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ラッパ吹きの休日  作者: 雪 よしの
ドイツへ留学する
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三つ巴の音楽論争

 ここ数回、クラウス先生のレッスンを、トマジの「トランペット協奏曲」とヒンデミットの「トランペットソナタ」の二本立てで、うけてる。


”ここは、こういうダイナミクスで””テンポは、こういうふうにあげて”と。細かなアドバイスをもらう。


 俺が内容を理解しアドバイス通り演奏してる間は、問題ないし、先生の言葉がわからない時はかならず聞く。でも、俺なりの曲の解釈を主張しだすと、論破するべく先生の声は次第に大きくなり、目はギラギラ。キラキラではない。目はまるで獲物を見つけた肉食獣のようになる。


 俺は、音楽についてのこういう真剣勝負のやりとりは、慣れてる。

日コンが近づいた時は、セリナちゃんともかなりやりあった。ただ、クラウス先生の迫力は段違いなのだ。俺は迫力負けはしない。自分が納得するまで話し合う。別に自分に自信満々というわけじゃなく、異なる解釈になった時”なぜそうなったか?”が、知りたいんだ。


 でも、でもだ。もしクラウスが香澄さんと家計の事について、この調子の迫力で論争をしかけたとしたら?若い日本女子ならビビるだろう。


*** *** *** *** *** *** ***

 先生が伴奏者を連れてきてくれた。エドガー・ランドック という40代すぎの中年の男性で、前に先生がリサイタルを開いた時に、伴奏をしてくれた人だそうだ。黒髪で、残念な事にかなり後ろのほうまで、脱毛化がすすんでる。背もそれほど大きくなく、俺は会ったときすぐ何か親しみのようなものを、感じた。居酒屋で会いそうなタイプだ。


「ランドック先生、カイト・新藤です。よろしくお願いします。」

「俺の事は、エドガーかエドと呼んでくれ。君はカイトでいいかな?」


 そんな挨拶で始まり、少し世間話をした後で、報酬の交渉に入った。練習1時間10ユーロ。コンクール伴奏30ユーロ。コンクール会場までの交通費宿泊費は、もちろんこちらもち。

あと、エドガーは、他にも伴奏を頼まれる事も多く、自身も生徒をとってる。練習日は音楽室とお互いの都合のいい日を合わせるのに、苦労しそうだ。



 エドガーの伴奏で練習を始める前、クラウス先生と模範演奏をしてくれるというので、俺は楽譜をもって、ワクワクしていた。ヒンデミットは、ドイツの作曲家、それを生粋のドイツ人がどう解釈して演奏するのかと。


 トランペットと伴奏が同時に音を出す出だしの1音で、クラウスとエドガーはお互いストップをかけた。


「エド、悪いけど、もう少し最初の音は軽い音で。俺としてはテンポ、心持速めでいきたい。

その重い音では、軽快感が出しづらい」

「クラウス、こりゃ、ヒンデミットの自信のあふれ出てる行進曲だ。もっと胸をはる演奏でいいんじゃないか。ドイツ的にな」

「ヒンデミットは、この曲を作曲した時はもうドイツを亡命しスイスに滞在中の時だ。」


 ああ、はじまった。前にセリナちゃんと俺とダブルでレッスンしてもらうとき、森岡先生と伴奏の栄浦先生が、こうなったっけ。生徒に教えるのが先生といえ、一音楽家としては、自分の音楽を持っているから、当然といえば当然かもしれない。また、少しすすんだ所で、とまってる。


「ああ、そのそこは、同じフレーズをピアノが繰り返すから、ピアノはトランペットのリズムとぴったり同じでなければ...」

 俺は思わず口をはさんだ。結果、二人から10倍言いかえされた。


 二人の論争と演奏がひと段落したあとで、俺とエドの演奏が始まった。


 1楽章は、エドのいうように行進曲で、トランペットはやりやすい。トランペットがmfで演奏した旋律を、ピアノが同じ旋律でfで弾く、そうして盛り上がって行く。ピアノは和音進行が面倒そうだけど、和音のどこかの音にトランペットの音が入っている。


「あの、そこの和音、この音の流れを出してほしいのですが。」

「お、トランペットが休みの処だけど、よく気がつきました。」


 うm、先刻、ご承知の箇所をわざわざ言ってしまったようだ。はずい。「ほめられました」とわざと、クラウス先生に言って見る。


「エド、この子は君の生徒よりかは、耳と勘がいいんだ。」

「言われなくても、わかってる。聞けばわかるさ。」


 やった。褒められたんだな。少し自信がでてきたが、長続きしなかった。


「行進曲とは書いてないから。カイトの吹き方は単調だ。もっと音色に気を配って。前に同じ音型が出て来たけど、それとは色を変える。最後は、ピアノに負けないようにといっても、単にffではだめ、もっと響かせて」


 1楽章を終わって、山のようにアドバイスが続く。”音で物語を語れるように”って、前に森岡先生に言われた事がある。前のコンクールの課題曲で、テクニックに気を取られ忘れがちになっていた時だ。今はテクニックというより、一つ一つの音をきにするあまり、フレーズのとあmりが出来てなかった。


 2楽章は、うってかわって静の曲。同じリズムの形が、トランペットとピアノで音をかえ、繰り返し出て来る。ここは気を付けて演奏しないと。八分音符+八分休符のリズムが簡単だけど面倒なところがある。音にすると、パッパッパッパ なんだけど、同じ音でピアノとぴったり合わせないといけない。短い音でpで。これがばっちりタイミングが、あうっていうのが、難しい。


「まあ、カイト。あそこの部分は気にするな。何度か練習するうちに、お互い気持ちがわかりあって、ノリでいけるようになるさ。」


 練習が終わり、エドが、ピアノを拭きながら、反省中の俺の背中(きっと暗いオーラが出てただろう)に、声をかけてきた。


 俺はどこかでエドガーを、伴奏者として軽くみてたのかもしれない。セリナちゃんの時は、大分彼女の意見を聴きながらの箇所もあったのに。


*** ***  *** *** ***


 練習後、リビングでビールで酒盛りになった。香澄さんは、あからさまにイヤな顔をして、2階に引っ込んでいった。フェリックスは、なぜか、すぐエドに懐いた。


「人見知りするほうなんだけど、珍しい。」

「俺も子持ちだから。子供の相手は慣れてる。生徒も10人のうち3人は子供さ。クラウスは、構えすぎなんだよ。顔がこわばってる。子供の目線まで腰を落とせよ。俺の子育て指南。10分間ビール1杯ね」


 エドはとても気さくな人で、クラウスもつられて大笑いしてる。香澄さんがきてからは。先生も緊張する事が多く、エドとの会話で先生は家でひさしぶりにリラックスしてるようだ。フェリックス君もなんだかよくわからないのだろうけど、つられて笑ってる。


 彼は大人の面倒な事はわからなくても、緊張した雰囲気は感じ取って今まで緊張してたんだ。


 

更新、遅くなってすみません。なるべく土曜日深夜(日曜日午前1時台)の当区で、頑張ります。

風一ペースです

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