表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラッパ吹きの休日  作者: 雪 よしの
音大生 院生時代
39/147

コンクール直前

コンクール、1次予選までの日々、練習時間が長くなっていった。演奏を録音をし、セリナちゃんと”演奏のすり合わせ”。特にフランセとジョリベの曲。

練習室は、俺の練習の分は、ほぼ1日借り切った。(夏休み中、学校側のコンクール出場者へのお情けで0円)


 ハイドンとテレマンは、俺をもりたてるように、セリナちゃんが伴奏を考えて弾いてるのがよくわかった。ハイドンは、1,2度、彼女に、”ちゃんと伴奏の音を聴いて、それに答えて”

基本の”き”の字の指摘を受けた。俺はあせってきてるのだろうか。


 それにしても、セリナちゃんは、変わった。軽井沢でのセミナー以降、自信がでてきたというか肝が据わったって感じる。


「セリナちゃん、なんか変わったね。ハイドンとテレマンは吹きやすくなった。ただ、どうもジョリベが、ちょいずれてるっぽい?」


「ジョリベは、これでいいと思う。ほら、ここの処、ピアノの独奏の後、同じレズムでトランペットが入ってくるでしょ?だから、ピアノではこの音型だけ、目立たせたの。曲に調子が出てくるでしょ」


 いやどうだろう。同じリズムでも、ちょっとピアノは控えめの方が、いい気がする。

さすがに、独奏の箇所をffの大きい音でピアノでやられるとな。次、入りづらい。

ピアノは、たくさんの音で和音で動いてるけど、トランペットは、単音しかでない。当たり前だけど。


「セリナちゃん、そこ、強すぎると、入りづらい。なんとかならないな}

「う~ん、じゃあ、こまめにペダルを踏みかえて、音が響きすぎないようにする。この和音で動く所は、大きい音でないと、次への音型への移り変わりがはっきりしない。ペダルなしでは、前とのリズムの対比が出ないし・・・上の音だけ強く弾いて和音で音階でいけるかな?無理っぽい」


 ここは、ピアノの聞かせどころだけど、難所でもあるな。セリナちゃん、ちょっと思案気。


「じゃあ、これでどう?」

といったセリナちゃんの演奏に俺がはいる。お、これならイメージばっちしでやりやすい。


 二人の息のあった所で、一休みした。

*** *** *** *** *** ***


「セリナちゃん、なんかかわった。セミナー効果かな?」

「ふふ、実はね、ピアノ伴奏の講座があって、受講したのよ。いろいろ勉強になった。弦楽器・特にバイオリンの伴奏は、気をつかった。間合いの取りかたも、弓の動きの関係で、演奏者から指示される。曲も、フランクのソナタで、ピアノが、難しかったし」


 確か、軽井沢でのセミナーは、ショパンの講座と聞いてたけど、まあ、いろんな講座がないと、生徒が集まらないしな。確か、ショパンの課題曲に自由曲があったって言ってたけど、どんな曲を選んだのだろう。


 俺は、国内のセミナーなら出来るだけ出たい。ただ、プロの演奏家になるのに、これからは、国際コンクールで、出る事が可能なものは出る。オーケストラか吹奏楽のオーディションの公示を待っていてもしょうがない。自分からデモDVDとレジメを持って売り込みに行こう。幸い、母さんから軍資金を300万頂いたので、出来る限り、そっち方向で使おう。



「セリナちゃん。この間のピザ会の時も話したけど、俺、日コンが終わったら、結果がどうあれ、国際コンクールや海外のコンクールに、いくつかか出るつもりなんだ。お金の許すかぎりね。別に日コンを見下してるわけじゃないよ。例え日コンでいい成績がとれても、それだけじゃ、経歴として不足みたいなんだ。セリナちゃん、ついてきてくれないかな?」



 しまった。これじゃ結婚の申し込みみたいじゃないか。失敗したな。


 「まだ 指輪の用意はしてないんだ。サイズがわからなくて?」

冗談だよとわかるように、明るく軽く言って見た。心の中、本気度6割。


「あはは、唐突にありがとう。交通費だけ出してくれたら、私、出来る限りは伴奏者として一緒に海人といきたいな。でも、今年の後期の単位が足りなくなりそうで・・・」


 そういえば、セリナちゃんには5月から伴奏で付き合ってもらってる。単位が厳しいのはそのせいか。それなら、本当に申し訳ない限りだ。ところで、セリナちゃん自身のコンクールとかはどうするんだろう。小百合ちゃんのように留学するとか?


「ありがとう、セリナちゃん。うれしくて涙がでる。伴奏者は基本、自前だから。でも、セリナちゃんのピアノの事を考えると、ずうずうしい考えだった。ごめん、忘れて。」


 どうもドギマギして、俺の答えは、わけのわからんものになった。


 1年留年してるセリナちゃん、その休んでる期間に律子先生との確執があったのは、確か。

でもって、”卒業したらどうするの?”と軽く聞けない。留年は病気によるものって噂だったから。それも、心の病気・・、確かに最初に会った時は、そんな雰囲気もチラっと感じたきがする。でも今は、小百合ちゃん顔負けの、男まさりになったような。


 セリナちゃんは、何も言わずにニッコリ笑った。”ああこれが、欧米人のいう”アジア人のアルカイックスマイル”かな


 いろいろ聞きたい。でも、それもこれもコンクールが終わるまで、もしくは終わっても棚上げになるかもしれない。とにかく曲に集中しないと。



 クタクタになるまで練習した。夜は音楽を聞くと、頭がさえてくるので、お笑い番組を見て、ボヤっとしてた。本当は、録音を聞いてチェックするのがいいのだろうか?

さんざん迷った末、時間を1時間に限定して録音チェックをした。


 時間を、限定しないと、朝まで”独り反省会”が続くかもしれないからだ。

練習時間は増えてるし、それまでも確実にこなしてる。でもどうしても、不安と緊張が高まってくる。疲れているのに熟睡できない日が増えて来る。寝てもすぐ目が覚めるのだ。



 俺は、1次予選は、1日目10番という日程。まあ、一日目1番よりいいけど、最初のほうで演奏するほど、評価が辛くなる というのは、本当だろうか。そんな事まで気にかかる。


 

 いよいよ、明後日にコンクール本番、俺とセリナちゃんは、コンクール会場へ下見に行った。

大きなホールで行われるので、響きとか確認したいだけど・・立ち入りは事務から断られた。コンクール1次予選ではリハーサルの時間は開催者は用意していない。


 おおいに不満のある処だけど、考えてみれば、ピアノ・バイオリンなども、9月後半の日程であるのだ。いちいち時間をとっていたら、大きなホールは貸し切りになってしまう。


 入れないと断る事務さんに、手を合わせ”そこをなんとか、5分もいらないですから”と、拝み倒し、ホールのステージに入れてもらった。手を叩いて残響を確かめる。うん、このくらいかと確認してきた。


 学校の音楽中ホールを1時間だけかりた。もちろん、1時間分、しっかり使用料を取られた。冷房代・照明は別料金だ。一応、ここの学生なのに厳しい。

”今頃借りに来るなんて、余裕だね”なんて皮肉を言われて。このホールでは、学内オケや吹奏楽での演奏でさんざんお世話になってる。残響とかは熟知してる。


 セリナちゃんが伴奏に決まってから、空いてる時、森岡先生が、ホールでの練習を入れてくれたりもしてくれた。余裕はないけど、ホールでの経験がないわけじゃない。


*** *** *** *** ***

 1次予選の運命の日、俺はセリナちゃんと一緒に、受付に事務手続きに行く。


 高校生の女子グループが、キャピキャピした話し声で受付に歩いてくる。


 その中に、”最有力優勝候補、女子高生の天才トランペッター”の姿を見つけた。

(写真を、福井君からメールでもらった)ちなみに、受付した女子はその子一人は、後は友達だったらしい。彼女は、ポニーテールでスレンダーなスタイル。姿勢がいい。

でもなんというか、やっぱりセリナちゃんにあるような色気がない。

 

 そういえば、小百合ちゃんに、僕は女性の色気を感じた事はなかったな。色気っていう言葉は、ピンとこないな。女性っぽいオーラだ。



「はい、1日目11番の村井安奈さんですね。これがネーム。控室はあちらです。スケジュールです。頑張ってください。」

 

 ニッコリ笑って手続きする受付のお姉さんの声が、俺には死刑宣告の声にも聞こえた。

オーバーだろうか・・・いや、俺の後に演奏するという事は、俺と彼女の音楽のレベルの違いがまるわかりって事だ(相手は、ダントツの天才という話しだし)。


 セリナちゃん、どうしよう。ここにきて、俺の精神は殆ど高校生にバージョンダウンしたかのようだ。動悸がしてきた。頭がクラクラする。今から緊張してどうするんだ!俺。

俺の真っ青な顔を見て、セリナちゃんはちょっとビックリした。訳を話すと、励ましてくれた。


「落ち着け新藤海人。誰が、自分の前に演奏しようと後に演奏しようと、海人は海人。自分の演奏をつらぬけばいいのよ。後ろには私がいる。安心して。」


 セリナちゃんの言葉で大分、自分を取り戻したが、”自分の演奏をつらぬく”それは、簡単なようで、とても難しいものなんだと、俺は知ってる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ