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ラッパ吹きの休日  作者: 雪 よしの
音大生 院生時代
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海人の迷い

 ”俺は、ステージでお辞儀をし、演奏をはじめようとした。途端、トランペットが、バラバラになってしまった。”そんなバカな”と思いながら、代わりの楽器を探してると、セリナちゃんが、ニコっと笑って”はい”ってオモチャのラッパを俺にくれた、”



 朝方、俺はそんな悪夢を見て跳び起きた。コンクールまで後3週間を切った。俺の大事な伴奏者・セリナちゃんは、軽井沢でのセミナーを終え、昨日帰京。今日はさすがに疲れたとかで、明日の練習の時間だけ決め、その後の練習日程を調整する予定でいる。


 俺はセリナちゃんの軽井沢セミナーでの話しがききたい。俺の行ったセミナーはいろいろ勉強にもなったし、なんだかんだいって、楽しかったかもしれない。セリナちゃんは、どうだったのだろう。



 俺は、午前中は、基礎練習と1次のハイドンのトランペット協奏曲を、今日は集中して練習。


 何枚かCDを聞き、アナライズも十分にしてきたはずの曲。ここに来て、これでいいのかと、少し不安がでてきた。とりあえず、前に森岡先生に指摘を受けた”審査員のチェックがはいる箇所”を重点的に練習した。


 演奏中、平常心でいるためには、”練習なら十分すぎるほどやってきた”と 胸をはれる自分でなければいけない。それから、この曲の聞かせどころを、、少し音楽の解釈をかえてみたりした。でも、練習していて、やはり変えない方がいいと、元にもどした。何をやってるんだ。俺は!


 後半は、集中してるつもりで、実は迷走しただけかもしれない。

コンクールは、100人以上のエントリーがあったそうだ。その中で、何人、2次に残る事が出来るだろう。それに、噂の”女子高生天才トランペッター”の事も気になってきた。


 ”俺は俺でしかない。自分に負けるな俺!!


 練習室で一人で、大声で自分に喝を入れ、また、練習を続けた。


 ハイドンは、明快な曲だけど、それがかえって難しい。音程が少しでもずれると、もろにわかるからだ。この曲は、モーツァルトの影響をうけてか、CDの演奏の中では、”モーツアルト風”の演奏も多い。


 モーツァルトの軽くてその明るさも好きだけど、やはりハイドンの堂々とした雰囲気もほしい。二つを、あわせて、組み合わせる事。それが自然な曲に聴こえる事。俺はちゃんと出来てるだろうか・・はは、今更だよ、今まで何を考えてたんだ?。学生の時から練習してる曲なのに。



 しばらく、演奏しては録音で確認、という作業の繰り返しで、俺はマイナス思考になってる。

お腹がすいた感じがしない。もう昼なのに。”悩みすぎて空腹を感じない”というカッコイイもんじゃないな。単にお腹が空きすぎたんだ。


 午後は練習室は、3時からしかとれなかったので、俺は一旦、帰る事にした。

練習室の横を通ると、学生が二人、心配そうに、ピアノのある練習室の前で立ちすくんでる。

中をのぞくと、そこには健人が床に転がってた。あーあ、気持ちよさそうな顔してる。


 「大丈夫。心配ないから。もしかして、この時間に予約してたのかな?あいつは、ウッカリ居眠りしてるみたいだ。ごめんな、今、電話で呼び出すから」


 二人は、1年生のバイオリン科と、ピアノ科の伴奏の学生らしい。

練習室には内鍵がかかってた。最初から寝るつもりだったとか?


10回のコールでようやく、健人は目を覚ました。

「おはよう。健人君。タイムアウトです。さっさと部屋を渡す事」


「え?時間?しまった。どうにも眠くて、つい5分と思ったら、30分も寝てしまった」


 健人は慌てて楽譜類をしまい、さっきの1年に、部屋の鍵を渡した。やれやれだ。

練習室の予約をとるとかで、事務に行くのに、どうも足元がフラフラしてる。まだ寝てるのか?


 結局、このあと午後は、運悪く練習室はとれなかった。


「先輩、どうしよう。俺、夏休みの課題とか師匠に山のように出されて、譜読みもしてないのに。発表会の曲も、まだ、アナライズできてないのに。間に合わない・・・」


 顔色を青くして、オロオロしだす健人。


「いつもの健人らしくないぞ。顔色も悪いし、午後は少し家で休んだほうがいいんじゃないか?」


 体調が悪い時に、”曲の解釈”なんてしても、余計混乱するだけだ。


「部屋には戻らないっす。今、部屋の中は灼熱地獄で、学校のどっかで、寝てきます。実は、エアコンの修理屋、1週間後でないとこれないって言ってきて。昨日の夜も寝られなかったっす。」


 今時分は、東京は暑さのピーク。連日、熱帯夜だ。風をいれようと窓を開けても、熱風が入るだけ。俺はもちろん、”暑さにも寒さにも弱い北海道育ち”だから、夜もばっちりクーラーいれてる。


「クーラーが治るまで、友達の所に押しかけるってのは?夜、眠れないのはつらいだろう」

「それが、今は、実家に帰ってるかセミナーでいないかのどっちかで、誰もいないっす」


 健人は、また、耳が垂れ下がってる犬みたいになった。1週間だし、友達のほうが余計な気を使わなくていいと思ったんだけど、楽器も違うし。まあ、しょうがない。ウチにとめるか。


「じゃあ、夜だけウチに来るか?熱帯夜は大変だろうから。」


 健人の顔が、ぱ~っと明るくなった。目もキラキラ輝いてる。きっと尻尾をふりまわしてる。

見えないけど。


「あざーっす。ホントに助かった。昨夜は本当に死ぬかと思うくらいだった。あ、海人先輩、セリナ先輩が来るときは、俺、自分の部屋にもどりますから」


 ありがとう。心配してくれて。残念ながら、まだ告白もしてないんだ。今はそれどころでないって気持ちもあるけどな。


「健人、俺にはそういう恋人はいない。”今は”トランペットだけだ」

一応、”今は”を強調した。コンクールが終わったら・・終わったら告白できるだろうか?


「え?セリナちゃんは、恋人じゃないんですか?海人先輩、まだ小百合先輩の事を、あきらめてないとかですか?」

なんだそれ、健人、話しが見えないんだが。なぜそこに小百合ちゃんが出てくるんだ?


 健人に問いただすと、本人がまったく知らない”俺の恋愛の歴史”を語ってくれた。


”俺は、コンパの時に小百合ちゃんと恋人同士になって、4年間付き合っていた。でも小百合ちゃんが4年生の時、俺は振られた。彼女に別な恋人が出来て、留学もそのためだそうだ。今は、俺は小百合ちゃんの友達だったセリナちゃんと、付き合ってる。”


 俺は、空いた口がふさがらなかった。自分の噂って、耳に入ってこないんだな。

勝手に作り話で噂されると、びっくりって感じなんだ。小百合ちゃんと俺は恋人同士に見えたんだ。みんなどこを見てるんだ?小百合ちゃんと俺は、いわば”男同士の付き合い”のようなもんだ。


 小百合ちゃんは、優しい顔をしてても、クールで頑固なんだ。やさしい物言いで、自説を押し通す。俺は、彼女の恋人になりたいだなんて、チラっとも思わなかったぞ。



 次の日、セリナちゃんと、午後1時から練習開始。始める前に、昨夜、健人の話した俺の恋愛譚をはなすと、盛大に吹きだした。いや、涙までだして笑われるのも、俺はちょっと複雑で悲しい。


 本当は、俺はセリナちゃんの恋人に立候補したいの気持ちもあるのだ。

 

この連載は、土曜深夜(日曜午前1時ごろ)に更新します。習慣に1度の遅い更新でごめんなさい。

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