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ラッパ吹きの休日  作者: 雪 よしの
音大生 院生時代
41/147

正念場の2次予選

 1次予選は合格だった。最終日、一次予選が全て終わった後、合格者の番号が書かれた紙が、ホールのロビーの壁にはりだされた。


 俺の番号・10番はあった。よかった。すごくホっとした。へたり込みそうになった。

合格者は133名中20名というので余計にだ。よくぞ受かった。

同期生の辻岡の番号はなかった。スランプから抜け出せなかったか。コンクールの行われたホールのロビーは、人でごった返している。その中に、いた、村井安奈ちゃん。ポニーテールが目印になった。今日も友達連れで、楽しそうに話してる。


 俺はあの天才少女と一緒に一次通過できたんだ。と、やっと一次合格のうれしさを、実感できた。よし、明後日から2次予選。クジをひくと、今回も順番が前のほうだ。5番目。2次試験は1日だけなので、俺は午前中組だろう。

一応確認してから、ホールを出ようとすると、後ろから肩を叩かれた。


「海人先輩、余裕での合格みたいですね。さすがです。」


 夏のセミナーで知り合った冴木君だ。顔色もいいし、ぐだぐだ悩んでた事などなかったような明るい顔だ。きっと合格したのだろう。


「で冴木君は・・?」

「なんとか滑り込んだって感じで。本番は、緊張とかする前にアっという間に終わってました。師匠に合格の事、連絡したら、”やあ、まさか君がねぇ”とか言われて。僕の演奏、そんなにひどかったですか?」


 いや、冴木君、福井君の受験番号すらしらなかった。他のコンテスタントの演奏は、殆ど聞いていない。その分は休息と自分の練習に専念してた。


「ところで、福井君はどうしたかな」

彼の実力なら、1次通過もありだ。ざっと見る限りでは、姿が見えない。


「それが、新藤先輩。福井君、棄権したそうです。なんでも、試験前に虫垂炎になって、運悪くそこから腹膜炎をおこして、まだ入院中のようです。試験前に応援のメールがきて、それで知ったんですが」


 それは本当に不運だな。入院するほどなら、かなりひどかったのだろう。後でお見舞いメール送ろう。日コンは管楽器は3年に一度の周期だから、卒業して院生で受けるのだろうか。

いや、福井なら留学しそうだな。で海外のコンクールに出るパターンかも。

で、留学の本音は、”外国の鉄道で旅がしたかったから”なんて、平気で言いそうだ。


「あれ、先輩の恋人兼伴奏者の方は?」


 いやいや、恋人にしたいけど、コンクール中は告白出来ない俺って、ヘタレですから。


「俺の伴奏者のセリナちゃんは、今日は自分の練習に没頭してる。4年生なのに、時間を割いてもらって、申し訳なく思ってる所なんだ。」


 セリナちゃんは、これからどうするのだろうか。軽井沢でのセミナーの成果か、何か肝が据わったというか、決意した事があるようだ。ああ、気になる。明後日2次予選というのに、俺は雑念の塊だよ。


「そうそう、あのセミナー参加者ででコンクール1次合格は、俺と先輩を入れて8人だそうです。これ、福井君情報」


「今、その福井君から返信がきた。さっき、お見舞いメール出したんだ。自撮りの写真付き。

腹膜炎までやったのに、あまり痩せてないし元気のようだ。まだ微熱があるそうだけど。予選当日に救急車で運ばれるってのも、福井君にしては運がないな。」


 俺は、福井は、ボーっとしてるわりに、なんとか上手くいくタイプにおもえたんだけど。

 今度、3人で福井君の全快祝いをやろうという事になった。その時は、運が良ければ俺は本選に向けて、ケツに火が・・いや、追い込まれてるかもしれない。


*** *** *** *** *** ***


 森岡先生に、1次予選合格の報告にいくと、”まあ、順当だな”と言いつつ、自分の事務仕事の手を休めなかった。何か拍子抜け。


「先生~。俺の演奏は、女子高生の天才トランペッターの前だったんで、すごいプレッシャー、かかったんですよ。何かお祝い下さいよ」

まあ、お祝いは冗談だけど、もう少し喜んでくれるとおもったのに、ちょっとがっかりかな。


「海人は1次受かって当然の実力。ウチの管楽器専科の白眉。上達のパワースポット。君の実力は本選に入賞するかどうか、ってレベルなんだよ。わかってる?」


 俺が本選?うん、本選に出られたらうれしいな。まあ出ただけじゃ、たいした事ないか・・

日コンで入賞出来ないレベルだと、国際コンクールはおよびでないか。

それより2次予選だ。



「2次予選だけど、あまり、フランセは、情感に流されないように。そこんとこ伴奏者と最後のすり合わせをしておく。プログのポストカードは、わかってるだろうけど1曲目、あまり、肩ひじ張らない。それと2次に落ちたら、私に1万円のステーキを奢る事、でなきゃ破門ね」


 破門って、師匠なのに、プレッシャーかけてくるんですか?ひでぇ。

「で、俺が2次合格したら?」

「私の、おめでとうの言葉。本選で入賞したら、心からのおめでとう言葉 で祝福しよう」


 本選で入賞したとしても、ステーキ奢ってくれるわけじゃないんだ。それに2次で落ちるなと脅しかけられてるのか・・。


 頑張るのみだ。師匠の言葉はありがたい。実際、フランセのソナチネは、ここ最近、セリナちゃんとぶつかる事があったんだ。この間も彼女に”ベタベタして女々しい”と、言われてしまった。確かに、その時の演奏を聴きなおしてみると、恥ずかしかった。クネクネ演奏だった。


 これってセリナちゃんへの気持ちが、もろに出たのかも。気をつけなければ。さもないと彼女に軽蔑されてしまう。


*** *** *** *** *** *** ***

 2次予選、件の天才少女は、午後の部らしい。ちょっとホっとした。


 今回、テレマン、フランセ、プログの順だ。演奏時間は15分くらいか。

テレマンは、夏のセミナーではピッコロトランペットで演奏したけど、コンクールでは、B♭管で、1オクターブ下げて演奏する。


 巨匠と呼ばれる人の ピッコロトランペットの演奏を聴き、やはりこの曲は、こっちの楽器のほうが、華やかでかつ、明るいと俺は感じた。が、B♭管の良さをだしつつ、テレマンの曲に合うう音色で、俺は試行錯誤の繰り返しだった。


 セリナちゃんの前奏が終わる、いよいよ出番。緊張もするけど、ステージの上で吹くのは、気分がいい。俺はテレマンは、包み込むような優しい音色にしてみた。1楽章は緩徐楽章だ。作曲者は、聞いてる人にまず、リラックスしてほしいのだろう。伴奏の音の動きに注意を払いながら、長く伸ばす音を、ヴィブラートを軽くかけつつ、余裕のある顔で演奏した。


 本当は、背中にいやな汗をかいて、緊張したけど、ピアノが、それを和らげてくれた。感謝感謝、セリナちゃん。


 フランセは、二人の十八番。息はピッタリだ。セリナちゃんの伴奏の音は、余計なゆらぎがなく、あくまで透き通ってる。それに俺も合わせたり、違う処で異議を唱えるように演奏したり。


 でも今日に限って、やはりまだ練習がたりないと、感じた。伴奏との微妙な温度差を感じる所があったから。


 これは1万円出費の上、破門か・・。終わった後、落ち込んだ俺に、セリナちゃんは、

「頑張ってね、トランペット父ちゃん」とニコっと笑って袖に引っ込んだ。彼女の、ポストカードという曲の印象だとか


 はは、トランペット父ちゃんね。ポストカードの3曲あるうちの1曲目なんか、トランペット姿の親父が、何かブーブー言いながら散歩してるか、家でリラックスしてるか、そんな姿を想像できて笑えた。


 気分が落ち込み緊張した処で、この言葉で俺は救われた。”ああセリナ女神さま”てとこ。

プログのポストカード、苦手の1曲目も思い通りいった。2曲目は”近未来の聖母”と、自分で印象付けて演奏した。この曲は、なんど演奏しても、前にみたセリナちゃんの夢と重なるんだ。


 SFチックな近未来の聖母って、他の人はどんな想像をするだろう。俺は俺の頭の中の映像をホールいっぱいに映し出すように吹いた。


 これで駄目なら、俺はどうしようもない。2曲目は、心残りはあるけど、出来る限りはやった。楽しかった。二人で舞台に立つのが。自分たちの演奏を披露するのが。テクニカル的なミスは、なかったはずだ。


*** *** *** *** *** ***

 午後の部も終わり、しばらくして、合格者が張り出された。俺の心臓は踊りまくっていた。

セリナちゃんが、ずっと残ってくれていて、一緒に発表を見た。


 俺は合格した。紙の最初に俺の番号の5番があった。本選出場者は5人だけだった。

当然のように、村井安奈ちゃんも本選に出る。冴木君は、受かってる。この二人と本選で競うのか。安奈ちゃんが、俺に声をかけてきた。


「新藤先輩、合格おめでとうございます。私、午前中からきて、演奏を聴いていました。素敵なフランセのソナチネでした。」



 ”いえ、それほどでも”とアセりながら答えた。今日の演奏は、安奈ちゃんの演奏に影響を与える事はないだろう。1,3曲目は会心とまでもいかないけど、いい演奏が出来た。2曲目の俺の十八番のフランセで、心残りの演奏をしてしまった。

セリナちゃんはいつものジーンズ姿だ。演奏の時は、あれだけセクシーに思えたのに、ジーンズ姿では、スカっとぬけた青空のような明るく活発だ。でも、俺はこっちのセリナちゃんの方が好きだ。


「こんにちは村井さん。又、お会いでうれしいです。」

「えっと、新藤先輩の伴奏の方ですね。私、あなたの伴奏でフランセの曲、やってみたいです」


「いえいえ、私なんて、ほんの駆け出しって事を痛感しました。精進がたらないのです。今日は終わったあとは、ずっと聴いてましたので勉強になりました。」


 そだ。セリナちゃん、伴奏をホールで聴いてたんだ。俺よりよっぽど、コンクール参加者コンテスタントらしい。俺はといえば、村井安奈ちゃんの演奏を聴いて、出てきてしまった。


 すくなくても、本選の優勝は、俺には望みは殆ない。そう確信できたから。


 本選までは、3週間ほどある。テレマンの曲には、本来の形の弦楽合奏+チェンバロで演奏ができる。3週間の間に、本番のように弦楽のバックで練習出来ないだろうか・・学生オケに相談してみようか。






 

週一回、土曜深夜(日曜日午前1時代)に更新してます。のろい更新ですみません。

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