セリナちゃんの告白 1
朝のメール確認。3通来てた。一つは、セリナちゃん、一つは智春先輩、もう一つは先崎さんから。
先崎さんは、俺と同じく日コンで3位になり、すでにプロ活動中の人だ。先輩に体験談を聞きたかったので、お願いしていた。
さて、まず、智春先輩のメールを開けた。内容は”3位おめでとう”というお祝いの言葉と、塚田君の事が書いてあった。
先輩のメールによると、塚田君は音大受験を諦め、その代わり自分の楽器を手にいれたそうだ。将来はアマチュアの吹奏楽団に入りたいとか。思うに彼には、そういう選択が無難だな。音大卒=プロを意味しないなら、いっそアマチュアで楽しんだほうが、スッキリしていい。
俺は、中学生の当時はそう思わなかったんだよな。ひたすら音大そしてプロと、それ以外、考えられなかった。両親の理解があってこそここまでこれたのだと、つくづく思う。
先崎さんとは、明日の夜に会う事に決まった。
お楽しみ、セリナちゃんのメール。”留学する前に会いたい”との事。もちろん、即、OKと返信。今日の夕方、駅の側のファミレスで待ち合わせ。
愉しみだ。ここで、勢いにのって告白しようと決意しかけ、留学する=セリナちゃんと離れ離れになる=彼女の力になってやれない ってことなので、又 グズグズ迷いだした。
ううむ、遠距離恋愛になるかもしれない。でも、それで彼女にとって、いい事なのかな。康子先生から”返してほしい”と言われたのは、こういう意味も含んでたのか?いや、あの先生に限って、遠回しで優しい言い方はしないな。先生なら
”新藤君、セリナは、日コンまで恋愛禁止。もうそばによるな”とくるだろう。
ところで、セリナちゃんは、なぜ留学の話しを知ってるのだろう。俺も昨日聞いたばかりで、詳細がわからない。来年、先生の兄弟子頼って、ドイツに行く って事だけだ。
そうか、康子先生か。あの先生の事だ。
”新藤君は、うちのセリナの伴奏のおかげで本選に出場出来たのよ。今度留学するみたいだけど”
なんて、得意げにいいふらしてるかも。まあ、それでも俺は、セリナちゃんに会って告白するかどうか、迷いながら時間まで過ごした。時の進むのが遅く感じる。こういうのって、相対なんとか理論、ってやつだっけ?
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駅前のチェーン店のファミレスは、混んでいた。よく利用する所で、まあ、そこそこの味だ。
学生(主に高校生)が多いみたいで、店の中は、賑やかすぎるくらいだった。
俺とセリナちゃんは、そこをでて近くの古しい喫茶店に入った。スタバとかカフェでなない。そこはもっとクローズした空間で、外側からは見えず、ボックス席のソファーは座り心地がいい。難をいえば、喫煙可能空間だったって事だろうか。
「ごめんね。別に大した話しじゃないんだけど、あのファミレスでは、落ち着いて話せないっていうか。もしかして、話しても聞こえないかもって思った。
「ああ、俺も同意見。俺に、後でもっと高級レストランで夕食を奢らせてっください。なんだかんだいって、合わせで練習した分の謝礼も、固辞されてしまったし。」
そう、セリナちゃんは、最後のほうは練習は、無料奉仕だったのだ。自分の練習時間をさいて、伴奏に付き合って、ボランティアしてもらったようなもの。
「ああ、それはいいのよ。本番分はいただいたし、私も今回の事で、いろいろ勉強になった。軽井沢のセミナーへ行く気にもなれたし。海人様様よ」
へ?俺の事が、軽井沢セミナーに結びつくんだ。それほど、セリナちゃんに刺激になるような、含蓄のある言葉やアドバイスなんかした覚えがないんだけど。
「それは、セリナちゃんの買いかぶり。昨日、康子先生にガッチリやられたよ。すごいなあの先生は。高飛車で、時々、言ってる事が意味不明だけど。昨日、健人には才能があるから って言われて、はぁ?だったよ。」
うけて笑ってくれるかと思ったら、セリナちゃん考え込んでる。健人の事、考えてる?大したことないって。天然ぼけタコちゃんだぜ。
「なるほどね。どうりで止めないと思った」
「とめないって、何を?」
「健人が、ジョリベのコンツェルティーノを、課題ほったらかしで練習してたのよ。横で私がアドバスしてたんだけどね。それ見ても何も言わないどころか、いろいろアドバイスくれた」
俺はビックリして、飲んでいたコーヒーを噴出しそうになった。健人のやつめ、そこまで練習してただなんて、一言もいってなかったぞ。
「まあ、健人の事はおいておいて、留学ってどこ?」
「はやいね。出発は来年の1月で短期間で帰ってくる。学校へ行くわけじゃない。森岡先生の兄弟子先生に弟子入りするだけ。あと、海外コンクール出たいから、留学期間は未定かな」
そう、主眼はコンクールなのに、リサーチはこれからだ。演奏者の多い、ピアノ、ヴァイオリン、声楽のコンクールは毎年開くのが普通のようだけど、管楽器は3年に一度とか、そういうのが多いんだ。日コンと同じ。吹奏楽連盟のソロ部門のコンクールもあるけど、どうせなら海外に出たい。
「そっか、海人も試練に立ち向かうのね。私も来年、院生で残って日コンに出る事に決めた。ブランクのある分、これから猛特訓よ。だから、海人の伴奏は、もう出来ない。ごめんね。代わりに健人でも使う?」
「いや、それは康子先生ににらまれる。健人も”かわいいタコちゃん”ってかわいがってるんだ。
あの先生、才能のある出来る子が好きだと思ったけど、健人だけは別枠なんだな」
瞬間、"タコ枠”?とか思って噴出した。
「これだから、海人はわかってない。やっぱ、小百合ちゃんがピアノ伴奏で、ずっとやってきだだけあって、耳はこえてるのね。腕はソナチネレベルでも。つまり、小百合ちゃんの音をずっと聞いていたから、健人の伴奏を、ダメダシ出来たのよ。でも、最後まで伴奏をさせた。それだけの能力はあるって事。これが、香織ちゃんだったら、最後まで伴奏させる?させないわね。健人、まだ2年だから。私もボサボサしてられないわ」
もし、香織ちゃんが俺の伴奏をしたとしたら、と香織ちゃんの音を思い出した。音というより衝撃音のような棒のような硬い音、瞬間、”ないわー、それはない”と即答できた。そういうことだったのか。康子先生、言葉足りなすぎ。言葉を節約するのクセなのかな。
でね、と始まったセリナちゃんの告白話は、結構すごいものだった。俺は、ここまで落ち込んだ事がない。それってまだ努力がたりないって事じゃないかと、考えさせられた。
週1回、土曜日深夜(日曜午前1時ころ)更新します。カメ更新でもうしわけないです。