僕と福井君、冴木君
(きっと仕送りの事かもしれない)
俺に言いたい事があるなら、それしかないだろう。妹は来年、大学を受験するという話しだったし、我が家は、両親が働いていても、家計は厳しいのだろう。札幌へ向かう列車の中で、現実の問題を思うと、セミナーで浮かれてた自分に気がついた。三日間だけだけど、音楽だけに没頭して、厳しかったけど楽しかった。祭りが終わったあとのような、寂しさがある
俺は、うつむいたままだったので、落ち込んでると気遣ってくれたのだろう。
目の前にポテチの袋が差し出された。
「新藤さん、お腹でも空いて具合悪いとか?そろそろお昼なのに、まだ、札幌までだいぶかかるし・・夕べの残りのお菓子をもらっておいてよかった」
福井君に心配されるほど、俺ってひどい顔色だったかな。まあ、確かにお腹は空いた。札幌へ着くのは2時だったかな。
「福井君、冴木君、宿の人に頼んで、お握り、握ってもらったんだ。お昼用にね」
朝は駅で弁当買う時間の余裕がなかったら困るので、昨夜、宿の人にお願いしたんだ。もちろん有料だけど。
「僕は、車内販売の駅弁を買います。やっぱり、その土地の駅弁を食べるのが楽しみです」
そう言って、ニコニコ笑う福井君を見て、俺は福井君にとっての悲しい現実をつきつけた。
「福井君、JR北海道では、車内販売はないのだ。駅弁は前もって予約しなければ、食べる事が出来ないよ。札幌駅についたら、いろんな種類の弁当を売ってるから。」
俺の”車内販売がない”の言葉に、福井君は、ガーンっときたようで、魂がぬけてる顔だ。
「ほら、車内で駅弁は食べれないけど、お握りはあるからさ、元気だして」
二人に差し出すと、福井君はパァっと笑顔がひろがって、”宿の食事はおいしかった、セミナーが1週間ぐらいあれば、もっと食べる事が出来たのに”とかいってる。こういう処、福井君は、ブレないな。
「新藤先輩、ありがとう。正直、助かった。駅では自販機で飲み物を買うだけで、時間、ギリギリだったんだ。僕は体調の悪い時、新藤さんにだいぶお世話になって、そのまま世話になりっぱなしだった。申し訳ないぐらい」
冴木君が、頭を下げる。
「いやいいんだ、あれもこれも含めて、全部楽しいセミナーだった。先生方から教わる事も多かったしね、その分を、コンクールに生かせるよう、これから頑張らなきゃな」
そう、東京でに戻れば、コンクールの練習一色だ。
「僕も、もういい加減、練習に集中しないと とは思ってるんだ。セミナーの前、東京で彼女に振られてから、落ち込む毎日で、先生には、”身が入ってない”と怒られてばかりだ。もう、見放されてるかもしれない。でも、セミナーのおかげかな、なにか少しだけ吹っ切れたきがする。」
「冴木君は、彼女一筋で真剣だったんだね。音でわかる。冴木君のトランペットの音は、ピュアなんだ。ちょっとうらやましいぐらいだ。僕は、何をどう頑張るのか、まだ決めてないし。あはは」
いいコンビだな。俺もいれたらトリオか。福井君、”決まらない”じゃなく”決めてない”だ。つまりは、演奏の解釈や方法に選択肢があって選べる状態なんだ。すごいな。それに冴木君の音は、まさに、ピュアなんだ。音色がいいっていうのは、それだけで、コンクールにかなり有利っていうか、管楽器は音色がまず第一だからな・・
「でも、今年は、もう優勝は決まったようなもんだってさ。」
「はぁ?それって、どういうこと?福井君」
「ほら、二日目の夕食時に話しがでたじゃないか。コンクール出場予定の高校生女子で、素晴らしい音で演奏する子がいるって。段違いで天才って話しだったよ。今年の優勝はその子で決まりって、皆、言ってた」
ああ、冴木君は、落ち込んでたから、話しは聞いてなかったのか。そう、芸大の福井君がいうなら、案外、信ぴょう性のある噂なのだろう。音色よくて演奏もばっちり。しかもJK。最強だな。
まじにその子が優勝したら、マスコミがとびつくだろうな。
札幌駅でトリオは解散になる。福井君は、駅弁を3個買って、函館行の列車に乗りこんだ。
冴木君の予定を聞いてみると、せっかくだから、札幌と小樽の観光をしてから、明日、飛行機で帰るとの事。
「俺は実家には2,3日いるから、困った事があったら連絡すれ」
「ありがとうございます。新藤先輩。本当にお世話になりました。でも、コンクールではライバル同士なんですね。負けませんから」
冴木君は、笑うと顔がシワシワになり優しげに変わる。黙ってるとクールなイケメンだけど。
俺は実家に帰り、荷物を整理したあと、居間でウダウダしてた。さすがに疲れた。妹がかえってきて、何やら話しをしたそうにしてたんで、大学の話題をふったら、黙ってしまった。JKの扱いは難しい。
父さんの話しは、俺の進路についてだった。意外な提案を父から受け、俺は断固拒否った。