嵐を呼ぶパイプオルガニスト 青井君
土曜日深夜(日曜日午前1時ごろ) 更新。週一のペースです、
コンクールでの3位入賞を、森本先生とセリナちゃんには、帰ってすぐメールした。何か自慢になるようで、実家にも同期の辻岡にも知らせなかった。
次の日、北海道のセミナーで知り合った冴木君や、辻岡、その他の友達からも、なんと両親からもお祝いのメールが来ていた。どうやって知ったのかと思ったら、”ネットニュースで見つけた”と、健人のメールにあった。ちょっと気恥ずかしい。それにしても健人、お祝いだといって、ピアノ練習中のセリナちゃんの動画を送ってくるとは...
セリナちゃんは、相変わらずピンとした背筋の演奏姿。少し痩せたかも。動画では何度も同じ個所を繰り返し練習したり、途中で別の曲を少し弾いたりと、まだまだ曲は仕上がってないのかもしれない。暗中模索中か。セリナちゃんは苦労してるのがわかった。
彼女からも、お祝いのメールをもらった。”私も海人に続く”と決意表明つき。返信に健人の動画の事をチクってやった。動画は隠し撮りっぽかったから。動画での練習中の曲については、聞かなかった。彼女の苦労の最中だから。ピアノ素人の俺が口だせるもんでもないしな。
香澄さんは、あれから3日間ねついた後、今日、やっと元気になった。医者の話しでは疲れとストレス、天気の変動が大きかったからそのせいとか。
ひさびさの4人で朝食を食べてると、青井 涼 君から、携帯にメールがあった。ちょうどコーヒーを入れてる時で、最初は”事務局から仕事の事でお叱り?”と思って緊張したけど、見てみると彼だった。
青井君は、コンクールへ行く列車の中で知り合った。ドイツ中のパイプオルガンを弾きたいと言っていたけど、今はちょうどミュンヘンに来てるらしい。
<新藤君へ>
今、ミュンヘンに着きました。三日後にそちらのブラウエン教会で、急遽、コンサートを受け持つことになりました。実は頼み事があります。今日でも明日でもいいです。夜の6時以降はブラウエン教会で練習してますので、来てくれませんでしょうか。時間はかからないです。
急なお願いですみません。メール下さい。よろしくお願いします。
<青井 涼 @ミュンヘン駅>
三日後って・・駅にいるって・・、頼み事があるならもっと早く連絡すれよ。青井~。バッハコンクールで優勝するわりには、抜けてるというか。大体、俺のコンクールの事を知ってるはずなのに。メールは自分の要件だけで終わりとは。やれやれ。
「どうした?困った顔をして。」
クラウスが、ライ麦サンドイッチを食べながら聞いてきた。今日は朝なのに機嫌がいい。サンドイッチの中身はバイエルン特産のブルーチーズ。彼の大好物だと香澄さんが教えてくれた。多分、そのせいだ(俺は青カビチーズだけはパスな。)
「いえ、列車の中で知り合ったオルガニストからメールで、そいつ青井ってヤツなんですけど、三日後にブラウエン教会でコンサートをするそうです。何か俺に頼み事があるって。不安なので、夜、会いに行ってきます。」
おおかた、荷物番とかチケット切りとか?譜めくりとかなら、面倒だな。それにしても”コンサートを持つ”って、普通”開く” じゃないんだ。
「ブラウエン教会は、毎週水曜日にパイプオルガンのコンサートを開いてるんだ。ああいう大きな教会でも、維持費が大変だからな。そのたしにするんだろう。」
市庁舎の側にある教会だ。市庁舎にはよく行ったけど、ちっとも知らなかった。教会の中には入らなかったし、ましてや掲示物とか案内は見なかった。まだドイツ語は初級者だしな。今度、フェリックスと一緒に書き取りの練習をするか。トホホ。
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夕方6時の約束をしてブラウエン教会へ向かう。観光名所の一つで、ただ、そろそろ閉館だそうで受付に渋い顔をされた。慌てて、”オルガニストの青井さんに会う約束をしてるんです”と言うと、無料でとおしてもらった。
ブラウエン教会は、南と北の塔があり、中は白い壁にチェックの床。悪魔の足跡なんて言われてる、黒い足形がクッキリ残ってる。こでは、夜、遅くには見たくないな。天井は演奏会用のホールのように高く、ただ横幅がせまかった。教会は縦長の建物なんだ。今の時刻はまだステンドグラスから夕陽が控えめにはいっている。
パイプオルガンの処に青井君はいた。心なしか少し痩せた気がする。
「やあ、急に申し訳ないです。頼みというのは・・・」
と、彼が切りだす前にコンサートを開くことになった経緯をこちらから聞いた。
「ちょうど、ハンブルグにいた時なんだけど、バッハコンクールの事務局の知り合いから連絡があったんだ。”ミュンヘンの教会でのコンサートで、演奏予定の奏者が体調を崩したから代わりに、行ってくれないか”ってさ。もちろんOKしたよ。貴重な機会だしね。このコンサートは、9月の中頃まで毎週水曜日、午後6時から開かれてるそうなんだ。もちろんパイプオルガンのコンサートだよ。この楽器もさメンテナンスが大変なんだ。っていうか不経済?この規模のオルガンを新作したら、まあ2億はかかる。それよりメンテナンスも200万はかかる。知ってる?この裏には8000本近くのパイプがあるんだ。」
途中からオルガンマニア話しが止まらなくなったので、ストップをかけた。ようするに彼は三日後に演奏予定の奏者の代打。練習期間も短いんじゃないか?大丈夫なのか。一応入場料に10ユーロとるコンサートだぞ。
「それで俺は何をすればいい?出来る事ならするけど、譜めくりだけは勘弁してほしいな」
青井君、途端に残念そうな顔はしたけど、俺への頼み事はまだあるらしい。それでと話しを続けた。
「新藤君には、パイプオルガンの手鍵盤の音を出してほしいんだ。手鍵盤は4段だから、いろいろ組み合わせて。パイプオルガンは設置されている場所も楽器の一部。聴衆の聞く音と奏者が聞こえる音ではかなり差があり、そこがパイプオルガニストの腕の見せ所なんだけど。初めての場所で残響がどのくらいか、よくわからないし」
俺に弾けと・・・ソナチネもあやしい俺に。
「いいけど、俺、ドレミファソまでしか弾けないぜ。親指をくぐらす術は、もう忘れた」
それでいいというので、俺と青井のデコボココンビで音の確認が始まった。来る前に彼からピッコロトランペットを持ってきてほしいというので、まさかのゲスト出演?なんて淡い期待をもったけど、当然違った。ただ単に、青井君が、曲の中である部分を、音色を変えたいがため、その参考にするのに、本物の音を聴きたかっただけだった。
パイプオルガンは、実はいろんな音色を出せるらしく、電子オルガンの前身と考えれば、それはよくわかる。いろいろレバーとか操作しながら音色を決めていくのだけど、本番まで時間があまりないけど大丈夫なんだろうか。
「青井君、本番三日後だけど、間に合うか?」
「プログラムはね。前にライプチヒの教会で頼まれて開いたコンサートと、同じにしたからいいんだけど。オルガンがさ、違うんだ。大体はライプチヒの教会のと規模は同じなんだけど、音色や音響が当然違う。明日までには調整を終わらせないと。ここは午後6時からしか使えないしさ」
何か、クラっとなりそうな事を聞いた気がする。全然、時間、足りねえじゃねえか。
俺が一人でパニくってる時、ゴーっという低い音と、青井君の”あれ?”という声がした。
「どうしたんだ?」
「どうも足鍵盤の、この音、ちょっと雑音が入ってる気がする。悪いだけど、事務局へ行って、聞いてきてくれないかな?」
遠雷のような音でも、雑音を聞き分けられるんだ。でもそれ、楽器の故障?やばいんじゃないか。俺はあわてて事務局へ行き、事態を説明するも、もう夜も遅い。この楽器を作ったメーカーさんは明日、来てくれる事になった。やれやれ、間に合うか。
「よくあるんだよ。壊れやすいというより、音のもとになるパイプ自体の数が多いしね、埃とかたまりやすいし。それと本当にあつかましいお願いなんだけど、今夜、新藤君の先生の家に泊めてくれないかな?今日は宿がとれなくて。」
青井君、性格、変わった?俺はため息をつきながら、クラウスにメールした。