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ラッパ吹きの休日  作者: 雪 よしの
ドイツへ留学する
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香澄さんの発熱。主夫する俺

 ミュンヘン駅に着くと、午後の6時を回ってた。俺は先生に、買い物があるかどうかメールし”今日はフェリックスと外食するので、カイトも適当に”と返事がきた。

親子二人の食事に、ウキウキしてる先生の姿が、目に浮かぶようだ。本当は母親の香澄さんも仲良く一緒に。 フェリックス君には、それが一番、うれしいだろうに。



 帰ると、リヴィングのソファで香澄さんが、うたた寝してた。何か上にかけるものをと、探してると香澄さんが目を覚ました。


「ただいまもどりました。すみません、起こしてしまって」

言い訳しながら香澄さんを見ると、顔が赤い。目がウルウルして少しうつろだ。大丈夫だろうか。体調でも悪いのかな。


「香澄さん、熱でもあるんじゃないですか?顔が赤いですよ」

「ええ、今朝から微熱があったんだけど、少し上がったかも」


 立ち上がった香澄さんの体が、フラっと倒れかけ、俺は慌てて体を支えた。熱い。彼女、熱が高いかも。5月は気温の変動が激しかったから、そのせいだろうか。


「香澄さん、体温計、持ってきます。まだ横になって下さい。熱が高そうです。」

俺が探してる間、彼女はシクシクと泣き始めた。


「前は、クラウスは私が少しでも具合が悪いと、すごく心配してそばにいてくれた。今は”微熱がある”といっても、”じゃあ二人で外食してくる”ってご機嫌で出かけたわ。きっと私が具合悪いのが、うれしいのよ。」


 いやいやそれはないだろう。第一、クラウスが出かけるときは、微熱だったと香澄さん本人が言ってる。きっと熱で頭が混乱してるのかも。それに、クラウスは、そんなに細かく考える人じゃない。きっと微熱と聞いて、心配もせずに出かけたのだろう。一緒に暮らしてる時ならともかく、香澄さんはクラウスを裏切った。


 ドイツは離婚調停の間、香澄さんのように収入を配偶者に頼ってる場合は、妻の生活費も夫がみる義務があるんだそうだ。もし、日本でなら家の中に入れてくれないかもしれない。



 ふりかえって、俺はどうだろう?セリナちゃんと結婚して、彼女が子供と一緒に他の男と出て行ったら?だめだ。離婚するために帰ってきたセリナちゃんに、俺は土下座する自信がある。

”もう一度、やり直してください。お願い捨てないでください”って


 つくづくヘタレだな。ちゃんとした恋人同士でもないのに、想像の中ですらだ。


 俺が一人、妄想してる間、ピッピッピと体温計が鳴った。香澄さんの熱は思ったより高く、38.5度。これはさすがに医者に連れて行かないと。クラウスを待ってるヒマはない。


 香澄さんに医者の事を聞くと、結婚当時からかかってたホームドクターがいるとかで、彼女が自分で電話をかけた。運がいい事に、往診してくれるそうだ。よかった。これからタクシーで連れて行くのも、彼女の体にはつらいと思ってた。


 ホームドクターの先生は、来てすぐ香澄さんを見て、


「奥さん、久しぶりですな。まあ、ワシとしょっちゅう、会うようなら、それはそれで困るがの。ここ数日、気温の差が大きかったから、それに疲れが重なっての熱だろう。」


 先生は、薬を渡し、治らない場合は、大病院に紹介状を書く棟を伝え、帰る算段をしてる。


「え?先生、それだけですか?検査とかはどうするんですか?」

いくら風邪とはいえ、血液検査くらいはするんじゃないか?


「ああ、香澄さんのお兄さん?弟さんかね?」

「いえ、クラウス先生の弟子で、ここに住まわせてもらってます」

「まあ、今回は、往診でのとりあえずの処置じゃ。兄ちゃん。奥さんの熱が下がったら、予約を入れてウチにつれてくるよう、クラウスに言っておいてくれ。奥さんは、しばらく診てないしの。一度健康診断をしたほうがいいかもしれない。」


 医療体制の違いだろうか。”ドイツではこれが普通なのよ。”と香澄さんは、力なく笑って言った。香澄さんには、寝室で休むように言い、俺は薬とミネラルウォーターのボトルを用意。何か食べたいモノがないか聞いた。当然のように”食欲ないから”との返事だったけど。


 俺は食品庫をあさり、果物の缶詰(賞味期限がもうすぐだった)を見つけたので開けて、彼女に持って行った。


 それから、夕食の準備。よかった。外食してこなくて。俺はさすがてたので、食料をすこしだけ買い、帰ってきたのが幸いした。忘れてた、1週間分の洗濯をしないと。当然のようにコンクールを開催した街には、コインランドリーなんてものは、なかったから溜まってた。(さすがにパンツだけは手洗いしたけど。)


 どっぷり音楽に浸れた1週間から、いきなり”主夫”のようなモードになってしまった。


*** *** *** *** *** *** *** ***


 クラウスとフェリックスが帰って来たのは夜の8時過ぎ。俺は一通り片づけを終え、音楽室で少し練習しようと思った処だった。


「お帰りなさい、クラウス、香澄さん、熱が上がったので、医者に見せました。今は上で寝てるから」


 え?!というクラウス先生の顔は、予想通り。微熱だから大丈夫と、信じ切ってた顔だな。

そう、クラウスは、大雑把なんだよな。俺がここにきた時の部屋の散らかりようを見れば、

”几帳面で清潔好き”でないのは、確かだ。香澄さん、そういう処がイヤで家出したようじゃない。クラウスの事”怖い、身がすくむ”とか言っていたけど。


「ねえ、ママ、具合悪いの?」

「うん、ちょっとね。今日は、パパと寝てね。うつる病気じゃないけど、一応念のため」


 そう俺が言った途端、フェリックスは「マ~マ~」と、2階へかけ上がっていった。

やれやれ、本当は熱のあるので、香澄さんは一人でゆっくり休んで欲しかったんだけど。クラウスの残念そうな顔が、ちょっとだけ笑える。主人に置いてきぼりにされた寂しそうな大型ワンコに見えたから。クラウスの、どこが怖くて威圧感があるのだか・・・


土曜日深夜(日曜日午前1時ごろ更新します) 週一ペースです。


今週と来週、カイトは、主夫のようになってしまいました。

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