サプライズな出迎え
演奏旅行,最後の演奏会場の教会についた。さすがの俺もバテ気味。マイクロバスの乗っての長時間の移動が疲れの一番の原因かもしれない。俺はアウトバーン無理、地理は不案内ということで、これまではもっぱら乗るだけ。フロイデのメンバーが交代で運転してる。
今日の演奏が終わったら、フランクフルトのユースホステル、ハウス・ユーゲントに一泊。次の日、ミュンヘンへ直帰。車ですくなくても半日はかかる。札幌から旭川へ車で行くくらいかな。
演奏会、最後の教会は、本当に小さな村での演奏会。今回は、教会側は、入場料は”自分の気持ち次第で”という設定。つまり基本8ユーロのところ、0ユーロでもOKという事だ。聴衆も少なかったけれど、集落自体の人口も少ないそうだ。高齢化が進んでいるのは、北海道の田舎と同じだ。
20人ほど集まっただろうか。年配の人が多く、演奏曲数を2曲ほど減らすことになった。
長時間(といっても1時間半弱)では、きついだろうという配慮からだ。
演奏が始まる前、俺の処に小柄なおじいさんが近寄って、
「○○ ▽★★ ◎◎」と早口で俺に言い捨てた。全然、聞き取れなかったけど、あまり好意があるような口調ではなかった。ホルンのフランクが
「あのおじいさん”慈善演奏会だなんて、自己満足にすぎない”だってさ」フランクは。お手上げ状態のポーズで苦笑いしてる。こういう事、言われた事あるのかもしれない。
この点については、俺は大学時代に何度か試行錯誤し学んだ。3つの条件をクリアする事
”自分たちの趣味だけで曲を選ばず、対象になる人に親しみのある曲を選ぶ”
”みんながなんらかの形で参加できる曲もいれる”
”なにより大事なのは、施設のほうからの強い要望”
この教会での演奏は、それを考えて曲も変えてるので問題はないはずだ。でもどこにでも、こういう軽口をたたくおじいさん(大抵は爺なんだよな)は、いるもんだ。
「慈善演奏ですから、無料で聞いてくださっていいんですよ」
「体調が悪くなったら、退席してもいいですから」
神父さんと教会担当者のとりなしに、”誰が無料で聴くか”と、3ユーロを入場料入れ箱にいれ、席についた。ふふふ、俺はわかるぞ、爺さん。何かごねて、誰かに構ってほしかったんだろう。教会担当者は、”すみませんね。悪い人じゃないだけどヘソ曲がりで”頭を下げた。
演奏が終わると、聴きに来た人達にとても感謝された。”ひさしぶりにのんびりした気分になった”と。曲目をかえ、どちらかというと穏やかな曲をいれたおかげだろう。中には、目をウルウルさせながら、しっかり握手してくれた高齢のおばあさんもいた。いや、おれ、演奏者じゃあないんだけどね。ちょっと心苦しかった。
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フランクフルトは小雨だった。
ユースホステルでは5人で一部屋。夕食はホールで。この時期、あまりお客さんはいないようだったけど、ライン川観光などの季節には満員になるそうだ。
夕食を食べながら、ひとしきり今度の演奏旅行の話題で盛り上がった。俺は演奏は出来なかったけれど、そのかわりCD]販売や教会との交渉、準備などで地元の人とドイツ語で話し事が多かった。必要に駆られての会話なので、真剣さが違うのか、一人でボヤっと勉強するよりは、効率がよかったきがする。
”雰囲気が云々”と構えていたけれど、結局は最後は同じ。人とのふれあいが大事だと感じた。
「カイト、トランペットのコンクールのほうだけど、春はほとんどないな。夏か秋だ。それでも事前DVD審査があるから、練習しておこう。それには伴奏者を決めないといけないけど、私にまかせてくれるかな?」
先生がパンをほうばりながら、俺にとっては結構重要な事をさらっと言って来た。
そうだよな。俺は小百合ちゃんに頼む訳にもいかない。彼女はフランスで猛勉強中だ。
「お任せします。伴奏者と上手くやるのは大事なので、早めに決めてくれればうれしいです」
「はは、カイトは誰とでも上手くやっていけそうだな。それにしても日本が商売の上手いのがよくわかったよ。自作CDのほうは、全部、売れたんだろう?」
そうなのだ。あのヘソ曲がりの爺さん、自作CD全種類1枚ずつ買っていってくれた。結局は音楽が好きな人だったんだな。
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次の日も雨。フランクフルトの町をブラブラ歩いてみたかったけど、チューバのユンディが、”雨の日は アウトバーンでも速度は出せないからね”ときたので、早めに出立。
交代で運転しつつ、俺も1時間だけ運転。アウトバーンを走る他の車は、ユンディのような気持はなかったらしい。とばす車が多く、冷や汗かきまくりだった。結局、俺は、緊張しっぱなしで運転した。
ミュンヘンに帰りついたのは、午後3時。俺と先生は家の近くのスーパーでおろしてもらう。
演奏旅行(自前)の後で、金欠だけど今日明日の食事の材料を仕入れた。帰りついたとこ、ドアの鍵が開いた。俺は”泥棒か”と入るのを躊躇したけど、先生は血相を変えて、中に入った。
居間には、日本女性(たぶん、先生の奥さんだった香澄さんだろう)と6歳ぐらいの、気弱な感じの男の子がゾファに座っていた。先生は、その前で仁王立ちしてる。握った拳がブルブル震えてるのがわかる。
やばい!先生、キレるかも。ここで暴力をふるおうとしたら、俺がとめにはいることになる。
先生は、見たこともないようなギラギラした目で、彼女を見てるし。
香澄さんのほうは、もう能天気というか、先生の事を気にも留めてないようだ。
「あら、クラウス。遅かったじゃない。訴え、取り下げてくれた?」
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