師だった。そんな彼の音楽は、宗教曲が当然多い。日本でそれが受けるかどうかだ。


「俺は、大学の時にオケでよくやったぞ。”主よ人の望よ喜びよ”ってやつ。あれって讃美歌とか聖歌とかいうやつだろ?ボランティアでオケでいろんな所で演奏したけど、拒否反応もないし。むしろみんな知ってる”好きな曲”だったな。」


「うん、曲によりけりだ。ただ、どうも日本では外人の演奏家や指揮者がもてはやされるからね。かえってこっちを拠点にしたほうがいいかも、とも思ってる」


 夜中までそんな話しをしながら、日本語で気兼ねなく話せるのは久しぶりで、俺は優との話しで、だいぶホっとした気分になった。


*** *** *** *** *** ***

 教会での演奏会は盛況だった。バッハコンクール優勝者という事が、こちらが思ってる以上に強みになってるようだ。


 プログラムは前半と後半にわけ、前半はバッハの曲を中心に最初は、明るい長調の曲を。最後は、彼がコンクールで弾いたという”パッサカリアBVW382。最初にでてくる重低音の短調の主題は、絶望のような暗さだ。それに対し上の音は、何かの災難で右往左往する人を表わしているよう。そう思うと、バッハはキリスト教徒でなくても、理解は出来る・・と思う。


 後半は、パッヘルベルのカノンやアヴェマリア、最後は昨日話しにでた”主よ人~”って曲だ。

有名で軽めの曲を持ってきて、最後は宗教曲でしめる。このプログラムを優が自分で考えたのだとしたら、彼はもうプロの領域なのだろうな。聴衆の気持ちと主催者の意図を汲んでいるのだと思う。


 演奏が終わった後に彼は、ボーっとした顔で心なしか笑みがこぼれてる。成功したのかな。


「へへ、ちょっと失敗しちゃった。ごまかしたけどね。ああ、とっても楽しかった。聴衆が多く入るとまた響きが違う。」


 ミスった?そのヘラヘラ顔でいいのか?


 きっといいのだろう。少なくても彼はあんなに幸せそうにしてるのだから。


 夜中に家に戻って来た彼は、少し興奮していた。演奏直後はボヤっとしてたけどな。


「新しい依頼が入ったんだ。日本での演奏会が終わった後、フランクフルトにある教会での演奏会を開く事になったんだ。その時は是非聞きに来て。」


 今日、演奏を聴きに来た人の中に、フランクフルトの教会の関係者がいたらしい。一度演奏会を開いて、それが次につながる。こういうのっていいな。


 でも、最初の演奏会で失敗すれば、それまでってことなのか?音楽家って怖い世界かもしれない。

土曜日深夜(日曜日午前1時代)に更新。週一ペースです。


更新時間が遅くなって、大変申し訳ありません。

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