春市場でトラブル解決
4月に入って、練習する曲がふえた。
地元、ミュンヘンで8月に開催される国際コンクールにエントリーしてる。その1次予選が、書類選考とDVD審査だ。課題曲は、”トランペットのための幻想曲”マルコム・アーノルドの曲で独奏曲。もう一つは、日コンで演奏したヘンデルのトランペット協奏曲。
マルコム・アーノルドは、アメリカのトランペット奏者で、作曲家。トランペットだけの課題曲は、以外と素直な曲想。ところどころ、超ムズな所を正確な音程と音型にみあった音色で演奏する事が、まず第一。ヘンデルのほうはエドともめるかもしれない。これもセリナちゃんと一緒に練習した曲だし、どこまでエドが俺に妥協してくれるだ。
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ミュンヘンでは4月の中旬ころから、教会前の公園で春市場が開かれる。屋台から、野菜・果物・骨董・置物まである。なんでも市場だ。4月のある時、ポカっと時間があいて、春市場を見に行くことになった。(音楽室は、ザビーネバイオリン教室でふさがってる)。クラウス先生は、例によって香澄さんと離婚の話し合いに役所へ出かけ、俺はフェリックス君とエドガー一家と一緒に行く事になった。
エドは6歳の息子と9歳の娘をもつお父ちゃん。エドの奥さんは、バーンっとした体形で、つまり堂々とした体型だった。香澄さんは、結局、シッターを見つける事が出来ず、よくエドの奥さんに頼んでる(もちろん有償だけどね)
市場のほかには、小さな遊園地があり観覧車や、メリーゴーランドがある。エド一家とフェリックスは、そこで子供たちを遊ばせるそうだ。
「や、カイトもどうだい?観覧車はおすすめだよ。古い教会がよく見えるしね、今日は天気がいいし、桜も少し咲いてる。」
「エド、あなた、カイトに子守を手伝わせるつもりね、だめよ。フェリックスには、少しドイツ語ずけになってもらわないと、9月からの学校についていけない」
エドは、いやそのと、言い返さない。多分、日本語が出来る俺がいたほうがフェリックスも、安心だろうと思ったのだろう。ただフェリックスはエドの息子と、すっかり仲良しのようで、子供たちは楽しそうに、親はそれにひかれるように遊園地へ一行は向かった。エドの奥さんが、”本当は市場を覗いて歩きたいんだけどね”なんてブツブツいいながらだ。
4月も下旬になると、春祭りになりイベントとかもあるらしいが、今は、”なんでもありの市場”で観光客も少ない。露店で売っているものを眺めながら、セリナちゃんへのおみやげは、何がいいかなんて、考えてると楽しい。小間物屋や骨董屋で 女子が喜びそうなものを見つけては。デジカメで撮る。日本に帰った時、お土産を渡した時にセリナちゃんの喜ぶ顔を勝手に想像しては、ムフフと一人笑い。鼻の下、だいぶ伸びた変な奴にみえただろう。
プラプラ歩いてると、中年の女性の棘のある声が聞こえて来た。早口な上に南のほうの訛りが強いのか、聞き取れない。見ると、日本人っぽい女子グループが5人、市場の野菜売り場のおばさんに、ガミガミと何か言われてる。これ、仲裁に入らないとおさまらないかな。でも俺も、ちゃんとは聞き取れないんだけど。
どうしようかなと立ち止まってると、グループの中の一人が、俺の処にかけよってきた。
「すみません、日本の方ですよね。助けて下さい。なんだか友達が急に怒られて、私たち、あまり聞き取れないんで、何がなんだかさっぱりで」
弱ったな。俺もあのおばさんの、言葉は殆ど聞き取れてない。怒ってるのはわかるし、何かをしなさいと、さかんに繰り返してる。
注意しながらよく聞いてみると、◎◆を勝手◎◎消しなさい。許可◎★せん。ううん。女の子の手には、スマホがあった。多分、勝手に写真を撮ったので怒られたとかだろう。日本はそれほどでもないけど、欧米では、気を付けないといけない。でも、あれほどの権幕で怒らなくても。
「もしかして、彼女の写真を許可なく撮ったとか?」
俺は、怒られてる女子に、日本語で聞いて見た。彼女はもう半泣きだったけど、撮った写真を見せてくれた。”野菜売り場で満面の笑みで働くおカミさん”って写真だった。ま、今は怒り顔だけどね。
「あのさ、もう日本でも厳しくなってはいるけど、人の顔を勝手にとってはいけないよ。肖像権の侵害だったか、個人情報のなんたらだったかで、怒られてもしかたないよ。ほら、ちゃんと謝って、目の前で写真を消去すればいいと思うよ」
なるべくキツくならない口調で言ったつもりが、その子は泣いてしまった。あーあ。泣いてすむなら楽なんだろうけどさ。
「。。。すみません、混乱して、ドイツ語出てこない。まだ4月に語学学校に入ったばかりで。市場って、楽しそうだったし。」
「ああもうわかった。日本語で謝って、俺がドイツ語で謝るから。目の前で画像も消して」
おかみさん怒りは、半分は収まったかにみえたが、まだブツブツ言ってる。ちょっと心の狭い人に当たったか、虫の居所が悪かったかかな。
さてどうしようと、思案してる俺の後ろから、同じくらいの男子がそばによって、なにやら早口で事情を聞いている。日本人かな。すごいなペラペラだ。
「何か、彼女、言葉を間違えたのか、むこうは侮辱されたと感じたらしい。僕が代わりに”まだドイツ語を習い始めたばかりの子で、誤解ですから”と、謝っておいたよ」
すごいなこいつ、南の訛りも平気で話せちゃうしヒヤリングできるんだ。背は俺と同じくらいだけど、ヒョロっとして眼鏡をかけてる、文科系かな。俺はどのくらいいたら、あれくらい話せるのだろう。
「ありがとう、仲裁に入ったはいいけど、俺も1月に来たばかりで、早口で言われるとついていけなかったんだ。すごいね。ここには大学へ留学で?」
俺は、”コイツにドイツ語の超勉強法でもあればおしえてもらおう”って下心で話しかけたけ。
何事にも回り道はない ってわかった。。とほほ。
彼、杉本哲太君は、俺と同い年で、ミュンヘンの大学院に留学中。専攻は西洋の歴史、特に戦争用の城の研究がメインだそうだ。ドイツ語学習歴7年。高校の時は、独学で学習したのだとか。はあ、俺なんか大学でもおざなりで留学が決まってから、一夜漬けだ。
自称城マニアの杉本君は、シェアハウスに住んでるそうだ。そこで、留学についてのいろんな話しを聞いた。さっきの女子5人組は、日本人だけで固まって行動してるようだと、せっかくの留学しても、なんの勉強にもならないとかね。
杉本君と後日、遊びに行く約束をして、俺はフェリックスと家に戻った。
リビングでは、クラウス先生と香澄さんが、論争の第二ラウンド。めずらしくザビーネさんが、困ったようにオロオロしてた。
仲裁は無駄だ。この二人は修復不可能。論争の種はおそらく息子のフェリックスについての事だろう。彼は、今、日本語、英語、ドイツ語が、全部中途半端で出来る。エドの奥さんの口ぶりからすると、クラウスは、ドイツ語を主言語にしたいようだけど、香澄さんは違うようだ。
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