母校の吹奏楽部の危機
翌日、俺は、吹奏楽部への指導に、母校・道立旭ヶ丘高校を訪ねた。
ここに来たのは、卒業してから初めてだ。大学生の時は、夏冬春の休みは帰省しても、ほとんどとんぼ帰りだった。それにはちゃんと理由がある。
・ 留守でも家賃はかかる。
・ 大学にいるほうが練習場所の確保が楽だったから。
・ バイトは、東京のほうが時給が高かった。
・ 当時、入っていた、管弦楽団や吹奏楽団、アンサンブルの会などなど、休み中も活動、むしろ忙しかったからだ。
生活費は、バイトを増やして仕送りは辞退した。カツカツだったけれど、なんとかなった。なるべく、賄いがつくようなバイトを選んだし(居酒屋とか)
で、4年ぶりに校舎に入ると、昔と印象が違う。学校って、こんなに狭くて暗かったっけ?
休み中の職員室では、部活の先生以外は、事務仕事をしてた。
数学の林先生が俺を見つけて、声をかけてきた。
「お、もしや、新藤海人かな?まだ学生?一般教養で数学があって、単位、落としたとか?」
確かに俺は、数学はさんざん赤点で、最後には補習で勘弁してもらったり、林先生には大分、迷惑をかけてる。本当に留年スレスレだったんだ。
「林先生、ご無沙汰してます。俺・・いえ私は、音大を”無事”卒業して、今は大学院1年生です。
ちなみに、コンクールが控えてて、今日の最終便で東京に帰ったら、猛練習する予定です」
「そっか。無事に卒業できたか。それにしても、コンクールも一夜漬けでいくのかい?ははは」
林先生は日程の事も、学生の時も、院生になってからも、俺がどれだけ練習をしてるかなんて、てんで知らない。確かに高校の時は、テスト前一夜漬けだったから。そんな印象だけなのかも。
「コンクールは、9月のはじめです。さすがに一夜漬けはないです。こっちでセミナーがあったので、今年は帰省しました」
俺の声が大きいのか、他の先生方にも聞こえたらしく
”へ~音大生でコンクールね””恩田先生の教え子だろ””担任は誰だったっけ”と、声をかけられた。
「新藤君。おかえり、いや、ようこそか。吹奏楽部の指導を恩田先生に頼まれたらしいね。待って、もう少しで、吹奏楽部顧問が、研修終わって帰ってくるから」
と、俺にイスにすわるよう案内してくれたのは、在校中、さんざん世話をかけた化学の田中先生。
数学と同じく、俺は先生に”赤点をとらせない補習テスト作り”で、苦労させてしまった。
どうも俺は、理数系が苦手だ。
高校時代の俺の黒歴史部分ばかり思い出し、身の置き所がない。
俺は卒業したんだ。曲りなりにも。赤点は過去の事、ビクつく必要はない。それでも俺は、妙にかしこまって、気配を消して待ってた。
職員の中でも俺を知らない人も多い。多大に迷惑をかけた、林、田中先生にしょっぱなから出会うとは。運がいいのか悪いのか。
今は午前10時半、俺は1時には、ここを出たい。家に帰り荷物を持って空港に向かわないと。
最近、JRの千歳空港線のダイヤも乱れが多いと、父さんが言っていたので、早めに行くことにしたのだ。その後、20分待たされて、俺はもう帰ろうと立ち上がった。
「ごめんごめん、お待たせしちゃって。事情を話して、ちょっとだけ研修を抜け出してきた」
髪の毛は、天パーでぼさぼさ。背は中くらいだけど、若干太目。それが、恩田先生の後任の里見先生だった。葉加瀬太郎氏より爆発してない頭。俺より若干、年上くらいかな。
「えっと、じゃあ、各パートの指導よろしく。特に基礎。生徒には言ってあるから。」
「待って先生、俺、トランペットです。金管ならなんとかなりますけど、木管の基礎指導は無理です。」
木管の楽器の仕組みもしってるし、音はならした事ある。それでも、むしろ合奏のほうが、指導できるだろう。
「そっか、木管は無理か。じゃあ、金管全部よろしく。基礎が出来てない生徒が多いから。じゃあ、悪いけど、研修の途中だから申し訳ないけど、よろしく頼む」
それだけいうと、慌てて職員室を飛び出して行った。
里見先生、木管と金管の違い、わかってる?っていうか、あの顧問、俺に丸投げしやがった?
まあいい。音を頼りに校舎内のクラスをたどるか。パート練習なら教室を使ってるはずだし。
トランペット・パートは3人だった。たった3人だ。
「先生から聞いてると思うけど、里見先生から指導を頼まれました。新藤海人です。この吹奏楽部のOBです。一応、”基礎を見て下さい”という事でしたので、じゃ」
と、さっそく始めようとした所、2年らしき男子が、仏頂面で言ってきた。
「いや、俺らは大丈夫です。てか、里見先生は殆ど、部に関係ないし」
関係ないって、じゃあ指揮は誰がするんだ。もうわけわからんから、他の金管パートの指導だけして、さっさと帰ろうか。
「指導はいらないって事ね。じゃあ君、えっと阿部君、何か好きな曲、吹いて見て」
ネームプレートを覗きこんで、指名した。
「好きな曲でいいんだよな」と、ニヤっと笑って、阿部君は、ルパン三世のテーマを演奏した。
「俺は、コンクールもクラシック音楽も興味ねえ。こういうポップな曲なら、好きなんだけどな。
コンクールの曲は、たるくてやってられないし」
好きって事はわかったけど、音が外れてる、リズムが甘い。テンポが必要のない処でゆれる。
音色は、”楽器に詰め物がはいってる”って音だ。でも注意はしない。
その替わり、俺は、自分の楽器を取りだした。息を吹き込んで、軽く吹いてみた。
「ルパン三世」のテーマ曲は、もう、吹奏楽団では十八番で、何度、本番で演奏した事か。
「阿部君の”ルパン三世”は、もうちょっとリズムを鋭くするといい。君の音程はいまいちだから、そこは練習しかないかな」
阿部君も他の二人も魂を抜かれたように、ポカンとしてる。
「新藤先輩って、ロックとかJAZZとかの人ですか?」
「違うよ。俺はバリバリ、クラシック専門。だけど、楽団でも吹奏楽団でも、演奏会でこういうポップな曲を演奏するのは、当たり前だよ。お客さんに受けないと、次の演奏会にひびくしね。
音大の楽団でも、サマーコンサートでは、有名な曲や、映画音楽、アニソン、J-POP、いろいろ演奏したよ。」
俺の演奏は、ちょっとヒネリを加えたソロ用のものだ。阿部君のとは、若干は違う。
それだからか、かなりインパクトがあり、音量もすごかったらしい。
気がつくと、廊下に吹奏楽の生徒が、集まってた。田中先生もいた。
「ううm新藤君、すごいな。でも音が大きい。続きは音楽室でやってくれないかな」
田中先生の言葉を受け、俺は金管の指導から、合奏での指導に切り替えた。
音楽室に集まり、とにかく人数の確認をした。1年16人、2年10人。3年生はいない。
どういうことと聞くと、予想外の答えがかえってきた
俺は恩田先生にハメられたのかも。




