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ラッパ吹きの休日  作者: 雪 よしの
ドイツへ留学する
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本番日 トマジ トランペット協奏曲

 本番スケジュール確認。まず8時半に集合、9時からリハーサル。持ち時間は退場もいれて一人15分。10時半からの本番開始。


 ホールに張り出されてるスケジュール表を見て、あらためて俺はため息がでた。朝から午後まで、ずっと緊張が続くのか。俺の出番は何せ一番最後だ。テンションもつかな。トマジの曲は、20分ほどだ。午前の部くらいは聴く事ができるかな。


 出番は、2時半ということだけど、伴奏をしてくれるオーケストラは、昼休み以外はまとまった休憩がないようだ。申し訳ないような、心配なような。


 リハーサルは演奏順に行った。時間厳守なので、指揮者と打ち合わせをして、オケとの合わせは、最低限、必要な所だけに絞らないといけない。昨夜、考えてた”オケと合わせづらい個所ベスト10”が、役にたちそう。(本当は10どころではないけれど)


 1番目はクララ、2番目アーノルド、3番目フランソワ、4番目ヨゼフ、5番目テジン、最後の6番目が俺だ。


 1番手のクララは、オケとなかなかタイミングがあわない。緊張してる。オケは指揮者にあわせ指揮者はソリストを尊重してくれるけど、お互いに腹の探り合いというか、あわせようあわせようとして、クララは音を置きにいってる感じだ。”ちゃんと譜面通り演奏しました”みたいな。


 もっとオケと練習したいのだろうけど、時間切れになった。思ったより短いんだな。15分って。2番手アーノルドの演奏は、オケとの演奏に慣れてるのか、落ち着いてるし、音がノビノビしてた。大事な所は、指揮者と打ち合わせ。緊張する様子もなく、堂々としてた。彼の音は”アメリカ”の雰囲気がする。


 3番手フランソワは、コンクールに慣れてるのか、指揮者との打ち合わせもオケとの練習もさまになってるし手際がいい。ただアーノルドの演奏とは雰囲気が 真逆だった。彼女の音は柔らかくて、どこか跳ねて歩くような音だった。


 4番手ヨゼフは、ぐっすり眠ったのがよかったのか、表情がはれやかだ。ちょっと彼らしくないというか、自由すぎの気もする。もしかして眠剤2倍のんだから、効目が切れてハイになってるとか?本番で丁度良いテンションにもどるか?そうなったら強敵だ。


 5番目のテジュンとは、リハがはじまった時に、ちょっと話した。彼は現在NYジュリアードの学生で小学生の時からアメリカにいるそうだ。アーノルドは中国系のアメリカ人で同じクラスで学んでるのだとか。そんなテジュンの演奏は、キレッキレの演奏だった。音がイガイガだ。


 やっと俺の番がまわってきた頃には、かなり時間がのびてた。とりあえず、やばい処だけ指揮者と確認。今まで聞いたとおりで、特段、変わった要求はしなかった。同じ曲を続けて6回。細かいニュアンスを変えてなんて、例え、違和感があったとしても、申し訳なくて言えない。


 曲の1楽章のキーマンになりそうなスネアドラム奏者さんと、2楽章、冒頭と最後を伴奏してくれるハープ奏者さんと打ち合わせした。スネアドラム奏者と指揮者と俺、最初の音はどんな音になるのか確認したかった。ハーピストのお姉さんには、少し弾いてもらっただけ。


*** *** *** *** *** ***

 本番が始まった。


 1番手のクララの演奏は、リハよりはいいが、やはりオケとのあわせに集中力をとられ、機械的な演奏に聴こえた。だからだろうか。2番手のアーノルドの演奏は、自由奔放でダイナミクスも、リハよりもっとはっきりつけてきた。伴奏してるオケのほうは、彼のノリとテンポにあわせてるうちに、何か目が覚めたような演奏になってる。やばいかもコイツ。

 

 3番手のフランソワもわりと自由に演奏してる。アーノルドとは違う、フランスの印象派が少し入ってるような響きで、軽くて明るい曲にしてきた。やれやれ、こうも”自由さ”で雰囲気が違っていたら、さぞや指揮者は面食らってるだろうに。


 3人が終わった所で昼休憩。控室で俺は出番を待つ身はつらい。終わった3人は、サバサバしてた。クララはもっと落ち込んでるかと思ったら、あっさりしたものだった。


「オケとあわせるのって、経験つまないとコツがわからないのだろうから、今回は1番手で不利だったんだ。オケのほうも慣れてないだろうし」

俺は、クララを慰めたつもりだったが、あまり必要はなかったようだ。


「うん、いいの。”緊張の時間”から解放されてホっとしてる。まだまだ私も勉強不足だってわかった。経験もね。だからこれから努力と実践を続ければ、もっと上手くなれる。」


 俺の中途半端な慰めの言葉に、彼女は見栄をはったわけじゃなく、素でこう返してきた。

今は出来なくても、自分には”のびしろ”があると確信できれば、希望がもてる。


 昼休憩後、俺は一人で外で、ウォーミングアップをした。せめて一人1時間、持ち時間があれば...リハはしたけれど、最初の二人くらいはともかく3人目以降の練習場所がないし時間もない。大体...まあ、しょうがない。事務局のやり方に文句をを言ってもしょうがない事だ。

幸い、気温も22度と温かく、湿度も低い。30分位なら、外に出て練習しても、楽器に問題は出ないだろう。


*** **** *** *** ***

 いよいよ俺の番。ステマネの人に”頑張れ”と背中を押され、ステージに出て行った。去年の秋の日コンのホールより格段に小さい。聴衆は満席になっていない。ステージに立ってお辞儀をし、指揮者にお辞儀をしようとしたら、手を出され握手をすることに。


 あらためてオケメンバーの顔をみると、さすがに疲れてるのが見てわかる。緊張の反対はなんという単語だろう?弛緩?少し、まずい事になるかもしれない。


 1楽章、スネアドラムの音と一緒にテーマをファンファーレのように演奏する。そのあと、同じフレーズを演奏した後に、弦楽器がピッチカートで答える。でも、俺の望んでる音は、もっとキツくて強い音だったのに、ちょっとバラけた弱い音だった。リハの時はまあまあ望む音だったんだけど。やっぱり疲れが出てるのかな。


 俺は1楽章の方針を変えた(自動的に、2,3楽章も少し)。オケを煽ることにした。掛け合いの場所の処は攻撃的な音で。オケだけの演奏で盛り上がる箇所は、その直前は俺の演奏部分がある。ここをクレッシェンドでネチッコクいった。”あなた、どうするの”の問い詰めるように。テンポも若干、速めにした。これって自分で自分の首を絞めるようなもの。難しい処満載だからな。それでも、頼む、この1楽章でノってくれないと、2,3とのりきれない。俺の必死さが伝わったのか、指揮者とオケが意図をわかってくれて、速めのテンポにも崩壊せずに、なんとか1楽章の最後の数小節、ハイトーンをppで長く吹くという、キツイ部分も乗り切った。


 1楽章で最初はテンポよく元気もりだくさんなのに、終わりは静かだ。ハープからはじまるまったりとした2楽章に入った。ここは、俺はあっさりめでいきたかったけど、ちょっとロマンチックに演奏してみた。3楽章はそれと正反対のスケルツオ。俺はさらにテンポアップして、最後の盛り上がりはオケと一緒にffで終わる事が出来た。


 緊張というより、きつかった。アスリートのようだった。でもオケとの演奏は楽しかった。


正直、3楽章は荒い音になった処があった。テンポをあげすぎたか・・ま、反省というか、”この3楽章をテンポアップしても、完璧に演奏できるようにする” という課題が出来た。わかりやすい目標が出来たのはいい事だ。



”どこがどうだめなんだ?”

”そこがわからないから、ダメなんじゃないか、カイトは”

森岡先生ともクラウス先生とも、こんな訳のわからない問答を繰り返した。


 控室で着替えながら、俺はこんな過去のレッスン中の事を思い出した。結局、ダメな所は自分で気づかないとダメなんだ。師匠から指摘されるようでは。俺は今回は練習量が足りてなかった。本選に運よく残れたけど、それはラッキーと偶然のおかげ。順位は気にする資格はないな、俺には。


*** *** *** *** *** *** *** ***

 審査は3時間もかかったろうか。最終でミュンヘンに帰りたかったけど、これでは無理だ。

後、1泊か。


 審査委員長から、順位が発表された。1位なし、2位に二人、アーノルドとフランソワ。3位が俺、ヨゼフは4位で奨励賞と聴衆賞をもらった。


 アーノルドとフランソワの争いになり、優劣つけられず、、2人とも2位という事らしい。

二人の曲想で、審査員の好みがわかれたのかもしれない。


「やったよやった。カイト。奨励賞と聴衆賞で4位。」 

ヨゼフは4位と入賞は逃したけど、他の賞をもらったせいか、舞い上がってる。


「うん、聴衆賞は俺も狙ってたんだけどな。」

「あは、カイトの受け狙いだったんだ。でも、聞いてて楽しかったよ。」


 いや、ウケを狙ったわけじゃなく結局、1楽章で目論見が狂った。もっとカッチリと演奏するつもりだったのだが。


「僕さ、本番でこんなに緊張しなかったの初めてなんだ。いつも前日、眠れない。当日、体調が悪くても緊張する。のパターンでさ。これもあの林檎のおかげ。お守りとして控室にもってきたけど、リラックス効果もあるんだね。大事にするよ。この林檎」


 いやいや、食べないと腐るから。でもリラックス効果があるのか?俺も今度、やってみよう。



  

土曜日深夜(日曜日午前1時ごろ)更新します。週一の更新ペースです。

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