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ラッパ吹きの休日  作者: 雪 よしの
音大生 院生時代
52/147

波乱のリハーサル、

合奏は1時半から。俺は早めにステージに行くと、まだ何も準備されてなかった。管楽器奏者は、一段高い処で演奏するのだけど、その上がる台も組んでなかった。これって、今日は練習だからいらないって事かな?まさかな。ホール練習では各楽器の響きを確かめるのに、管楽器は2段か3段の 台の上にのり、ちょうど奏者は階段状に並ぶことになってる。トランペットはおそらく一番後ろだろうけど、細かくは指揮者次第だ。


 基礎トレでもやっておくか。さっきもやったけど。ちょっと手持ちぶたさにしてると、”君、暇なら手伝ってくれないかい”という声とともに、管楽器の乗る台の組み立てが始まった。


「いいっすよ」と答え、それからイス・譜面台を運び、ついでに打楽器の運搬を手伝わされた。イヤ別に体力には自信があるからいいけど、これって、事務局かホール担当係の仕事じゃなかったっけ?大学内の管弦楽団ではよくこういう作業をしてた。でも、都京はプロだぞ?


 ステージの上手では、いわゆる”ステージマネージャー”とおぼしき二人が、プリントを片手に、話しあってる。面倒なのは、1部のバイオリン協奏曲の後の休憩の間に、イスを移動しピアノをどかす事だろうな。「春の祭典」の弦楽器の椅子の位置も決めないといけない。

二人は、とりあえず、1部の配置をテープで目印をつけてから2部の配置を決めているようだ。


 そのうち、パラパラと団員が入ってきた。


「あれ?もう位置決めするの?それに菅ちゃんと愛ちゃんがいないけど」

と、ステージマネージャーに年配のチェロ奏者が声をかけた。他の団員もそこが気になるみたいだ。それには、席についたコンマスが答えた。


「菅ちゃん、愛ちゃんはコレになりました。」

と、ため息つきながら、クビになったジェスチャー、手で首を切る動作だ。


 一瞬の沈黙のあと、団員たちがざわめいた。”なぜ定期の直前にそういう事するかな””いやそういう問題じゃなくて、このままだと、事務のほうがつぶれる””次は団員のほうってわけね”

つまり、事務局員二人は、リストラされたんだ。


「おい、受付とか、愛ちゃんがいなくて回るのか?」

「前日と当日は、バイトで来てくれるそうですが、彼女も生活あるんで、いつまでも頼れません。その時は局長に責任を持って、受付を回してもらいます」

とは、オーボエのトップかな。


 演奏会は、受付業務の前が大変だ。アンケート用紙や宣伝チラシをプログラムに入れる作業の統括。演奏会前にくる業者への対応、体の不自由な人への心配り、あげるときりがない。休憩時間中は、CDなどの販売もある。



 話しを聞くかぎりだと、愛ちゃんは、結構、キーウーマンのようだ。そういう人をクビにするってのは、局長は現場を見ないでリストラしてるのか。おっと、局長だけが悪者じゃないな。オケの運営委員会の中でリストラが決定し、局長がその実務に当たってるのだろう。


*** *** *** *** *** *** *** 


 午後の合奏は人数があきらかに足りなかった。水曜日の合奏もそうだった。弦楽部の事はわからないけど、空席がチラホラある。それに管楽器も全員揃ってるわけじゃない。まあ、確かにプロだし前日のリハと当日のゲネプロで、間に合うのだろう。


 水曜日の合奏も終わり、楽器を簡単に手入れしてるトップの鏑木さんに、率直に聞いてみた。


「他の曲の時はともかく、「春の祭典」 管楽器は今日も人数たりてないきがするのですが...」


 鏑木さんは、手をとめ俺のほうを振り返ってしみじみと

「これが、今の都京の現実。月曜日・水曜日の練習は、エキストラの人にはお金が出ないんだ。だから来ないのかもしれない。演奏中に”事故”らないよう、余分な練習日をとったのだけどね。都合がつかない人もいてね。しょうがない。本業のほうが重要だしさ」


 ちょっと待った。月曜日と水曜日の分のお金が出ない?まじ?前日と当日の練習以外は、無給って、俺、知らなかった。練習日程。そのほかは、エキストラのバイトを紹介してくれた楽器商の先輩から聞いてただけだった。もしかして俺が聞き逃したとか?


「あの、金・土曜日の分しか、バイト代が出ないって?」

「あれ?奴から聞いてなかったっけ」


 いい、俺が聞き逃したって事にしよう。それに勉強にもなったし。時間がなくてセリナちゃんから出されたドイツ語の課題が出来なかっただけだ。(今日は徹夜でやろう)

*** *** *** *** *** ***


 金曜日のリハーサルは荒れた。指揮者・セルゲイ氏のダメダシが半端なかった。最初はチャイコフスキーのバイオリン協奏曲から練習がはじまった。俺は出番がないので、聴衆席にいたが、指揮者のロシア語なまりの英語は、聞き取りづらい。


「そこは、たったらたったたー、▽★◎ タッタラタッタッター。●★▽= グワン ◆*◎@

グウワン****」


 指揮者の指示がわからない、訛ってるのにやたら早口で巻き舌の英語。オケのメンバーは慣れたものなのか、指示後には、少し違う演奏方法になってる。リズムはくっきり、短く切る。それと少し誇張気味に。とか言ってるのだろう。


 口頭での注意だけでなく、実際に指示通りに出来るか演奏させる。弦楽パートはいいが、管楽器は、ソロのようなもんだ。指示通りに演奏できる腕はあるだろうけど、その指示がちゃんと理解できてるかどうかが問題。

 

 この指揮者は粘り強い。というかシツコイ。何度も思い通りになるまでくりかえし、心なしか、全体がばらついてるような。それでも協奏曲は、ソロバイオリニストが最優先なので、まだよかった。指揮者のねばりは、火の鳥でもいかんなく発揮。さすがの指揮者もバテたらしく、休憩になった。


 リハを聞いてるのは、俺だけじゃなく他のエキストラもいた。休憩時間には知り合いらしい二人がコソコソと顔を寄せて話してる。


「月曜と水曜の練習に出た?お金でないっていうふざけた話しの」

「私さ、勤めてる楽器店が月曜日は定休日で、なんとか出席できたけど、水曜日は無理だった。今日と明日は、休みとった」

「私は、どっちも無理だった。っていうか、録音の仕事でさ。断ると、次に呼ばれないんじゃないかと、不安だったし」


 二人の女子は,一人は音楽店でバイト、一人はフリーランスという無職いに近い状態かな。常に呼ばれる”常トラ”に慣れたらもうけものだけど、俺では望みはかぎりなく薄い。ホルンや弦楽器、中でもヴィオラなんかは人手不足と聞いたけど、どのパートもあまり変わりはないらしい。


 「春の祭典」のリハーサルが始まった。


 ストラヴィンスキーのバレエ音楽。バレエの内容は、<春を迎え村落では、祭りが行われる。その祭りには儀式があり、いけにえがささげられる。それは踊りの名人の女の子が、死ぬまで踊らされる事で>確か、そんな内容だ。昔の春を迎える儀式の一つらしいのだけど、”死ぬまで踊る”って可能?


 俺には、どうも下衆な想像しか出来ないのだけどな。文字通りの”いけにえ”、もしくは...


「春祭」のリハでは、指揮者もさすがに疲れたのか、少しアッサリ気味だ。でも、指揮がどうもわかりづらい。そのリズムのとこで、そう大まかに振る? え?ここで出だしの合図なし?

”たたたたたた じゃなくて タタタタタタ”って指示だけど、同じにしかきこえね~。


 あったかあわないか、よくわからないうちに終わった。いや、微妙にあってなかったような。

この曲は、GPが何度もあり、つまり全員、演奏しない音のない休符が多い、加えて鋭いフレーズを演奏する箇所が何度もある、そのタイミングがばらついてた気がする。


”わっかんねーよ。あの指揮。うっかり先走りそうだ”

”だいぶ太目だから、キレが感じられないのよね”

”言ってる事わかんないし。曲をどういうふうにしたいのか指揮者の意図がいまいち”

”ちょっとトップとトップ横の人集めて、打ち合わせね。場所はいつもの居酒屋”


 音源でかなり聞きこんできたけど、やはり指揮者によってかなり違う。この曲。

さあ、明日は、ゲネプロ・本番だ。。。限りなく不安だけど。


土曜日深夜(日曜日午前1時ごろ)更新します。更新は週一のペーズです。

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