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ラッパ吹きの休日  作者: 雪 よしの
音大生 院生時代
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クリスマス・ミニコンサート

未練は少し残ったが、今回の事は忘れる。実際、忙しいのだ。まず、借りてる部屋をどうするか?留学するなら、当然、賃貸契約は解除するのだけど、学校に行くわけじゃない。シェーンバッハ先生の弟子だ。最低でも来年、11月のパリでのモーリス・アンデレのコンクールまでは、向こうにいたい。(その前に書類審査で落とされたらおわりだな)



 森岡先生の話しによると、シェーンバッハ氏は、バイエルン放送交響楽団の首席トランペット奏者で、ソロやアンサンブルでも活躍してる方とか。バイエルン放送交響楽団は、ミュンヘンに拠点をおく、ヨーロッパでもハイレベルなオーケストラだ。その首席奏者と、シェアハウスという事で同居する事になってる。いわゆる内弟子だ。本当に教えてくれるかどうかは未知数か。


 *** *** *** *** *** *** *** ***


 今日は、セリナちゃんとデート(自分でそう思ってるだけかもしれないけど)。学内のカフェ(学食)で待ち合わせ。セリナちゃんとはしばらく会えなくなるから、思い出に残るようなクリスマスにしたいっていうか、まずは告白だろ!しっかりしろ、俺!


 自分の中の妄想が爆走してしまい、俺は自分の頭を叩いて現実を直視する。


「お待たせ~。海人、何か飲む?おごるわ」

待ち人きたり。セリナちゃんは明るい声で向かいの席に座る。そういえば、最初にセリナちゃんに会った時は、飾り気がなくボーイッシュな雰囲気だったけれど、今のように、”明るく快活”の印象は、あまり残ってないな。5月の時は、まだトラウマが少し残ってたって、今なら俺もわかる。


「いや、ドイツ語の先生様、俺が奢らせていただきます。」

「いいの。今日は私に奢らせて。実は海人に頼み事があるのよ。聞いてくれる?」


 彼女の頼みとは、”児童養護施設でのクリスマス会にミニコンサートを開く” というものだった。当然、24日の夜に。当然、これで二人のクリスマスはないな...


「で、ミニコンサートでどのくらい時間とるの?ってか、俺とセリナちゃんの他、どんな楽器が出る?今から曲決めや、場合によっては編曲もあるだろうからさ」


 児童養護施設は、両親がなんらかの理由で子どもを養育できなかった場合に、子供を保護・養育する施設だ。大学生オケの時に、小編成でコンサートを開いた事がある。施設は、キリスト教系の児童養護施設だったかな。パーティでなく、むしろ、音楽教室のような形式だった。大学オケで毎年行ってるボランティア活動なのだけど。


 今になって思うが、演奏を聴いてもらってる。施設の子供が俺らにボランティアしてくれてる、って面もあるかもしれない。今から思えば自己満足だったようなきがする。


「そこなのよ、海人。海人の人脈でなんとか組めない?オケとかじゃなくて、いろんな楽器を聞かせられるように、木管とか弦楽器とか。ピアノ伴奏するから。私と健人で」


 その”私と健人”に、むむっときたけど、伴奏を二人用意するなら、ソロ演奏を各楽器、1曲ぐらいやって、後は、アンサンブルってとこかな。曲はアニメから童謡、Jpop。ただ、クラッシックの有名な曲を入れるのもいい。


「で時間は、どのくらいとれる?」

「向こうの意向では、クリスマスで愉しみながらだから、全体で3時間のパーティ。うちらは、そうね。あわせて1時間ってとこかな。準備とか入れて」


 ううむ、大雑把だよセリナちゃん。でもなんとかしよう。まず、賛同してくれるメンバーをあつめなきゃな。それにしても、セリナちゃんとは こういう”打ち合わせ”が多いよな。彼女が大学を休んだ理由を聞いた時くらいか。プライベートをじっくり話したのは。何かゴールは見えてるのだけど、厚いガラスの壁にさえぎられてるような気分だ。


*** *** *** *** *** *** *** ***


 俺とセリナちゃんの計画は、途中で大幅に変わった。健人はまったく違う案を出してきたから。そして、そのほうが子供が楽しめると、セリナちゃんも俺も思った。健人の案は、音楽付き子供用劇。オオカミとヤギの友情を描いた童話「あらしの夜に」を、音楽付きでやる事だった。


 劇のほうは、健人の友達のいる演劇部が協力してくれた。なるべくお金をかけないで舞台装置もあるもので(といっても、物語は小屋の中で進んでいくのでそう必要ないらしいが)

主役のオオカミのテーマ音楽には、コントラバス。ヤギはクラリネット。俺は、嵐の効果音とかなんだかBGM担当だ。弦楽4重奏で間をとる。


 *** *** *** *** *** *** ***

 施設は「春野養護施設」、子供たちは全員で15人に正職員は4人と少なかった。後はパートの人が賄いをしているそうだ。


 施設は古く、玄関をあがると、ちょっとしたホールがあって、そこが会場になった。学校の教室、一つ分の広さで、隅にはツリーが飾ってあった。ちょっと古いような。


「あのツリーは寄付していただいたもので、毎年、飾れますが、年々、飾りつけのものが減ってきてましてな。そこに学生さんが、即席で飾りを作ってくれて、今年はにぎやかになりそう。子供たちも、ワクワクしてるようです」

初老の施設園長が、説明してくれた。


 ”児童”と名のつく施設だけど、高校生が3人いた。彼らは、小学生の面倒をよく見ていてたが、どちらかというと、クリスマスパーティには一歩引いていた。


 パーティといっても、ごく質素なもので、ボランティアが、自分の昼食をかなり多めに買ってきたものと、賄いで特別に作ってもらったものと。俺はケンタのチキンをバケツ買い。健人は、マックのハンバーガーを持ち帰りで10個ほど。セリナちゃんはサンドイッチ多めに買って来た。


 俺らが見慣れてる食べ物も、子供たちには新鮮だったらしく、大好評だった。この施設の賄いは、運営が苦しいなりに、パートの人が頑張ってるのか、栄養的に十分だそうだ。ただ、こういう、いわゆるジャンクフードはあまり食べた事がないとか。


 劇はまあうけた(子供には)。予想は出来たけど、中高生の男子3人が途中で退席した。(女子は面倒見がいいらしく、小学生の世話にのこったが)


 施設の担当者が、あわてて3人を追って行った。部屋に戻る処を、事務室に連れて来た。

俺も野次馬根性なのか、気になって見ていた。事務室で3人が、説教されてるのがわかる。

”団体生活だから...皆で一緒に行動...ととぎれとぎれに聞こえた。結局、3人はふてくされた顔でホールに戻って来た。


 俺は3人男子に近づいて、言ってみた。


「子供用の話しだから、中高生がおもしろくないのは当たり前だからさ。多数の小学生が楽しめるものを選んだんだ」


 俺の言葉に、中の一人がジロっと睨んできた。他の二人は聞こえないふり。俺が中高生でもこういう態度だったかもしれない。

 

 クリスマスだからといって騒ぐのは子供っぽくてイヤだと思った。俺が中学生の時だ。妹はまだ小学生で、そのくらいまでは家族でクリスマスで楽しく、というのが、ウチの普通だった。ただそのくらいの時から、はしゃぐのは母親だけで、残り3人はシラっとしてたっけ。思えば、母さんに悪い事した気がするけど。


 じゃあ、子供の時のクリスマスや誕生日は、やはり楽しかった思い出が残ってる。今日の施設でのパーティは、子供たちに”楽しい思い出”として残ってくれればいい。


 パーティは盛況のうちに終わった。子供たちは楽しんだのは間違いない。はしゃぎすぎたのか途中で眠くなる幼い子もいて、中高生が面倒をみてる。そうかわかった。俺は男子中高生がホールから抜け出した時、”まあ、おもしろくないだろうからな”と理解したけど、そうじゃないんだ。ここは15人と職員4人、パートの賄いの人もいれて、全員が家族という考えをしてるんだ。他の施設はどうかしらない。ただ、ここの施設長は、父親代わりになっているのだろう。


 俺はドイツ行のせっぱつまった状態なのに、いろいろ考えてみた。セリナちゃんにその事を話してみたけど、彼女も難しい顔をして、


”結局、私たちが入る事は出来ない部分は、しょうがない。こういう施設でボラコンをするときは、殆ど音楽教室の雰囲気になりがちだしね”


 

 帰路、駅に歩いて帰る道すがら、やっとセリナちゃんと二人になれたのに、暗い話題を出して、俺ってどうもKY?っぽい。告白するのは今日はあきらめようか。いや、年があけると俺は相当忙しいだろう。そもそも、これからドイツに行きしばらく帰ってこない俺が、告白する権利あるのか?フォローもなかなか出来ないかもしれない。セリナちゃんをしばるだけかも。


 いや、せめて心の片隅にでも、俺がセリナちゃんの事を好きなの事を、留め置いてほしい。

俺は、グチャグチャと考えてる時、セリナちゃんは、唐突に話題転換した。


「小百合ちゃんは、ショパンコンクールで2次予選通過したけど3次予選は落ちたのよ。悔しがってたけど、今度はチャイコフスキー・コンクールに挑戦するって。今は、パリのコンセルヴァトワールで研鑽をつんでる最中だそうよ。海人、向こうでも頑張ってね。」


 セリナちゃんに励まされ、俺はハっとした。俺はまだ、エキストラという日雇いのバイトをいくつかこなしただけだ。そう、まだまだ勉強がたりない。練習も。



更新は土曜深夜(日曜午前1時代)です。週一の亀更新ですみません。

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