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ラッパ吹きの休日  作者: 雪 よしの
ドイツへ留学する
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楽器は何歳からはじめたらいいだろう。

俺は、汚部屋の出来る仕組みがわかった。


 シェーンバッハ先生は、とにかく片づけないのだ。本を読み終わっても棚に戻さない。レシートのような紙クズを、ゴミ箱に捨てずテーブルに置いたままにする。服は脱ぎっぱなし。今回の飲み会の最中も(一応、俺の歓迎会)整理整頓してはずの部屋がカオス化していった。俺はドイツ人って、”几帳面で部屋を片付け、綺麗にする事を趣味とするような人” と思い込んでた。



 次の日、朝食もそこそこに、バイエルンフィルの本拠地、ヘラクレスザールへ行く事に。


 車にのりこみながら”カイトは、国際免許をもっているか?”と聞かれたので俺は正直に”日本での車の免許はもってますが、領事館で国際免許をとる手続きをしてません。それに、俺には車の運転は無理です。ぺーパードライバーなので” と答えたが、先生には、その言葉の意味がわからなかったようで、車の中で、なんとか説明したが、わかってもらえたかどうか。


 ヘラクレスザールは、ミュンヘンの中央、レジデンツと呼ばれる、バイエルン王朝の宮殿の一角にあった。さすがに宮殿だけあって、古い石の建造物に、圧倒された。俺は北海道育ちで、東京には約5年いた事になるけど、古い神社や寺や日本的な街並みに、少しだけ違和感を感じてた。かといって、”いかにもヨーロッパの宮殿”が、実際にオケの本拠地として使われてるのは、もっと不思議な気分だ。世界に名だたるオケの本拠地は、近代的なホールを予想していたから。


 最初に事務局の人に軽く挨拶をした。事務では何かあったようで、みな忙しく働いてた。なかの若い女性が、俺にネームをくれた。写真と名前入りに、先生に聞くと、”まあ入館証”みたいなもんだ”との答え。本当は違ってたのを、後になって思い知る事になるのだけど。


 ホールも見せてもらった。”狭い!”という第一印象だったけど、1300席あるというから、うちの大学の大ホールより、席数が少し少ないくらいなのだけど。2階席が充実していた。2階席からみる、ステージはやっぱり狭い気がした。



 次の公演は、”フォルスタッフ”とうヴェルディのオペラ。ヘラクレルザールではなく、ガスタイクという、このホールより大きなホールで行うそうだ。その次は、海外公演、ウィーンとパリ。


 そのオペラのプログラムに、印刷ミスがあったそうな。まさに今頃?って感じで気がつき、そして事務局とボランティアが総動員で、訂正のテープを貼ってるのだとか。出演者の名前の綴りをミスったのだから、これは修正しないと。結局、俺は先生にいわれ、その作業を手伝う事に。


 なんかなつかしいな。大学オケで、出演者の名前を間違え印刷にだして、戻ってきて、さあ大変。修正のシールを取り急ぎ印刷して、プログラム1000部に訂正のシール貼りしたっけ。まさかここで、こんな事をするとは思わなかったけど。


 俺は、結局、午前中は、そういう仕事や、楽器収納庫の掃除をやった。いやべつに文句はないけれど、他の事務員さんの目が痛いようなきがする。彼らの仕事をとってしまったかも。


 昼食は、ポッチで。日本と違って自動販売機もないので、家の冷蔵庫にあった買い置きのエビアン(水)での食事。フランスパンを切って、ハムとレタスをいれただけの手抜きサンド。

ちょど作ってる時、先生が羨ましそうに見てるので、先生の分も作った。だけど、外のカフェテリアで食べた方が、よっぽどおいしく栄養のあるものを、食べる事が出来るんだけどな。


 昼食もおわり、さて俺はどうしたらいいのかわからなくなり、とりあえず、先生を探した。

先生らオケ団員は、公演の行われるガスタイクのほうにいた。これからオペラのあわせ練習だそうだ。桜が丘音大には声楽家も当然あったので、大学オケでオペラの演奏をしたことがある。有名な「魔笛」。


 オペラでは、オケの入るオケピットという場所が、ステージの下にあり、本番の時は暗いはずだ。(譜面たてに、小さなライトをつける)


俺が経験した限りでは、 練習は、歌・セリフや動作・オケがキチっとタイミングを合わせる事中心。大学時代に「魔笛」をやった時には、指揮者は大変そうだった。ソリストが歌いだすと、それにあわせるように、それでいて歌い手も誘導するように指揮していた。その時の歌手の一人はルバートかけすぎだった。


 このバイエルンオケは、さすがにすごい。歌手も”日本人には絶対無理”っていうような声量を出してる。それでも、指揮者やオペラの総監督から、指示が飛んでる。ドイツ語なので半分以上聞き取れないのが、残念。ヴェルディは金管の響きが印象的で、俺は好きだけど、日本でオペラを見に行く事はなかった。入場料がめちゃ高かったから。


 考えてみると、歌、オケ、舞台装置、衣装、照明、あとそれぞれに責任者と指揮者。これだけの人数と手間暇かけるのだから、高いのも当たり前なのだろう。


 練習を聞いていて、俺もトランペットが吹きたくなった。もう3日以上は吹いてない。禁断症状かな。家に帰ったら、即、自主練習.


*** *** *** *** *** *** *** ***


 そう思い通りにはいかなかった。先生と帰る途中、スーパーで山のように買い物をした。なにせ日曜日は開いてる店がほとんどないので(法律で休日と決まってるらしい)、1週間分の買い物だから、相当な荷物になった。荷物を片づけてるうち、夕食の時間になった。


 俺は繰り返し、先生に”俺は料理は出来ません”と宣言してるのに、聞く耳をもたないというか、最初に野菜をゆでたのが、誤解のもとだったのかな。先生はニコニコして食事を待ってるが、俺がくるまでは、どうやって食事をしてたんだ?殆ど外食だったのかな。


 結局、俺は塩コショウで味付けした野菜炒め(ベーコンいり)と、コンソメを溶かしただけのスープ、ゆでたソーセージ、(パサパサの)パンを夕食として出した。俺としては、味噌汁とごはん にしたいとこだけど、日本食は値段が高い。


 簡単な夕食を食べながら、今日のオペラの練習風景を思い返してみた。トランペットの美しいファンファーレだった。


 練習がしたいので、音楽室を使おうとしたら、レッスンが夜の7時から入ってるとの事。子供相手に夜の7時は、子供がつらいだろう。今日が初めてのようで、子供よりついてきた父親のほうが、積極的だ。


 先生は、子供(8歳の男の子、ヨハン君)の口をあけさせて、よく見てる。歯並びを確かめてるのかな?トランペットもそうだけど、金管楽器は、前歯が永久歯で整ってることと、肺活量がある一定のレベルでないと、始める事が出来ない。ぞういえば、辻岡も前歯を折って差し歯にした途端、調子を崩したものな。


 ヨハン君は、先生のみたてでは、あともう少し待ったほうがいい、と父親に話してるようだ。

父親のほうが、それが不服らしく、何とかとか、少しでも とか言ってる。ヨハン君自身は、もう気がそれてしまってる。


 先生業も大変なんだな。日本のオケは、平均して給料が安い。そこを補うように、バイトや楽器の講師になって、稼いでるのだそうだ。世界になだたるオケの団員でもそうなんだ。


 ”ヨハン君もそれほど強くやりたいと思ってるわけじゃないようだから”というような意味の先生の言葉に、父親がキレて、何か”そこをやる気をださせるのが先生の役目でしょう”とか、ちょっと二人の間に、トゲトゲした雰囲気がただよってる。音楽室のすみでイスに座って、本格的な議論になってる。


 正直、この教育パパは、子供の適性とか好みとか考えてない気がするが。まあいい。俺は単なる弟子。ただ、ヨハン君が退屈してたので、一緒にピアノで遊んでやった。


 ちょうど、おもちゃのラッパがあったので、俺がバイエルの簡単な曲を弾き、ヨハン君に合図を出して、ラッパを吹いてもらった。ちょうど、1拍目に音を鳴らすように。


 そのあと、俺が右手部分、ヨハン君が左手部分(といっても、Gの音を、指一本で鳴らすだけ)

楽しかった。久しぶりの合奏。ははは。セリナちゃんとカンカンガクガクいいながら曲を作るのも楽しかっけど、子供と一緒のもいい。


 ピアノを一本指でたたく様子を見て父親は、”もしかしてこの子は、ピアノのほうに向いてるかも”と、親ばかぶり満載の発言をした。もしそうなら、8歳から始めるのは遅いほうかもしれない。ヨハン君と父親は、音楽室をそそくさと出て行った。ヨハン君、手をふってくれたので俺も手を振った。君をドイツでの友達第一号に認定しよう。



土曜日深夜(日曜日午前1時ごろ)更新します。週一のペースです。

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