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ラッパ吹きの休日  作者: 雪 よしの
音大生 院生時代
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テレマンの心で

 午前の部は終わった。今日の自分の演奏は、少し自己主張が強かった気がした。

すぐにでも録音を聴き確認したかった。が、午後はバロック曲のテレマンである。ここは我慢しないと。


 現代音楽家のジョリベの世界から、一気に時代をさかのぼり、バッハと同時代のバロック音楽の世界へ。心のモードをチェンジ。


 控室で、横のイスで健人が熟睡してる。緊張がとれたのと、痛み止めの薬のせいだろう。


 セリナちゃんがお弁当らしきものを持って、ドアのところで手招きしてる。

ふふ、セリナちゃん手作りのお弁当とか?俺はまるで高校生並みの夢見る男子だな。


「これ、私が本選の伴奏をすると言うと、母が3人分のサンドイッチ作ってくれたの。でも、パンじゃ力わかない。って事でお握りも作ってもらいました。」


 幸せだ。セリナちゃん持参の(お母さんの)手作り弁当。さっそく”二人”で食べよう。

健人は寝てるから起こさないようにして。俺の想いなど関係なく、セリナちゃんは健人を起こしにかかった。


「健人、起きて、昼ご飯。薬飲んでるんだから、何か食べないと胃に悪いわよ」

「ふぁ~~い。あざ~っす」


 昼ご飯の言葉に反応したんだな、健人。二人だけってのは、コイツがいる限り敵わぬ夢かも。

 

 ところで、本番前の食事は気を遣う。脂っこいものはパス。もちろん炭酸飲料もゲップがでるからNGだ。あまり食べ過ぎても、調子がでない。かといって食べないと、力強い演奏ができないし途中でヘバる。これまでもそうだったので慣れてるえけど、今日は特に気を使った。もちろん食後には歯磨きはかかせない。


 ちょうど、自販機の横に小休憩する場所があって、そこで3人で昼食をひろげた。

わ~、おいしそうなサンドイッチ2種類。一つは鳥の照り焼きにレタス、もう一つは定番の卵サンドにトマトがはさんである。お握りもおいしそうで俺は、全部食べたいところだけど。


 残念ながら、お握り1個にサンドイッチ一個だけもらった、とほほ。緊張して空腹を感じなてないのもあるけど、だいたいこのぐらいの食事で、本番前の定量だから。セリナちゃん母のお握りは、やけに大きい。一つのお握りには具がふたつ、明太子と鮭が入ってるそうな。


 自販機でお茶をセリナちゃん(ついでに健人)に渡す。”さあいただこう”っていうときテーブルの横にあるドアから、冴木君が入って来た。


”あ、新藤先輩。”と言いながら目がお弁当にくぎ付けになっている。しょうがない。一応、誘うか。


「冴木君、僕の伴奏のセリナちゃん。お昼一緒に食べるか?」

俺の内心は、”自分のを食えな” だ。もし、余ったら、本番後に俺がいただく。目でそう表現したつもりなんだけど、スルーされた。(伝わらなかった?)”わあ、いいんですか?僕、コンビニに行こうと思ったところで”って、ちゃっかり加わった。そこへ新たなメンバーが加わった。


「こんにちは、新藤先輩、ここでお昼ですか?一緒に食べてもいいでしょうか?伴奏の人も帰ってしまったし、一人なんです」村井安奈ちゃんがやってきた。安奈ちゃんは、自分の弁当は持って来ていた。よかった。


 おもいがけずの人数での昼食、安奈ちゃんは、なぜかセリナちゃんと意気投合してる。午前中の課題のジョリベの曲について話してる。俺はといえば、冴木君と結局、トランペット話。

午前の部の話しで盛り上がった。健人は食後にすぐ熟睡。もう、こいつは放置だ。


 セリナちゃんとの二人での昼食は、蜃気楼のようにきえた・・


*** *** *** *** *** *** ***


 弦楽合奏団とのリハが始まった。やっぱプロは違う。指揮者の要求通り、カッチリ答えてる。

それに案外、ダイナミクス、つまり音の強弱がハッキリしてて俺はやりやすい。弦楽の音が澄んでる。何人もいるのに、一本の楽器のようだ。それでいて厚みがある。


 指揮者さんは、手で最初、リズムをとって指揮に入る。それで演奏を入っていくのだけど、やはり本選に残っただけあって、ここにきて、オケとあわない なんて人は一人もいなかった。

ある箇所で、やや前のめりに演奏してる人もいたけど、これはわざとだろう。こう演奏したいという奏者の主張だ。


 いよいよ本番、本当は客席で聴くともっとよくわかるのだけど、控室のライブカメラで聴いていた。順番は、昼食のメンバーでは、冴木君、安奈ちゃん、ドンケツの俺。


 冴木君の演奏は、うん、悪くない。悪くないけど、1楽章の演奏、俺ならもっと丁寧にというか、教会での祈りのような謙虚な音にしたい。彼の1楽章は、よく言うと広大、悪く言うと、しまりがわるい感じがする。


 安奈ちゃんの演奏で2楽章での、弦楽との掛け合いには正直驚いた。音色を自由にかえ、オケと対話するように、時に挑むように。天才少女は、当然ながら努力してる。生の弦楽の演奏に、少しもたじろぐことがないのが、その証拠だ。他の人と合わせ、ここまで完璧にやるのは、相当、合わせで練習したに違いない。いや、俺だって練習した。だけど、ここまで変幻自在な音を出せるだろうか。



 俺の番が来た。他の人の演奏は、やはりとりあえず忘れよう。人のいい処を勉強するのは、この後でも出来る。


 俺は、後ろの弦楽団を確認して指揮者をアイコンタクトで、演奏をはじめた。1楽章は、なんとか、森岡先生に言われてた事はクリア、自分の思ってた事も少しだけ表現できた気がする。

2楽章にはいって、安奈ちゃんの演奏がフっと頭をよぎったが、打ち消した。自在な音色での演奏もいいけど、俺はもっと落ち着いた演奏にしたい。もちろん、弦楽とは合わせるが。


 4楽章は、大勢の人が、楽し気に歌っている感じをイメージしてた。あってるかどうかはともかくだ。


 あっと言う間の15分間だった。ステージの上で演奏するのは、気分がいい。ましてや聴いてくれる人がいる。それがこんなに楽しい事だったのを、俺は、改めて味わった。思えば、学内オケや金管アンサンブル、慰問演奏で、何度もそんな気分を経験してる。今日は特別だ。思うに前の定期演奏会などの本番、俺は100㌫以上の本気で演奏してたのだろうか。過去の自分が能天気に思えてくる。


 今日は、自分がガチで120㌫の力でてんじゃないかってくらいの演奏だ。終わって、聴いてくれてありがとう と感謝の念で一杯になった。


 演奏が終わって、俺は、ハイテンション。スキップで退場したいくらい。


*** *** *** *** *** *** ***


 しばらくして、結果が発表された。俺は、なんか、”もういいか、精一杯やったし”と自己完結ムードになっていた。さすがにあの安奈ちゃんの演奏よりは、俺は下だろう。


 俺は 3位だった。もう一人3位がいて、他崎明って人だ。2位はいなかった。つまり、1位の村井安奈ちゃんとは、それだけ差があるって事だ。その証拠に、聴衆賞だの岩谷賞だのいろんな賞は、安奈ちゃんが独占した。冴木君は、残念、入賞だった。6人いての3人の入賞だから・・


 3位、微妙な位置だけど、安奈ちゃんを ”あれは神だから”と別枠にすると、嬉しさがこみあげてきた。セリナちゃんが、”おめでとう”と、満面の笑みで祝福してくれた。俺は俺で、君がいてくれたからこそだと、強く強調し、軽くハグしたけど、たけど、本当はギュっと抱きしめたかった。


 健人が、”なんで先輩が2位じゃないんですか?”とか聞いてきた。優勝って言葉がない。つまり、お前にもわかったんだな。客席でちゃっかり聴いてたようだけど、俺が安奈ちゃんより下だって事。


1週間に一度、土曜日深夜(木曜日午前1時ごろ)に、更新してます。

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