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ラッパ吹きの休日  作者: 雪 よしの
音大生 院生時代
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本番当日  思わぬハプニング

 あっという間に、本番当日だ。


僕とセリナちゃんと健人は、ホールの前で待ち合わせ。


「おまたせ~あら健人は?」

「まだ来ない、何やってんだあいつ」


 健人とは、一緒に出るはずだった。マンションも同じだし、間違いがない。それが健人から

”早く目が覚めてしまったので、先にいってるっす。二度寝しそうだし。ホールに直接いきます。すみません”なんて、メールが届いた。着信音で俺も目が完全にさめたのだけど、俺もいつもよりは、早めに目が覚めてたんだ。緊張してるからかな。

 

ひきとめて、強引にでも一緒に出ればよかった。

今更ながら後悔。あいつの事だ。”何かなくした”とか”忘れた”とか、ありそうだ。


 ともかく受付をすませ、譜めくりが遅れていることを、伝えた。9時半本番で、8時から受付。本番までは、軽くリハがはいってる。


 ロビーはすでに本選を聴きに来る人であふれていた。


 予選で落ちたらしい人や、辻岡やトランペットの後輩もいた。TVの取材クルーらしいグループが、安奈ちゃんをインタビューしてる。さすが、もう有名人なんだな。


 母と妹が来るはずだけど。ちゃんとこのホールにたどり着けるだろうか?母さんは、筋金入りの方向音痴だ。一応、確認してみよう。


*** *** *** *** *** *** 


 日コン本選出場決定を、母さんや恩田先生、後、受験のため用の個人レッスンをしてくれたトランペットの海江田先生に伝えた。海江田先生からは、本選出場時のステージ写真を欲しいと頼まれてしまった。


 先生は、俺の事をとても誇りに思ってくれてるそうだ。自分の夢だとも。

海江田先生は、元はオーケストラのトランペット奏者で、諸事情により退団し、講師の道を選んだのだとか。


 ”新藤君の本選での写真を見たら、勇気と希望をもらえそうだから。”


 気恥ずかしいけど、先生が元気がでるように、堂々とした姿で本番に臨もう。



 「やっと見つけた、海人。頑張ってね」

そういわれ、肩をいきなり叩かた。母さんと妹の真亜子だ。よかった。迷子にならなかったんだ。俺は、家族に伴奏者で俺の片想いの相手、セリナちゃんを紹介。


「ふつつかな兄ですが、見捨てないでやってください」


「おい、真亜子、兄に向ってなんだ」


 異議を申し立てると、耳元で”どうせお兄ちゃんの事だから、告白もしてないんでしょ。”と言われ、黙るしかなかった。痛い処をグサっとつかれた。


**** *** *** *** *** *** 

 本番が始まる前に、出場者6人には短いリハーサルの時間があった。セリナちゃん曰く、

”ピアノって自分の楽器を持って演奏会に行くわけじゃないから、1次予選、2次予選とドキドキだった。初めて触るピアノでタッチも音色も、十分に確認できなかったし”


「どんな伴奏の音色でも音でも、どんとこいだ。前から言ってるけど、伴奏は審査の対象じゃないから、リラックスして楽しんで。セリナちゃんが楽しいと俺はもっと楽しくなる」


 俺はいつもと同じようにと思ったけど、思えば、このセリフ、妙にキザったらしい。証拠にセリナちゃんは、ちょっと赤くなったあと、ケラケラ笑った。


「海人ってば、上手。大丈夫。予選では緊張はしたけど、それでも楽しかったもの。」


 明るい顔に俺もリラックスして、軽くリハを終了。午後からは、弦楽合奏団とのリハの後、本番だ。もしかして、午後の課題のほうが難しいかもしれない。リハがあるとはいえ、いきがあうかどうかが、心配になってきた。


 本選のために、学校側は特別に配慮してくれた。オーケストラの授業担当の先生が、弦楽合奏団を作り、俺の演奏のバックを弾いてくれた。セリナちゃんのピアノ伴奏で演奏するのも楽しいけど、本来のソロトランペット+弦楽合奏団の形だと、難しかったけど、そこがおもしろかった。弦楽の旋律との駆け引きや、音の受け渡し。弦楽との合わせのコツを、先生兼指揮者から教わった事も多く、すごくためになった。


 辻岡に頼まれて、急遽、アマオケのソロでハイドンを演奏した時があった。俺もオケも合わせるだけで必死だったけど、さすが、音大生のオケは違った。音の粒もそろってるし、音楽の流れを心得てるから、安心だった。


 今日の本番は、Tフィルの中から弦楽合奏団を編成してる。いわばプロだ。そのプロの伴奏でソロを吹くと、どんなんだろう。俺は、午後の事を思うと、楽しみなのが半分、オケとあわなかったらどうしようと、ヘタレ根性が半分だ。

*** *** *** *** *** ***


 いよいよ本番の時間となって、俺はアセってきた。譜めくりの健人がまだ来てない!電話をしたけど圏外だった。どこにいるんだ アイツ?


「あいつ、何やってるんだ?今度は靴でもなくしたとかか?」

いらつく俺をなだめるように

「大丈夫よ。たとえ健人が何かの理由で来られなくても、自分で作った”独りでも弾けるもん”楽譜、念のために持って来てるし、いざとなったら、他の出場者さんの譜めくりの人に、お願いする手もありだから。落ち着いて海人」


 同い年でも、俺のほうがまるきり子供だな。何かハプニングがあったとき、女子は強い。

セリナちゃんは受付に行き、譜めくりが来たら通してくれるように頼んだ。2番目の子が演奏が終わっても健人が来ないようなら、他に頼み込むしかない。


 ったく、健人のやつ。イラつくけど、それ以上に何かあったんじゃないかと心配だ。なにせ、夏に”鍵をなくした”とパニックを起こした奴だ。まあ、今回は忘れ物はないだろう。心配なんで、健人の持ち物を前夜、俺が確認した。俺も”かあさん”気質だよな。


 1番目の演奏を聴いてる。関西のほうの音大の生徒だった。最後のテンポアップする所から、テンポが前のめりだ。速いテンポでもカッチリ演奏しないと。気持ちはわかる。今の俺の心情そのもので、心の中で苦笑い。本当はセリナちゃんのほうが,困ってるはずだ。落ち着け、俺。


 2番目の演奏が始まった時、健人が駆け込んできた。かなりヨタって。服もくたびれてる。どうしたんだ健人!自称自由業の怖いお兄さんにからまれた とかか?


 健人は左足を引きずり、息をきらしてる。


「すみません、すみません。先輩。俺、駅の階段でこけてしまって、足をくじいてしまって・・」


 健人の目から涙があふれそうだ。そこまで痛いのか?


「それより健人、階段からこけた時、頭はぶつけなかったか?」

「少し、でも大丈夫っす。たんこぶ出来てるから」

「大丈夫じゃないだろ。医者に行かないと。足はどうだ」


 健人の左足は、靴底を踏んでる。包帯が巻いてあった。痛そうだけどこれで歩いてこれたって事は、骨は大丈夫そうだけが。


「健人、立ち上がるとき、痛いでしょ。無理しなくていいのよ」


 譜めくりは、当たり前の事ながら、めくるとき立ち上がる。その時にこけたら困るものな。


「大丈夫です。さっき、痛み止め買って飲みましたから。今はそれほど痛みはないです。ちゃんと譜メクリできます。」

「そう。じゃあ、ガンバ。健人を信頼してるし。でも演奏が終わったらすぐ医者行ね。」


 セリナちゃんの、言葉で決まりだ。つくづく、こういう時、女子は力を発揮するな。


 ゴタゴタしてるうちに、俺の番になった。健人のトラブルのおかげで、緊張がふっとんだ。

ステージに出る。健人はセリナちゃんに遅れて、足をひきずって出て来る。よし、流れはスムーズだ。


 演奏を始めると、俺は音楽に没頭した。苦労して練習した曲。思い出に浸る事なく、ジョリベの音楽の世界を、おれは表現した。はっきりしたリズムの違い、音色の多様性、ジャズに通じる自由さ。一般聴衆にはあまり馴染みのない曲かもしれないけれど、出来る限りわかりやすく演奏した。


 他の演奏者がどうだったかは、今となってはもういい。演奏を終えた俺は、聴衆から拍手をいただいた時に、嬉しくて、ガッツポーズをしそうになった。


 




この連載は、土曜深夜(日曜日午前1時ごろ)の更新となります。更新ペースが遅くて申し訳ないです。

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