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ラッパ吹きの休日  作者: 雪 よしの
音大生 院生時代
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本選1か月前

 森岡先生に、本選出場者は5人で、そこに自分が入った事を報告した。

”それはおめでとう”とまるで、”今日は天気がいいですね”の口調で、返されてしまった。


「新藤君、本選は、1位が出ない事もある厳しい審査です。心してくださいね。もし、君が3位以内に入ったならば、私からお祝いをあげよう。励みにして頑張りなさい」


 お祝いの内容はサプライズだそうだ。きっと3万円のステーキとか奢ってくれるのだろう。

肉は某チェーン店の牛丼でいいから、その差額を現金でほしいな。来年の海外コンクールへ参加するため貯金する。


 この間の2次予選の後、順番を決めるクジをひいて、なんと俺はドンけつ。5番目で一番最後だ。今まで2回とも早めの順番だったぶん、帳尻あわせのようだ。


 考えると、1次予選が一番、シビアだったのかもしれない。そこである程度のレベルまで達していないものを、バッサリと切る・・それを1曲だけの演奏で審査する。思えばゾっとする。

ちょっとしたミスが命取りになる。


 このあと、5時からセリナちゃんと合わせの練習を入れてる。ルンルンの気分ではない。本選のための練習だし、もっと曲の仕上がりの精度をあげないと。

難しい処も”ほら、こんなに簡単なんですよ”って顔で吹けるようにしなければ。


 ふふ、でもセリナちゃんと10月はじめの本選まで、また一緒に音楽が出来る。それは、とてもうれしい。俺にとっては至福の時なんだ。やっぱ、うかれてるな俺。反省しつつドアを開けると、意外な人物がいた。


「本選出場、おめでとうございます。先輩」


「健人、お前、何かあったのか?また、鍵でもなくしたか?」


 健人は慌てて、鞄の中をさぐってる。鍵を確認出来たのか、ホっとした顔で

「本選では、僕がセリナ先輩の楽譜をめくる係になったんです」


 え?そうなのか?その事を初めて知った自分にショックを受けた。


 アンドレ・ジョリベの課題曲は、ピアノ伴奏本来の楽譜ならば、譜めくりが必要、両手ともふさがっていて、難しいパッセージの箇所の処だとめくれないとの事だ。(健人の話しでは)。


 今までは、セリナちゃんは楽譜をコピーして、それを長くつないだり、折りたたんだりと、一人でなんとかできるよう、工夫してた。

本選では、そういう心配をしなくてもいいよう、譜めくり係を頼んだのだろう。ピアノが弾けて楽譜が読める人、息が合う人、という事で選ばれた・・・それが健人?


「お前、ステージで緊張したりしない?譜めくり、やった事あるか?」


「先輩、何にでも経験というのには、第一歩があります。俺、これでもジョリベの曲の伴奏、練習してました。先輩と一緒に演奏するのに」

この曲を弾ける人の知り合いは、俺には、あと栄浦先生しか知らない。



 「さあ、練習、始めましょ。最初に譜めくりの打ち合わせしたいから、ジョリベの曲を最初に持ってきていいかな?海人。」


 練習室に颯爽と入って来たセリナちゃんの第一声。手には、工夫したツギハギの楽譜と元の楽譜。本選で使うのは元の楽譜だ。そこにいろいろ注意事項を、書き写す作業をするそうだ。


「じゃあ、健人君、よろしくお願いします。」

「うす。よろしくお願いします」


”まず、ここで・・”と、二人は譜メクリの基本的な事を、健人と話し合いだした。

俺はその間、マウスピースで、ブーブーと基礎練習から。マウスピースをみながらふと思った。


 プロの奏者では、自分の口にあうよう、マウスピースを削って、若干、薄くしてもらったり、特注したりするそうだ。俺は、今のままでちょうどいいのだけど、楽器のほうが、今が最高にのっている。来年あたりは、新しい楽器の購入も頭の隅においておかなければいけない。


「海人、お待たせ。打ち合わせ終わり」

「じゃあ、ジョリベの1楽章。健人、セリナちゃんの足、ひっぱんなよ」


 とりあえず一回通した。健人に曲の流れをつかんでもらうためだ。ピアニストの要求にあわせ適格に譜をめくる。譜めくりは、ピアニストの斜め後ろに座っていて、その箇所がきたら、静かに立って、譜をめくる。完全にめくらず、半めくり状態の時も。


 俺はピアノを背にしてるので、あまりわからないけど、学内オケの先輩のヴァイオリンのリサイタルを聴きに行った事がある。ピアノ伴奏の譜めくりがどうだったかなんて、まったく記憶にない。つまり、そのくらい目立たないようにする仕事なんだ。


 健人に、どこまでそれが出来るのだろう。


 1楽章が終わり、また二人で”このページはここで”とか”ここの処、ここでめくっちゃうんすか?”と、打ち合わせしながらだ。二人の話しに割り込みたい気分だけど、ピアノのことは、ピアニストにまかせ、俺は今の1楽章の演奏を頭の中で反芻している。



 テクニカルな曲だけれど、物語性をかんじさせるような曲に仕上げたい。なおかつ、曲の解釈は、森岡先生に教わったように。何度もダメだしをされた曲だ。師曰く”自分の解釈を入れすぎず、なおかつ、曲の音楽性を高める”


 コンクールは減点方式だ。最初に持ち点が100点あったとして、ミスをするたびに減点される。きっと緊張するだろう。しかも順番は最後だ。


 その日は、結局、ジョリベの曲だけで終わった。


*** *** *** *** *** *** ***


 次の日は、セリナちゃんの授業の関係で、午後1時から1時間のみ。健人付き。


 学内のカフェで待ち合わせ、セリナちゃんと健人に、昼食を奢るためだ。合計3人前はきついけど、本来ならもっと報酬を払わなければいけないところ、最低料金でお願いしてる。


 譜めくり全般について、セリナちゃんの見解を聞いてみた。


「室内楽や伴奏では、当然、楽譜ありね。伴奏譜にはメインの楽器の楽譜も、上に小さく書いてあって、これが必要なのよ。まだ私にはね。」と


 伴奏は伴奏で、いろいろ大変なんだ。演奏家としては地味かもしれないけど、苦労がぱねぇな。伴奏といえば、妹さんのヴァイオリンの伴奏は、確かプロに頼んでるんだっけ。


「そういえば、妹さん、日コン、ヴァイオリンでエントリーしてたんだったね。まだ、音楽室、妹さんに占拠されてるの?」


「そうなのよ。まあ当然といえば当然だけどね。今度、3次予選だけど、通ると思う。芸大付属校でも、ピカ2くらいの存在だってさ。本人曰くね。本選出場当たり前って顔してるわ」


 すごい自信と精神力だ。3次予選まであるなんて、大変だな。


「そうだ。妹の本選、一緒に聴きに行かない?本選は一般公開されるし。あ、ごめんなさい。まずは、海人の本選に精神を集中しないとね」


 セリナちゃん、英才教育から脱落した時から、彼女のピアノについては、母親も妹もほぼ無関心らしいと、聞いた事があったけど。彼女のほうは、妹を心配しつつ、内心誇らしいのだろうな。そこは家族だ。


 俺は、家族には今回の結果を知らせてなかった。後、高校の時の顧問・恩田先生にも、受験指導してくれた先生にも知らせるべきなのか??


 父も母も俺の音大行には、賛成してくれた。母さんは、ヘソクリの300万円を俺にそっくり

くれた。そんな家族に聴いてもらいない。でもだ。交通費、二人分はキツいだろう。


 

 2次予選後、3日ほど、少しボーっとしてた。本選出場の現実味がなかったのかもしれない。

本番まで日にちがある分、精神的につらいと、俺はしみじみ実感する事となる。


 

連載は、1週間に1回。土曜日深夜(日曜日午前1時台)に更新します。更新速度が遅くてもうしわけないです。

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