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ラッパ吹きの休日  作者: 雪 よしの
ドイツへ留学する
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論争の絶えない家

「はい、そこまで。一時休戦してください」

俺の日本語に、香澄さんが”まだ終わってないのよ”とかみついてきたけど、無視。クラウス先生には、音楽室でザビーネさんと使用料とお互いの日程を、調整してもらうよう、ドイツ語で言った。ザビーネさんは、すでに音楽室に退避してもらった。俺は夕食の準備に台所へ移動。札幌のウチの台所と比べると、2倍の広さはある。


「わかったわ。あの彼女がいるから、クラウスは、息子を引き取ると強引に言い張るのね。」

香澄さんが俺の後をついてきた。本来なら彼女が食事当番だし。


「違いますよ。彼女は、バイオリン教師で、ここの音楽室を貸してるそうです。音楽室なんて、普通、そう簡単にもてるもんじゃないですからね。グランドピアノもあるしね。音楽室は、香澄さんの希望だったそうですね。今は建築時の借金を返すのに大変みたいですよ」


 今日の春市場で仕入れて来た野菜の中からイモをとりだす。とりあえず皮をむきながら説明した俺の言葉は、若干の嫌味をいれた。俺をみる彼女の目も吊り上がってるようだ。


「あなたも、あの傲慢な男の味方なのね。」


 香澄さん、あなたには俺も同情すべき点はありまずが、事実は知っておかないと。

クラウスは何も言わないけれど、金管アンサンブルフロイデのメンバーが、結婚当初のクラウスの奮闘ぶりと、経済的な苦労を話してくれた。


 香澄さんの結婚時の希望は、”新居は新築一軒家で音楽室つき。市の中心部に近いけれど静かな所。”だったそうだ。

彼女は乙女というか、どこのお嬢様なのだと、少しあきれた。

*** *** *** *** *** ** ***


 結局、二人が離婚がなかなか出来ないのは、息子のフェリックス君の養育をめぐって、もめてるからだそうだ。よくあるパターンなんだろうな。


 簡単な夕食のあとで、二人はまた論争はじめた。俺はフェリックスに片づけを少し手伝わせて、そのまま部屋で、一緒に勉強した。お互い、ドイツ語は初心者に近いよな、フェリックス。勉強といっても、簡単な絵本を読んだり読ませたり。それなりに楽しい時間だった。


 俺、本当は保育士とかに適性あるかも。


 フェリックスは俺の部屋で寝たので、俺は音楽室で一人で練習に励んだ。基礎練習のあと、マルコム・アーノルドの幻想曲。TPの独奏曲。夏にミュンヘンで開かれるコンクールの書類審査では、この曲と、ハイドンの協奏曲の演奏DVDで、審査される。


 練習しだすと、日本語で”幻想曲”というより、ファンタジーという言葉のほうが。あってるきがしてきた。


 面倒な箇所は、ヴィヴァーチェ(すごく速く)の部分で、ppで半音階が続く所。腹筋が苦しい。音程を外さないよう緊張する。ff から いきなり pp になる処も要注意。大きい音で吹いていても、”次は最弱の音”と思うだけで 自然にその前の音がデクレッシェンドになりやすい。中間部のカンタービレのところは、まさにファンタジーで、最後は、”冒険を終えた勇者の帰還”って、妄想してみた。


 ピアノと違って、トランペットは、伴奏が必要な場合が多い。でも独奏曲は一人で音楽をひろげなきゃいけないので、難しい反面、それが楽しい。コンクールなので、あまりに自己主張の強い演奏じゃだめかもしれないし、海外だと反対かもしれない。練習後、椅子にこしかけ楽器の湿気を拭きとり、グリスを塗りながら、他の音源を探す事にした。


 部屋にもどり、PCのメールを開くと、セリナちゃんからいつものメールが来ていた。


”今は、苦手なベートーヴェンの特訓中。大学受験でもさんざん練習して仕上げたと思ったけど、今、演奏してみると穴だらけだったって気がついた。もう、練習時間が足りない。

このあいだ康子先生は課題曲の他に、フランスものを課題に追加してきた。コンクールの曲に集中したいのに。もう、やっぱ訳わからないわ”


 後、ドイツでの離婚について調べてみたそうで、わかった事だけを、教えてくれた。俺は面倒というか、深く関わり合いになりそうで、深く知らないほうがいいかと思ったんだ。それでも、ついセリナちゃんに愚痴った。ほんの少しだけど。でも彼女、わざわざ調べてくれたんだ。練習で忙しいのに。


 ドイツでは、子供の権利が優先され、どちらが悪いとかよりも、子供の養育にどちらが適しているかを見るそうだ。例えば、父親が浮気して離婚になった場合でも、財力があり、かつ養育できる環境にあれば、父親が育てる。浮気されたうえ子供をとられる母親もふんだりけったりだ。


 あと、なぜか康子先生からメールがきてた。アドレス教えたのは、健人あたりかな。くそ。


”海人、お元気でやってらっしゃる?こちらは絶好調よ。セリナは、今はコンクールの課題曲に集中してる。本選に残れるかどうかは、今のところ微妙なライン。彼女には<本選に残ったら、ヨーロッパに留学しましょう>と、激賞してるの。海人と会えるかもと思ってるからかしらね。


でも、私はセリナにはフランスの印象派以降の音楽があってる思うわけ。だから留学先はパリ。ほほほ、海人、残念だわね。セリナには秘密にすること。健人は相変わらずよ。アンサンブルに向いてるって自分では思ってるみたい。だからタコちゃんなのよ。

でも、健人からメールがいっても、その事には触れない事。自分で気づかなきゃね”



 言うなとか、秘密と念を押すくらいなら、メールするなっつうの。セリナちゃんが、近く(?)にくるかもしれないのはうれしいけど、その時、俺はドイツにいるだろうか。


 もちろん、オケのオーデション情報は、毎日チェックしてる。ドイツにはオケは多くあるけれど、管楽器のオーデションはなかなかないんだよな。



 PCをとじ、俺のベッドを見ると、フェリックスが、気持ちよさそうに寝てる。ちょっと狭いけどまあいいか。わざわざ起こすのはかわいぞうだし、今夜はこのままだ。


 次の日も、クラウスと香澄さんは朝から口論してた。先生は尊敬はするけど、”無駄吠えの多い大型犬”だ。フェリックスに口論を聴かせたくなかったので、二人で台所のテーブルで簡単にすます。


「お父さんお母さんも、もっと静かにお話しできないのかな」


 然り!その通りだよ。フェリックス。

土曜日深夜(日曜日午前1時ごろ)更新。週一のペースです

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