懇親会
「・・・でありまして、来年はホルンセミナーを開催となしました・・」
セミナーの全日程が終了し、懇親会が始まった。主催者の長いスピーチが続いている。プログラム最後、地元吹奏楽団と3人の先生との共演も、無事に終わった。地元の吹奏楽団は、上手かった。全国優勝レベルとまではいかないけど。それにしても吹奏楽のレベルってが年々、高くなっている。
先生方の演奏した曲は、「ラッパ吹きの休日」「トランペット吹きの子守歌」の2曲。この二つは、俺も高校時代の時には、よくやった。「ラッパ吹きの休日」は、テンポの速く、休日のはずの主人公が、大急ぎで走ってるような曲だ。実際に高校の時から、俺の生活は、”休日なしの大忙し”が続いている。これもラッパ吹きの宿命なのだろうか、なんて考えてしまった。 先生方の演奏はさすがだった。リズミックだけど、崩れすぎず、でも、ワクワクするような演奏だった。
今回のセミナーは、俺にとって有意義で勉強にもなったけれど。とにかく忙しかった。冴木君の愚痴を聞いたり、石田先生のアシスタントをしたりと。アンサンブルの講習では、トラブルになりかかったのを、なんとか抑えたり。
宴会はバイキング形式だった。俺は大急ぎで、料理をかきこみ、先生方の所へ入って行って挨拶し、メアドの交換をした。4人ともプロの現役の楽団員様。もしかしたらエキストラに呼んでくれるかも なんて下心もあった。もちろん、挨拶にくるセミナー生は、俺だけじゃなかったけれど。
「新藤君、今回は本当に助かったよ。森岡先生推薦なだけあって、まさに”ゆるぎないトランペッター”だ。それにしてもおしいな。」
石田先生、 ”欲しい”じゃなくて”おしい”ですか・・なんだろう。
「管楽器セクションに一人、新藤君がいれば、面倒な雑事をこなし、気がつかなかった所をフォローしてくれそうだ。」先生は、ビールを飲みながら笑ってる。他の先生方も同じ考えのようだ。
俺は苦笑いするしかなかった。確かに学生の楽団に居た時は、周りが気がつかない”穴”を、取り繕う仕事が多かったけど。
「はぁ、学生の楽団では、事務方のほうの、手伝いに回ってましたが・・でもプロではそんな経験は、あまり役に立たないと思うんですけど。」
「ははは、それはある面、言えてる。なにせどこの楽団も財政が苦しいからな。定期演奏会や演奏旅行だけじゃなく、積極的に、小中学校の音楽教室などへの営業もかけてる。新藤君は、そんな時、司会者とかマネジメントとか、すごく上手そうだ」
ちょっとガックリ。演奏が素晴らしいとか、音色が素晴らしいとか、ほんの少しだけど、言ってもらいたかったな。それにしても俺はそっち方面に適性があるのかな?
”ちょっと失礼”と、石田先生は、主催者のほうへ、向かっていく。世間話かな、相手に酌をしたりして、楽しそうに笑ってる。
「あら、石田先生、さっそく営業をかけにいったわね。」
笹本先生が、石田先生のほうをチラっと見ると、豪快にビールを飲みほした。
「笹本先生、石田先生の営業って?」
「おっと、これは内密ね。石田先生のいる G響、来年、北海道で演奏会でまわるそうよ。札幌、釧路、は決まってるんだって。後、網走。この町のすぐ近くの市でしょ。石田先生もこの際だから、地元の吹奏楽連盟や音楽関係者とツナギをとっておきたいんじゃない?ある程度の集客を確保しないとね。ところで新藤君、君のブログの2楽章はよかったわよ。何かもの悲しい恋文の朗読を聞いてる感じ。ふふ、健全な青少年君は、誰かにふられたのかな?ははは」
笹本先生は、刺身をおいしそうに食べながら、又、ビール。豪快な先生だな。
で、2楽章だけだけど、褒められた。うれしいけど、ちょっと照れるな。あの時は、セリナちゃんの事を思って演奏したんだ。そうか、もの悲しく聞こえたんだ。まだ告白もしてないんだけど。深層心理とやらで、振られる事を予知してるのかも。
「笹本先生、何をウチの新藤と話してたんですか?」
石田先生の目だけ笑ってない笑顔って初めてみた。何事?
「大丈夫よ。好みだけどくどいてないから。彼、恋人に振られたのかもね。ふふ」
はぁ?俺、何も言ってないし。石田先生に弁明しようとした時、後ろからドサっと、俺に冴木君がかぶさって来た。
「彼女に振られたのは僕で~す。聞いて下さい笹本先生、彼女って天使で悪魔のように魅力的なんです。見事に振られました。」
「冴木、お前、飲みすぎ。すみません、向こうでコイツの頭を冷やしてきます」
さんざん愚痴を聞いてやったのに、冴木の奴は、まだ失恋メランコリーの最中なんだ。それだけ、惚れてた、好きだったって事なんだろうな。
入口の近くに冴木君を座らせた。主催者、スポンサー、事務方もいる中で、酔って醜態をさらすのは、後で本人が落ち込む。彼はウダウダと失恋話を愚痴ったあげく、そのまま、寝入ってしまった。
昨日は、アンサンブルの事で、ゴタゴタしていて、セリナちゃんにメールできなかった。
今夜は、これからの予定とセミナー生全員+講師の先生方と一緒に写った写真を送ろう。
セリナちゃんからの返信は、彼女は、特別補講で、後2日、軽井沢に滞在するそうだ。
補講って、赤点とったときの?ときくと、”いえいえ、たまたまよ。最終日に、選抜された5人で演奏会を開く事になった。そのための特別補講なの” と。
セリナちゃん、さすが優秀だったんだな。でも、俺としては、彼女が優秀で選ばれたのはうれしい。ちょっと取り残されたようで、少し寂しい。
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O町が用意してくれた、知床観光。結局、行くのはセミナー生数人と講師の先生方だけだった。だよな、コンクールに向けて、今は、もう崖っぷちのギリギリだ。これから集中練習で、追い込みかけないと。
「え~、新藤君は、飛行機じゃないの?」セミナー生全員で、最後の朝食をとってるとき、鈴井さんが、残念そうに言った。札幌行は9時半で、東京行きは10時だったかな。東京へ帰るセミナー生は、これに乗る予定だそうだ。俺は9時の札幌行のJRを使う。
「そう、俺、実家、札幌だから、ちょっと顔を見せに帰る。JRでね。時間はかかっても、飛行機の料金の半分以下で行くのだから当然だ。乗車時間6時間の苦行だけどさ。」
「僕も函館までJRで行くよ。で、函館から北海道新幹線で東京へ戻る」
福井君って、鉄・・乗り鉄だったのか。札幌までならともかく、新幹線までつかうとなると、JRのほうがずっと割高だし、時間もかかるんだけどな。
「新藤さんと飛行機で札幌へ一緒に行くつもりだったのに。富良野のラベンダー畑や旭山動物園へとか見たいから、いろいろ教えてもらおうと思ったのに」
鈴井さんほか、2名の女子が、残念そうにしてた、というか困ってた。俺をガイド役にするつもりだったのか?まったく。
だいたい、その旅行計画の大雑把さはなんだ?札幌へ行って富良野へ行ったら、もう夜になるぞ。それに、俺も北海道出身だからといって、観光地に詳しいわけじゃない。
「富良野のラベンダー畑に行くのなら、JRだと旭川からのほうが、はやいかな。それに旭山動物園は俺も言った事ないから知らない」
”え~””うっそ~”と非難の声が上がる。彼女らは、一日のうちに、札幌へ行って、美瑛の丘でサイクリングして、富良野のラベンダーを見て、旭山動物園に行って、旭川から東京へ戻るつもりだったそうだ。距離感が違うんだな。正確にどのくらい時間かかるかは詳しくは、俺もわからないけれど。日帰りでは無理っぽいのはわかる。
「もう札幌行きの飛行機のチケットはとってあるのかい?計画をたてなおしたら?俺は詳しい時刻とかわからないし、福井君に相談してみたら?彼、いろいろ詳しそうだから。」
鈴井さん入れて3人の女子は、さっそく福井君に相談をもちかけた。福井君はJRの分厚い時刻表をみながら、首をかしげてる。1日ではやはり無理なんじゃないかな。
俺と福井は、JRに乗るべく、少しはやめに宿を出た。思えば、波乱の3日間だったけど、楽しかった。友達がどっとふえたし、トランペットの話しで、夜、盛り上がった。やはり、コンクールの練習で精神的に疲れてたのだろう。仲間は辻井だけだったし。同じ楽器奏者同志だと、リラックス出来て、いろんな情報が聞けた。森岡先生のレッスンとか違う個人レッスンを受ける事が出来たのは、刺激になった。
楽器を含めた大荷物をおしながら、俺と福井は網走駅に向かった。なぜか冴木君も俺らと一緒。彼は”知床大自然で癒されるコース”に行くと思った。それか飛行機で帰京するか。
「新藤君、僕もJRで札幌へ行く。北海道を縦断し、見ながら、電車の中で考えてみる。どうやったら彼女の事、ふっきれるか。彼女は、やっぱり素晴らしい女性だ。再挑戦してもいいかもって、迷ってるんだ」
振られたのにめげないんだな。ヨワヨワしてるようで、根性があるというか、あきらめが悪いというか。
「冴木君、もう彼女の事は忘れて、気持ちをコンクールに集中させたほうがいいんじゃない?」
と、福井君が突っ込む。その通りだよ。まあ、福井君も飛行機でサッと帰ったほうが、練習時間がそれだけとれるんだけどね。
僕が帰省するのは、父親から”話があるから、ちょっと帰ってこい”と言われたからだ。大事なスポンサー様で、大切な両親だ。
”もう仕送りは出来ん。許せ”とか言われたら、俺、まじ泣いちゃうかも