コンクール2次予選で
列車から降りると、郊外は田園風景の広がる、いわゆる田舎だった。人口も5万人以下、街は小さな本通りをぬけると、農地と牧地が広がる。5月の風は暖かく、列車での旅に疲れた俺とエドは、”体がだるいな”とボヤきつつ、それでもまず、コンクールの開かれるホールを探した。
自分の演奏するホールの残響とかしりたかったから。残念ながらホールは講習会のようなイベントの最中らしく、その日は確かめる事が出来なかった。
公共施設は一か所に固まってるので、ホールの場所はすぐわかった。宿は湖のほとりにるというけど、またそこまで地図をたよりに歩いた。荷物が手にずっしりくる。
コンクールの事務局が手配してくれた宿は、民家風の素朴な三階だての建物。ここに2泊する。予想外にイケてる宿に宿泊料は、それほど高くはない。もうクタクタで体を動かすのもおっくうになって、ベッドの体を投げ出した。
部屋はエドと一緒で2階。壁を叩いてみたけど、トランペットを吹けるほど、防音が出来てない。これは困った。外で練習するのも、楽器に何かあったら困るので避けたい。
夕食前、エドと一緒に楽譜で最終確認してると、どこかからトランペットの音がした。思った通り結構、よく響く。しばらくして音がやむと、廊下で何か言い合いしてるのが聞こえた。エドが野次馬よろしく偵察にいった。
”宿は、コンテスタント(コンクール参加者)専用ではなく一般客もいるので、楽器の演奏は遠慮してほしい”と宿の人に注意され、キレて言い合いになったとか。
俺はエドに頼んで、コンクールの事務局に連絡してもらった。練習場所を確保したい。ところがホールでは”担当の者は今日はお休み”の一点張り。ホールには練習室が2つほどあるそうだけど、そこも今日のイベントで使用中とか。
何を考えてるんだこのコンクール主催者は。一応、国際コンクールで明日9時までに集合なのに、練習場所はないわ、担当者に連絡がとれないは。
俺もエドも、列車で移動で、練習を丸い一日しなかった。練習は諦め、少しイライラしながら、3階のレストランで夕食。料理はエドが言うにはドイツの家庭料理との事。日本でいうところのペンションか旅館に近いのかな。この宿。
レストランの窓からは綺麗に整えられた庭、そういえば部屋の窓からは、湖がみえた。何にもないけれど、ノンビリ出来る田舎。一般の人は静かに過ごしたいのだろう。
楽器の音は、クレームの種にしかならない。外でマウスピースを鳴らすだけは、しておいた。俺と同じく考るコンテスタントも多く、他にもあの独特の”BOO”音が聞こえる。
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集合9時の1時間前にホールへ行った。もちろん、練習できないかどうか交渉するためだ。俺らのほかに、アジア人らしい数組が一緒だった。時間外の交渉で粘ったけれど、警備員に頼んだところで、どうしようもなく、結局、又、外で俺はマウスピースでブーブーやっただけだった。
ほんとに、BOO~っだ!
9時になって、やっと事務局関係者らしい人が3人。あと審査員らしい年配の人が5人、ホールにやってきた。事務局の一人は審査員を別部屋へ案内。俺らコンテスタントは点呼がとられた。やれやれ、やっと始まりか。集まったのは22組。あと2組くるらしい。事務局は彼らを9時半まで待った。
信じられないよ。時間までこなければ、そこでキャンセルとみなされて当然なのに。
そのあと、順番のくじ引きだ。俺は6番目。いの一番でなくて助かったけど、1番になったアジア人の青年は、さかんに英語で事務局に要求してる。それは当然だ。練習場所と時間がなかった。事務局自体が、本番前日の練習について、さして注意を払わなかったのだろう。
このコンクールは、管楽器のためのコンクールで今年で3回目なのだそうだ。昨日のイベントとやらは、地元の吹奏楽団の定期演奏会で、今まで2回は、ホールに何も行事は入っておらず、トラブルもなかったとか。事務局のそういう言い訳で、はいそうですかと、引き下がるわけにはいかない。リハーサルでホールで練習できる時間以外の練習時間を、その交渉で獲得した。
もちろん6番目の俺も練習時間が取れるのであればと、一緒に交渉した。二日目の出番のコンテスタントは、一日目が終わったあとの練習時間が約束された。
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本番が始まった。俺はさっさと着替えして、舞台袖で聞いていた。
やばい、皆、テンポが速めだ。そういう解釈ってありなのか。エドと廊下に出て、テンポの再確認をした。冷ややかな声が後ろから聞こえた。
「このコンクール、審査員が吹奏楽専門の人が多いせいか、速めのテンポが好まれる傾向にあるんだよ。コンクールの傾向と対策はしてこなかったのかい?」
ドイツ人らしいコンテスタントは、俺の後に演奏するという。
「まったく、東洋人ってコンクールマニアだよね。このコンクールは歴史もないし、小規模だから、知られてないと思ったけど、5組もいるんだからさ」
本番前と練習の事で、他のコンテスタントの事は、気にも留めなかった。コンクールに関しての情報はありがたいけど、コンクールマニアね。
「アドバイスありがとう。でも、コンクールマニアといえば、H市で行われてる国際ピアノコンクールとか、欧米勢が多数参加してるって。お互いさまだよ」
皮肉で返したけど、まずエドと話し合わないと。俺らは控室に戻って楽譜を見ながら確認した。結果、急にテンポアップするのは無理となった。少しは速めにはできるかもしれないけど、あそこまでは無理。曲の解釈とか曲想とかエドと二人で作り上げて来たものが、ぱ~になる。
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本番の演奏前、緊張はしなかった。思えば日本のコンクールは、楽譜めくり係の健人がこなくて、かなり気をもんだっけ。今回も練習時間の事でコンテスタントと事務局がもめた。
もしかして、本番前は、なにかトラブルが、俺に起きるとか,,,そういうのってあり?
少し速めに、と打ち合わせはしたけど、実際、演奏してると普段の練習と、結局、変わらなかった。気持ちリズム軽めにしたくらいかな。ドイツを追われる事になったヒンデミットの葛藤も悲しさも、わかってはいても、あまり過剰に演出しないように俺は演奏した。後から聞くとエドは、そんな俺にあわせようと必死だったそうだ。
「なんだか、いつもよりクールな演奏でさ。主役がクールなのに、俺が熱情的に弾いたらわらわれそうだしな。ちょっとアセった」
「ごめん、エド。傾向と対策だなんて、受験じゃあるまいし。なんだか前の人のを聞いてると、感情いれすぎてオーバーアクションなのが、そうなのかなって。普段通りのつもりで、そういう演奏に反発してたのかも」
1日目、俺の後の演奏者で、”これは敵わない”という音はなかった。だけど、へ?と首をかしげるようなヘボもいなかった。
歴史もないし、段取りも適当だけど、コンテスタント達は、結構なレベルなんだ。
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