かわいい子には旅
結果発表の喧騒が落ち着いた後、俺は本選の5人の連絡先を、ゲットした。
同じ3位の他崎さんは、俺より2歳年上で、すでにフリーのプロ奏者として、活躍してる人だった。
このコンテストで優勝どころか、3位に入るのすらとても大変だった。確かに俺は努力したが、その俺を主に資金面で支えてくれたのは両親だ。そこのとこは、きっちりしたい。
「お母さん、ありがとう。ここまでこれたのも家族の応援のおかげです。」
と、後はそれ以上の言葉が出てこなかった。中学、高校と必死に練習したのを思い出し、胸が一杯になってしまった。
「海人、おめでとう。でも、まだまだこれからなんでしょ。気を抜かないで頑張ってね」
俺の気持ちが一瞬にして、現実に引き戻された。そう、これは出発点でもない、単なる通過点にすぎないのだ。俺のこれからは、これからだ。
一泊して北海道に帰る二人は、セリナちゃんと健人に、夕食をごちそうしたいからと、その日は5人でささやかにお祝い。優勝でないしな~。
*** *** *** *** *** *** *** *** ***
翌日、学校へ行くと、校舎に大きな垂れ幕がかかっていた。
<祝・新藤君、日コン3位 梨木さん入賞>
げ!まじはずい。そういえば高校の時、運動部が上の大会へ行くと、こういう垂れ幕がでてたっけ。大学でもやるんだ。
学内でも、おめでとうコールの嵐で、女子の明るい声で、俺は舞い上がってしまいそうだ。でも、3位だ。前のように、”いや~”と照れたふりして、頭に手をやる。
本心は、優勝じゃない事に納得しつつも、少し悔しかったりする。
学内がうわついてる。正直、うちの桜が丘音大は、冴木君の国立や福井君の芸大に比べ、レベルは低い。1流半ってとこかな。森岡先生の処に行く前に、事務から学長室に行くように言われた。
学長からは、簡略すると”新藤君の将来に期待してます、おめでとう”という話しをされ、ひきとめられ、事務の広報係から、”学校のHPに、今回のコンテストの事をのせるから、今日、時間とってね”と、念をおされた。
やっとの思いで森岡先生の部屋についた。なんだか学校からここまでくるのに、すごく時間がかかった。
森岡先生には、本選にいらしてて、俺の受賞の事も知っている。昨日は、すれ違いで会う事が出来なかったが。会ってお礼を言わないといけない。コンクールの曲の仕上げは、結局、森岡先生との丁々発止のやり取りで、課題曲を、鮮明にかつ深く仕上げる事が出来た。
それに、先生に相談事もあるし。
「失礼しまっす。森岡先生。3位を取る事ができました。これも...」とそこで、ストップがかかった。
「いや~新藤君なら、本来、優勝レベルなんだけどね。あの村井安奈君は別格。彼女、天才だから。3位だからって、がっかりしないで」
はい、誰にも言わなかったけれど、ほんの少しだけがっかりしてます。実際、安奈ちゃんのあの音を近くて聞いてるので、納得してますが。
「安奈ちゃんはすごいです。いい目標ができました。」
「そうだね。あの音の多彩さにはワクワクする。でも、私は新藤君の王道をいくトランペットの音や曲の作り方が好きだよ。テレマンは聞いていて安心のできる曲に仕上がってた。」
まあ、座りなさいと言われた。森岡先生、指導の時以外は本当に優しい。その先生の顔は、いつになく厳しい気がする。俺、他に何かやらかした?そういえば、ジョリベはちょっと、自己主張が強かったかもしれない。その事かな。それとも健人をすぐ病院へ送らなかった事に、ピアノ科の康子先生からクレームがきたとか。
沈黙の時間が続く。俺は、先生の部屋を改めて見まわしてみる。レッスン室の隣にあるこの部屋は、先生の事務仕事の場、兼、研究場、で休憩の場だ。で、説教部屋でもあるらしい。(俺は説教された事ないが、練習をさぼってる生徒は、ここで絞られる)俺も説教か。相談事もあるのだけど、今日は無理め?
「新藤君、私としては、すこし寂しいし、頼れる生徒がいなくなるのは残念だが...」
え?何、退学?それに”頼れる”って、俺が先生の雑用を手伝ったりした事かな?あれはあれで、楽しかったんだからいいんだ。だからクビにしないで...
「かわいい子には旅をさせよう。私は前からそう決めてました。ただ、本人の了解をとるべきだった。ただ、ちょっと自慢したかったんですよ。私の教え子の音をアイツに聴かせてやりたくてね。で、君の演奏CDを送ったら、”こっちによこせ”って、これもわが校としては、快挙というか、予想外? いや、井の中の蛙は海にでる運命なのか?違うな。青天の霹靂か?」
先生、何を言いたいのか、わからないし、ことわざが、微妙に変だ。CDってオケのオーディションか?いやないな。求人の噂は聞いてない。俺や辻岡、他、周りとも情報交換してる。
「先生、いったい、なんの事でしょうか?」
「ああ、ごめんごめん。私の兄弟子にあたる、クラウス・シェーンバッハの言葉には逆らえなくね。ほんの自慢のつもりでCDを送ったんだ。そうしたら、”もっとしごいてやるから、こっちによこせ”って、彼が強引に言ってきてね。来年からでも君が行けたらだけどね、行けたら。弟子になりに行く?」
妙に”行けたら”を強調したのは、俺の経済事情を考慮せずに兄弟子さんに答えちゃったからかな。それとも、俺がいなくなって少しか寂しい?先生。
「俺は可愛いいから旅にでます。無謀でもむこうの国際コンクール、挑戦します。で、兄弟子さんの、シェーンバッハさんに教わるって事なんですけど、短期間ならなんとか...資金の関係があるので、長くは向こうに滞在できるかどうか。バイトをしても1年ぐらいが限度です。」
実際、生活費がかかるのだから、きりつめて自炊して年間で200万、それとコンクールへの参加費と交通費。もちろん、日本へ帰るだけの交通費も必要だ。
森岡先生は、笑ってそしてちょっと寂しそうに
「そうか。兄弟子は、性格的にちょっと...だけど、悔しいけどトランペットの腕は私より上だ。まあ、教えるほうは、私のほうが自信があるけどね」
”自信がある”ってとこだけ、フフンって誇らしげだ。で、性格的に..って、言葉濁したけのが不安だけど。
ちょうど、相談した事だった。これからについて。セリナちゃんの事が頭をチラっとよぎったけど、そこは強引に頭の奥にしまった。今度、彼女にあった時、話そう。
週1回、土曜日深夜(日曜日午前1時ごろ)更新します。カメ更新ですが、よろしくお願いします。