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ラッパ吹きの休日  作者: 雪 よしの
音大生 院生時代
40/147

魔の一次予選

 コンクールは、10時から始まる。午前と午後で、合計42人。もらった日程表をみると、3日間で133人、が審査される事になる。ちなみに審査員は9人。

それにしても、133人か・・・。2次予選は4日後の一日だけ、ていうことは、2次予選の曲数から推定すると、30人位が一次予選を通るかもしれない。


 控室へと歩きながら、そんな計算をした。そういえば、3年前の日コンの時は、やはりこのくらい人数がいたんだ、そうだ、思い出した。


 控室では、すでに着替えている者も、普段着で練習してるのもいる。試験が始まると音を立てないように指示されてる。俺は、普段着できた。ステージの上は、空調が整ってるとはいえ、寒いわけじゃない。むしろ暑い。黒服。黒蝶ネクタイ。ワイシャツは半袖。

演奏中にどうせ、汗と冷や汗をかくんだけど、最初くらいスッキリいきたい。



 本番が始まった。5人単位で呼ばれる、舞台袖で、俺は今、7番の演奏を聴いてる。細そうな女子。緊張してるのか、音にノビがないな。演奏順は、最初のほうが緊張するのか、後のほうが緊張するのか。


 セリナちゃんが入って来た。うわお~。黒のノースリーのロングワンピース。髪は後ろで一つにまとめてるので、もろにうなじが、目にとびこんでくる。


「伴奏者だからね。なるべく目立たないようにしたんだけど、これでいいよね」


 「決まってるね。黒もフォーマル姿を初めて見たよ。クールでかっこいい」

 「衣装目立たないようにしたけど、音はバッチリ出すからね」


 ”いつもよりセクシーに見える”なんて言いたいけど、これはセクハラっぽい。何よりの褒め言葉と思うんだけどな。女子はそう思わない人もいるかもしれない。


 順番が近づくにつれ、緊張してきた。沈まれ俺の心臓、でも止まったらだめだぞ。8番の演奏が始まった。俺はマウスピースをあて、楽器に息をいれた。落ち着け落ち着け。っと、無心がいいのか?何も考えずにいようか。緊張した自分を冷静にみるんだ。


 9番目の演奏が始まった。もうさっきから演奏者の音は頭に入ってなかった。”俺は俺の演奏をすればいい”って、俺はどういう演奏をしたいんだ?


 まず、音・リズムを正確に。ダイナミクスと抑揚をつける(つけすぎ注意だな)それから、俺は、ホールにいる審査員と若干名に、ハイドンの世界を見せたい。ハイドンが音楽を指揮していた場所が、思い浮かぶような演奏に。


 いきなり背中をバシっと叩かれた。

「ホラ、行くわよ。私たちのハイドンを、このホール一杯にするわ」

それは、セリナちゃんの励ましの言葉と、自分の決意だった。


 演奏はあっという間に終わった。終わってしまった。演奏する前は苦しかったけど、演奏しだしたら、もっと、2、3楽章も演奏したかった。楽しかった。聴いてる人が少ししかいなくても、自分のハイドンの世界をもっと知ってほしかった。


 自己満足かもしれなかったその気持ちは、次の演奏を聴いて、目が覚めた。

俺の後、11番はあの優勝候補”女子高生天才トランペッター”だ。ワンフレーズ聴かないうちに、俺は奈落の底に落ち込んだ。女子高生の出す音は、なんという清らかな音だろう。俺にはこんな音は、だせないかもしれない。


 音は絹の光沢のように、優しく光りつつ滑らか。天使のラッパのように、天国から響いてくるような明るさ。審査員はどう聞いただろうか。少なくても、12番以降の演奏者が青くなってるのが想像できる。


”管楽器は音色が命”

前に高校の先輩にそう教わった。今、つくづく実感した。まあ、難癖をつけるなら、この音色をどうジョリベのコンツェルティーノで生かせるか、もしくは出さないか、だ。


 「海人、帰りましょう。それとも、この後も演奏を聴いていく?」


 コンクールの結果に関係なく、他の人の演奏は、勉強のために聴くべきだ。

それは、わかっている。でも、今だけは音から離れたい。俺ってこんなに豆腐メンタルだったんだ。天才女子高生の噂は聞いていて、演奏の録音も福井君からもらったじゃないか。それでも、これほど人を魅了する音とは思わなかった。


 セリナちゃんと組んでホールからでようと、廊下を歩いてると呼び止められた。


「あの~私の前の演奏の10番の方ですよね。素敵な演奏ありがとうございました。」

といってピョコっとお辞儀をした。11番の奏者・村井安奈ちゃんだ。


「いやいやいやいや、僕は村井さんのハイドンに魅了されました。素晴らしい音で感動しました。なんというか、物語性があるというか」


 俺は無理やり明るく応対したけど、心の中は疑心暗鬼だった。

”俺に高らかな勝利宣言か?何が”素敵な演奏をありがとう”だ。俺は、彼女の音は本当に素晴らしいと思うけど、彼女の今の発言はイヤミに聞こえた。


「村井さんでしたっけ?10番・新藤海人の伴奏者、桜井セリナです。初めまして。村井さんの演奏も素敵でした」

あれ、なんか、新藤海人の恋人 って口調に聴こえた。ああ、俺、自然に腕組んじゃった。セリナちゃんと。


 「私は伴奏だけでしたけど、短い曲なので残念でした。2次予選はもっと曲あるので楽しみにしてるんです。」

セリナちゃんは、本当に俺に2次予選があると、思ってるのか?

 

 「そうですね。今日は短い時間で楽しみもちょっとだけね。2次予選を私も楽しみにしてます。その時、またお二人にお会いしたいです。フランセのセリナさんの伴奏、聞いてみたいです。」


 村井安奈ちゃんは、明るくて可愛いくて高校生らしい。ポニーテールにしてる髪型が、左右にゆれて、溌剌としてる。コンクールの下馬評でささやかれた”天才少女”って感じはしなかった。

 

 出口では、安奈ちゃんの友達がいた。彼女を待ってたんだ。

”それじゃ”と頭を下げ、ポニーテールを揺らしながら通り過ぎて行った。友達同士の楽しいそうな会話が聞こえた。その中に俺の事もで


”ねえ、どうだったの?”

”う~ん。出来はまあまあかな。楽しかったし、それに順番で私の前の演奏を聴いてひらめいちゃった”


 え?閃いたって、俺の演奏を聴いて?

女子高生のキャピキャピの言葉もわからないけど、安奈ちゃんの言ってる事もわからないな。


 「なるほどね。閃いたね。わかる気がする」

 「セリナちゃん、わかるの?」


 トランペットは門外漢のセリナちゃんが、わかったって何かな。


 「あのさ。前に聴いた安奈ちゃんの演奏、私、ハイドンにしては軽すぎかなって感じたのね。で実際に今日、海人の演奏を聴いて、急遽、少し硬めの演奏にした。って事だと思う。まあ、演奏の良しあしはわからないけどね」


 そうだ、セリナちゃんは、ハイドン・モーツァルトとのお付き合いは、俺より先輩だっけ。

俺も小さい時からピアノを習って置くべきだったかな。もしくはバイオリンとか。


 「海人の演奏のほうが私は好き。今日の出来も最高だったよ。さあ、私も2次予選の曲の伴奏、頑張らなきゃね」


 セリナちゃんは、本当に俺が1次予選を受かると自信があるみたいだ。それを信じて、俺も気分を変えよう。合格は、人数の四分の一に満たないかもしれないけど。





週一回の更新です。土曜日深夜(日曜日午前1時代)に投稿してます。

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